第二話「盾の騎士と洞窟の剣士」
「とは言ったものの、どうやってアストラまで行こうか。」
デュークは行き方までは何も考えていなかった。だが草原の一本道をしばらく歩いていると、分かれ道に出くわした。右には洞窟が、左にはある程度整った一本道に繋がっており、真ん中には一本の看板がたってあった。
右方面、港町アボド。手前の洞窟を通ってすぐ。
左方面、港町ダークレイ。ダンガス村を通って徒歩三日。
「確かに。海の先にある国なら船で行くのが賢明だな。」
看板を見ながらデュークは呟いた。
「この感じだと、アボドの方が近いんだなあ?よおし!では早速右方向に……」
デュークはアボドに繋がる洞窟に足を踏み入れようとした。
__カァァァァ!!
__グオオオン!!
__シャシャシャ!!
「……ダークレイに向かおう。うん。そうしよう。」
そう言って彼はダークレイに繋がるダンガス村へと歩き始めるのだった。
「それにしてもムースのやつ……騎士団と絡んでやる事が世話になった人を陥れかよ。」
かつて仲間だった女狩人を思い出し、デュークは怒りを表に出す。何故彼がアストラまで行こうとしているのか。彼は前まで自分が世話になった尊敬している人達と冒険をしていたが、その人達がかつての仲間の工作による中傷で姿を消してしまった。そして今彼は、アストラにいる法務官たちに犯人達を裁いてもらうために旅に出ているのだった。
「だけどあいつの事だから、不利になったら騎士団に全部擦り付けて逃げそうだな。ま、その時は俺の火で悪心ごと焼き払ってやる!」
そう意気込みながらデュークは村に向かってひたすら歩き続ける。やがて草むらを抜けていくと、黄金になびく小麦畑が見えてきた。
(村の畑かな?のどかで平和そう…)
「現れたっすね。魔物!」
その時、デュークののんびり気分を断ち切るような声が響いた。次の瞬間、デュークの前方の上空からスピアが飛んできた。
「なんじゃありゃああああ!?」
のどかな村では絶対に見かけないはずの武器をデュークは必死に避ける。瞬時にスピアが飛んできた方向を見ると村の入り口の近くにある、場違いな砦から投下されていた。砦には二つの人影が見えた。
「ふむ。この攻撃は避けれたみたいっすね。それなら……」
二つの人影のうち、一人が呟く。すると直後にその人影が飛び降りてきた。ずしんという音と共に砂煙が上がり、デュークは思わず顔を塞ぐ。やがて砂煙が晴れると、デュークの正面には、一人の女騎士が立っていた。
「この村の守り手、盾の騎士ゲニウスが相手になるっす!」
ランスと大盾の重装の女騎士は、金髪をなびかせながら赤い瞳でデュークを捉えていた。
「いやいやいや待てって!俺は魔物じゃ.....」
「問答無用!!」
ゲニウスはランスを構えたまま大きく踏み込むと、有無を言わさずデュークに突進してきた。
「くそ!」
デュークは不本意ながらも手のひらに炎を宿す。そして突撃してくるゲニウスに小さな火球を飛ばした。
「むん!」
しかしゲニウスは咄嗟に大盾を前に出し、火球を容易く防いできた。
「自力で炎を……やはり人間に化けた魔物っすね!」
ゲニウスは火球を防ぐと、カウンターと言わんばかりに砂煙を起こしながら、飛び掛かりからの一閃突きを放ってきた。
「うおお!?」
デュークは素早く左へと回避した。外したランスはそのまま地面に深く刺さった。
(あぶねえ…あんなの直撃したら死ぬぞ!)
ゲニウスの攻撃を見ながらデュークは内心鳥肌を立ちながらも、回り込んで大きな炎を放つ。しかしゲニウスは再び大盾を構えて防いできた。そして突き刺さったランスを容易く引き抜いてデュークに向き直った。
「今の攻撃を避けるとは……知能はあるみたいっすね?」
「だから魔物じゃ・・」
「なら、これは避けられるっすか!」
そう言うとゲニウスは足に力を入れ始める。そして思い切り跳んだと思うと、デューク目掛けて大盾を鈍器のように振りかざしてきた。
「うわあああ!」
デュークは反撃の隙も無くひたすらに避けまくった。一方のゲニウスも反撃の隙を与えず、盾の打撃とランスの刺突の猛攻を繰り出してきた。
「話を聞いてくれって!俺はマリーナさんやレオンさんのためにも、ダークレイに行かなきゃならないんだ!」
「……え?」
レオンの名を聞いたゲニウスは急に攻撃の手を止めた。
「あなた、レオン先輩を知っているんすか?」
◇
「実は僕も、レオン先輩と同じ騎士団の出身っす。」
砦の入口を守っていた女騎士はチョコミルクを一口飲んて話した。誤解が解けるとデュークはここの砦の詰所に案内された。彼女はこの砦の守り手らしく、魔物が多いこの村を魔物から守っているのだった。壁に貼ってある報告書を見ると、人型の魔物が多い様子だった。
「んで、俺が人に化けた魔物だと思ったのか?」
「はい。しかしまさか呪術師の方とは分からず、失礼したっす……」
女騎士は申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「気にすんなって。俺はデューク。訳あって西にあるアストラとかいう国に向かっているんだ。」
「アストラ……伝説の法務官達がいる国っすね。でも何でまたアストラに?」
「まあ、実はレオンさんに関する事で……」
用事を聞かれたデュークはマリーナやレオンが居なくなった事、二人がありもしない話で嵌められた事を話した。すると話している中でゲニウスの表情が変わってきた。
「レオン先輩がクビに!?しかも冒険者までも辞めさせられてたなんて……」
「ああ。そんなわけだから俺はアストラに行かないとならない。直行の船があるにはあったけど、険しいってレベルじゃなかったもんだから遠回りで港町に向かってるんだ。」
話を聞いて、ゲニウスは何か考え始める。そしてデュークの方に顔を上げた。
「事情は分かったっす。ただ一つ問題があって…」
「問題?やっぱ魔物の事か?」
「はい。普通の魔物なら我々でも対処できるんすけど、今対処に手こずっているのはこの村と西の道を繋げる洞窟にゴブリンが現れて封鎖しているっす。」
「え?ゴブリンってあのゴブリン?」
ゴブリンと聞いてデュークは呆気に取られた。ゴブリンと言うと小型で集団で行動している魔物だが、特別強くもなく、何なら勇者パーティー時代にもハイラルド一人で倒せたくらいの弱さだからだ。しかしゲニウスは深刻そうだった。
「はい。けどデュークさんが思ってるゴブリンとは違うゴブリンっす。こっちの攻撃を全部見切ってくるというか…とにかく気づけばこちらが全滅しそうになって撤退を繰り返している現状なんっす!」
「な、なるほどぉ。」
深刻そうに話すゲニウスに対してデュークは戸惑っていた。
(騎士が苦戦するゴブリン?だけど西に行けないと港町へ行けないしな……)
デュークは少し考えると、何か決めたように顔を上げた。
「分かった。俺なら倒せるかもしれない。」
「ほ、本当っすか!?」
「ああ。これでも勇者パーティーに居た事もある実力。ゴブリンだが何だか知らないが、こっちは恩人達の件がかかっているんだ。だからもし倒せたら西口の方を通してくれよな。」
デュークの頼りがいのある言葉を聞いて、ゲニウスは頭を下げてきた。
「ありがとうございますっす!」
「隊長。よろしいんでごわすか?呪術師の力を借りるのは、いささか誇りある騎士の名に恥ずる気がするのでごわすが。」
恰幅のいい下級騎士がゲニウスに苦言を伝えるが、彼女は首を横に振る。
「村の貿易と安全が左右される自体っす!こういう自体だからこそいろんな人の力が必要っすよ!」
「は!失礼したでごわす!」
ゲニウスに言われた下級騎士はすぐに納得した。
「準備が出来たら教えてください。洞窟まで連れて行くっすよ。」
「分かった!任せな!」
そうしてデュークは、村を困らせている謎のゴブリン退治を引き受けるのだった。
◇
「ここが西の道に繋がる洞窟かぁ。」
案内された洞窟の中に入ったデュークは小さな火でたいまつをつけながら言った。洞窟の中はもともと鉱石を採掘していた場所だったらしく、木材で壁がつくられ、古びたランタンがぶら下げられていた。
「気を引き締めてくださいっす。ゴブリンはどこから現れるか分からないっすよ。」
「なあ。ずっと思ったんだがそのゴブリンは他にどんな特徴を持ってるんだ?」
「はい。奴は小柄でありながらトラのように速く動き、獲物を鷹のように鋭くトドメを刺してくる…まるで影のように恐ろしいゴブリンっす。」
ゲニウスは恐れながらゴブリンについて説明するが、デュークはいまいちそのゴブリンを怖がる要因が掴めなかった。
「ゴブリンって字面で全然怖くねえな……」
「あ!」
デュークが喋っていると、ゲニウスが大盾を構えた。デュークが洞窟の奥を見ると、小さな影が一人分見えた。
「気をつけてください!奴っす!」
「は?」
ゲニウスが怖がる様子を見せるが、デュークは前に出た。
「騎士達を襲うっていうゴブリンはお前か?」
「ほお…儂を前にして引き下がらぬか若造?」
そういうと影は先手を仕掛けると同時に姿を現した。確かにゴブリンだが、ぼろいマントを羽織り、その手には一振りの刀が握られていた。
「くっ!」
ゲニウスは咄嗟に前に出て斬撃を防いだが、それでも大盾には傷が深く入り、ゲニウスも後方に下がってしまった。
「とうっ!」
「うわ!」
さらに跳弾するようにデュークに斬りかかってきた。デュークはすぐに前方に転がって避けるが、そこからも電光石火のスピードで乱舞を繰り出してきた。
「動きが読めない…前回の村の戦士達もこの攻撃にやられたんす!」
ゲニウスはしゃがんでデュークを守るように大盾を構え直しながら言った。
(確かに速いな……だがこれぐらいなら!)
「これで終わりだ!」
ゴブリンは動きを止めたと思いきや、その瞬間ゲニウスの大盾の隙間を掻い潜るような一太刀を繰り出してきた。
「そおら!」
だが接近した直後、デュークが顔を出して、手から大きな火を間近で放った。
「ぎゃあああ!?」
炎を直で食らったゴブリンはそのまま火だるまになって転がり回り、消えた頃には丸焼きになっていた。
「ば、馬鹿な………あらゆる剣を退いた儂の剣技が敗れるなど……」
「デュークさん?一体どうやって攻略を?」
「ん?あ、いやあ。物理が駄目なら火炎なら効くかなあって。」
「あ…」
それを聞いたゲニウスは、何かハッとした表情になった。
「そういえば村には魔法使える人が居ないから、考えもしなかったっす……」
ゲニウスは今までの敗因が初歩的なものだと知り、苦笑いしていた。
◇
「おお!まさか本当にゴブリンを退治してくれたとは!」
「呪術師だからどうだろうと心配だったけど、頼れる呪術師もいるのね!」
お縄についたゴブリンを見て村人達の間で様々な感想が飛び交う。その様子をデュークとゲニウスは黙って見ていた。ゴブリンは抵抗する様子も無く、潔く騎士に連行されていった。
「ありがとうゲニウス殿、そして呪術師の若者よ。おかげでゴブリンは捕まったし、これでまた付近の町村と貿易ができるよ。」
村長の男が屋敷の広間で二人にお礼を言った。
「いやまさか!大した相手じゃなかったぜ!」
お礼を言われたデュークは頭をかきながら誇らしげだった。
「村長。こちらの方はすぐにでもダークレイに向かいたいとの事なのですが、今日中にでも通れますか?」
「ああ。待ってくれ。あそこは最後に訪れたとき、向こうにゴブリンが行かないようにゴブリンが離れている隙に扉に鍵をかけたんだ。」
そう言うと村長は後ろの棚から鍵を探し始めた。
「あ!そうだデューク殿。」
鍵を探している間、ゲニウスは何か思い出した声を出しながらデュークに一振りの刀を渡してきた。
「これって…あのゴブリンの刀か?」
「「あの若造に渡してくれ。敗れた者には相応しくない得物だ…」だそうっす。」
「なるほどなぁ。」
デュークは受け取った刀を眺める。刃には銘が入っており、「真」と刻まれていた。
「盗塁品かはたまた自前か…どちらにせよ切れ味も良さそうだ。」
「あのお、村長殿?鍵は見つからないんすか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。確かにここに……あ!」
突然村長は大きい声を上げた。
「思い出した!どっかの武士の家に茶をしに行った時置いてきてしまったんだ!」
「「ええ!?」」
村長のドジ発言に、二人は驚きを隠せなかった。
「人の家に置いてくって…そんなことあるんすか!?」
「いやあ、周りが竹林で静かで穏やかな空気だったからすっかり気が緩んでなあ。日が暮れてあわてて帰ったから置いてきたのかもしれん。」
「そうなると、その武士に鍵が無いか訪ねるしかないっすね。」
「ああ。本当は僕が直接取りに行きたいが、魔物が増えてきているこの状況で、村を離れるわけにはいかないし…」
「それなら俺が取りに行く。」
村長が悩んでいるとしびれを切らしたデュークが言った。
「ゲニウスにも言ったが、ダークレイに行くには洞窟を通らないといけないからな。」
「おお、それは助かる!」
村長はぱっと表情を明るくした。
「では二人とも、すまないが頼めるか?」
「ああ。」
「任せてください!」
そうしてデュークは今度は洞窟の先を開ける鍵を探しに出かけるのだった。
(ん?竹林の中に住んでる武士?)
その特徴を頭の中で過らせたデュークは、どこかまだ着いてないのに既視感を感じるのだった。




