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黒の皇后  作者: 小松しま
20/21

20

 それから一年間。

 スウェイワナと希望は、未来の予防接種のスケジュールを縫って、ありとあらゆる知識を詰め込むのに腐心した。

 生まれ落ちた甥に名を贈った翌日に出立することを定め、世話になった人々への感謝と別れを告げ……そして、希望の部屋へ向かう。

 この場所は、ラジアナの広場に通じているはずだった。



 神の差配による光球に包まれて、三人は遙かなローディアナ大陸へと、旅立つ。





 彼らが降り立った場所は、案の定、ラジアナのあの広場だった。

 もはや遠い「降臨の日」同様、人々が詰めかけ、彼らの到来を歓喜の叫びで歓迎する。

「……こ、れは……、一体……」

 以前の際と異なり、僅かな苦痛を覚えることなく郷里へ帰還したスウェイワナは、ただただ目映い、訳のわからない事態に、目を細めて周囲を見渡すばかりだ。

「……お召しくださりませ……」

 不意に声をかけられる。

 すぐ傍らに歩み寄った、美しい冠を戴く老女が、ガウンのようなものを二枚、差し出したのだ。

 予め彼らの到来を承知していたかの周到さだ。

 受け取り、スウェイワナはまず抱き寄せたままの希望にそれを着せ付け、次いで自分もそれを纏う。

 いかにも身分の高そうな貴婦人である老女は、着衣する夫妻を懐かしそうな瞳で見詰めていた。

 取り敢えず肌を覆えば、かつて同様、目映い光りが消える。

 またしても、希望の髪は、かつてのように背を覆う長さとなっていた。

 これも、ローディアナ神の差配なのだろう。

「我が息子よ……。よくぞ帰った。そなたの帰参を、父は嬉しく思う」

 これまた、見事な冠を戴く老人がそう言って手を広げた。

 身体に障りがあるらしく、彼は老女と違って、一目瞭然の玉座に、杖を手にして腰掛けている。

 本来は儀礼用のそれだが、実際に用いなければならないほど、不自由な状態なのかもしれない。

「……え?」

「我が……息子?」

 無論、スウェイワナにも希望にも、訳のわからない言いようだ。

 そもそも、この老人に見覚えなどない。

 困惑する二人に、傍らの老女が目配せする。

「!」

 それに、何かしら得心を得た様子で、希望がスウェイワナに無言で促した。

「お出迎えに……感謝致します」

 訳がわからないまま、彼はそう返し、その場に跪いて恭順を示す。

 すると、周囲から言祝ぎが響き渡った。

 民の叫ぶ言葉の断片から、スウェイワナを「皇太子」と称しているのがわかる。

 そして、「かんなぎ」の皇太子妃を、群衆は心から歓迎しているようだった。



 儀礼めいたやりとりを経て、一行は城へ場所を移した。

 ラジアナ城だ。

 見覚えのある……と言うより、記憶通りの建物なのに、何となくの印象で、随分年期が増しているような気配がある。

 一室に入ると、老人が椅子に着いた後、その介添えを務めていた側仕えたちが下がって固く扉が閉ざされ、人払い状態となった。

 内部に残ったのは、スウェイワナと希望、未来、そして老女に老人のみとなる。

 ややもせず、老女は深々と頭を下げた。

「お久しゅうございます、陛下……そして、王妃さま」

 その言葉は、与えられた暖かそうな布でくるんだ未来を抱いたままの希望にとって、得心の行くものである。

 彼は驚きもせずに、現実を受け入れた。

「やっぱり……。あなたはイレーネさん……」

 遠い昔の面影がある。

 しかし、傍らのスウェイワナは、驚愕した。

「巫女姫だとっ? まさかっ!」

 彼の知る「かんなぎ」は、まだいとけない少女だった。

「いえ……そのまさかにございまする。陛下」

 刻んだ年輪に、人としての厚みを増したイレーネは、穏やかな笑みでありのままを語る。

 彼らが去ってから、もう七十年を経ていると。

「ただ今、わたくしは、イブリール斎王を称しております」

「イブリール……?」

 聞き覚えない名を繰り返すスウェイワナに、イレーネは頷く。

 あの直後、「水晶の御使い」の采配によって、直系の王位継承者の絶えたラジアナは、最も血筋の近しい人物……隣国のイブリンの王室に委ねられることになり、時の王太子であったロスウィールを頂点に戴く新帝国「イブリール」の一部となったと告げたのだ。

 「水晶の御使い」は、まずあの場でイレーネを初代斎王なる権威ある立場へ即位させ、後日、帝国の中枢となるイブリンにて、王太子に皇帝の称号を与えるように命じた。

 王太子は、イブリン王に即位することなく、イブリール皇帝を名乗るに至ったのだ。

 そして、時のイブリン国王は神の導きに逆らうことなく、廃位を受け入れたと語る。

 驚くべき仕儀だった。

 神の特使ならではの、常識破りとすら言える指導である。

 だが、確かに、最も混乱なく、そして、どちらの国にとっても不利益にならない方法でもあったのだろう。

「初代皇帝陛下、ロスウィールさまであらせられます」

 イレーネは、腰掛ける老帝を示す。

「……ロスウィール……殿……」

 スウェイワナの記憶にある、ただ一度のみ面識を持ったその人物は、イレーネより年少の子供でしかなかった。

 それが今、すっかり見違えた姿で、目の前に存在している。

 何とも、胸に詰まるものがあった。

「……御無沙汰でございますな……。時に、陛下には……ライノス伯爵令嬢のその後を、案じておられましょう……」

 挨拶もそこそこ、ロスウィール皇帝は、最も気掛かりであろうことを、憐憫を漂わせて尋ねる。

 スウェイワナのみならず、希望もまた、硬直した。

「大変、お気の毒なことでございました……。ライノス女官は、あの直後……母子共々……」

「……なっ……」

イ レーネの苦しそうな告白に、スウェイワナは言葉を失う。

「……テ……ルサ……」

 哀れな、哀れすぎる女だった……。

 スウェイワナは、そのままがっくりと、膝を着いてしまう。

 希望は、為す術もなく、未来を片腕に移すと、残ったもう一方の手を、啜り泣くスウェイワナの肩へ当てた。

「……そうでしたか……。どうして、あなたが僕を王妃と呼ぶのか……それで、わかりました……」

 希望は、困惑に心を漂わせて溜め息を押し殺す。

 筋目を重んじるはずのイレーネが、先にスウェイワナの伴侶となったテルサを差し置いて希望をそう称するのは、「先妻」が既に亡い者だからと言うことなのだ。

 正直、それをどう受け止めて良いのか、希望にはわからない。

 けれど、案じていた全てがこうも呆気なく「終わっていた」ことに、拍子抜けの感が拭えなかった。

 無論、諸手を上げて喜んで良いような問題では断じてない。

「幼き日には、神命の重みを真実の意味で理解出来もせず……委ねられた全てを、半ば興奮状態で受け入れてしまいました。それに生き甲斐を覚えなかったと言えば、嘘になります。しかし、後に出会うこととなる愛しい者に、この上ない苦しみを与える判断であるとまで……当時は、予測など出来ませんでした」

 ロスウィール皇帝は、切なげに悔恨を告げる。

 項垂れ涙していたスウェイワナは、覚えのある痛みに顔を上げた。

 テルサに対してのそれと、ロスウィール皇帝の「何か」が同じだとは断言出来ない。

 けれど、とても近しい……通じるものがあるのは間違いなかった。

「失礼なもの言いとは承知しておりますが、陛下の過ちを教訓とさせて頂きました。何があろうと、愛しい者を裏切るまいと決意し……余は、どうにか……それを貫けた様子……」

「……それは、一体……?」

 スウェイワナとしては、何が何やら……だ。

「皇帝陛下の、相愛のお相手は……殿方でしたの……」

 イレーネがそう言い添えて、ようやく得心に至る。

「えっ」

 驚いたのは、希望一人だ。

 それも無理はないと、彼の郷里の「常識」をある程度把握しているスウェイワナには理解出来る。

 そんな胸中を察してか、イレーネは、静かに続けた。

「人が人を愛するのに、差別は許されないと、ローディアナ神は説かれておいでにございます。よって、この大陸では同性婚も認められているのです。とは言え、次代を設ける義務のある者の場合、歓迎されないのは事実……。お相手も大変、苦しまれておいででした。なれど陛下の御意志は固く、誰もが良い解決策を得られず……苦悩の日々を送りましたの」

 彼女は、ここと希望の生きる社会とは常識が異なると、知っているのだろうか?

 ローディアナ神の示唆によるものか否か、実にわかりやすい説明だった。

「そんな中、我らが神は、またしても恩寵をお与えくださいました。先のイブリン国王御夫妻に、陛下の弟君に当たる大公殿下がお生まれになり……その御方に継承権を委ねる由、一同に認められましたの」

「それは……」

 スウェイワナは、再び得心した。

 系統を受け継ぐ兄弟があれば、同性婚も強い反対を受けないものだ。

 つまり、それによってロスウィールは、愛しい伴侶と共に生涯を送ることが叶ったのだろう。

「なれど、弟夫婦は、たった一人の息子を遺して、あまりに早く……続けざまの病で……」

 ロスウィールは、辛そうにそう告げた。

「何と……」

「……お気の毒です……」

 スウェイワナも希望も、心より同情する。

「のみならず、その息子……余にとっての甥もまた、つい先日、病没した妃の後を追うようにして儚くなり申した……」

 立て続けの不幸に、一体何の慰めがあるだろうか。

 そこへ、入室を求める女の声が響いた。

 イレーネが許し、戸口へ向かう。

 開いた扉から、二、三才だろうか? ぐっすりと眠る幼子を抱える女官が現れた。

 イレーネは彼女から子供だけを受け取ると、一同の元に戻る。

 女官が下がり、再び扉が閉ざされた。

「遺児の、イリウス殿下であらせられます」

 つまり、たった一人の皇統を継ぐべき生命なのだろう。

「余は、御覧の通りの老い先短い身。このようにいとけない皇子に帝国の全てを託すに忍びない……」

「万が一、皇帝陛下に大事あらば、本来、斎王たるわたくしが後見を務めるべきでありましょうが、これまた高齢故、案じられるのが正直な想いにございます」

 ロスウィールの苦悩の言葉を、イレーネが引き継ぐ。

「後継者たる新たな「かんなぎ」でもあらば……心丈夫だったのでしょうが……」

「……」

「……」

 スウェイワナも希望も、否を告げられなかった。

 無論、帝国にも優秀な臣下たちはいるだろう。

 それでも「絶対王権」が、たかが数十年で廃れたとは思えず、君主の判断が必要とされる場面が、国政において多くあるはずだ。

 それが、目上の尊属が誰一人存在いない状況で幼君が立てば、どうしたところで、混乱は必至である。 そしてまた、良からぬ考えを持つ者を生み出す温床ともなりかねない。

 それがないにしても、至尊の存在の座に胡座をかき、愚かな思い違いをしても、窘めてくれる者がいなければ、国そのものを危うくしてしまうだろう。

 スウェイワナ自身に覚えのあることだけに、案じられるところだ。

「今や、イブリール皇室に遺された直系皇子は、この子ただ一人。そして、余もかような身体であり、愛しい者の迎えを待つような状態故に、陛下方に全てを委ねさせて頂きたいのです」

 ロスウィールは、深々と頭を下げた。

 つまり、彼の伴侶は既に亡き者である訳だ。

「ロスウィール殿っ。そのようなっ……」

 スウェイワナは、反応に憂慮して狼狽する。

 イレーネがまた口を開いた。

「先頃、我らが神より……御沙汰があったのでございます。……本来、皇帝陛下の御子として生まれるべき宿命にあった皇太子殿下を、特別な配慮にて「神の園」より中継ぎの後継者として、ひとたび大地へ使わそう。……優れたる「かんなぎ」の君を伴侶とする得難き存在。幼き皇子の成長を見守り、この国に大いなる発展をもたらすだろう……と」

「な……」

 つまり、仮の皇族をレンタルではないが、一旦大地に送るので、真実の系統を継ぐイリウスが成人するまで、彼の親代わりを兼ねて皇位を預けろ……だ。

「皇帝陛下……それに、イレーネさん。どうぞ、何も御案じなく」

 必死に返す言葉を返すスウェイワナを尻目に、希望が美しい笑みを浮かべる。

「ノゾミっ?」

「僕たちは……そのために、ここへ戻って来ました。七十年前にやり残し、あなた方にお任せしてしまった全てを……今度こそ、この手に、担うためにっ」

 力強い、宣言だった。

「おおっ……。「かんなぎ」殿っ」

 ロスウィールは、表情を輝かせる。

「これで……これで、……何の心残りもなく……ファーノの元へ参れます……」

 涙ぐみながら、愛しい伴侶の名を零した。

 その脳裏には、彼と過ごした日々が、甦る。

 たった一人……愛しい者を、過たず選び取った男の自負が、漲る姿だった。

 スウェイワナはそれをただただ眩しく思う。

 自分は、そうでなかった。

 愚かな過ちを犯し、大切な存在を傷付けてしまった。

 けれど、その失敗から学び、教訓を得てくれた存在があったことを……嬉しくも、切なく思う。

(神は……やはり、全てを御覧じておいでなのだろう……)

 スウェイワナは、素直な心で、神を讃える。

 しかし、かの世界にある日々、希望は神の存在を懐疑していると告げた。

 神のいない国。

 あるいは、神の溢れるような国。

 彼の郷里は、そうした世界だったのだ。

 けれど、スウェイワナは、心からローディアナ神を信仰している。

 その教えを尊重し、自らに恥じない生き方を貫く者は、必ずや恩恵を与えられるとも理解出来ていた。

 現に、目の前のロスウィール皇帝が、それを体現している。

 羨ましく思う反面、心の底から新たな父を敬愛し、この先の人生を送ろうと、スウェイワナは誓ったのだった。

「……いいえ。どうか、もうしばらく……僕たちを助けてください。お願いします……」

 希望の訴えは、スウェイワナにとっても、心からの願いである。



 その夜、名実共に紛れもない正式な夫婦となった二人は、苦い思い出の残る寝室に案内された。

 未来は、イレーネの配慮で、別室に連れられている。

 幼い子供同士のこと。どこまで睦まじいやら定かでないが、目覚めたイリウス皇子が、すっかり黒髪の赤ん坊を気に入って、片時も離そうとしなくなったのだ。

 未来もまた、全く物怖じせずに応じている。

 女官や侍女たちは、それに目を細め、我先にと、世話焼きを買って出て、大変な騒ぎになっていると言う。

(ティレイ……アルビオレ……)

 カーテンの先に広がる夜の闇を見上げて、希望は遠い恩人を思った。

(……どれほど遙かな時代の彼方に、あなたたちは生きているのでしょうか?)

 自分たちがこの地から逃げるように去った後、全てを差配してくれた二人に、今、深い感謝を捧げる。 彼らがいなければ、ラジアナにどれほどの混乱が生じたか知れなかった。

(この想いが……あなたたちの元へ……どうか届きますように……)

「ノゾミ……」

 そっ……と、スウェイワナがその肩に手をかける。

「スウェイ……」

 少し顔を上げれば、彼が微笑して、肩を抱き寄せた。そして、並んで彼方を眺める。

「……本当に今更ですが……改めて、あなたへ謝罪し……真実の求愛を、させてください」

「スウェイ……」

 互い、見詰め合う。

 ややして、希望は小さく頷いた。

「ただ……この期に及んで言うようなことではないのかもしれませんが……。僕は、やっぱり……神の存在を、信じられません」

 これだけ神の恩寵を体感していながら、何とも強情な考えである。

 スウェイワナには、返す言葉もない。

「けれど……天に畏敬の念は抱いています」

「……天?」

 あちらの世界にいた間にも不思議に思った概念だ。

 結局未だ、スウェイワナにとってそれは謎のままの神秘である。

「あるがままのもの……。人の力の及ばない……遙か大きなもの。意志はなく、ただ、生きる者はそれを鏡にする……。そんな……ところでしょうか? 天と言うものは、あちらでも、東洋人以外には、なかなか理解出来ない考え方のようです」

 希望はそう言って苦笑した。

「何もかもを見渡す存在でもあります。特に僕たち日本人は、それに「お天道さま」と言う敬称を与え、あまねく恵みを与える太陽のような尊いもの……と捕らえているのです」

「…………。申し訳ありません。私には……」

 哀しいかな。スウェイワナは所詮この世界に生きる人間でしかない。

 異なる常識と価値観の壁は、そう易々乗り越えられるものではないのだ。

「いいんです」

 希望は軽く首を振った。

「僕たちは、お互い、違う人間です。何もかも分かり合える方がおかしい」

 以心伝心。それは全てに叶うことではない。断じて。

「……はい。……とても、残念なことです」

 スウェイワナは、心底そう告げる。

 しかし、希望は否を返した。

「いえ……。素晴らしいことだと、思います。互いを理解するために努力を重ねれば、きっと、……より良い「何か」を生み出せるはずです」

 確信だ。

「……ノゾミ……」

 スウェイワナは、圧倒された。

「今度こそ、自分の中の物差しだけで自分以外の全てに対して勝手な判断をせず……二人で、多くを相談しながら……生き……て……」

 途中で言葉が潰えてしまう。

 希望は、堪えきれない涙を迸らせた。

「ノゾミっ……」

「……こわ、かったんです……」

 抱き締めるスウェイワナに縋り付き、あまりにも遅すぎる告白を彼は告げる。

「あの夜……。僕は……こ、わ……くて……」

「ノゾミっ! ノゾミっ! 許してください。もう二度と、あなたを踏みにじるようなことはしません」

「……スウェイ……」

 夫の胸に、希望は頬を埋めた。

「やり直したい……。最初から、全てを……」

「愛しいノゾミっ!」

 スウェイワナは、一層の力で最愛の伴侶を抱き締める。

 そして、天を仰いだ。

「我らがローディアナ神の御前にて……我が伴侶となりしノゾミを、生涯かけて愛し、守り慈しみ続けんことを誓います……!」

 ようやくの、真実の誓いである。

 希望は言葉もなく、何度も何度も頷いた。

 そして、顔を上げて、口付けを希う。

 スウェイワナは、切ない表情でそれに応じ……希望の手が、震えながらも先を促すのを、愛しい身を抱き上げた。

「……あっ……」

 口付けが解かれて、希望は溜め息のような声を零す。

「愛しています……。この先の生涯……あなただけを……」

「スウェイ……」

「私は……あなたの願う全てを叶えるために……この世に生を受けたのです……」

 何の気負いもなく、スウェイワナは本心からそう告げた。

 思いがけずに担うに至った帝国の真実の主は、希望なのである。

 彼が挑む何もかもを実現させるために自らは働き……そして、その業績の全ては希望の名を讃えることになるはずだ。

 今、スウェイワナは、そう決めた。

 恩賜の皇后のために影となって全力を尽くし、名を残すことなき皇帝になろうと……。

 彼は、ゆっくりと希望を寝台に横たえる。

 恐怖の記憶が甦ったのか、希望が小さく身じろぐのに、頬を合わせて微笑した。

 すると、希望の身体から力が抜ける。

 スウェイワナは、生涯の伴侶の上に、ゆっくりと覆い被さる。

 口付けを繰り返し繰り返し、そのたびに、慈しみを捧げた。

「スウェイ……スウェイ……」

 涙ながらに、希望は夫を呼ぶ。

 労りの限りを込めて、スウェイワナは伴侶を愛おしんだ。

 触れる肌の何もかもが、彼を魅了する。

 無惨だった初夜の床では、希望を誹謗するために、「柔らかくもない、つまらぬ身体」などと心ない中傷を口にしてしまったが、無論、そのようなことは断じてない。

 柔らかなだけの女の身体とは全く異なる……正に神の奇跡としか称し得ない麗しさに、当時とて魅了されていたのだ。

 けれど、愚か極まりないかつてのスウェイワナは、懸命にそれから目を背け、罵りの声を上げてしまった。

「……あなたは……本当に……美しい……」

「スウェイ……」

 その言葉に痛ましい記憶が甦り、苛まれたのか。ひどく怯える希望に、今更の真実を、スウェイワナは懸命に告げる。

 雌雄双方の麗質を併せ持つこの造詣の美。

 人を越えた神の恩賜。

 その至上の宝を与えられながら、何一つ真実を理解せず……否、向き直ろうとすらしなかった自らが、むしろ哀れなほどだった。

 もしかしたら、神の副使アルビオレは、それを内心で嘲笑していたのかもしれない。

 あの男もまた、類い希なる恩寵の伴侶と結ばれた「幸せ者」だったはずだ。

 けれど、スウェイワナとは異なり、至上の存在を、自らの全てで愛し慈しんでいた。

 だからこそ、あれほどの器量を持ち得たのか……。

「私の人生の全ては、あなたのためにあります……」

 心からの言葉を告げる。

「……スウェイ……」

 黒の双眸に涙を滴らせながら、希望は愛しい夫に縋り付いた。


 互いを想う温もりに満たされて……二人は、今度こそ本当に結ばれたのである。


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