37. 辺境伯はドレスを着る
パルマン辺境伯はアブナイところがありますが、
根は良い人?だと思います。
侍女はテキパキとドレスに手を掛けると、手慣れた様子で脱がしていく。背の高いオーキッドは、少し屈んで彼女が脱がし易いようにする。さすがに、女性の様な細いウエストにはできないが、特注のコルセットで締め上げている。美しいスタイルとドレスとのバランスを保つためだ。
「さあ宜しいですわ。どうぞお湯に浸かって下さいな」
バスオイルを数滴たらすと、侍女がお湯の温度を確かめた。薔薇の良い香りが浴室中を満たす。
「ああ、いいお湯加減だ。ありがとう。生き返るね」
「それはようございました。ごゆっくりなさいませ」
そう言って、侍女はにっこり笑うと浴室を出て行った。いつもの習慣で、オーキッドは自分で入浴をする。さすがにドレスとコルセットを自分一人で脱ぐのは骨が折れるので手伝ってもらうが、入浴は自分でできる。辺境伯と言われている以上、国境を守るための為の野営も要塞での粗野な生活にも慣れているからだ。
目を瞑り、肩までゆっくり湯に浸かる。コルセットで固まった身体が解けていくような気がする。
「さて、これからどうしようかな」
口調とは裏腹に、その表情は楽しそうに笑っていた。
「おい、ルイ。どう思う?」
「どうって、どうしようも無いでしょ。リリ嬢は結婚してしまった訳ですし」
オーキッドが入浴中のため、ルイとカーンは主の部屋で待っていた。じっと待っていることに耐えられなくなったカーンが、ルイが座っているソファの隣に腰を降ろして聞いてきた。目だけをカーンに向けると、溜息交じりにそう答えた。
「オーキッド様が何を考えているか判んねえよ。結局どうしたいんだ?リリ嬢のことを本気で嫁にしたいと思っているのか?」
「どうでしょうね。本人に聞いても『本気』って言うだけだし。その割にはいつものオーキッドのやり方ではないですしね」
「欲しけりゃ、欲しいって、正攻法で言えば一番手っ取り早くて確実だったのに。わかんねーな?」
確かに、2年前にもそう思っていた。辺境伯の彼が正攻法で伯爵家に娘との結婚を申し込めば、何の問題なく(?)婚約できたはずだった。それなのに誘拐など計画した。まあ、リリ嬢が思ってた以上に ≪図太いお嬢様≫ (良い意味で)だったので、早々に足が付いてしまったけれど。
「とにかく、私は彼の望むようにします。貴方はどうしますか?」
「俺だってそーよ。オーキッド様には恩があるしね。それに面白いことが起きそうだし?」
その後、オーキッドは上機嫌で入浴を終えると、二人に明日は予定通りに出発すると伝えた。侍女達にもその旨を伝えるためカーンが席を立つと、ルイも自室に戻ろうと席を立ちかけて、思い出したようにオーキッドを振り返った。
「そうでした。貴方がドレスを着ているお陰で、支配人は私が旦那様と勘違いしています。そろそろ侍女頭のような恰好は止めたら如何ですか?」
「えーっ。良いじゃない?油断されるし、本意が見れるし、何より似合っているし」
「せめて、リリ嬢にお会いするときには止めた方が良いです。彼女は貴方のその姿を見ていますから。フラッシュバックして思い出してしまうかもしれません」
「それを言うなら、ルイは素顔を見られているじゃない?それに彼女が思い出したとしても、奥様になっている今、事を公にするかな?彼女の夫は、堅物で真面目な宮廷近衛騎士の副団長だよ?それも筆頭公爵家の夫人になる立場になった訳だし?」
「さて、あの娘はどうするだろうね?僕たちを思い出すかな?」
オーキッドは扉の外にルイを追い立てると、そのまま片目を瞑って茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
オーキッド・フォン・パルマン辺境伯といえば、変り者で有名だった。幼い頃から優秀で、教養も武術もすべて優秀な有力貴族として有名だったのに。
血統に王家の血を引く彼は、黒髪でどことなくアレッド王太子に似ていた。学生時代は優秀で生徒会役員だったし、6歳年下の王太子が学園に入学してきたときは、監督生として面倒を見ていたこともあった。大学に進学すると卒業まで主席の地位が揺らぐことは無かったが、剣術や馬術の実技授業には気が向かなければ出なかった。その癖、実技試験だけには参加して合格を攫っていったので、教師や腕自慢の学生からやっかみも多かった。
教養も武術も優れていたが、何よりも行動の基準が ≪好き≫ か ≪嫌い≫ だった。それもあくまで本人視線なので、人であれば相手が嫌がろうが、避けられようが、何だろうが関係無かった。だから、好かれる者には好かれるし、嫌われればもう二度と会うことは無い。
大学を卒業すると同時に、父の跡を継ぐべく国境近くの領地に帰って来た。兼ねてより病床にあった父は息子の帰郷を喜んだが、息子の後継に安心したのかしばらくして永眠してしまった。母はすでに亡く、年の離れた姉がいるだけだったが、彼女は王立修道院のシスター長としての職務に就いていて頻繁に会うことは出来なかった。
長い間離れていた不慣れな領地での生活で、最初は母の形見のドレス達を見て思い出に浸っているだけだったが、そのうち自身に母や姉の面影を見つけるようになってから変わった。どちらかというと骨格は細く、美しい女顔が幸いして余り違和感が無かった。彼は女装をするようになった。
凛々しく優秀な辺境伯だったはずが、いつの間にか『変り者』『女装伯』などと噂されるようになり、煩わしさから領地に引きこもりがちになった。
彼は、寂しさと心の隙間を ≪趣味≫ と ≪人≫ と ≪領地≫ に求めた。
領民と領地を愛し、お気に入りの人間を傍に置き、趣味の ≪美しい物作り≫ を楽しんでいた。
王宮からの呼び出しには興味も無かったので、自分の好きなように振る舞い、揶揄い、遊ばせてもらったら、翌年からは無理強いをされなくなった。
特に陛下や王妃は昼夜構わず関わってくる彼に、ほとほと困っていたと後から聞かされた。楽しくなって、王太子にもちょっかいを掛けたら、二度と王都に来るな!!と涙目で怒鳴られた。それが、少し嬉しかったような気がする。
結局、寂しがりやなのだと思う。冷静に自分の事を分析した結果それに思い当たった。肉親の縁が薄かったので、自分を必要としてくれる者には手を貸してしまうところがあった。それが可愛らしかったり、自分好みであれば尚更のこと。
「この性分は治らないね」
自信を持って断言できる。
開け放った窓辺で、長い髪を風に靡かせていると、2年前のリリの姿が浮かんだ。可愛らしい妖精の姫君の様な姿。噂に聞いていた以上だったし、話してみれば少し変わったお嬢様だった。そんなところも好みだな・・・と思っていた。
「しかし、シリウス君がねぇ? あの一件で二人を近づけちゃったかな。だとしたら誤算だったな」
「まあ、彼を揶揄うのも面白いよね。私達の ≪妖精姫≫ を掻っ攫ったんだから。でも、ルイの為にも何とかしたいね。さて、どうしようか?」
一人ごちながら、窓を閉めるとようやく寝台に横になった。
明日も一日中馬車だな・・・と思いながら。
誤字脱字は気づき次第修正します。
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