38. 騎士と妖精姫と辺境伯
三人それぞれ朝を迎えました。
辺境伯は今日もドレスです。
意外とルイ君が、一番普通の人かもしれません。
シリウスは、朝早くから剣の鍛錬を行っていた。早朝の空気の冷たさが気持ち良い。王宮内にある近衛騎士団の宿舎にはもう何年も住んでいる。副団長という職位と公爵家の嫡男という身分から、屋敷から通うことも当然できた。しかし、敢えてそうしなかったのは、女性がらみの申し入れが多すぎて煩わしかったからだ。それについては自身は静観し、後は両親に丸投げをしていた。
(両親には、申し訳なかったが、それも昨日で終わった)
剣を置き、汗を拭うと昨日の事を思い出した。一気に停滞していた時が動き始めたのだ。自身もリリという伴侶を手に入れたし、そのリリは無くしていた記憶の一部を取り戻した。
(しかし、気に入らないですね。私より先に彼女に触れていたなど。それも2年も前に)
結局、リリはシリウスによる尋問によって、ルイとの馬車での出来事を白状させられていた。美しい見惚れるような笑顔で、目を見つめられて膝に抱かれたリリを陥落させるなど、彼にしたら赤子の手を捻るように簡単だった。普段なら余程の諜報活動でなければ使うことが無い方法だが、リリ相手には足りない位に感じていた。
耳まで真っ赤にして涙目で自分を見つめるリリが、愛らしくて、愛らしくて、気づかず思い出し笑いのように唇が上に上がっていた。
「「副団長、どうかされたのですか?」」
剣を打ち合っていたマルカムとトーレスが怪訝そうに声を掛けてきた。
「何もない。私は、この後アレッド殿下の所にご報告に行く。ああ・・・そうだ。お前たちには言っておこう」
「はい?」
「昨日、リリ・アンナ・グランデルク伯爵令嬢と結婚した」
「「ええっ!?」」
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「で?リリ嬢は全て思い出したのか?」
「いいえ、王宮から屋敷に着く前、正確には連れ去れて馬車の中で目を覚ましてから、再度眠り薬で眠らされる間の事です」
アレッド王太子は腕組みをしながら聞いている。当然執務室にはクラウスとセーヴルもいて、アレッドの座る椅子の両脇に控えていた。そして、シリウスは彼らの前に直立して、いつも通り淡々と報告した。
「そうか。そうすると、銀髪の誘拐犯の事も思い出したのか?彼に見覚えがあったか?」
「彼の事は思い出しましたが、見覚えは無かったようです」
「どんな男だ?」
「・・・フザケタ野郎ですよ」
「・・・シリウス?どうした?何かあったのか?」
聞きなれない言葉遣いと、真っ黒の空気を醸し出したシリウスに三人が凍りついた。こんな時のシリウスには近づかないのが一番なのだが。
「シリウス。これからの事を相談したいから、リリを迎えに行ってくれないか?今夜中にパルマン辺境伯が王都に着くから、本人も含めて相談しておきたい。もう、その方が良いだろう?」
クラウスが空気を読んで話を振った。そうだった。問題はパルマン辺境伯が王都に向かってすぐそこまで来ているということだ。リリにどんなことが起きるか判らない。取れる対策は考えておく必要があった。
「承知した。それでは殿下、グランデルク伯爵家に行って参ります」
騎士の礼を執ったシリウスは、颯爽と部屋を出て行った。
「ねえ、あいつ、あんな感じだったけ?」
セーヴルが呆れたような顔をした。
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昨夜は怒涛の急展開でした。
シリウス様と、クラウスお兄様とのアブナイシーンを見て誤解をしてしまった私は、旦那様となったシリウス様に甘々に誤解を解かれて、その状態から ≪マートン≫ の秘密のポッケに入った2年前の記憶を見つけました。読み進めているうちに、重大なことを思い出してしまったのです。そうです。ルイ様にキスをされた(正確には口移しで眠り薬を飲まされました)ことです。
隠そうとしましたわよ?何も旦那様に詳しく知ってもらう必要もありませんから。
でもね。優しくて見惚れるほどの綺麗なお顔ですが、目が、あのサファイアブルーの目が、怖かったのです。だって、スタンフォード公爵家の ≪真実を見る青≫ に尋問されたらどなたでも陥落するでしょう?
結局、昨夜遅くまで話を聞かれて、許して貰えたのはずいぶん遅い時間になっていたと思います。そう言えば、シリウス様は(まだ、貴方を泣かせる訳にはいきませんから)とか言っちゃって、私に意地悪するつもりだったんですよ!!
まあ、そんなこんなで、今朝の私はいつもより寝坊をしてしまいました。マーサが起こしに来てくれて支度をするときに、お兄様からの伝言を伝えて貰いました。
なんですと?シリウス様が迎えにいらっしゃる?王宮に呼ばれているとな?
はい。はい。もう怒涛の昨日を経験した私は、もうどこにでも行けますわ。驚きませんことよ!!
「マーサ。ドレスはどれにしようかしら?」
マーサと一緒に衣裳部屋に入って考えましよう。沢山のドレスを見ながら、あーでもない、こーでもないと二人で選びます。そうですね、やはりここは一番似合うという薄桃色のドレスにするか、新調したばかりの青い小花の刺繍がされたドレスにするか。それともリボンが可愛らしいクリームイエローのドレスにするか。
「そうだわ、サファイアブルーのリボンがあったわね?あのリボンを髪に付けたいわ!それでこの青い花の刺繍のドレスにしましょう。シリウス様の瞳色ですものね!」
「リリ様!それ素敵です!!シリウス様もお喜びになりますわ。早速、リボンをお出ししましょう」
マーサはクローゼットの上段に置いてあった箱を取ろうと、爪先立ちをして手を伸ばした。よそ行き用の小物入れは引き籠りだった影響か、邪魔にならない上の方に仕舞い込んでいたのです。
「マーサ、気を付けてね」「きゃあ!!!」
言っている傍から、マーサの上に小物入れと衣装箱が降ってきました。
「もう、大丈夫?マーサ、怪我してなくて?」
落ちた箱をマーサの上からどかすと薄桃色の塊がパサリとこぼれ出てきました。
「あ、あのときのドレス・・・」
お母様が顔色を変えて私から奪ったドレスですわ。なぜか、試作品のドレスなどと意味不明な言い訳して、侍女に片付けさせたあのドレスです。私は箱からこぼれたドレスを、そっと手に取ると改めてまじまじと見ました。
「やっぱり。このドレス、私知っているわ。この悪趣味な刺繍。見覚えがあるもの」
これも戻ってきた記憶の一つでしょうか?などと考えていましたが、いけません。ゆっくりしていられないのでした。シリウス様が迎えに来てしまいます。
「マーサ、急ぎましょう。お迎えが来てしまいますわ」
ドレスを箱にしまうと私とマーサは慌ただしく支度を始めたのでした。
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「ハックション!!」
「どうしました?風邪でも引きました?」
馬車は王都に向かう大街道を順調に進んでいる。天気も良く風も爽やかだ。くしゃみをしたオーキッドを見て、ルイが馬車の窓を閉めながら尋ねた。
「いや、何だか、悪口を言われたような気がする・・・?」
「そうですか。そうでしょうね?・・・結局、今日もその格好ですか?」
ルイが呆れたように目の前の人物を見た。
「良いでしょう?これ。王都で流行りのドレスだよ?今シーズンは花の刺繍が流行りだってさ。この胸周りの刺繍が凝っているんだよ」
「そうですか。確かに手の込んだ刺繍ですね。貴方の格好のせいで、最後まで支配人は私を旦那様と間違えていましたよ」
「いいじゃない別に。それより、タウンハウスに行かないで幻惑の館に行こう。そこにしばらく滞在しよう。久し振りに綺麗なお花達にも会いたいしね?」
「まったく、何を考えているのですか?ややこしくしないで下さいね?面倒事はご免ですよ?」
「折角の王都滞在だから楽しくしようよ。心配しなくても大丈夫!」
「・・・・」
「本当だよ?」
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