吉野くん
以前別所で公開していたもの(現在は削除済み)のリメイクです。
殆ど変わっていませんが。
少しばかり非日常的な話をしよう。
聞けば皆がフィクションだと言い、インターネットの掲示板では「設定に穴がある」と鼻で笑われ、一部では陰謀論だのなんだのと騒がれそうな話で、コンビニの本棚の端に陳列されている嘘くさい都市伝説をまとめた本がまことしやかに綴っているような話だ。
そんな風に言われても仕方がないのは確かで、これは僕が立てたトンデモない仮説に無理矢理当てはめて書いた筋書きだ。
こうする事で自分を納得させるための言い訳。こうだったらいいなというモノ。
でも、それは全くよくない。むしろ僕は『こうであるな。違っていろ。フィクションであれ。』と願っている。
――これは、僕の妄想だよ。全部、妄想だ。そう、だから。だから、そんなに興味を持たないでくれ。
ただの妄想で、僕は、何も、知らないんだから。
彼のクラスメイトで、放課後はほぼ遊ぶような友達で、卒業式の前日に最後に会っていた唯一の人間だった僕。
「渡里! また明日! 明日、卒業式で!」
あの時の彼はどんな顔をしていたのか。思い出せない。
高校を卒業してから随分経つわけだし当然だ。同窓会でも彼がどうしているのかを知っている人は誰もいなかった。
君は元気にしてるかい?
僕はほどほどに元気だよ。
◇
高校三年生という珍しい時期にやってきた転校生は二年間どこにもいなかったのが嘘のようにクラスに馴染んでいた。
その中でも僕は彼と特に仲が良くなった。特別なきっかけはない。席が近かったのであれこれ教えたり話たりするうちに自然と仲良くなったのだ。
「渡里、放課後どっか行こーぜ」
「いいよー。今日はどこ行くよ」
僕たちはほぼ毎日放課後つるんでいる。
教室で限界まで駄弁ったり、ファストフード店でドリンクとポテトで三時間近く粘ったり、公園のベンチでぼけーっとしたり、たまにクラスメイト数人とも一緒にゲーセンに行ったり、つるみ方は多種多様だ。
さて、今日はどこで何をしようか。
「本屋行こう。デケェ方の」
「ほんと、本屋好きだね吉野くん」
「お前もそうじゃん」
「そうだけどさ」
荷物をまとめて教室を出る。放課後の学校では至る所から部活動中の学生たちの声が聞こえてきた。
僕は三年間どこにも所属せずに気ままに過ごしていた。中学の時に部活動は充分やったので高校では好き勝手にしようと思ったのだ。
玄関を出るとどこかの運動部の集団が駆け抜けて行く。大変そうだなと見送っていると、横にいる吉野くんの顔が目に入る。集団が校舎の奥の方に消えて行くのまでをじっと見ていた。
「どうかした?」
そう僕が声をかけると「あ、わり」とこちらを向いた。
「いやー、なんか部活いいなーって」
「そう?」
「楽しそうだし。学生の醍醐味の一つみたいなもんだろ」
「あー、まあ、そうね」
「せめてあと一年早かったらなー。一応どっか入ろうかとも考えたんだけどな」
流石に三年生だと遅すぎた。と苦笑する吉野くん。
「こうやって学校通えてるだけでも結構運がいいから、ゼータクは言ってらんねぇし」
「……なんか、今まで学校通ってなかったみたいな言い方するじゃん」
「通ってなかったよ」
「え」
あっさりと言われてしまいまぬけな声が出た。
事情は人それぞれ、言わなかった方がよかったか。まずったか。など様々な事が頭の中を駆け巡る。
「めんどくせえビョーキでビョーインにずーっと居たんだよ。したら、担当の人が一回くらいは経験しといた方がいいってんで通うことになった。……正直、今更? って感じあったけど、まあ、通ってよかったって思うよ。楽しいし、友達できたし」
なんでもないというように平然と言う吉野くん。
それから僕たちはいつものような雑談をしながら、いつものように学校を出た。
太陽の光が強くなっているのを感じながら歩く。
夏が、近づいている。どうせ今年の夏休みはほとんどが受験勉強や行事の用意に費やされるだろう。家族でどこかに行ったり、誰かと遊んだりなんて予定は今のところない。
本屋に着くと「じゃ、あとで」とそれぞれが行きたいコーナーに別れる。適当に好きなものを物色し、どちらかがそれを終えたらまだ見ている方に合流する。これが僕らの本屋でのいつものパターンだ。
吉野くんはいつも通り入ってすぐの新刊コーナーへ向かった。僕はどうするか少し考えて三階に参考書を見に行くことにした。
とりあえず、で、大学への進学を決めたのでその為の参考書探しだ。ただ、焦っているとかそういうのは全くない。このくらいだったらちゃんと勉強しておけばいけるかなというとこを選んでいるから、そんなに必死になる必要はないけど家で『勉強してますよー。ほら、参考書も買っています』という感じを出すためだけの小道具を買おうとしている。
一通り本棚を見てよさげな物を手に取る。値段は消費税を含めると二千円近くになるだろう。バイトをしていない学生の財布から出すには少し痛いが、まあ、良しとしよう。
目的の物を手に入れたので吉野くんを探しに行くことにしよう。大体は二階のラノベコーナーか漫画コーナーにいるはず。なのだが、今日はいなかった。たまにこういう事はあるので特に気に留めずに一階へ向かう。新刊コーナーにも姿はない。という事は雑誌コーナーだろう。週刊の漫画雑誌でも立ち読みしてるに違いない。
「あれ」
漫画の棚の前にいたのは大学生やサラリーマンだけで吉野くんの姿は無かった。一体どこに行ったんだ? トイレにでも行ってるんだろうか、と考えつつ雑誌コーナーを周っていく。すると、奥の棚の前に見覚えのある後ろ姿があった。
こんなとこにいるなんて珍しい。
そこは売れ残ったムック本や少しニッチな層向けの雑誌が並んでいる棚で、たまに面白い雑誌があるのだが、それはほんとにたまになので滅多にこの棚を覗こうとは思わない。時間を潰すときに見るようなそんな棚だった。
「なんか面白いのあった?」
声をかけるが吉野君は雑誌に集中していて反応を返してくれない。
そんなに面白いのかと思っていたが、そうでもないのかもしれない。雑誌を読んでいる吉野くんの表情は険しいもので、内容に嫌悪感を抱いているように感じた。
その様子にもう一度声をかけようか悩んでいると僕に気がついたようで「おわ、居たの」と少し慌てて雑誌を棚に戻した。
「面白いのでも見つけたの?」
「いや、面白くなかった」
「にしては真剣に読んでたじゃん」
「ちゃんと読まねぇとどんな内容か分からねぇじゃん」
それはそうだけど。
ちらりと戻された雑誌を見る。『衝撃‼ 知られざる世界の秘密たち!』というタイトルが太い文字でデカデカと書かれていた。他にも妙な記事のタイトルが妙なイラストと共に表紙を飾っており、いかにもアレな雰囲気が出されている。
「吉野くんて、こういうの好きなタイプなの?」
「そんなに。たまたまこういうのを見たくなる日もあるって事よ」
「ふぅん……」
まあ、そういう日もあるか。こういう与太話はたまに見ると面白かったりするし。所詮は与太話でありえない話だからそうなんだろうけど。
それから、まだ店内を見ていなかったらしい吉野くんに付き合いふらふらと一緒に周り、僕は参考書を吉野くんは漫画を買って本屋を出た。
外はまだ薄明るい。僕らは他にもどこかによって行くか少し悩んだ後、大人しく帰る事にした。
駄弁りながら駅へ向かう、この本屋は学校を挟んで駅の真反対の場所にあるため割と歩くのだ。一人だとそこそこ長く感じる距離だが、二人だとあっという間に着いてしまう。
「んじゃ、また明日」
「うん、明日学校で」
改札を通り抜けるとそう言って別れる。吉野くんの姿は人混みの中にまぎれて見えなくなっていった。
◇
気を抜くと忙しさに飲み込まれてあっという間に夏も秋も去って、冬も過ぎようとしている。
様々な行事を終えて残すは卒業式のみとなり、学校に行くのは登校日だけでほとんど自由の身だ。
登校日だった今日、僕と吉野くんは寄り道をしていた。駅に直結しているショッピングモール内をひたすらぶらぶらして、そしてそこにある本屋に来ている。ここの本屋は隣にカフェがあって大変オシャレな雰囲気だ。
「特に無いな……」
品揃えは悪くないが、あの大きな本屋と比べたら劣る。なんというか、こういうショッピングモールとかにあるのは妙な小奇麗さを感じるのだ。別にそれが悪いとかじゃないけど、毎月毎週毎日出版されていく本のためにどんどんモノが入れ替わっていくのにたいして、なんとも言えない気持ちをもっている。
古くなったら、古い物になったら、新しく、新しい物にする。当然のことだけど、なんだか、なんだかなぁ……。
さて、吉野くんを探すか。あまり大きくないし、すぐ見つかるだろうと僕は歩き始める。店内を五分ほど周っていると少し意外な場所で見つけた。
そこは他と比べて背の低い本棚が並んでいる児童書や幼児向けの本が置かれているコーナーだった。吉野くんはそこのとある本棚の前で真剣に何かを読んでいる。
こういうところって懐かしくてつい長居しちゃうよな、と考えつつ近づく。児童書が置かれている本棚の中でも、特に小学校中学年高学年向けの本棚なのだろうか? 女の子向けのきらきらしたタイトルのファッションやおまじないについての本屋、男の子向けのカッコイイ好奇心をくすぐるようなタイトルのロボットや動物についての本が並べられている。
「なんか見っけたー?」
軽い調子で声をかける。吉野くんはすぐに顔を上げて「ん、や、ぼちぼち」と返した。
「何読んでたの、昔読んでたやつとか?」
「『恐怖! 戦慄! 妖怪・UMA・都市伝説の本! もしかしたら、みんなの周りにも?!』ってやつ、こういうの何冊もあるけど何が面白いんだろうな」
そう言いながらやや分厚い本を向けてくる。黒っぽい表紙にはおどろおどろしいように加工された文字と何かに怯え青ざめた顔の漫画チックなイラストの少年少女が描かれていた。
確かにこういう類の本は何冊も出ている。どれも似たり寄ったりな内容ばかりで一冊持っていれば充分のような感じだけど。
「小学生の頃とかこういうのに興味湧いたり、なんか流行ったりするじゃん。僕もまあ、学校の図書室で借りて友達とかと読んだりしてたし。吉野くんはそういうのなかったの?」
「なかった。そもそも、こういう感じの本全然見たことなかったし。なー、隣のカフェ行こうぜ。今月の新作飲みたい」
話題を変え、本を棚に戻すとカフェの方へ歩き出す。僕もそれに続くが、なにか小さな、ものすごく小さな違和感を感じた。
新作は運悪く売り切れだった。
仲良くミルクティーを頼んで空いていた奥の席へ座る。吉野くんは一緒に頼んだドーナツを美味しそうに頬張った。一口が大きく、ドーナツは一瞬で消えていく。見ていて気持ちのいい食べっぷりだ。
「もうすぐで卒業だね」
何気なくそう言う。
「そうだな。あっという間だった。二学期なんか特に凄かった。体育祭と文化祭が立て続けにあるから、すげー忙しかったし。まあ、どっちもすげー楽しかったけど」
「分かる。楽しかったけど、忙しいわな。こっちは受験もあるってのにさ。……そういや、吉野くんて卒業した後ってどうするの? 専門? 大学? 就職?」
「……特に、考えてねーや」
「え?」
「てか、カテイノジジョウでどうなるかも分からん。渡里は大学だったよな、華のキャンパスライフってやつ、しっかり楽しめよー?」
にやっと笑いながらミルクティーを飲む吉野くん。
そういえば、僕の将来の話はしても、吉野くんの将来の話は全く聞いたことがなかった。というか、卒業手前の今になって気づく。僕は目の前の彼の事をほとんど知らない。放課後毎日の様に寄り道をする仲だというのに、彼の事を語れと言われたら『本屋が好きな友人』程度の事しか言えないんじゃないか……?
会話は結構する。以前クラスメイトに「渡里って吉野とめっちゃ話してるよな」と言われるくらいで、吉野くんも「吉野って渡里とよく話すよな」と言われた事があるらしい。なのに、なのにだ。僕は、あまりにも吉野くんを知らなさすぎる。
「……吉野くん、ってさぁ、……なんか好きな物とか嫌いな物とかって、ある?」
「なん。なに、どーした急にぃ」
「や、なんか、こういう会話ってなんかあんまりした事無い、気がして」
「そうか? 普通に本が好きだよ。ほら、お前と仲良くなったのもそれがきっかけだし。嫌いなのは、ううん……ぱっとはねえよ」
「本が好きなのは分かってたけど、嫌いな物は無いの? 意外だ」
「ぱっと思いつかねぇだけだって。それに嫌いな物がねえ奴もいるって」
「そりゃ、いるとは思うけど。てっきり、吉野くんは都市伝説だとかオカルト的な物が嫌いか苦手だと、思ってたんだけ、ど……」
少しの間、吉野くんは、黙る。
これだ。この感じ。
ずっと前、あの時と似た感じ。
「あぁー……、うん、嫌いだ」
ぼそりとダルそうに言う。まずい、地雷だったか?
「だって、ああいうのバカバカしいじゃん。頭ん中だけにしとけよって思うんだよ。特に都市伝説とか、陰謀論とかさぁ……。さっき読んでた子供向けのならまだいいんだけど……、こう、楽しませようとか作りモノですよーって、分かるだろ? でもさぁ……、物好きが読む様なそういうの専門の雑誌、よく分かんねぇジャンルの棚に置かれたり、コンビニでやっすい値段でいかにもな表紙で『秘密』とか『衝撃!』とかが書かれてるやつ、アレは駄目。……嫌いだ。いい歳した大人たちが知ったような口ぶりで言葉を並べてベラベラと、ある事ない事を書き綴る。……やるのは勝手だけどさ、やるなら、ほんと、……てめぇの頭の中だけにしてくんねぇかなーって、思う」
最後に大きなため息をつくと吉野くんはミルクティーを一口飲んだ。
想像以上にダメだったらしい。
嫌そうに、ダルそうに、イラついたように、なんでどうして嫌っているのかを述べた彼はしかめ面でこちらを見る。
満足したか? と言うように。ただそれは、それだけじゃなく、
「…………、子供が屁理屈言ってるみたいだったな。悪い」
「いや、いいよ。聞いたのはこっちだったし、嫌な話題振っただろうし、ごめん」
「気にしてない。まさか、それに突っ込まれると思ってなかったなかったから、必要以上にべらべら言っちゃったな」
「すごい珍しかった。なんか、吉野くんもあんな風にキレるんだなーって」
「俺もキレる事だってあるわ。人間なんだしよ」
それから他愛のない話をした。今までこんなに話しただろうかというくらい、たっぷり話した。話題はいくつも転がって広がって、戻って変わって、移って流れて……。
一時間ほど話し込んだところでカフェを出て、そこからさらにショッピングモール内を駄弁りつつぶらつき、僕らはようやく駅の改札へと向かった。
帰宅ラッシュの人混みを上手い事避け話しながら歩いていると、急に吉野くんが立ち止まる。「どしたの」と声をかけるが耳に届いていないのか動かない。吉野くんの視線の先を見るとそこは大きな液晶モニターがあった。映っているのはどうやら今度公開される映画の広告らしい。途中から見たためどんな内容かはよく分からない。主人公っぽい青年や白衣の人物に謎の実験施設のようなものがでてきた事からなんとなくSFモノなのかと予想をする。
公開日と『この命はどうして創られた』のかという煽りで広告は終わった。予想通りSFモノみたいだ。
吉野くんは広告が終わったのにその場から動こうとしない。顔を見ると液晶モニターを睨みつけている。それは明らかに怒っている顔だった。
「吉野くん?」
「……あ、すまん。ぼーっとしてた」
そう言うと歩き出す。顔にはまだ少し怒りが残っている様に見える。歩く速度も早いし、何かあの広告に思うところがあったのだろうか。
「さっきの映画、気になるの?」
普通に、彼が怒っている事に気づいてない風に聞いてみる。
「別に。面白くなさそうだった」
「のわりには真剣に見てたじゃん」
「たまたま最初から目に入ってどんなもんかと思って見てただけだ」
「ふぅん。僕途中からしか見てなかったんだけどどうだった? 面白そうだった? SF?」
「そんなに。なんか、人間が人間創る話ぽかった」
「へぇ、なんか思ったよりファンタジーだ」
「ファンタジーの方がいいだろ」
「え?」
気づいたら改札の前まで来ていて、通り抜けていった吉野くんに慌ててついて行く。
「んじゃ、また学校で」
吉野くんはこちらを見ることなくそう言って手をひらりと振って歩いて行った。
「う、ん。また、学校で……」
僕は、人混みの中にぽつりと残された。
◇
卒業式前日。明日の流れを確認するだけの日だった。手短なホームルームが終わると僕と吉野くんは最後の寄り道をしに行った。
行くのはいつのも大きな本屋。なんでも欲しい本がなかなか見つからないらしい。
「流石にここならあんだろ」
「ネットとかの方が簡単に見つかりそうだけど」
「わざわざ本屋に行って、棚見ながら歩き回ったり、検索機使ったりして探すのが楽しいんだよ」
一理ある。お目当ての物以外にも目がいってしまう点はあるが、意外な物を見つけたりできて楽しかったりする。
「なんの本探してるの? 探すの手伝うよ」
「内緒」
「じゃあ、なんで僕連れてくんだよ」
「一人で真反対の本屋行くのだりぃだろ?」
にっと笑う吉野くん。渡里は自由に回っててくれよ終わったら呼びに行くからよ、と本屋に入ると僕らは別れた。
そうは言われたものの、特に見るものはないんだよな。持ってる漫画や小説の続きはまだ出てないし。入口近くの新刊コーナーをぼけっと見ながら考えた結果、僕はとりあえずひたすらうろつく事にした。
一番上の三階へ行き本棚の間を進むがこの階は参考書ばかりでつまらない。文房具コーナーは見ていて少しだけ楽しいがそこまで興味は惹かれない。すぐに二階へ降りて行く、漫画やライトノベルの棚で足を止める事がしばしば。でも、今日はそんなにって感じだ。文庫本が置かれている本棚で吉野くんを見かけたが、スマホと本棚を交互に見て真剣に探していたため話しかけるのはしなかった。
これといった収穫がないまま一階まで降りてきてしまった。さて、本格的にどうするのか考えなければ。あの調子だったらまだかかるだろう。あ、雑誌コーナーなら立ち読みできるか。適当な漫画雑誌でも読もう。
しかし、雑誌コーナーの漫画が置かれている棚に行ってみると思ったより人がいて妙に萎えてしまった。買って家で読めよと思いながら仕方なく、別のジャンルの雑誌が置かれている棚を覗くがどれも興味が無いためほぼ素通りだ。歩いている内に雑誌コーナーの奥まで来てしまった。
そういえばかなり前に吉野くんがここでよく分からない雑誌を読んでたな。
立っていたのは丁度この辺りだった気がする。
「……」
本棚を見ると目に入ってきたのは『人類はここまで来た! 知られざる禁断の世界!』というどうしようもなくアレなタイトルの雑誌だった。大袈裟に書かれたタイトルがなんとも言えない安っぽい胡散臭い雰囲気を出している。こういう類はこうしなければならない決まりでもあるのだろうかと思ってしまう。
なんとなくそれを手に取ってページを捲る。内容はどれもこれもインターネットのよくわからない掲示板の隅に書き込まれてそうな物ばかりだ。適当に読んでいたところであるページで手が止まる。
モノクロの荒い画質で印刷された胎児の写真とその上を斜めに横断するDNAの螺旋の画像。
気味が悪かった。
そのページに載っている記事のタイトルは『人類の科学はここまで来た! 禁断の遺伝子実験!』というものだった。
読み進めていくと、遺伝子を使った実験やそこから生み出される生物についてが淡々とした文章で書かれていた。記事の中盤を過ぎるとクローンについての話が始まった。動物のクローンの話、蛙、羊や豚、とある絶滅危惧種、猫や犬に猿、公にされている物さけでもそれだけの動物のクローンが創られている。らしい。
そして最後にはこんな文章が書かれていた。
『人間のクローンは禁忌とされているが既に存在する。実用化に向けての実験と研究が進んでおり、もしかしたら貴方の周りにもいるかもしれない。
クローンは胎児の状態から始まり通常の人間と変わらずに成長していくが、大体肉体が中学生くらいになると限界を迎える。高校生の肉体を迎えることは滅多に無く、研究者の間では《十五の壁》と言われている。
いずれ《十五の壁》を超える人間のクローンが産まれた時、人類は神に近づくだろう。』
不思議な気持ち悪さ。
人間のクローンの実用化ってなんだ?
バカバカしい記事。
しょうもない雑誌。
こんなものをいい歳したオトナが真面目に言葉を綴って、目を通して、一つの本にして、書店に並んで?
何が面白いんだ。
「渡里」
名前を呼ばれてはっと顔を上げる。いつの間にか吉野くんが隣にいた。何読んでんの、と開かれている雑誌を覗き込んでくる。
「禁断の……遺伝子実験。……人間のクローン、…………神に近づく、なぁ。こんなん読んでんの珍しいな。よっぽど暇しちゃったかすまん」
ぽつぽつと書かれている単語を静かに読み上げる彼の目は冷めていた。
「……たまたまこういうのが気になっちゃう日だったんだよ。それより、探してた本は見つかった?」
「おう、見つかった。やっぱここに限るな。もうレジ行こうと思うんだけどいいか?」
「うん、いいよ」
雑誌を閉じて本棚に戻す。吉野くんは戻した雑誌を睨んでいた様に見えたけど、すぐレジへと向かった。
買い物を終えた僕らは駅へ向かって歩く。
「明日で卒業かー、はえーなー」
「ほんとにね」
「高三で転校してきたから不安だったけど、想像以上に大丈夫だったわ。めちゃくちゃ楽しかったし」
「そりゃなによりだ。そういや、吉野くん卒業後はどうなるか決まったの?」
「いんや、まだ微妙。とりあえず、引っ越すのは決まってるんだけど、そっから先はなんとも」
横に並んで白い息を吐きながら話す。
なんか、卒業したら吉野くんと会う事もなさそうだな。そうなると、少し寂しい。
友達は他にもいるが、だいぶ気が合う方だったので一緒に居て楽しかったのだ。だから、放課後ほぼ毎日の様につるんでたわけで。
会話が途切れてしまった。普段ならすぐに別の話題が出るのに、今日は二人とも黙っていた。
薄暗いどんよりとした曇り空の下を歩く。冷たい、冷たい風が吹きつけて髪を揺らしていく。
学校の前に差し掛かった時だった。
「見つけた!」と後ろから誰かが叫ぶ。どこか聞いたことのある声で思わず振り返った。
声の主は小学生か中学生くらいの少年だった。距離があって顔はよく見えない。
ビシッっとこちらを指さしていた少年は手を下すと走って近づいて来る。
「知り合い?」
「……」
なにも返さない吉野くんを見ると口を少しだけ開けて唖然としている。
目の前までやってきた少年は吉野くんの腕を掴むとどこかへ引っ張って行こうとした。
「早く、行くぞ!」
「や、ちょ、待て」
「待てない! ササキさんもそこまで来てくれてる。行くぞ!」
「聞いてねぇって!」
「言ってないから当然だ!」
どんなやり取りをみていると、気づいた。
吉野くんと少年の顔はよく似ていた。髪型と体格に差があるくらいでとてもそっくりだった。
兄弟でもこんなに似るものなのだろうか。同性の兄弟だったらありえるのだろうか。
でも、なんだろう。この感じは。
「おい」
呼ばれたので吉野くんの方を見る。あれ、でも、声の方向が少し違う?
「おい、こいつの知り合いか」
呼んだのは吉野くんではなく少年の方だった。先程叫ばれた時にも聞いた事ある声だったが、少年の声はあまり吉野くんの声と大差なかった。
「……」
ジロリと僕を見てくる少年。
「……え、えっと、……吉野くんの、弟、くん?」
「…………。そんなところだ。兄が世話になった。用事があるのでこいつを連れて行く」
ぶっきらぼうにそう言うと少年は吉野くんを無理矢理引っ張って行く。吉野くんは抵抗していたが諦めてついて行くことにしたらしい。
数メートルほど離れたところで吉野くんは僕の方を振り向いて声を張り上げる。
「渡里! また明日! 明日、卒業式で!」
僕はそれに返事が出来ないまま、少年に引っ張られていく吉野くんを見送った。
◇
翌日の卒業式に吉野くんは来なかった。
急な家庭の事情で来れなくなったらしい、と担任は言っていた。
家庭の、事情。
卒業式は何事もなく終わった。ほどほどに高校生活を楽しんでいた僕だったが涙を流すなんて事はなく、最後のホームルームの後に友達たちと少し話すが早々に帰る事にした。来ていた母親には「もう少し話していけばいいのに」と言われたが、特別長く話すような友達は今日いなかったから、なんとも思わなかった。
家に帰って制服から着替えると荷物を適当にまとめて外へ出た。目的は大きな本屋だ。一人で行くのはめんどくさい距離だ。でも、なんとなく行く気になったので行くことにした。
別に明日でも明後日でもいくらでも時間はある。卒業式から帰ってすぐ行くような場所でもない。
最寄り駅に向かって歩いていると目の前に男の人が現れた。三十代くらいだろうか、くたびれたスーツを着た髭のある男の人だった。
「あー……。キミが渡里くん?」
「え……、あ、は、はい」
いきなり自分の名前を呼ばれて驚く。思わず返事をしてしまったが、違うと言った方がよかっただろうか。
「私は怪しいモンではなくてね。……いや、充分怪しいな。うん、怪しいが、怪しくないんだ」
余計に怪しさが増している。
「吉野の、……あー、親戚のモンだ。佐々木という。今日は卒業式に参加させられなくてスマンね。事情が事情で、あまり、……うん。なんだ、あれだ。えぇと、吉野の代理でキミんとこに行かされてね」
「はあ……?」
「そうだよなあ、友達の親戚を名乗る不審なオッサンだもんなぁ……。伝えなきゃいけない事は、いくつだったかな……。ええと、……まず吉野とはもう会えないと思ってくれ。今後ずっとだ。もし、そっくりな奴を見てもそいつは吉野じゃない。あと、……あとは、あー、伝言だな。吉野からだ。『卒業式行けなくて悪い、短い間だったけど楽しかった。ありがとう。元気でな渡里』だそうだ」
「そう、ですか。分かりました。ありがとうございます」
この人が吉野くんの知り合いである事は確かだろう。勘だけど、なんとなく信じれるタイプの勘だ。
「やけにあっさりしてるな」
「いえ、なんとなく、……本当になんとなくなんですけど」
「うん、なんだね」
「吉野くんは今日来ないだろうなって、昨日思ったし。昨日のが最後だと……」
「ははあ、そうか、アイツの方にも会ってたんだったな。……ふむ」
佐々木さんは少し考え込んだ後、口を開く。
「少し吉野の話をしようか。吉野はね、生まれてからずっと、……殆ど外に出たことが無くてね。学校もちゃんと通うのも今回が初めてだったんだ。すごく喜んでてな、毎日の様にキミと寄り道してたらしいじゃないか。アイツに付き合ってくれてありがとね。……今まで友達もいなかったかたな、そらそうだな喜ぶし、楽しいか」
「今まで、外、出たことなかったんですか?」
「……まあ、色々な。病院にいたと思ってくれたらいいよ。…………さて、どうしよう。吉野の話をもっとしようと思ったんだが、難しいな。どこまで言ったもんか」
「あの、吉野くんは」
「うん?」
「……いや、やっぱいいです」
「なんだい、突拍子も無い事でも聞こうとしたのかい?」
「……」
「キミは、なにかな、特別想像力が豊かなのかな、それとも特別勘でもいいのかね。……うん、吉野もビビるわけだ。……別に私が来なくてもよかったんだがね、むしろ私は吉野をキミに会わせるつもりだったんだ。だって、折角できた友達なんだし、アレが別れじゃ勿体ない。だけど、吉野は私に代わりに行けと言ったんだ」
「なんか、僕、嫌われるような事したんですかね。だったら謝りたいんですけど……」
「ハハ、逆だ。逆。嫌われたくなかった、かな? 聞いてきた話でも、今実際に話しても思ったが、キミは吉野の事を嫌いそうにないし、対等で適切な友人関係を結べてたと思うよ。初めての事だったから怖かったのかもしれないな。悪い事ではなかったが、悪い事をしてしまったなぁ。これは上手く教えてやれなかった私が悪いだろうな、うん」
「……吉野くんはこれかたどうするんですか? …………、どうなるんですか?」
「ふむ、……この程度なら言ってもいいか。全国各地を転々とする事になる。もしかしたら、世界中を……、いやそれは流石に出来ないがね。……そうだなぁ、ここには戻って来ない。通りがかる程度だろうね。…………、後者の『どうなるか』の方は全く分からない。私にも、吉野にも」
「そう、ですか」
佐々木さんは周囲を見渡す。
「キミは吉野と話したい事は沢山あるだろう、沢山これからも一緒に遊んだり本屋に行きたかっただろう。それは吉野も同じだ」
でも、それは出来ない。
「私にも聞きたい事とかあるだろうね、例えば、吉野にそっくりな彼についてとか。……キミがどんな風に予想しているか、分からないが大方当たっているんじゃないかと思うよ。多分ね」
「なんで、そう思うんですか? もしかしたら全然違ってるかもしれないじゃないですか。現実的じゃない、突拍子のない、映画かなにかの物語みたいな、……とんでもない、妄想だ」
「事実は小説よりも奇なり、だ。意外と妄想が現実に起こったりしてるもんだぜ、渡里くん」
「じゃあ、……じゃあ、聞きますけど、吉野くんは――」
僕は、僕が思いついていた事、考えていた事を佐々木さんにぶちまけた。
それは、もしかしたらこうではないかという、こうなれば辻褄が合うのではないかという言い訳。
全く、全く現実離れした話。
映画のような、小説のような、漫画のような、――都市伝説のような。
吉野くんが聞いたら、少し嫌そうな顔をした後に鼻で笑って「そんなわけねーだろ」と言うような。
だらだらと、だらだらと、途中詰まりながら。
感じていた違和感を一つに繋げた馬鹿みたいな妄想を、僕は話した。
「……こんな、こんな妄想、です。でした。」
聞き終えた佐々木さんは優しい笑みを浮かべながらこう言った。
「キミは特別想像力が豊かで勘がいいね」
否定とも肯定とも言えない感想だった。
「悪いがそろそろ私は行かないといけない。最後に伝言くらいは預かろう」
名残惜しそうに佐々木さんは言う。
僕は、僕はどんな言葉を伝えるべきだろうか。
友達にどんな言葉を、もう会えない友達に、なにを、なんて、言えば。
悩み悩んで、ゆっくりと口を開く。
「元気で、またいつか一緒に本屋に行こう」
「……。確かにその伝言は預かったよ。一語一句違うことなく、ちゃんと伝えよう」
佐々木さんは僕の横を通り過ぎた。
「そうだ、渡里くん」
「なんでしょう」
「もし、キミの妄想に興味を持ってしつこく聞いて来る奴がいたら『何も知らない』とか『これは自分の妄想だ』で通す事」
「佐々木さん以外に話す気はないですよ、こんな妄想」
「はは、それも、そうか。それでは、体には気を付けて」
振り返ると佐々木さんの姿は無かった。
どうしようか少し迷って、本屋に行くのをやめて映画を見に行く事にした。確か、あの映画が公開されていたはずだ。
映画の感想は『そこまで面白くない』だった。
クローンなんて作ったところで、どうするんだ。最終的に主人公が友人との幸せな生活を手に入れていたのが救いだっただろうか。
SFは少し肌に合わないのかもしれない。普通の日常モノの方がどちらかといえば僕は好きなんだろう。
(了)




