第六章 過去の残影、現の迎え2
レイゼ達の引越しには理由があった。
勿論、理由のない引越しなんてそうないだろうけど、そっち側のほうが、家賃が安いとか、家が広いとか、そんな下らない理由じゃない。
体の弱いレイゼは、本来なら、家の中でじっとしていなければいけなかった。けれど、本人の希望で、学校に行くのを許可したそうだ。しばらくは何の変化もなかったんだけど、レイゼが最近、よく咳をするようになったので、病院に連れて行ったらしい。検診結果は、最悪だった。
肺結核……。今の医療技術なら、治す事なんてわけないはずの病気だ。普通は数ヶ月病室でちゃんと治療を受けていれば治る。けど、レイゼの場合、症状に気付くのが遅すぎた。今から手を尽くしても、またかかってしまう可能性は高いそうだ。そこでレイゼを担当した医者は、空気の綺麗な田舎に引っ越す事を提案した。
今は落ち着いているけど、いつ症状が悪化するかわからない。空気の汚いここよりも、田舎に引っ越せば、結核は完治するかもしれない。と言っても、あんまり田舎過ぎるところに引っ越すと、まともに治療が受けられない。適度の治療ができて、空気が綺麗な場所へ引っ越す。それがレイゼの病気を治す、最善の方法だった。
病気を治す為……それが引越しの理由だ。
「病院に連れて行ったとき、検診の結果をレイゼに教えなかった。自分がどういう病気か、レイゼは今知った。決して君に黙っていたわけじゃない」
それが本当かどうかは、レイゼ本人を見ていればよく分かる。
自分が肺結核だと言われた時、レイゼは驚愕していた。レイゼは賢い子だ。肺結核が普通なら治せる病気だということも知っていただろうし、発見が遅れたせいで、それが難しくなった事も理解しただろう。
彼女が一番驚いているのは、彼女の両親が嘘をついていたことだ。
「どうして……言ってくれなかったの?」
「言おうとした。しかし、それを言ってしまえば、お前はここに残りたいと駄々をこねるだろう。レイト君のいる、この街に残りたいと言うだろう。それを避ける為だ」
しかし、本当のことを知らずにいるのはかわいそうだと思い、今日打ち明けた……だそうだ。
「引越しを止めてくれと言っても、やめるわけにはいかない。それはレイト君、君もわかっているだろう?」
勿論わかっていた。
この街にいれば、レイゼの症状は悪化するばかりだ。引っ越して、少しでもよくなると言うのなら、俺は引越しを止める気はない。何故って……そっちのほうがいいからだ。
レイゼと離れるのは辛いけど、それで彼女の病気が何とかなるのなら、安いものだ。
「しかし、突然さよならだと言うのは、君もレイゼも不満だろう。そこで、明日一日の間、君にレイゼを預けようと思うのだが……どうだ?」
「え……?」
俺は戸惑った。
言っている事を簡単にすれば、明日レイゼと遊んでやってくれと言う事だ。それだけの事なのだが、予想していた事と違う為、すぐにはそれを理解できなかった。
「ただし、明日が最後だ。明後日の朝六時、レイゼを迎えにいく。その時までに別れの挨拶を済ませておきなさい」
明日が最後……。レイゼといられる、最後の時間だ。
今までで一番楽しくなるようにしなければ、レイゼや、時間をくれた彼女の両親に申し訳ない。
俺は気を引き締め、姿勢を正して、言った。
「はい!」
馬鹿な……!そんな方法で、本当に世界は安定するのか?
俺の疑問を察し、『仮面児』が再び口を開く。
「確証はないよ。これは僕の勝手な判断に過ぎない。実行するかどうかは、君次第だよ」
「しかし、そんな事をすれば……」
方法自体は、先ほどのものと殆ど変わらない。だが、ただこの宿命の輪廻に決着をつけるだけではない。決着を付けた時、もし世界が崩壊へ向かい続けている場合、この方法を実行すれば、世界が安定するかもしれない。
しかし、それにも失敗すれば、世界は終わりだ。失敗しましたじゃ済まない。
「君が考えている通りになってしまうかもしれない。でも、うまくいくかもしれない。可能性は五分五分だよ」
決着を付けた時に、世界が安定さえすれば、この方法は取らなくてもすむ。世界全体を危険にさらさずに、この戦いは終わる。『仮面児』が言ったのは、もしそうならなかったときの保険だ。
その保険すら通用しなかった場合は、それこそ世界は終わり……。諦めるしかない。
「参考にはさせてもらう。だが『仮面児』……何故俺にそんな事を教える?」
「勿論、君が僕の兄弟だからだよ」
『仮面児』が微笑んだ。
「あら、レイゼちゃん。いらっしゃい」
いつの間にか、母さんがレイゼを出迎えていた。
慌てて、俺は玄関へ。
「おはよう、レイト君!」
「あ、ああ」
元気の言い挨拶だった。それに比べて俺は小さな声で返事をするだけ。どっちが病人なんだか……。
昨日の間に、親父と母さんには『レイゼが泊まりに来る』とだけ言っておいた。深く詮索はされず、二人は快く、レイゼの宿泊を認めてくれた。そういう意味では、いい親を持ったと思う。
「ほらレイト、早くレイゼちゃんを自分の部屋に案内しなさい」
「う、うん……レイゼ、こっち」
「お邪魔します」
丁寧にお辞儀をして、レイゼは靴を脱いだ。
まず俺の部屋で、当時はまっていたブロックを使って遊んだ。俺はとにかくでかい物を作ろうとしたけど、レイゼは小さくて、可愛げのある家を作っていた。ブロックで遊ぶのに限界を感じたら、今度はテレビゲームで遊んだ。レイゼはテレビゲームが初めてだった。操作方法のわからないレイゼに、手本を見せたりした。そうしている間にレイゼは上手くなり、数十分で俺じゃ勝てないようになってしまった。恐るべし。昼ごはんを食べた。父さんと母さん、そしてレイゼは寿司を食べたが、俺はカップ麺だった。カップに湯を注いでいる俺を、レイゼは困惑しながら見ていた。このくそ親め……。昼食を終えると、さっきとは違うゲームで遊んだ。やっぱり数十分で勝てなくなった。どういう才能だ。次のゲーム……一時間で負けた。次……結構頑張った。なのに一時間半で勝てなくなった。次……一回目で負けた。くっ……やるじゃないかレイゼ……。夕食。今度は俺も同じメニューだった。どうやらレイゼが両親に進言してくれたらしい。こんな時にまでレイゼの世話になってしまっている自分が情けなかった。食事を済ませてからトランプをして遊んでいたら、外はすっかり暗くなってしまっていた。
「もう夜だね……レイト君」
「うん……」
「明日になったら、お父さんが迎えに来ちゃうね」
「うん……」
「そうしたら、お別れだね」
「うん……」
俺はただ、うんとだけ答えた。
何て返せばいいのかわからなかったし、レイゼがいなくなることなんて、考えたくもなかった。いつの間にか、辺りの空気が重くなってしまっていた。
「ね、ねえ、レイト君」
「ん……?」
「私達の名前、似てると思わない?」
あ……。そのとき初めて気付いた。レイト、レイゼ。違うのは最後の一文字だけだ。
「本当だ……」
「フフ……面白いね」
レイゼのおかげで、場が少し和んだ。
その後、俺達はそれぞれの布団で眠った。いや、眠ったのはレイゼだけ。俺は起きていた。と言うより、眠れなかったのだ。
明日になれば、レイゼは行ってしまう……わかっていたことだけれど、いざその時が近づいてくると、怖くて仕方なかった。俺の前からレイゼが消えてしまう事が怖かったし、時がたって、互いが互いを忘れてしまうかもしれない……それが怖かった。
いっその事、明日が来なければいいのに……。
「……っつ!」
悲観的な考えを並べていると、突然強烈な頭痛が俺を襲った。
頭を何発も鈍器で殴られているようだ。頭が……割れる!
「うあああああああああああああああああああああっ!」
あまりの激痛に耐え切れず、大声を上げた。すると、俺から光っぽいものが出てきて、何かを形作っていく。しばらく後、この瞬間に冥界の扉が開いていたことを知った。
もやもやだった光の形がはっきりしてきた。やがてそれは光ではなく、巨大な鎌となった。
俺自身から力があふれてくる……抑えられない……!
「レ、レイト……君?」
最悪のタイミングだった。大声を上げたせいで、レイゼが目を覚ましてしまった。破壊衝動を抑えられない俺は、巨大な鎌を持って、レイゼへと近づいていく。
レイゼは怯えていた。狂った俺から離れようと、壁に張り付いている。
頭を押さえたまま、俺は大鎌を振り上げていた。
ブシャアアアッ!
そのときの光景を、俺は今でもよく覚えている。レイゼの首が飛び、体と首から、大量の血が噴き出し、俺の服を、床を、壁を、家具を……赤く染めていった。
「どうした、何があった!」
「ひっ……!」
父さんが部屋の扉を開けた。母さんが老婆のような悲鳴をあげる。
「レ、レイト……!お前、一体何を……」
両親は何も知らなかった。時が流れるにつれ、古代の宿命は信じられなくなり、今に至るまでの間に、宿命の輪廻はこの一族の記憶から消えていたのだ。
混乱するだけの両親に、俺は襲い掛かっていた。
時間通りレイゼを迎えに来た彼女のお父さんが、首を刈り取られたレイゼと俺の両親を発見し、同時に、大鎌を持ったまま倒れている俺を発見した。
「……!」
「どうした?」
突然、何かに反応するように、レイディルが窓の外を見た。特に何かがあるわけでない。暗くて荒れた土地が広がっているだけだ。
「来ていたの……?」
そう呟き、部屋のドアへと走る。
「お、おい待てよ!どこに行く?」
「レミネス様が……あの人が近くにいる!」
そのまま外に出ようとするレイディルの腕を、俺の手が掴んでいた。
「離して!あの人がいるの!」
「行っちゃダメだ!今お前が行っちまったら、今度こそ俺は……」
その先の言葉が出てこなかった。今度こそなんだ?どうするんだ?
何とかして、こいつが『仮面児』のところに帰るのを止めなくちゃいけない。それは最初からわかっていることだ。けれど、それだけじゃないような気がする。
俺は一体……何を恐れている?
「『執行人』さん、あなた、本当の名前は?」
「え……レイト。レイト・アレクジール」
そう……と、レイディルが呟いた。そのときの表情は、悲しみに満ちていた。
「ごめんなさい。私はこの場に残れない。耐えられない」
「!……やっぱり、お前……!」
完全に思い出した。この少女が誰であるか。そして、覚えていなかった名前も同時に。
「そう、私はレイディル・ニアス。あなたを恨んでいる人間の一人よ」
俺に殺意の満ちた目を向ける。
唖然としている俺の手を振り払い、レイディルは走っていった。
「そうだよ……な。似てて当然だよな……双子なんだから……」
レイゼ・ニアス。レイディルの双子の姉……。そして、俺が殺してしまった、一番守りたかった人。
俺が三人を殺してしまった後、レイゼの家族は、俺を恨みながら田舎へ引っ越していった。レイゼの両親は、さっきのレイディルのような、さっきに満ちた目を、俺に向けていた。
「……ああ、そうか」
俺は……彼女に殺されたかったんだ。
中が騒がしいな……。
そう思った瞬間、館の扉が勢いよく開き、レイディルが姿を現した。『仮面児』が来ていることに気付いたか……レイトめ、何をやっている……。
「レミネス様!」
「レイディル……何ともないみたいだね。ちょうど君を迎えに来たところなんだ。行こうか」
「はい!」
『仮面児』に寄り添うレイディルは、本当に嬉しそうな顔をしていた。最早、歴史の表舞台は、こいつのいるべき場所ではないのかもしれない。
「それじゃあ達哉、先に人間界へ行って待っているよ」
そう言い残し、『仮面児』はレイディルを抱えて飛び去った。




