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OFF  作者: 水縞こるり
第四章 コロニー
11/27

歪む空間

 

「大丈夫か?」

 

 大雅は美加の肩を抱くと、そのまま奥の病棟へ続く廊下を急ぎ足で歩いた。

 

「ここで休んでいるといい。――俺はあいつと話をつけてくる」

 

 廊下に連なる病室の一室に美加を押しこめ、大雅はそう言って部屋を出て行く。

 病室にひとり取り残された美加の耳に、走り去る大雅の足音が次第に遠ざかっていくのが聞こえていた。


 美加はゆっくりと振り向いて、目の前にある白い壁に囲まれた四角い空間と、鉄格子のついた窓、その窓際に置かれた簡素なベッドを眺める。

 昼間だというのに電気は煌々とつけられ目に痛いほどであった。

 美加はベッドの側に歩み寄ると、固くざらざらとしたシーツの表面を手で撫でてから腰をかけた。手に持ったままだった旧携帯をベッドの上に置き、瑛太の閉じ込められている携帯を覗き込む。

 

瑛太:

美加ちゃん!

あぁ、よかった。やっと話が出来る

――大丈夫かい?

 

 瑛太の顔とメッセージを見た途端、美加の目からどっと涙が溢れて来た。


 ヤソに首を絞められ、美加は初めてアタラクシアが身の危険と隣り合わせの場所だということを思い知らされた。これからもこんなことがあるのかと思うと、クエストをクリアしたという小さな希望などロウソクの灯を消す位に容易く終えてしまいそうなことだと思えてしまう。 

 しかし、それと同時に美加には気になることがあった。――「大雅に気を許すな」と言ったヤソという男の言葉だ。  


「瑛太くん、あのヤソっていう人、大雅くんに気を許すなって言っていたけど……どういう意味だろ?なんだか、誰も信じられなくて怖いよ……」


瑛太:

僕は美加ちゃんの味方だから

元気を出して

――それと、ヤソって奴だけど、

美加ちゃんがストラップで首を絞められた時、

携帯が喉の所まで上がっただろう?

……あの時、あの男と目が合ったような気がするんだ


 瑛太の言葉に、美加は携帯を両手で持って間近に覗きこんでしまう。

 

「見られちゃったの?――大丈夫かな?」 

 

瑛太:

わからない

あの男が言った言葉の意味も、今はまだわからない

――わからないことばかりだ……

 

 

 額にかかる髪をかき上げ、苛立たしげに瑛太は言った。 


「和也と……連絡が取れるといいんだけどな。私の方からはメール出来ないし……」

 

 美加は旧携帯を取り上げると、和也からのメールが来ているのではと淡い期待を秘めながら待受け画面を開く。 

 建物の画像の下には『コロニー』の文字が表示されているだけで、新着メールの到着を知らせるメッセージは届いていなかった。

 

 ――そういえば、2の探索のキーって何に使うんだろう?

 

 大雅からもまだ説明を受けていなかったな、と思い、美加は試しに押してみることにした。

 画像と地名は変わらずに、瞬時にその下に名前が表示される。

 

 宮本大雅

 八十秀典

 井口和也

 秋吉美加

 

 画面に並んだ4人の名前を見て、美加は思わずベッドから立ち上がってしまっていた。


「瑛太くんっ! 和也の名前がある!」

 

 美加はアタラクシアのサイトの画面が見えるように瑛太に近付けて見せた。


「大雅くんに、八十やそ、それに私……。みんな、この建物の中にいる人ばかりだよ。和也も、この建物の中のどこかにいるんだよ、きっと」 

 

瑛太:

その可能性はある……

でも、王がクエスト3までは合流出来ないと言っていたのだから

……どうなんだろう? でも、探してみる価値はあるかもだね



 その時、窓の外から怒鳴り合う声が聞こえてきた。  

 鉄格子越しに外を見ると、建物から外にでた大雅とヤソが言い争っているのが見えた。

 

「今のうちに探してみる」

 

 美加は旧携帯を握りしめ、廊下へと飛び出していった。


 廊下の両側に並んだ病室のドアを次々と覗いていく。どの部屋も先ほど美加がいた部屋と同じく、簡易ベッドがあるだけの簡素な部屋だった。 

 同じ並びにあった配膳室や給湯室、いろいろな施設を覗いてみても人の気配はない。

 廊下の端の病室まで確認してみたが和也の姿はどこにも見当たらなく、美加はためらうことなく二階へと上がる階段を駆け上がっていった。

 

 二階も同じように廊下の両方に病室が並んでいた。目が眩むほどの電灯の灯りのせいで、廊下の突き当たりは光の中に溶け込んでしまっているように見える。

 

「和也! いるんでしょう? お願い、返事をして!」

 

 美加は声の限りに叫んでみたが、それさえも光にのみ込まれてしまったかのように辺りは静寂に満ちていた。 それでも諦めずにひとつひとつの病室を調べていった美加だが、最後の一室の手前で歩みを止めてしまう。

 廊下の左手には階下へ続く階段しかなく、受付や診察室には人の姿はなかった。――もしこの部屋にいなければ……?

 

 美加は手に持っていた旧携帯の画面をもう一度確認する。

 そこには先ほどと変わらず、和也を含めた4人の名前が表示されていた。 

 携帯をたたみ、ポケットの中に入れると、美加はゆっくりと病室のドアの窓を覗き込んだ。

 

 ――!!

 

 美加は思わず両手で口を押えてドアの前でしゃがみ込んでしまう。――心臓がドクドクと危険を知らせるように耳元で鳴り響いているような気がした。


瑛太:

美加ちゃん!どうした?

和也がいたのか? 

 

 瑛太からのメッセージに、美加は小刻みに震えながら首を横に振ってみせる。


瑛太:

僕にも部屋の様子を見せてくれるかい?

携帯を窓に向けてくれればいいから



 美加の怖がり方が尋常でないのを見て、瑛太はそう声をかけた。小さく何度もうなずいてから窓から遠ざかるようにして立ち上がり、腕をめいっぱいに伸ばして美加は携帯を覗き窓の面に押し当てる。

 

瑛太:

――これは……

    

 部屋の様子を覗き込んだ瑛太も、また声を失ってしまっていた。

 壁や天井、ベッドのシーツ、電灯まで真っ赤に塗りたくられた四角い部屋が瑛太の目の前に不気味に存在している。 

 四方の壁には首を斬られているトランプの兵隊の絵が描かれ、そしてベッドの上にはひとりの男が上体を起こした姿勢で苦しそうに嗚咽しながら、手にした携帯のキーを休むことなく打ち続けているのが見えた。 

 血のような赤い光に照らされて男の顔はハッキリと見ることは出来なかったが、中肉中背の風体のその男が和也でないことだけは確信した瑛太だった。

 

 その時だった。 

 ぐらり、と、まるで建物全体を大きく揺さぶるようなうねりが起こった。

 

「じ……地震?」

 

 激しい揺れの中、美加は体を支えるために階段の手すりにしがみつく。美加はこの揺れが地震ではないことに気が付いていた。――美加の目の前で、廊下や壁、建物のすべてが飴細工のようにぐにゃぐにゃと曲がり始めていたからだ。

 

 地震じゃない! 建物そのものが動いているんだ!――美加はコロニーに入る前に大雅が言っていた、『いつまでもつかわからない』という言葉の意味を身をもって理解していた。

 

瑛太:

美加ちゃん、病院からいますぐ出るんだ! 

 

 携帯の中で瑛太が叫んでいる。

 振動の幅が徐々に狭まって、階段は波打つように暴れていた。美加は必死でてすりにしがみつきながら階段を降り、隆起する廊下に足を取られながら何とか入口のドアの所までたどり着く。 

 

 ドアの向こうでは大雅とヤソがドアをこじ開けようと必死になっている所だった。

 二人とも何か叫んでいるようだが、その声は美加には届いていなかった。

 

 ぐにゃりと足元がねじれ、美加の体は床の上に放り出されてしまう。

 うねり続ける床に這いつくばるようにして美加はドアの外の二人に助けを求めようとしたが、目の前の風景はまるで水飴を練って伸ばしたかのように原型をとどめていなかった。  

 色々な色が混じり混濁する世界の中で、いつしか美加の意識は遠のいていった。

 


「美加ちゃん! 美加ちゃん!! どうしたんだ? 返事をしてくれ!!」

 

 瑛太は無機質な白い部屋の壁の一角に備え付けられた窓に向かって叫び続ける。

 今まで携帯を通じて見えていた景色が突然真っ白になってしまったことが瑛太を焦らせていた。

 

「ミカなら心配いらないよ」

 

 不意に背後から聞こえてきた声に瑛太が振り向くと、そこには手を後ろに組んで姿勢よく立っているチェシャ猫の姿があった。

 

「場所が移動するだけ。――どこに出るかは王さまの気分次第だけどね」

 

 瑛太はカッとなって、ニヤつくチェシャ猫に飛びかかり胸倉を掴んだ。

 

「僕をここから出せ!」

 

 自分より遥かに大きい瑛太に脅されても、チェシャ猫は顔色ひとつ変えはしなかった。――むしろ、今の状況を楽しんでさえいるように見える。

 

「出てどうするの? ゆ・う・じ・ん、とやらを助けに行く?」

 

 ニタリと笑ってそう言うチェシャ猫を見て、瑛太は思わず手を離すと2,3歩ふらふらと後ずさった。


「出してあげてもいいけど……」

 

 チェシャ猫の言葉に、瑛太は弾かれたように俯いていた顔を上げる。

 

「ミカに言うよ? ――君が、和也をアタラクシアへ送りこんだ、ってね」

 

 凍りついたように動けなくなってしまった瑛太など気にしない素振りで、チェシャ猫は乱れた襟元を直していた。

 

「瑛太。君も王さまの大事な駒のひとつ。でも、出番はまだまだ先さ。――それまではミカが寄り道しないように、しっかり見張っててくれなきゃ困るよ?」

 

 瑛太の目の前でチェシャ猫の姿が徐々に消えていく。――瑛太ひとりが取り残された白い部屋に、いつまでもチェシャ猫の笑い声が木霊し続けていた。

 



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