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吉野くん  作者: 戸羽 扇
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徒桜の筏

『吉野くん』のアフターエピソード。

佐々木の懺悔のような話です。

「来世というのがあるなら、オレは自由に生きる」

「どしたぁ、急に」

「最後だから、宣言しておこうと思った。口にすればそうなるような気がして」

「……。なるだろうよ、次は」

「ん、確かに。こういう最後を迎えたのも佐々木さんに言ったからだだった」

「そうだったな」

「あの時、無理矢理にも着いてきてよかった」

「そうか」

「晴はあの箱庭から出すのを不安がってた」

「でも、最後には連れてきてよかったって笑ってたな」

「楽しかったからだ」

「そうだな、三人での暮らしは楽しかった」

「学校、次は行けるかな。晴が羨ましかった」

「行けるだろ。次は自由だ」

「そうかな」

「そうだ」

「絶対?」

「絶対だ」


「佐々木さん」

「なんだ、春一」

「ありがとう」

「どういたしまして」

「……。……」

 

 

  ◇



 Y‐29 2×××年 3月28日 死亡 享年15歳


  以上をもって、Y型人造人間研究を終わる。

 

 

  ◇



 ふう、と息が漏れる。

 これ以上の事は知ったことか。あそこがどうなろうとも、今後もY型研究を続けようとも俺はもう関わらないと決めたのだ。

 元は晴だけのつもりだったのを春一も連れて行く事になったのは少々焦ったがなんとかなった。

「なんとかなってしまうものだな」

 骨壺を二つ抱えながら呟く。

 行く当ては無かった。

 そもそも昔から行く当てなど無かった。

 もう、百年か前の記憶を辿りながら道を進んでいく。

 通ろうと思っていた道はすっかり無くなっていて車は一番近いコンビニに置いてきた。

 十年前までは道がなかったか? いや、三十年前だっけ。

 墨をひっくり返したような夜。

 満月のはずが分厚い雲に覆われて辺りは真っ暗だ。

 山の中、獣道を進んでいく。途中、足を取られて二人を落としかけるが必死に抱きしめてそれを防ぐ。だが、無理な体勢になってしまい斜面を転がり落ちた。

 転がり落ちた先には草木に覆われたコンクリートの道があった。

 どうやら俺は行き過ぎていたらしい。

「そうだ。この辺りだったな。そうだった」

 誰に言うでもなく、声を出す。

 体を起こして一息つく。

 息を、早く、整えなければ。

 早く?

 どうして。

 頼まれたわけではない。

 ただ、自分の自己満足だ。そう。

 自己満足。

 ただの、そう。

 そのはずだ。

「きついな。はあ、運動不足か。そうだよな。どれだけ籠りきりで、馬鹿やって」

 ぜえ。……はあ。

「莫迦やって、たんだろうなぁ。吉野君」

 大きく息を吸って二人を抱えなおして立ち上がる。

「吉野君、どうだったんだい」

 道を、進んでいく。

「どうだった、吉野君。結局」

 結局だ。

「キミは出来なかったぞ」

 いや、いや。

 出来なかった。

 近いモノは出来たなんて思いたくなかった。

 思えなかった。

 皆、違った。

 全員、別モノだった。

 失礼だが、彼らへの冒涜だが、ただ似ているだけのモノだった。

 髪の色が、顔が、声が、体つき、指、爪の形。

 思考は似ても似つかず。

 己の生命に疑問を抱かないモノ、己の生命に疑問を抱いたモノ。

 反発したモノ。反発出来なかったモノ。

 生まれてすぐいなくなったモノ。

 ぎりぎりまで生きたモノ。

 奇跡的に十五を越えたモノ。

 見てきた。

 触れてきた。

 つくってきた。

 なぜ、こうなっていたのか俺にもよく判らなかった。

 ただ一つ言うなら、最初から間違っていたのだろう。

 彼は何を思って、彼をつくったのか。

 誰にも分からない。

 考えているうちに木が生えていない広大な空間に出た。

 元々建物が建っていたせいかここだけ草が生えたけでぽっかり開けている。

 雲が薄くなってきている暗い空もよく見えた。

「久しぶりだな」

 また、ここに来るとは思っていなかった。

 人の多いところで隠れて暮らしていくものだとばかり思っていた。今までもそうしていたように。

 どうしてあんな事に付き合っていたのか。

 考えるだけ、考えて、分かるものか。

 俺は、流されてきただけの人間だったものな。

「さて、どうするか」

 抱えた二人を見て呟く。

 埋めてしまおうか。

 そう考えて辺りを見渡す。何もない。

 墓標になりそうなものを期待していたわけではないが、何もないとこに適当に埋めてしまうのは忍びない。

「桜……」

 ふと、思い出す。

 建物の裏手を少し下ったところに桜並木があったことを。

 そこならいいかもしれない。

 何がいいのだろう。

 などと考えながら再度歩みだす。

 雲が流れていって空に月が現れた。

 辺りが明るくなる。明かりがつくものを持っていなかったのでありがたい。

 跡地を突っ切り裏手があったとこまで進むとやっぱり草木に覆われた下り坂が現れた。そこを慎重に足を進める。今度は足を取られないようにするために。

 その時ふわりと何か目の前を横切る。

 なんだ? 小さい、白い。何か。

 ふわり、ふわり、と。

 舞っている。

 下っていて分かった。

 桜だ。

 風に流されて、都合よく俺の方に流れてきている。

 下り切ると桜並木が現れた。小さい川の両岸に向かい合っている。

 あの頃と変わらない。だが。

 それは、異様だった。

 月に照らされていた光景は異様だった。

 桜はまだ満開になるような時期ではないだろうに植えられている桜たちは綺麗に綺麗に咲き誇っていた。

 白く淡く照らされる桜並木、河岸は花びらで埋まっていた。川も白く、白く染まっている。

 不思議な光景だった。

 夢。の様に思った。

 フィクションの様に都合のいい光景だ。

「春一、少し待っててくれよ」

 そう言って春一を桜の木の下に置く。

 晴の骨壺を開けると川に向かって遺灰を撒く。

 灰は風と桜に乗って川へ流れていく。

 春一も同じ様にする。

「お前らこんな桜見た事なかったろ。俺も、見た事なかったけど」

 次は、弁当とか菓子持って家族とか友達と花見しろよ。

 目を閉じて、そう静かに祈る。

 ……。

 さて、目を開ける。

「次は俺だが、まあ、もう、特に出来ることはないんだよな。死にゃしねぇしよ」

 空になった骨壺たちと共にぼうっと景色を見つめる。

 今した事が正しかったかどうかなんて分からなかった。

 これでいい気はしている。

「吉野君、俺ぁ、どうしようね」

 どこにも居ない友に聞いてみる。

 何も返ってこない。

 月も隠れだした、桜も舞うのを止めた。

 どうやら自分で考えろ、という事らしかった。

 

                                           (了) 

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