58. もう一度誓いを
リリちゃんは意外に図太いです。
次話で、完結になりそうです。
「お帰りなさい。シリウス様」
執務室の隣にある、クラウスお兄様の私室でお待ちしていました。さすがに、執務中のお部屋に部外者である私がいるのは何なので、お兄様が気を利かせて下さいました。アレッド王太子様の執務室を挟むようにお兄様とセーヴル様の私室があったのです。初めて入ったクラウスお兄様の私室は、屋敷の部屋と一緒で凄くシンプルです。
一応、ルシェール様に渡したお見舞いのパイと、同じものを別にご用意していたので、サーブして貰えるようレブランド様にお願いしてきました。もちろんレブランド様にも召し上がって下さいと言いましたよ。いつもお世話になっていますもの。そんなことをしている間に、シリウス様が戻っていらっしゃいました。
「こちらにいらっしゃったのですね?」
「はい。流石にお隣ではお邪魔になってしまいますので」
シリウス様は、傍までいらっしゃると、私の手をキュッと両手で握り締めました。
「?」
どうしたんでしょう。シリウス様はじっと私を見詰めています。
「シリウス様?どうされました?」
「・・・送りましょう」
馬車で送って下さると思っていた私は、のほほんと玄関ホールまでエスコートされました。でも、外には馬車がありません。
「おやっ?」
思わずシリウス様を見上げました。シリウス様の視線の先には綺麗な白馬が一騎。白い鬣は豊かで、艶々した身体は見るからに速そうです。
「私の馬で、名をブランシェといいます」
「ブランシェ?近くに行っても良いですか?」
頷いて手を引いて下さいました。近くまで来ると、ブランシェは私をじっと見詰めます。賢そうなその瞳は、明るい茶色で金色の睫毛に縁どられています。すると、ブランシェが私の頭に自分の頬を擦り付けてきました。あらあら。
「こら、ブランシェ。リリが気に入ったのか?」
シリウス様がクスクスと笑いながら、ブランシェの鼻づらを優しく撫でて、私の髪も手櫛で直して下さいました。私もブランシェの首元を撫でます。少し高めな体温と手触りの良い肌が気持ち良いですわ。
「今日は、ブランシェでお送りします。宜しいですか?」
おお。馬ですか。
私は余り乗馬は上手くないのですが・・・・心配そうな表情に気づかれたようで、大丈夫ですから。と念押しされました。判りました。腹をくくりましょう。
何て、思っていましたら、腰に手を当てられ、ひょいっと持ち上げられました。
「ああっ!?」
「大丈夫です。一緒に乗りますから」
シリウス様は私をブランシェの背に乗せると、ひらりとその後ろに跨りました。凄く高いし、ぴったりと密着するように包まれて、どう考えても落ち着きませんよ!!
「リリ。私に寄り掛かって下さい。その方が安定します」
判っています。わかっていますけど!?
ブランシェに二人乗りした私達は、王宮からグランデルク伯爵家に向かいます。
いや、すれ違う人たちが皆見ていますよ。何の苦行ですかコレ?
爽やかな風は気持ち良くて、馬車で見る風景とは全く違って見えます。そろそろ太陽は西に傾き始めていて、広場の時計塔は長い影を落としています。
ブランシェはシリウス様の手綱によって、軽快な歩みで進んでいます。たまにはこんなお出かけも良いですね。
「リリ。少し遠回りをしても良いですか?」
柔らかな低い声が私の耳に囁かれます。
「と、遠回りですか?はい。大丈夫デス」
耳元に息がかかってドキドキしてしまい、お返事に声が裏返りました。シリウス様がクスっと笑ったような気がします。
「それでは、行きましょう。良く掴まって下さい」
そう言ってブランシェのお腹を軽く蹴りました。こんな時間からどこに行くおつもりでしょう。
広場を抜けて丘の上まで上がってきました。そこは、王都を一望できる高台で、景勝地としても有名な庭園です。広大な花畑は、季節の野の花で一面水色に染まっています。真っ白い東屋が点在しているそこは、西日を浴びてキラキラと輝いていました。
「綺麗な場所ですね・・・」
「そうですね」
シリウス様はブランシェから降りると、そっと私に手を貸して下さいました。ブランシェを連れて、二人でゆっくり小道を歩きます。こんな風に外を歩くなんて初めての経験です。
「シリウス様、ありがとうございます。聞いたことはあったのですが、初めて来ることができました」
嬉しくなった私は、シリウス様の袖を引いて彼の耳に嬉しさを告げました。が、顔が近いですわ!気づくのが遅れました!
チュッ。唇に柔らかな感触。
「なっ!!」
シリウス様にまた、口付けされました。もう、今日何回目ですか!!でも、シリウス様は真剣な目で私を見ています。どうしたのでしょう?何だか様子が違います。
「もう少し、先まで行きましょう」
クイっと手首を掴まれると、指と指を絡めて手を繋がれました。こ、これは、いわゆる ≪恋人繋ぎ≫ ではありませんか?シリウス様は、少し足早に急ぎます。この先に何があるというのでしょう?
「うわぁああ!海が見えますわ!」
丘の先端まで行くと、その先には海が見えました。静かな海原に、夕日がキラキラと反射して金と赤のグラデーションが見事です。海を見るのも初めてですが、眼下に広がる王都のコントラストと海、夕日のバランスが何とも言えず一枚の絵画のようですわ。
思わず手すりに駆け寄ると、その風景に感動してしばらく言葉が出ませんでした。
「リリ」
手すりに掴まる私の後ろから、シリウス様が抱きしめるようにそっと手を重ねてきました。ドキッとして振り向こうとしましたが、その声音が、さっきまでの雰囲気と違うことに気が付きました。
「リリ。私と結婚したことを後悔していませんか?」
「はい?」
「・・・貴方の気持ちを急かすように結婚してしまったので・・・」
「シリウス様?」
「貴方には、これから色々な出会いがあったはずですが、それを握りつぶすようにしてしまいました」
「出会いですか?無かったと思いますけど?」
「・・・例えば、ルシェール殿の事だって、今なら問題は無かったはずです」
「・・・・・ルシェール様?」
「例えばです・・・」
「シリウス様!!何ですか!?何をおっしゃっているのですか!?誰と出会おうと関係ありませんわよ。貴方が私と結婚したいと思って下さったのではないですか!?申し込んで下さった貴方と結婚したいと、私もお返事したでしょう!?」
何だか、ヘタレな問いかけに思わず大きな声が出てしまいました。だって、今更コノヒトは何を言っているのでしょうか?
「一世一代の決心をして求婚してきた男とはどなたの事ですの!?」
留めの決定打を打ってやりましたわ。貴方はそう言って、私に結婚の返事を迫ったのですよ?お忘れではないですわね?
シリウス様を見上げて、もう一度大きな声で言いました。すると、彼は目を見開いてから数回瞬きをすると・・・
「くっくく。あはは・・」
また、笑い出しましたわ。笑い上戸にも程がありますわ。私は真剣に言っているのですよ!!
「シリウス様!!」
思わず拳を振り上げました。いや、殴ろうとかは思っていませんでしたけど・・・
「リリ」
振り上げた拳は、シリウス様に柔らかく受け止められました。そして、その手を引くと、彼は私の前に跪きました。
黄金色の髪がさやさやと風に靡いて、うっとりするような美しさです。まるで、天上の騎士様のようですわ。シリウス様のサファイアブルーの瞳に、私が映っています。多分、私の瞳にも彼の姿が映っているでしょう。時が止まったように思えました。
どの位そうしていたでしょう。しばらく見詰め合っていましたが、シリウス様が意を決したような真剣な声音でおっしゃいました。
「リリ。改めて言わせてください。私・・・シリウス・スタンフォードの妻になって下さい」
「愛しています」
シリウス様が、私の手にゆっくりと口付けを落としました。そして、見上げられた蕩ける様なその笑顔に、泣きたくなるような幸福感を覚えました。私も言わなければいけません。言いたいことは決まっていますもの。
「シリウス様、私をシリウス様の妻にして下さい・・・・愛していますわ」
シリウス様は立ち上がると私の頬に手を添えます。優しく撫でられて、涙が一筋零れました。
夕日の輝く丘の上で、私達は誓いの口付けを交わしたのでした。
次話で完結予定です。
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別話「異世界エステティシャンは、王室御用達!」も
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