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line42(終).境界線の、その先

 自転車を玄関脇に止め、再び美紀夫の家のインターホンを押した。三回程押してみたが、誰も答える気配はない。


「今日も駄目か」


 自転車を押して出ていこうとした途端、後ろで静かに鍵の外れる音がした。振り返るとジャージ姿の美紀夫が、顔を半分だけ覗かせてこちらを見ている。


「美紀夫……」


 その姿におぞましいものを感じた。虚ろな目が腫れぼっており、真っ赤に充血している。つい先程まで泣いていたかのようだ。


「今まで嘘ついてごめんね。ちゃんと説明するから」


 鼻声で言うなり静かにまた家の中へと戻っていく。俺について来いと言うのか。

 黙って自転車を止め直すと、美紀夫に続いて家の中へ入った。夕方なのに明かりも付いておらず、家全体が薄暗くて不気味だ。


「今誰もいないんだ。こっちだよ」


 俺に目もくれず一人長い廊下を先に歩く。この淀んだ雰囲気が美紀夫の心中を語っているかのようだ。静かで冷たくて寒い。恐怖に似通った怖さを感じる。

 俺はやつれたように歩く背中を黙って見届けた。左足を引きずっているような仕草はない。しかし、今の美紀夫を少しでも押したならば、たちまち死んでしまいそうだった。それ程までに美紀夫は弱りきっている。とてもじゃないが、今の美紀夫に詰め寄ろうとは思えない。


「僕の部屋に入るのも久しぶりだよね」


 悲しそうに呟きながら部屋のドアを開ける。俺も「そうだな」と同意して美紀夫の後に続いた。部屋は相変わらず綺麗に整頓されており、奥に設置されたテレビと壁一面に並ぶゲームソフトに目が行く。最後に美紀夫の部屋に遊びに来た時と何ら大差はなかった。


「お前、少し痩せたんじゃないか? ちゃんと飯くらい食べろよ」


 美紀夫の張り詰めた緊張を解いてやろうと、軽く頭を撫でてやる。美紀夫は抵抗するわけでもなく、しばらく俺に身を任せていた。


「礼二君って、誰にでも優しいよね。僕にも、みおにも」手を止めてやると、美紀夫が俺を睨んだ。「ねぇ、僕とみお、どっちが好きなの?」

「な、何言ってんだよ。お前」


 美紀夫の表情にドキッとしながら後退る。その横を美紀夫が黙ってすり抜けると、クローゼットの扉を開けて次々と床に服を捨てていった。薄手のグレーのジャケット。茶色の小綺麗なロングスカート。白のブラウス。全て見覚えがあった。初めて電車の中でみおと出会った格好だ。


「これは特に覚えているよね」


 美紀夫が続いてキャラメル色のダッフルコートに赤とグレーのボーダーラインの入ったタートルネックを捨てる。黒のロングスカートとベージュのフリンジ付きショートブーツも。その上から黒の小さなリュックを投げ捨てた。初めてデートをした時の格好だった。


「そしてこれが一昨日の」


 モスグリーンのモッズコートにキャラメル色のスカート。黒のロングブーツ。仕上げに美紀夫が黒い長髪のカツラと、白のもこもことした帽子を被った。


「これでもう分かった?」美紀夫がみおの声で振り返る。「私がみおよ。みおなんて女は、初めからいなかったの」


 嘘だ。みおは美紀夫だった? それとも美紀夫がみおだった? 幾つも散りばめられた証拠を目の当たりにして、俺は愕然とするしかなかった。


「嘘だろ……お前、何言ってんだよ!」


 思わず美紀夫の肩を掴んでゆする。美紀夫はただ不気味に笑っているだけだった。


「殴るならいくらでも殴ってよ。こうして礼二君の事、今までずっと騙していたんだからさ」

「くそっ!」


 みおの格好をした美紀夫を殴ることも出来ずに突き飛ばす。か細い美紀夫はそのまま床に座り込んだ。その姿に自然と涙が溢れ出てくる。


「お前、どうして女の格好なんか……何でだよっ!」


 意味がわからない。俺は頭を抱えて訳も分からず叫び出したい衝動を必死に押さえた。その様子を面白がるように美紀夫が笑う。


「僕、ちょっとおかしいんだ。昔から女装癖があるんだよ」寂しそうに黒のロングスカートに触れる。「毎年冬場になるとね、ときどき女装して出かけたりするんだ。上着を着れば案外男の骨格は隠せる。みおって名前はさ、万が一知り合いに見つかった時に使っていたんだ。双子の姉って設定もそう。全て僕の性癖を隠す為の嘘なんだ」


 では初めから、全部美紀夫の一人芝居だったと言うのか。美紀夫がみおに見えたのも、俺の間違いとか、錯覚なんかじゃない。本人なのだから、当たり前の事だったのか。


「何でもっと早く言わなかったんだ! 何で――――」

「言えるわけないじゃないか、こんな事!」美紀夫が勢い良く啖呵を切ると、めそめそと泣き出す。「前の学校の時でも、僕の女装癖がばれて転校する羽目になったんだ……それから何度も止めようと思った。こんな事しちゃいけないって、男の癖に女の格好をするなんておかしいって、いつも思っていた。でも、みおに変身するのを止められなかった。僕はみおになる事で、女としての自分を手に入れたかったんだ。男の時より遥かに自信が持てた。自分の女装姿に酔いしれていたんだ。そこら辺の女以上に、男の僕の方がずっとずっと可愛いと自覚していた。その優越感に浸らずにはいられなかったんだ……っ」

「そんな……」


 あまりの突拍子な事実に、思考が上手く追いついていけない。つまり美紀夫は、好きで女装していたと言うのか。


「大体、礼二君も悪いんだ! 女装した僕を、みおなんかを好きになるからっ……!」苦しそうにしゃくり声を上げる。「僕だって……僕だって礼二君の事が好きなのに、礼二君は僕の中の『みお』しか見てくれない。女装した僕しか見てくれない。辛かった。嘘に嘘を重ねていくのはしんどかった……っ」

「じゃあ、あの時ふったのも――――」

「わざとだよ。みおで酷く傷つければ、流石に礼二君も諦めてくれると思った。凄く辛かった、悲しかったけど、自分が招いた結果なだけにどうしようもなかったんだ……っ」


 それでも俺は、みおの事を諦めきれなかった。そればかりか今度は美紀夫の方を意識するようになっていった。俺は初めから、一人の人間を好きになっていたのか。


「……何でメールをくれたんだ。あのメールがなければ、お前はまた女装しなくても済んだだろうに」

「それもこれも全部礼二君のせいだよ! 礼二君が……礼二君が僕の事を避けるから……相手にしてくれないから……みおになれば、少なくとも礼二君の側にいられると思ったんだ……っ」


 涙もとうに枯れてしまっているのに、なお泣き続ける。そんな美紀夫を見ているのは辛かった。例え美紀夫に騙されていたとしても、ここまで追い詰めてしまったのは他の誰でもないこの俺だ。俺は美紀夫の正面に座り込んだ。


「……みおの時と、今のお前は同じなのか?」


 みおの正直な気持ち。あれはどうなのだろうか。


「もう、さっきからそうだって言っているでしょ! 僕とみおは同一人物なんだって」

「それは気持ちも含めて、全部そうなのか?」

「そうだよ。僕もみおも、礼二君の事が好きなんだ。初めて会った時から、好きだったんだ……! 勿論わかっているよ。僕は男で、礼二君も男だ。自分が変なのも知っている。軽蔑するならしろよ、ホモ呼ばわりするならそうしろよ! いっそ今までの事なんか、全部忘れてくれよおおおお!」


 やけくそになって子供の様に喚き散らす。俺は安心した。美紀夫だろうが、みおだろうが、同じ気持ちだという事に安堵していた。自分でも不思議だった。美紀夫の女装癖を、全てを素直に受け入れようとしている。


「嫌いになんて、なれねぇよ」


 こんな醜い姿の美紀夫でも、愛おしいと思った。可愛いと思った。ふと、優二兄の言葉が蘇る。


『 人を好きになるってことは、時には自分が考えている以上に難しい事だ。誰かを好きになると言うことは、その相手の全てを受け入れなければならない 』


 今ならその言葉を理解出来そうな気がした。俺は美紀夫の全てを受け入れようとしている。世間体とか、性別すらも無視して。






 もう、どうにでもなれ――――。


 遂に何かの境界線を超えてしまったようだ。俺は美紀夫の白い帽子を奪うと、そのまま床へ押し倒した。





         終。






ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。

礼二君の話はここでおしまいですが、ムーンライトノベルズの方で美紀夫の話を少し上げていこうかと思います。よろしければそちらもどうぞ!

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