49. ルシェール・サウザランドという男(1)
ルイ君の生い立ちについてです。
まずは、自国にいた時までにしましょう。
大陸の西側にある大国。隣国のメルト王国とは王族の婚姻と両国を隔てる険しいハルナ山脈の開拓協力で友好な関係だった。
現在の国王は、先代国王と正妃との間に生まれた第一王子だ。因みに一夫多妻制の王国と一夫一婦制のメルト国とでは、隣同士ではあってもそこだけが違っていた。先代の国王には正妃の他に四人の側室がいて、異母兄弟が何人もいた。
四人目の側室は、王宮で筆頭医官として仕えていた医師の娘であった。元々、筆頭医官の職は代々王族の主治医として医術を収めた高位貴族であり、王宮に出入りすることも多かった。貴族の娘にしては珍しく、自身も医術に精通し、いずれは王立病院に籍を置くと思われていた。しかし、その利発さが王の目に留まり側室に望まれて後宮に入った。
そして、国王と第四側室との間に生まれたのが父だった。すでに、国王には正妃との第一王子が王太子として認められており、他にも多くの王子と王女がいた。父は、王位継承も遥かに遠い第八王子という立場であったため、爵位を賜っていずれは家臣として第一王子を支えるはずだった。
「私の父は、母の血を受け継いで、幼い頃から医術に頭角を現していたと聞いています」
ルシェールは、握りしめた手を見つめて静かに回想した。
父は成人すると、母方の爵位を継いで王立病院の医官として従事することになった。元々、国政に興味は無く、ただひたすらに医術の進歩と後進の育成に心血を注いでいた。
第一王子が国王に即位した頃、父は母と出会い結婚した。政略結婚ではあったが、お互いを尊重し合った仲の良い夫婦であり、父は母以外の女性を娶ることも無かった。
王立病院の仕事と、自身の研究に忙しく過ごしていたため、異母兄弟である他の王子達たちとは王室行事でしか会うことは無かったという。
王位継承権などあって無きがごとしであったが、兄王の息子が王太子となるまでは放棄をしないと決めていた。それが、王族としての義務と思っている、と。物心がついた時に聞いたことがあった。
王子である父と貴族の娘であった母の愛情に包まれて、私は何不自由なく育てられた。生まれた時に銀髪であったことから、父は少し複雑な思いを抱いたと聞いている。紛れもないトウレンブルク王国の王族の血だから。
「ぼくは、おとうさまのようなおいしゃさまになるの!」
幼い時から、それが私の口癖だった。学園に進むようになると医術の専門知識を得るために、王立病院や研究室によく連れて行って貰い、屋敷の庭に薬草園も造った。
そんな父は私と同じ銀髪だったため、トウレンブルク王国ではすぐに王族であると判った。爵位を持ったまま市井に混じるということは、よからぬ思惑を持った人間も呼び寄せてしまうこともある。
そして、5年前に事件は起こった。
当時私は14歳だった。
その日、前日から父は研究室に泊まり込んでいて不在だった。研究熱心な父が、病院や研究室に泊まり込んだりするのは珍しいことでは無かった。我が家では当たり前の夜だった。
外から騒がしい声と馬の蹄の音がして、屋敷の扉を激しく叩く音が響いた。階下では侍従が玄関を開けたような気配がした。静かな夜から一変して世界が変わった。
「フレッド殿下はいらっしゃるか!?」
応対に出た侍従が不在を告げると、王立警吏団が屋敷の中に押し入ってきた。先頭にいた大きな男が巻紙を高く掲げて言った。
「国王暗殺未遂容疑により、屋敷検めを行う!!」
「フレッド殿下を逮捕せよ!!」
騒ぎを聞きつけた母は、悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。私はそんな母を支えるとズカズカと踏み入ってくる団員達に向かって叫んだ。
「そんなはずは無い!父上が暗殺など企てるわけが無い!!何かの間違いだ!!」
と。
「国王は毒殺されかかったのです。その毒は、新薬として新しく開発されたばかりの物でした。本来ならば薬として使えるものですが、国王に使われた物は未完成の物でした」
ルシェールは当時の事を思い出し、唇を噛み締めた。
「なぜ、そのような物を?」
「何者かが、開発途中の薬を盗み出したようです。当時の王室は現王を支持する派閥と第二王子を押す二派に分裂していたと聞いています。異母兄弟である王子たちも二派に分かれて覇権を争っていたようです。私の父を除いてはですが」
「薬の開発者は貴方の父であるフレッド殿下であったのか?」
じっと聞いていたアレッド王太子が、悲痛な面持ちでルシェールを見つめた。
「はい。父は暗殺などには加担していない。薬は命を救うものだ。医術に真剣に向き合っていた父が、人の命を殺める物を作ったり、使ったりは絶対にしない。父は第二王子派の策略に陥れられた」
重苦しい空気が部屋の中に充満している。クラウスが書棚から一冊の書を引き出した。
「トウレンブルク王国でクーデターがあったことは判っています。国王が毒殺未遂に合ったことは知られていませんが、第二王子派が粛清されたということは知っています。当時は関係が疑われた貴族たちの亡命や逃亡の可能性があると通達がありましたから」
書に記載された内容を指でなぞると、その頁をパタンと閉じた。
「ええ。父は無実でしたが、使用された薬が父の物であり、策略によって第二王子に協力したという事実を捏造されました。父は無実を訴えましたが、聞き入れられることは無かったと」
「そして、クーデターは失敗に終わり、第二王子をはじめとした派閥は厳しい粛清を受けることになりました。父は獄中で無実を訴えたまま、自らの命を絶ちました。私達家族は関係無いと、命を懸けて嘆願したのです」
オーキッドがルシェールの肩を優しく抱きしめると、その先を続けた。
「彼の父親とは面識があったのだ。私の父、先代のパルマン辺境伯であった父が病床に伏していた頃、国内の医師だけではなく、隣国の医師であったフレッド殿にも看て頂いていた。だって、隣国に近い我が領地まで、その評判は届いていたからね。尤も、かなり病状が悪化していたから、フレッド殿に診て貰った時には手遅れであったけど」
「親身になって最後の治療をしてくれた彼には感謝しか無かった。その彼が数年後に、クーデターに加担して挙句に命を落としたと聞いた時には驚いた。そして、幼かった彼の息子の事を思い出した」
遠い目をしてオーキッドが続ける。
「すぐに彼の消息を探った。粛清の範囲は、遺恨を残すことが無いように容赦なく行われる。それが王制を守る最良のやり方だ。私は、せめて彼の家族を助けようとしたが・・・」
「母は、父の死を知ると自らも死を選びました。母は・・・弱い人でしたから」
「残念ながら、奥方を助けることは出来なかったが、私はフレッド殿の汚名を晴らすため奔走し、彼がクーデターに無関係である証拠を掴んで直訴した。それはクーデターから1年以上経ってからの事だった。しかし、王弟が無実の罪で命を落としたなどと、今更公表はできない。私は現王と秘密裡に協定を結び、フレッド殿の名誉回復を求めた」
ルシェールの額にうっすらと汗が滲んできたように見えた。もしかして、傷による熱が出てきたのかもしれない。リリは彼の様子に気づくと、水差しの水をグラスに注いだ。
「カルバーン様、お薬を貸して下さいな」
「ルイ様、お薬をお飲み下さい。痛み止めと、熱冷ましを」
リリが薬を寄り分けて、グラスの水と共にルシェールに手渡した。ルシェールは目を見開いてリリを見詰めていたが、大人しく水と薬を受け取って飲み干した。
「国内ではまだ火種が燻ぶっていたから、私はルシェール殿を保護するため、パルマン領に匿って名前も母方のサウザランドを名乗らせていた。でもね、彼は目立つ銀髪だし、見る人が見れば一発でトウレンブルク王国の王族の出たって分かっちゃうから、仮面を着けて過ごさせていたよ」
そこまで話すと、オーキッドは深い溜息をついて、リリを見詰めて言った。
「ねえ、リリちゃん。記憶、戻っているでしょう?」
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