22. 宮廷近衛騎士は妖精姫に返事を迫る
誤字脱字、一部微修正しました。
明るい太陽の光が燦燦と降り注ぐサンルームには、プラチナブロンドの目の覚めるような美貌の少女がいる。侍女に籠を持たせて花を摘んでいた彼女は、突然現れた騎士に驚くと一瞬後ろに下がったように見えた。2年前の背伸びした淑女の雰囲気は無くなり、今は咲き始めの白百合のような高貴さが見えた。
「だ、誰ですの?」
「リリ、今日はお前に紹介したい人がいるんだ」
シリウスは、グランデルク伯爵家に来ていた。
クラウスによって伯爵と夫人にはすでに訪問の主旨は伝えられていたため、すんなりと伯爵夫妻に会うことが出来た。伯爵夫人は顔を上気させてかなり興奮している様子だったが、クラウスに横目で睨まれると扇で顔を隠し大人しくソファに座り直した。
さすがに伯爵は落ち着いていたが、リリに結婚の申し込みに来たと聞くと、少し考えてから口を開いた。
「シリウス・スタンフォード様。公爵家の嫡男で、宮廷近衛騎士の副団長という地位にある貴方の求婚を、伯爵家からお断りすることなどできません。当家にとっても、娘にとっても勿体ないお申し出と感謝いたします。が、スタンフォード公爵家では、現公爵ご夫妻のお考えもあり貴方には、許嫁を決めずご自身の気持ちを尊重したご結婚を。とご希望されていたと伺っております」
そこまで言うと、ゴックと唾を飲んで更に続けた。
「その貴方が、いくら2年前の事件を気にされて、クラウスに懇願されたとはいえ、このような求婚を可とするなど私には信じられません。娘の為を思ってこその求婚と思いますが、それでは貴方にも公爵家にも申し訳ない」
グランデルク伯爵は、隣に座っているクラウスの頭をグリグリと抑え込んだ。
「やめて下さい、父上!」
情けない声で訴えるクラウスを(ちょっと面白い)とシリウスは見ていたが、さすがに気の毒になって伯爵に言った。
「グランデルク伯爵。きっかけは何であろうと今の私は、リリ嬢と結婚したいと思っているのです。確かに2年前にお会いした私のことなど、リリ嬢には全く記憶に無いでしょう。しかし、この2年間彼女は私の心の中にいたのです。そしてなぜ、もっと交流を持たなかったかと後悔しているのです」
真っすぐに見つめる真剣な瞳は、嘘偽りなど無いことを訴えている。そして、スタンフォード公爵家もグランデルク伯爵家との婚姻を希望しており、両親は諸手を上げて賛成していることを伝えた。
「本当に、そのように思って頂けるのであれば、私達はお願いするしかございません。しかし、娘の気持ちも尊重させて頂きたいのです。貴族に生まれて政略結婚は当たり前と思いますが、私達も愛し愛される結婚生活を娘に送って貰いたいのです」
「判りました。それでは、伯爵ご夫妻は結婚には賛成と思って宜しいですね。あとはリリ嬢に、直接求婚してお返事を頂きます」
そして、シリウスは2年ぶりにリリと再会し、リリは初めてシリウスと対面した。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・リリ嬢、返事を頂けますか?」
「・・・・・」
「リリ嬢?」
降って湧いた突然の求婚。お兄様は「シリウスの話を聞いてやってくれ」と言ってサンルームから去ってしまいました。何だか名残惜しそうに、何だか涙目でしたけど。
私はシリウス様をサンルームの中にあるチェアセットにお通しすると、侍女にお茶の用意をお願いしましたが、彼女はシリウス様を見てポーっとなっていましたわ。それはそうですわね。全く噂通りの美形騎士様ですもの。
「あのですね。急に結婚を申し込まれて気持ちの整理がつかないのです。そもそも、私は結婚のことなど今の今まで考えたことが無いのですもの」
「それでは、今から考えましょう。いい機会です」
「いえ、そういうことでは無くてですね?、なぜ、私なのですか?シリウス様は選びたい放題ではないですか。伯爵家の娘ではなく、もっと高位のご令嬢をお選び下さればいいと思います」
「貴方がどんな噂を聞いたかは知りませんが、私は貴方と結婚したいと思っているのです」
そして、シリウス様は、私の前まで来ると跪いて手を取りました。
「もう一度言います。リリ・アンナ・グランデルク嬢、私シリウス・スタンフォードと結婚して下さい」
≪ドックン!!≫
瞬間、私の中で何かが強く脈打ちました。何でしょう?この感覚。椅子に座る私を上目遣いで見る青い、サファイアブルーの瞳。微笑む美しいお顔、その表情。以前にもこの方に膝まづいて手を取られたことがある? 頭の中にチカチカと何かが点滅したような感覚が・・・
一瞬、強烈な既視感を感じました。
(あら?こんなこと以前にもあった?・・・かしら?)
「・・・・・・」
「リリ嬢?」
「あの、シリウス様。やっぱり以前お会いしたことがありましたでしょうか?」
「なぜですか?何か思い出しましたか?」
シリウス様は私の手を取ったまま、優しい声で問われます。そう言えばこの声も、この場面も何だか引っかかります。やっぱり以前会ったことがあるのでしょうか?
「気のせいかもしれないのですが、やはりお会いしたことがあるのでしょうか」
結婚の申し込みよりも、そちらの方が気になってしまいました。でも、何だかシリウス様も興味深そうな感じでいらっしゃいます。どこに興味を持つポイントがあったか分かりません。
「とにかくですね。今すぐの返事は無理です!少しお待ちください」
「駄目です。時間が無いのです。貴方を守るためにも今、返事を頂きたいのです」
何で、時間が無いのでしょう?返事をするのに急がねばならないなんて良く分かりません。それにこの方は、私と結婚したいと言っていますが、私のことを好きだとか、どこが好きなのかとかも、何も言ってくれません。ただ結婚したいとおっしゃるだけです。
もしかして、この方はご自分がお美しくて地位も名誉もある方ですから、相手から言い寄られる事はあってもご自分から言ったことは無いのでしょうか?
「と・に・か・く!今日はお引き取り下さい!」
そう言って彼から手を引き、立ち上がると扉の方に向かって案内しようと石畳の通路を歩き出しました。
そして、振り返ってもう一度彼の方を見ようとした時でした。
「きゃっ!」
石畳の隙間に靴のヒールが挟まって、身体がぐらつきました。
(倒れる!?)
そう思ったとき、シリウス様が駆け寄って抱き留めて下さいました。目の前に広がる濃紺に金色の刺繍。宮廷近衛騎士の制服に受け止められ、硬い胸板と広い肩に寄り掛かるようになりました。金色の髪が私の頬に掛かります。そしてグリーン系の爽やかな香りが微かに香ります。
(この香り、知ってる)
また、既視感です。さっきよりもっと強烈な感じがします。
「大丈夫ですか?意外にそそっかしいのですね?」
「んまぁ!そ、そんなことはありませんわ!」
多分顔が真っ赤になっていたでしょう。頬が熱く感じられます。シリウス様は抗議する私の体勢を正すと、ちょっと考えた風に顎に手を充てて、さも良いことを思いついたというように手を打ちました。
「転んでもしたら大変です。こうして行きましょう。失礼しますよ」
なんと、私の傍で膝を折るといきなり ≪お姫様抱っこ≫ をしたのです!
「シ、シリウス様!大丈夫ですから降ろして下さい!」
パタパタと暴れる私に、小さく笑うシリウス様のお顔がとっても近くて、いたたまれない気持ちになります。もう。何なのでしょうこの方は!
しかし、抗議するように見たシリウス様の顔に見覚えがあるのです。
この角度!この距離!やはり、以前にお会いしていると思います。
でも、はっきりした記憶が無いのです。こんな方にお会いして忘れるはずは無いと思いますが。もしかして、この方とはこういうシチュエーションで会ったことがあるのかしら?
「まさか?以前にもこうして運んで頂いたことがあったのかしら?」
おずおずと、念のため、一応聞いてみました。
「ええ。2年前にもこうして貴方をお部屋に運んだことがあるのです。思い出せましたか?」
何ということ。シリウス様は2年前に私を姫抱きして、お部屋に運んで下さったと!?いつ?何があったのでしょう!?幾つかのフラッシュバックするシリウス様との記憶の断片。モヤモヤとした記憶の中で、シリウス様との記憶の一部だけが鮮やかに切り取られたように感じます。
「・・・・・で、いいですね?」
「えっ?は、はい」
話しかけられていたのに、うっかり考え込んでいた私は生返事を返してしまいました。いけません。失礼ですわね。すると、嬉しそうな声がしました。
「ありがとうございます。これで私達は夫婦になれます」
「よろしくお願いします。リリ」
キラキラしい笑顔を向けられクラっとしました。詐欺です!詐欺。
(はぁ!?違います!! さっきのはお返事ではありませーーーん!!!!)
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