31. 宮廷近衛騎士は妖精姫にデレる?
31話まできました。楽しんで頂けたら嬉しいです。
「・・・・」
「・・・・」
ベッドサイドに腰を掛けたシリウス様は、何かを考えるように目を伏せていましたが、
「髪が乱れてしまいましたね」
そう言って躊躇いながらそっと私の髪に手を伸ばして、さらりと手櫛で直してくれました。
「貴方は、私の気持ちを分かっていると言いましたが、どこか誤解されているような気がします」
「誤解などしていません。シリウス様を見ていれば分かりますわ。貴方は大切な事を伏せたまま私と結婚したということです。違いますか?」
お兄様へのお気持ちは、公にできるものではありません。例え、思いが通じていても筆頭公爵家の嫡男と次期国王の宰相と言われている伯爵家の嫡男ですもの。
そう言えば、事あるごとにシリウス様は私とお兄様が似ているとおっしゃっていましたが、それってお兄様の面影を私に見つけていたということでしょうか?
お兄様も、シリウス様も女性の影が見えないことで有名な方でした。もしや女嫌いなのかと噂になっていたこともありました。仕事で忙し過ぎただけと思ったこともありましたが、そういうことだったのですか・・・
「リリ、確かにクラウスから、妹と結婚して欲しいと言われました」
(やっぱり。お兄様の提案でしたか。ということはお兄様もシリウス様のことを・・・?)
「でも、それはあくまできっかけに過ぎません。私が貴方と結婚したいと思ったのです。2年前に初めて会った時から、貴方は私にとって特別な存在だったのです。他の女性にはしたことの無い行動をしました。今でも驚くばかりですが、それは貴方が忘れてしまっても、私の心と記憶には焼き付いているのです」
私を見つめる真剣な目は、とても嘘や誤魔化しを言っているようには思えません。
「なぜ、お兄様はシリウス様に、私と結婚するようにお願いしたのですか?2年前にお会いしているのに。昨日までお会いすることも無かったですわ。とても結婚を決意するようなエピソードは私とは無いと思いますが」
思わず、 ≪私とは≫ っというところを強調してしまいました。
「それには、事情があるのです。関係者が不用意に近づくことで記憶の混乱が起きたり、誤った醜聞に巻き込まれて、貴方が傷つけられることを恐れたのです。もっとも、私自身も近衛騎士団としてあの事件も調査していましたので、多忙であったことも理由の一つではあります」
真面目に、そして真摯にお答え下さっていると思います。でもね、気になる最大の疑問をはっきり聞いておかないといけないですわ。
「シリウス様は、クラウスお兄様のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
「? クラウスの事ですか? 幼少時からの友人です。親友と思っていますが、それが何か?」
「お兄様と私は良く似ていますわよね?本当はシリウス様はお兄様のことがお好きなのではなくて?」
さあ。はっきり聞いてみましたよ!もう、きっぱり肯定して貰ったほうがスッキリしますわ!
「ええ。好きですよ」
まあ!やっぱり!! でも、本人から直接聞くとちょっとショックです・・・
「なぜなら、幼い時から王国を支える同志として切磋琢磨してきた仲間ですから。私は騎士として、彼は王太子の側近として、セーヴルも同じです。時に好敵手として、時には家族以上の絆を感じてきました。ですから、そんなクラウスから大事な妹である貴方との結婚話を聞いたときは、彼から信頼されていると嬉しくも思いました」
ということは、お兄様の事は親友として?ということですか?でも、シガールームでの光景は?
「あのですね。それでは伺いますけど、シガールームでシリウス様とお兄様は何をしていらしたのですか?あんなに近づいて」
「ああ、あれはクラウスが葉巻の落ちた灰を直接掌に受けてしまったのです。それで、火傷をしたので私がグラスから氷を取って握らせていたのです。応急処置ですね」
「でも、すごく近づいていましたわよね?こんな距離でしたわ」
そう言って、私はさっきのお二人を再現するようにシリウス様に近づきました。こんな近距離だったのです。とばかりに。すると、シリウス様は一瞬身体を反らせて固まりましたが、
「きゃあ!」
なんと、私をギュッと抱きしめました!!そして、耳元でクスクス笑い始めたました。
「ようやく判りました。貴方の聞きたいことが」
くすくす笑いながら、私の髪に顔を埋めて背中を優しく撫でています。いきなりの行動に驚いた私は、腕を突っ張って離れようとしますが、広い胸に抱き寄せられてびくともしません。何が可笑しいのでしょうか!ジタバタと暴れる私を腕の中に閉じ込めたまま、少しだけ力を緩めてくれました。
もう!っと抗議をするためにシリウス様を見上げると、とても優しい瞳が落ちてきました。
「確かに、さっきはクラウスに接近していました。でも、それは彼の目にも貴方の目の様な、矢車菊があるのかと確かめようとしたからです。貴方のアースアイを思い出し、美しいブルーの矢車菊が彼にもあったかと。愛しい貴方の面影を探しただけです」
「愛しい?」
「ええ。良く似た兄妹でありますが、貴方は無二の愛しい存在です」
「お兄様でなくて?」
「はい。クラウスは貴方の兄で、私の親友です。まあ、これからは私の義兄でもありますが」
「では、お兄様への気持ちを隠すために、私と結婚する訳では無いのですね?」
「当たり前です。そんなことを考えていたのですね?止めて下さい。寒気がします」
そうして、冷たい美貌のキンキラの騎士様は、すっきりしたような笑顔でもう一度おっしゃいました。
「貴方は唯一無二の愛しい私の妻です」
(きゃあぁああああ)初めて、この方から ≪愛しい≫の言葉イタダキマシタ。
シリウス様は、暫く私を抱きしめていましたが、独り言のように、まさかクラウスとそんな風に見られていたのか。とか、どう見たらそうゆうことになるのか。とか言っていましたが、今まで意識していなかっただけで、怪しく見えることは絶対あったと思います。でもね、はっきり聞ける人はいないと思いますよ。そして、そうあって欲しいと願っている特殊な嗜好の、お姉さま方がいる事も知らないでしょうね。
まあ今は、教えてあげませんけど。
「ところで、これが邪魔なのですが」
シリウス様が、私達の間にいる ≪マートン≫ の耳を摘んで言いました。私がずっと抱きしめていたお陰で、私ごと抱きしめられていたのです。少し、むっとしたような言い方は子供の様な不機嫌さを滲ませています。
「うふふ。シリウス様ったら。この仔は私が幼い時からずっと一緒にいてくれている、熊の ≪マートン≫ですわ。彼は、小さな私の秘密や大事なことを守ってくれる騎士だったのですわ」
≪マートン≫ を取り上げると、シリウス様はツンとした表情で、
「これから、リリの秘密と大事なことを守る騎士は、私だけです」
と嫉妬心を隠さずにおっしゃいました。子供の様な表情に少しカワイイなんて思ってしまいます。
「そんなことを言わないで下さいな。≪マートン≫ は、ずっと守ってくれたのですから。小さな頃は、彼の背中のポケットに大事な物を入れていたのですわ。ほら、ここに・・・って、あら?」
ポケットに手を突っ込んだ私は、指先に何かの感触を感じました。紙のようなもの?でしょうか。シリウス様も興味を持ったようで、何が入っていましたか。と聞きながら、私の手元を見ています。ゆっくりと引き出したそれは、グランデルク伯爵家の透かし紋章入りの便箋です。何枚かが丁寧に折りたたんであります。
「こんなものを入れた覚えがありませんけど・・・」
≪マートン≫ の背中のポケットに秘密や大事な物を入れたのは、随分幼いころのことだと思います。少なくともここ数年は覚えがありませんが。
「何か書いてありますか?」
シリウス様が好奇心を抑えたような声で私をご覧になりました。まあ、でも子供の頃に書いたことならたかが知れていますわね。多分大丈夫でしょう。
「入れた覚えが無いくらい昔のことでしょうね。えっと・・・・」
便箋に眼を落して、読み始めました。
「えっと、『王歴436年、春の月、デビュタントの夜からの覚書き』・・・? 何でしょう。これ?」
最初の文章を読み上げると、シリウス様がいきなり私の手ごと便箋を引き寄せました。あまりの力の強さに、思わずシリウス様を見上げると、彼は真剣な表情でじっと便箋を読んでいました。そして、私の視線に気づくとふっと笑みを浮かべ、優しく頭を撫でて言いました。
「これは失われた貴方の記憶です」
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