表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

第六章 過去の残影、現の迎え1

「――――イト君、レイト君ってば!」

「んえ……?」

 実に間抜けな返事だった。何が『んえ』だ。

 間抜けな返事をした、俺の間抜けな顔を、一人の女の子が覗き込んでいる。

「もう、何でこんなところで昼寝なんかしてるのよ」

「何でって……お前がここに呼び出したんだろ?」

 彼女の名はレイゼ。六歳。小学校一年生。

 俺の同級生であり、憧れだ。

「そうだけど……こんなところで寝てたら、大事なもの盗られるよ?」

 レイゼと仲良くなったのは最近だった。

 それまでは、他の男子どもと同じように、憧れの眼差しって奴で見てたんだけど、ある日、レイゼが悪ガキに鞄を取られているのを目撃して、その鞄を取り返してやってから、多少会話をするようになった。

 それから一緒に遊ぶようになって……今じゃ特に親しい間柄だ。

 俺がレイゼと話すようになってから最初の内は、他の男子からの嫌がらせが凄まじかった。たかが小学校一年生がこんなことするか普通?って言いたくなるぐらい凄かった。

 それぐらい、レイゼの人気も凄かったってことだ。本人は気付いてないみたいだけど。

「大丈夫だ。もう盗られてるから」

「え?」

 お前に……とは言わない。小一の言うべき台詞じゃないし、第一恥ずかしい。

 小一とか、幼い時期の恋って言うのは、薄っぺらい感情で成り立つ事が多い。実際、俺の身近に、すきな女の子が毎日変わってる奴がいる。大してイケメンなわけでもないのに、次から次へと女の子にアタックしているのだ。まったく……自分の器を弁えろっての。

 まあ、そんなわけだから、俺の心も薄っぺらいように思われるかもしれないが、絶対に違う。

 俺は別に、レイゼへの恋が初恋ってわけじゃない。だから、今の心が薄いか、そうでないかは、自分でわかる。

「……で、何の用だよ?」

「うん。それがね……」

 レイゼの言葉を、俺は絶望と共に聞いた。



 ゼヴィルの出してくれた紅茶を飲み終え、俺は館の庭に来ていた。

 世界全体が暗いものの、この景色は悪くない。この景色に、人間界の光が加われば、どれほど綺麗に見えることだろう……。悪くない。

 ただ景色を見ていた俺の後ろに、人とは違う気配を感じた。

「レイディルが世話になっているね。達哉」

「今さらのこのこと現れて……何のつもりだ、『仮面児』……ッ!」



 彼女の話が終わってから、俺はただ立ち尽くしていた。

 彼女の話はこうだ。

「あのね、さっき突然言われたんだけど、引っ越すんだって、田舎に。お父さんとお母さん、ずっと農業をやりたいって言ってたから、きっとそのためだと思う。それで、私も一緒に。本当に突然だったの。だってさっきだよ?何で今なのって聞いたら、何にも教えてくれないの。それから黙ってると思ったら、いきなり『お前の大切な人を連れて来い』って言うの。それで、悪いと思ったけど、レイト君を呼んだの。明日、私の家に来て。お父さんとお母さん、何だか大切な話があるみたいだから」

 そう言って、レイゼは立ち去った。

 彼女が去ってから、俺はずっと立ち尽くしている。

 レイゼが引っ越す……?田舎に……?お父さんとお母さんが農業をやりたい……?知るかよそんなの。冗談じゃないぞ。何で……なんで今、一番失いたくない人を失わなきゃいけないんだ?

 どんなに見栄を張っても、俺は小学校一年生のただのガキだ。大切な人が引っ越してしまう……そんな事さえ、自分じゃ何も解決できない、無力なガキなんだ。

 レイゼがすぐに立ち去ってくれて助かった。こんな姿、フィルに見せられるものか。

 俺はしばらく、その場で泣いた。



 ことなく、俺は刀を抜いていた。その刃を、『仮面児』に向けていた。

 俺は怒っていた。それはもう、怒り狂っていた。他の誰でもない。『仮面児』に対して。

「何故……何故レイディルが、フィアラを殺しに来た?」

「僕が彼女を助けて、君達のところに差し向けたからだよ」

「そんなことは聞いていないっ!」

 俺はとっくに冷静さを失っていた。すぐにでも『仮面児』に斬りかかりたかった。その衝動を必死に抑えて、俺は『仮面児』に問うている。

 何があったのか……それを知らないまま、こいつを斬るわけにはいかない。こいつがどういう意図で、どういう目的でレイディルを助けたのか。それを聞かなければ。

「レイディルを助けた事に問題はない。むしろ礼を言おう。だが、あいつは一般人だ。何故一般人を、この宿命の輪廻に巻き込んだ!」

 疑問形ではなく、むしろ断定する口調で俺は叫んでいた。

 俺達は古代の宿命に選ばれた。いくら拒絶しても、避ける事はできない。それは仕方ないだろう。しかし、レイディルは違う。あいつは元々、一般の人間だった。命が助かったのなら、そのまま歴史の表舞台に返してやればよかったんだ。なのに、こいつはレイディルを『黙示録』の舞台に巻き込んだ。そのことが、どうしても許せなかった。

「答えろ『仮面児』……何故だ!」

「……何故かな」

 『仮面児』は後ろを向いた。

 自分の何かを、翼で覆い隠すように。

「何故かな……だと?ふざけるのも大概にしろ」

「僕自身にも、よく分からないんだよ。彼女を何故助け、『黙示録』の舞台にいざなったのか……」

 『仮面児』はため息をして、天を仰いだ。



 翌日、俺はフィルの家を訪れた。

 意外にも、それほど大きな家じゃなかった。普通の家って感じだ。けど、俺にはその家が、俺の希望を喰らう、大きな妖怪に見えた。

 インターホンを押した。程なくして、扉が開く。

「あ……レイト君」

 扉を開けたのはレイゼだった。昨日、俺に引越しの話をした時と同じ、暗い表情だ。

「入って……」

 暗い表情のまま、レイゼは俺を招き入れる。いつもの調子で話すことは、どう考えても無理だった。

 俺は今日、レイゼの両親から何を聞かされるのか……。この状況……ただの引越しじゃないのはすぐにわかった。わざわざ『大切な人』と限定しているわけだから、きっととても重要な話だろう。

「……今日、私にも本当のことを話してくれるって、お父さんたちは言ってるわ」

「……うん」

 一体何が『うん』なのか、言った俺にもわからなかった。レイゼの両親が彼女になんて言ってるかを理解しての『うん』なのか、それとも、今まで隠していた事を、今初めて話されると言う今の状況に、彼女がおびえていることを理解しての『うん』なのか。色々と浮かんだけど、結局わからない。

 玄関から居間を繋ぐ廊下は、思ったよりも短かった。あっという間についてしまい、俺たちを包んでいた空気が、更に重くなった。レイゼがドアノブに手をかける。

 ゆっくりと……扉が開く。中では、フィルの両親が怖い顔でソファーに座っていた。その隣に一人、女の子が座っている。レイゼの姉妹かな……。

 その子も暗い顔をしていた。場の雰囲気が重過ぎるからだろう。

「レイト君、私のお父さんとお母さん。それから、双子の妹の――――」

 レイゼが少女の名を教えてくれたけど、覚えていない。その辺の話を聞く余裕がなかったかもしれない。

「よく来たな、レイト君。そこに座りなさい。フィル、お前もだ」

 俺とフィルが座ったのを確認して、フィルの父親は話を始めた。

「レイゼのことだが……」



 冥界の怪しく渦巻く空を、『仮面児』は眺め続けていた。

 無防備すぎる……。俺を警戒する気など全くない。何の注意も払うことなく、刀を持った俺に背を向けている。何かの罠か……それとも本当に警戒していないのか。

「達哉、君達の持っている『光の黙示録』もそうだと思うけど、神達が未来を見越して記したはずの『黙示録』に、少しずつずれ生じてきている。僕の持つ『闇の黙示録』には過去が記されている。だから、時がたつごとに、その内容が記されていく。だけど、僕がレイディルを助けた事は記されていない。勿論その後、『黙示録』の舞台に姿を現すことも同様に……」

 実際、『黙示録』に記されている内容がずれ始めたのは、俺とフィアラが出会う瞬間からだった。

 『封冥者』を探していた当時の俺が『光の黙示録』を開いた時、「『封冥者』がケルベロスと戦っている際、『邪砕靭』が『封冥者』を発見する」と記されている。

 そう記されていたから、俺は各地へ行ってケルベロスと戦っていた。

 戦って、戦って、戦い続ければ、いつかは『封冥者』に会えると考えたからだ。しかし、実際は違った。『封冥者』であるフィアラには、戦闘能力もなければ、戦闘意欲すらなかった。しかも、フィアラは自分が『封冥者』として目覚めていた事さえわかっていなかった。これは決定的な違いだ。

 おかしいと思ってもう一度『黙示録』を開くと、その内容はガラリと変わっていた。

 まるで新しく書き換えたかのように、全く別のシナリオが描かれていたのだ。恐らく、今『黙示録』を開いても、内容は変わっているだろう。思っていた以上に不便な代物だ。

「僕の考えでは、内容が現実と食い違う『黙示録』は、何かを基準にして、現実にシナリオをあわせようとしているのだと思う。『闇の黙示録』は過去を記すから、何かを基準にした時にはもう修正がきかなくなって、間違ったままの内容が記される。それに対し『光の黙示録』は未来を記す。その何かを基準にしたことで、内容が書き換わる。多分、定期的にその何かを基準にして、内容を書き換えているんだと思う。何故この二冊が、そんな不完全な状態で存在するか……それは、双方の『黙示録』が、もとの一冊だった時は完璧だったけれど、二つにわかれてしまったことによって、その完全さを失い、不安定な状態だから。その元の一冊こそが、全てを司る真の『黙示録』……」

「かつて、その本を所有していた『神天使』が、その魂を半分宿した事によって、不安定な二冊にわけるしかなくなった……。かえって、世界はバランスが取れるようになったな」

 神が人間界と縁を切ってから、人間は独自の力で文明を築き、現代に至るまで、科学的進化を繰り返してきた。それは恐らく、神と言う反則的な存在が消えた事で、世界全体のバランスが取れたからだろう。

 ありがたいことだ。

「けれど、あまりにも内容が書き換わりすぎると、逆に世界がバランスを崩し、崩壊する。僕の私見では、もうその時はすぐそこだよ」

「何だと……?」

 『黙示録』の内容が書き換わると言う事は、でかい建物を支えている、土台そのものを作り直す事と同じだ。それが頻繁に繰り返され、手抜きになっていく土台はやがて崩れ、その上に建っている建物自体も崩れる。

 つまり、今こうしている間にも、土台は作り直され、少しずつ不安定になってきているのだ。

「この事態を回避する方法は二つ」

 『仮面児』が日本の指を立てる。

「一つは『神天使』を復活させる事によって、本来の『黙示録』にもどし、世界を安定させる事」

 早い話が、さっさと『神天使』を復活させて、この宿命の輪廻に決着をつけると言う事だ。

 二つあると言ったな……まだ方法があるのか?

「そして、もう一つは……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ