第6幕 マダムの結界
「ぬぬぬ~っ、ふぉ~!?」
「パンナコッタ・ワールドへようこそ☆お客様の皆さまは、コチラで入場券のご購入をお願いしま~す!」
「ちょっと何よ、何なのよこれ!」
リザードマンの住まう湿地帯を抜け、プリンたちの目に飛び込んできたのは巨大な遊園地だった。
バニーちゃんコスチュームのスタッフが入場口でチケットの販売をしているが、ゲートのすぐ向こうではスリル感あふれる絶叫マシンや緩やかなメリーゴーラウンドなどが見え、広場ではパントマイムをしているピエロに子供たちが群がっていた。
「気分が上がりまくりなのです!」
「ちょっと待ってよ、キミたち!これは何かの罠か幻覚でも見せられてるんじゃないのかい?」
興奮を抑えきれないでいるプリンとミスセプテンバーを、スケさんは慌てて冷静になるように忠告するが、二人にその言葉は届いていない。
「幻覚上等なのです!それならば尚更、なかに入って調査しなければなのです!」
「そうそう!そうだよ!コケシに入らねば、腰も出ずって諺にもあるじゃない!」
「・・・ないよ」
そんなスケさんのツッコミもそっちのけで、プリンとミス・セプテンバーたちはすでに入場券の購入に走っていた。そしてその後を必死に追いかけるグリン。
「オラも連れてってほしいダス」
「あたり前でしょ!ほらグリン、何ボサっとしてんのよ。さっさと行くわよ」
「はい、ダス!」
「待つんじゃお前たち!どこに危険が潜んでおるやもわからんというのに!」
そんな彼女たちの後をあわてて追いかけるチョビンであったが、その姿はまるで遊園地で孫たちに振り回される"おじいちゃん"そのものであった。しかしその表情にうっすら笑みなどを浮かべているところを見ると、あながち本人もまんざらではないらしい・・・。
そんなとき妙に冷静なヨンズがスケさんの背後から語りかけてきた。
「これがマダムの結界ってやつなのか・・・」
ヨンズは遊園地の景観を眺めながらむ~っと唸る。
事前に聞いていた結界という言葉から、侵入不能でバリアフィールド的なものをイメージしていたヨンズにとって、この形態は予想を上回ると言うよりも予想を三段跳びで裏切られてもう完全に別物といった感があった。
「そうだろうね。だってパンナコッタ・ヘブンがあるって言われている場所はここで間違いないんでしょ?」
「それは大丈夫。ここいら一帯にそれ以外の施設はないから」
人を惑わして、その行動をコントロール(抑制)する。そう考えればその所業は魔女そのものであるが、それにしても規模があまりにも大きすぎて面食らわずにはいられない。
それだけマダムが高位の魔女であることを指し示しているのであろうか。
「問題はどうやってこの結界を破ればいいのか・・・。頼みの綱のプリンさんはあの調子ですし、直ぐすぐには結界を破るのに力を貸してくれそうにはありませんが、その時になったらすぐ行動に移せるよう対応策は我々で事前に見つけておく必要がありますね」
「そうだね。皆が揃うのを待ってからじゃあ、後手に回ってしまうし」
「しかしこの結界はどういう仕組みになっているのか」
ヨンズは辺りを見渡しながら怪訝な表情を浮かべていた。
そのとき彼を背後からドンとちいさな衝撃が襲う。
「ごめんなさい」
どうやら前を向かずに走っていた子供がヨンズにぶつかったのだろう、背後を見渡すと地面に尻もちをついた状態でちいさな子が涙をこらえていた。
「大丈夫だよ、君こそケガはないかい?」
そう言いながらヨンズがその子を立ち上がらせてやると、元気にウンと返事を残して彼は去っていく。
生々しい衝撃、そしてどうみても大規模なこの施設が幻のようには思えない。
マダムの結界を抜けてパンナコッタ・ヘブンへ向かうには、一体どうすればいいというのだろうか・・・。
ーいっぽうその頃プリンたちはー
ガタンカタン・・・ガタンカタン・・・
ジェットコースターに搭乗して、ゆっくりと急な勾配の頂へと向かっているところだった。
「ん、プリンちゃん何してるの?」
頭の上に石を置いて怪しげな行動を見せるプリンにミス・セプテンバーがおもむろに尋ねる。
「時々こうやって不幸を放出しておかないと、不幸がビショビショの水浸しになるのです!」
「へえそうなんだ・・・って、こんな絶叫マシンに乗ってる時に不幸を放出なんてしたら、たいへんな事故が起きちゃうじゃない!」
「フフン!ひとの掌の上で演出されたドキドキ感に興味はないのです!リアルな恐怖が混じってこそ本当のスリルを楽しめるというものなのです!」
「いや普通の一般人は掌の上で演出されたドキドキ感を求めてここにきてるんだよ!ちょっと余計なことしないで・・よ・・・ね」
ガタン
「キャーッ・・・」
「きゃーダスー」
勢いよく傾斜を下りだしたコースターはやがてコーナーへと差し掛かる。そのときガコンと明らかにおかしな異音と振動がプリンたちに伝わってきた。
「アレなんか変な音しなかった?」
「気のせいなのです!」
「まさか落ちるんじゃないでしょうね!?」
「そんな訳ないのです!」
コースターはプリンたちを乗せたまま右へ左へ、上へ下へと疾走する。
そしてなんだか異臭を感じてナニゲに後ろを振り返ったミス・セプテンバーがおかしな悲鳴を上げた。
「ちょっと後ろから煙が出てるわよ!」
「演出です!」
「そんな演出聞いたこともないわ!」
ジェットコースターはガクンガクン揺れながら疾走する。
「ウッ・・・、ダス」
「今度は何よ!グリン」
「あまりの恐怖にオシッコ漏らしそうダス」
「ガマンしなさい!ジェットコースターに乗ってたと思ったら、実はウォータースプラッシュだったなんてシャレにもなんないわ!絶対ガマンよ!」
しかしグリンの顔は気持ちがいいくらい醜く歪んでいる。
「出る・・・ダス」
「出すな!」
「出す・・・ダス」
「死んでも出すな!」
「実はもう出てるダス」
「キャーッ!」
・・・やがてジェットコースターは終点に無事到着した。
「いやー、冷や汗かいたダス」
爽やかな顔でそう言ったグリンの股間はうっすら湿っていた。
「アンタは股間限定で冷や汗が出るのか!?この放尿テロリスト!まったく、あんなに怖いジェットコースターに乗ったのは、生まれて初めてだよ!」
グリンに向かってまくしたてるミス・セプテンバーをみて、プリンは腹を抱えて笑っている。
「スリル満点だったのです」
「お前が言うな!」
「なにやら楽しかったようで何よりじゃのぅ」
そう言いながら出迎えにきたチョビンにミス・セプテンバーが「楽しくないわっ!」と叫びながら、そのハゲた頭に噛りついた。
「そんなことよりも、妖精さんは見たですか?」
プリンはまじめな表情にもどってミス・セプテンバーに尋ねる。
「って、なにを?」
「ジェットコースターに乗っててお城が見えたです」
あんなドタバタ騒ぎの中でとてもではないが風景にまで気は回らなかったというのが本音だが、そう言われてみれば何やらそんなものも視界に入っていたような気もする。
「ただの飾りじゃないの?」
「何やらおかしな魔力の淀みを感じましたから、あれはただの飾りじゃないです!」
「じゃあ行ってみるしかないんじゃない?」
「決まりなのです!」
あたかも行楽で遊びに来たようなプリンたちではあったが、本来の目的を忘れていなかったようで、普通なら見逃してしまいそうなほど小さな違和感をしっかりと感じ取っていた。
そしてその行動は偶然なのか必然なのか、マダムの結界の中核へと確実に近づいているのであった。
今更ではあるが、先日の志村けん氏の訃報にひとこと。
私が幼いころ娯楽と呼べるものはそう多くなく、娯楽=テレビといっても過言ではないくらいテレビの存在は大きなものであった。
確かに戦後ではないので人々の暮らしも豊かになってはいたが、衣食住に対してダイレクトに影響を及ぼさない娯楽の文化は今の現状からは想像もできないくらい劣っていたのである。
そんな私たちにとって土曜日の夜八時は特別な時間であった。
そう志村氏も在籍していたドリフの番組の時間だったのだ。
いまの若い子たちにはピンと来ないかもしれないが、志村氏の人気はすさまじくスーパースターという言葉は彼のような人を指すのだと子供心に刻まれたのを覚えている。
(もちろんスポーツ界にもスーパーヒーローはいたが、野球と相撲くらいしかテレビで放映されておらず、どちらも興味がなかった私にとっては馴染みが薄かった)
面白いことを供給してくれる媒体は多くなく、自分たちで工夫しながら面白いものを作らなければならなかった見つけなければならなかった時代、極上の面白いものを提供してくれる夢のようなグループ。それがドリフターズだったのだ。
先般コロナ禍にて氏が闘病されているというニュースをネットで知ったとき、何の根拠もなく大丈夫だろう、きっと回復されてまたテレビで元気な姿を拝見できるのであろうと、勝手に推測していた矢先の訃報に正直ショックを隠せなかった。
今この時期にこんなことを発信するのは不適切かもしれない。
しかし悪意も言葉の裏もない、ひとつの思いとして言わせてもらえるなら・・・。
今現在も最前線の現場で戦って下さっている医療関係者の皆さんの仕事は、言わずとも誰もが知るとおり素晴らしいものだ。
だけど世界に夢も希望も笑いもなかったとして、長く生きることに価値を維持できるであろうか?
そう考えると志村けん氏の活動もまた、素晴らしく素敵な仕事であったと思わずにいられないのである。
幼いころの私の、なにもない一週間に土曜日が待ち遠しくなるくらいの夢を与えてくれたのは、間違いなく志村けん氏たちのドリフターズであった。
おそらく想像を絶するプレッシャーのなかで志村氏の治療にあたられた医師の皆さんへの感謝とおつかれさまでしたという言葉と共に・・・。
志村けん氏に心よりの感謝と、ご冥福をお祈りいたします。
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