26. 宮廷近衛騎士はノロケる?
初めて来た王宮近くにある貴族院の議事堂は、随分古い建物に見えます。蔓草が絡まった威厳のある佇まいで、入るのを一瞬躊躇してしまいそうです。馬車からシリウス様に手を引かれて降りると、正面玄関には若い男性がいらっしゃいました。深い緑色の袖の長いローブは文官の制服ですね。
「随分お早いお着きですね。ご無理を申されたのではありませんか?」
文官の若い男性は、ミルクカフェ色のフワフワした巻き毛が特徴的な優しい顔立ちの方です。ニコニコと柔らかな物腰しで、シリウス様とは何となく親しそうな感じがします。
「ああ、確かに急ぎはしたが、無理をしたわけではない」
シリウス様は図星を指されて、少しぶっきらぼうに答えたように見えました。この文官様はどなたなんでしょう。と疑問に思っていると、ふいに腰に手を添えられ一歩前に出されました。
「コレル、紹介しよう。こちらがリリ・アンナ・グランデルク伯爵令嬢だ」
「初めまして、リリ・アンナ嬢。私は総務省の文官で、コレル・タンザールと申します。以後、お見知りおきを」
「タンザール様?」
「コレルはセーヴルの弟です。総務省の第一書記官をしています」
「そうなのですか?リリ・アンナ・グランデルクと申します。よろしくお願いします。お兄様には、私の兄がお世話になっております」
なんと、コレル様はセーヴル様の弟君でしたか。随分とお兄様とは性格が違うようですね。コレル様は、とっても真面目そうですし、何より雰囲気が柔らかくて安心できる感じがします。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。貴方が有名な ≪妖精姫≫ のリリ嬢ですね。本当に噂以上にお美しい。さあ、立ち話もなんですから、私の執務室に行きましょう。早くしないと、噂を聞き付けた者達に囲まれてしまいます」
コレル様に促されて、シリウス様と私は広い廊下を進みます。廊下はしんとしてとても静かですが、時折すれ違う人がいて、びっくりしたような顔をされます。そりゃそうですわ。だって王国で1,2を争う程の超美形の騎士様が華やかな正装で歩いているのです。貴族院の議事堂では見かけないキラキラしさですもの。目を疑いますわね。
コレル様の執務室は東棟にあり、大きな黒い扉のお部屋でした。部屋に通された私は、はしたないとは思いつつ、物珍しさからキョロキョロと部屋の中を見回しておりました。重厚な書棚には、沢山の本がびっしりと並んでいます。
「くすっ。珍しいものはありましたか?女性に面白いものは無いと思いますけど?」
「ご、ごめんなさい。お仕事をされるお部屋が珍しくて。つい・・・失礼しました」
コレル様は笑いを堪えるようにコホンと咳ばらいをすると、私をじっと見詰めました。セーヴル様と同じ色の瞳で、よく見れば目元は良く似ていらっしゃいます。でも、そんなに見詰められますと、恥ずかしいのですが・・・
「コレル。見過ぎだ。減る」
シリウス様が、お茶を飲みながら冷たく言い放ちました。
「「はぁ?」」
思わずコレル様と私は、顔を見合わせてしまいました。聞いたことの無い言葉が聞こえましたよ?
「シ、シリウス殿が、へ、減る!って。見過ぎで、減るって!? あはははは」
すると、耐えきれ無くなったコレル様が遂に大笑いをしました。この方、もしかしたら真面目に見えるのは表面だけで、本当はいたずらっ子のような性格なのでしょうか?
「いや、ごめん。シリウス殿が余りにも涼しい顔して、普段通りだからちょっと本音を引っ張り出してやろうと思ったんだ。そ、そしたら、≪減る≫って、見過ぎで≪へ、減る≫って!ぷっあはは」
「やめろ、コレル。いい加減にしろ。リリ嬢が驚いているだろう。それよりも早く仕事をしてくれ」
お二人のやり取りは、まるで仲の良い少年たちのようです。そう言えば、シリウス様とセーヴル様は幼馴染みだとスタンフォード公爵夫人から伺いました。きっと、コレル様は幼いころからシリウス様をご存じなのね。
「リリ嬢を娶るのは誰かって、随分前から噂になっていたけど、まさか、シリウス殿とは思わなかったんです。だってこのシリウス殿ですよ?今まで、浮いた噂一つ無かったシリウス様ですよ?令嬢たちのお誘いには無関心を決め込み、降るほどの縁談はすべて無視していたシリウス様ですよ?確かに考えれば一番可能性があったのに。私も驚いているのです。リリ嬢は驚きませんでしたか?」
「コレル様でもそうなのですね。私も驚きました。今も信じられませんもの」
私とコレル様がそんな話をしていると、ため息交じりにシリウス様がもう一度(仕事をしろ)と急かしました。
「分かったよ。せっかちだね。せっかちな男は嫌われるよ。ねえ、リリ嬢?さ、結婚証明書を出して?」
シリウス様が懐から証明書の入った封筒を渡しました。コレル様は大きな机の前に座り直し、書面を確認しています。そして隅々まで確認し終わると、自らサインをして指輪になっている印章を押しました。
「おめでとうございます。これで貴方達は夫婦です。まあ、リリ嬢が17歳になるまでは婚約ですけど」
「ああ、分かっている。短い婚約期間を楽しむとしよう」
そしてシリウス様は感謝の言葉を述べると、結婚証明書を受け取り感慨深そうに書面を見ていました。私にも見せて下さると、これで正真正銘の夫婦になれます。と嬉しそうに微笑みました。
私としては、昨日からの慌ただしさが、確実な形となった。という現実を見た感じですが、あまりにシリウス様が嬉しそうに微笑むので、つられて微笑んでしまいました。
「ここで、惚気られても困るけど、他ならぬシリウス殿と ≪妖精姫≫ のリリ嬢だから良しとしましょう。とにかく、お幸せに」
机に頬杖をついて私達を見つめているコレル様は、ニコニコと微笑まれて祝福をして下さいます。
「そうだ、さっき廊下ですれ違った人達いたでしょう?彼らから貴方達二人のことが広がるの、時間の問題だよ?だって、宮廷近衛騎士のシリウス副団長と、グランデルク伯爵家の ≪妖精姫≫ の二人連れだもの」
「それでは、見世物になる前にここは退散しよう。コレル、時間を取って貰い済まなかった」
「コレル様、お忙しいのにありがとうございました。また改めてお会いしましょう」
部屋から出る前に、振り返ってご挨拶をすると、相変わらずニコニコしながら手を振って下さいました。
そして、声を出さずに(またね)と口を動かして下さいました。
(なんだか、セーヴル様みたいですわ)そう思いました。
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コレル様の執務室を後にして二人で廊下を歩いて行きます。でも、来た時の廊下では無いです。帰り道が違うことにシリウス様の顔を見上げて問います。
「あの、シリウス様。来た時と違うのですが・・・?」
「ええ。正面玄関を通らずに裏から出ましょう。さっき、貴方を見た者の反応を考えるべきでした。貴方見たさに野次馬が集まっているでしょう。配慮が足りず申し訳ありません」
「そんなことありませんわ。どちらかというとシリウス様のお姿に驚いていたようですもの。とってもお似合いで素敵ですから」
「・・・・貴方にそのように言われるのは嬉しいですが、その言葉をそっくりお返ししますよ。今日のリリ嬢は、本当に美しくて誰にも見せたく無いくらいです。ああ、今日もですね」
お互いを褒め合っていることに思わず可笑しくなった私達は、手をつないで裏口から馬車に乗り込みました。そして正面玄関前を通って貴族院を後にしましたが、そこは沢山の人で溢れていました。あそこを通って出て行くのは勇気が必要でしたね。
そして、私達は王宮に向かって馬車に揺られています。シリウス様は私と並んで座り、右手は、私の左手をそっと握っています。こんなふうに手を握るなんて、何だからしくないような感じがしますが、仕草も振る舞いもとっても優雅なので、まるで相思相愛の恋人同士、いえ違いました婚約者同士に見えますわ。
どちらかといと、もっと冷たいというか、冷静で甘々しい雰囲気など出さない方だと思っていました。だって、昨日の申し込みにいらした時は、尊大で有無を言わせない強引さでしたもの。
「貴族院から噂がどのくらいで王宮に広まるか判りませんが、すぐに陛下にお目通りをお願いしましょう」
「そんなに早く広まるものですか?それに、行ってすぐにお会いできるのでしょうか?」
「それは大丈夫です。アレッド王太子にやってもらいますから」
「王太子様に?」
良いのでしょうか?王太子様にそんなことをお願いしても。
「良いのです。今までの事を考えればおつりが来ますので」
楽しそうに微笑むシリウス様の笑顔が・・・黒いですわ。アレッド王太子様は、一体どんな借りを作られたのでしょうか?
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