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9.浜にいた男

 桃太郎は、南の浜へと真っ直ぐに進んでいた。 

人里を離れた野や林の中では、士狼が狼の姿となって、桃太郎を背に走った。

 村々を通る時も、犬と猿を共に走り抜け、人々は唖然としてその姿を見送った。

 夕刻には、桃太郎は浜辺に立って、沖に見える鬼ヶ島をにらみつけていた。

 空から九郎と南天が舞い降りてくる。烏と雉の姿である二妖は、先に鬼ヶ島に偵察に渡っていた。

「菊姫様はご無事か」

と桃太郎は尋ねた。

「あぁ、元気にしておる。島の女子(おなご)衆に交じって炊事などもしておったようだが、特にひどい目に合わされておるようには見えん。今は鬼の大将の屋敷におるようだが、無体なことはなかろう様子だ」

と九郎が答える。

「女子衆というのは、鬼の女か。それとも近隣から攫ってきた女たちがいるのか」

「そのことだが」

と南天が言う。

「あそこに鬼はいないのっでは。島に居るのは人ばかり。角も見当たらないし、何より物の怪の気配が一切ないわ。体が大きくて強そうな者はいくらかいるけれど、それだけよ」

「鬼ではないのか」

 桃太郎は唸った。

「が、だからと言って甘くはないぞ。潮が早く波も高い。島に辿り着くのも一苦労だ。島の周りは岩だらけで舟をつけられそうなの入り江は一つだけ。そこから奴らの住処のある所までは一本道で、見張りもある。難攻不落の天然の砦だ、あの島は」

と九郎が言う。

「分かっている。それに堂々と乗り込んでは、菊姫様を人質に取られて動けなくなるだけだ」

と桃太郎も頷いた。

「できれば、夜のうちに島に渡りたいのだが」

「無理でしょう」

と南天も首を横に振る。

「しかし試してみるしかあるまい。舟が転覆しても私だけなら、南天が化身していれば運べるだろう。島に乗り込むには派手すぎるが、浜に引き返すだけなら何とかなる。士狼と伍猿をどうするかは、後で考えよう。先ずは舟を調達しなければ」

 桃太郎はそこで、浜に引き上げた小舟の上で網を繕っている若い漁師を一人見つけた。

「もし、そこの方、その舟はあなたの舟か」

と、桃太郎は声をかける。

「ん、俺か。あぁ、これは俺の舟だけど」

「まことに厚かましい願いだが、その舟、一日借り受けたいのだが」

「借りてどうするの」

「正直に申そう。鬼ヶ島に渡りたい」

「ん、分かった」

 男は言うと、舟から飛び降り、コロを敷いて舟を浜に押し出していく。

 桃太郎も慌ててそれを手伝って押すと、すぐに船は浅瀬に浮かんだ。

 男は舟に乗り込むと、

「ん、乗りなよ」

と手招きした。

「いや、今からお借りしたいのだが」

「うん。借りるんなら返してもらわなきゃなんないからね。あんただけじゃ、舟はひっくり返るから、俺のところに返ってこない。だから、船頭も一緒に貸し出す」

 漁師の男は無邪気に笑って言い放った。

「あ、それから、そっちの犬の化け物と猿の化け物も、一緒に乗って大丈夫だからね。鳥の二羽も好きにしな」

「分かるのか」

「まぁ、何となくね。そういう知り合いは俺にもいるから。さ、行こうか」

 桃太郎と三妖が小舟に乗り込むと、舟はついっと滑らかに進む。日が沈み、海上は墨を流したように黒い。

「私は桃太郎と言う。改めて御礼申し上げる。」

「へぇ、立派な名だなぁ」

「あなたは」

「そうだねぇ、親はいないし、いつも、そこの、とか、ほら吹きとか、適当に呼ばれてるからなぁ。太郎はいいね、浦島村の太郎だから浦島太郎でどうだろう。うん、これがいいな」

「……」

「鬼ヶ島には鬼退治かい」

「菊姫様が攫われた。お救いしにいく」

「そうかぁ。うまくいくといいなぁ。でもね、あの鬼ヶ島にいるの、このあたりの漁村で食いつめたり、舟失くして仕事ができなくなった連中がそこそこ混じってるんだ。だから、皆殺しとか、そういうのはやめてあげて欲しいんだよね。桃太郎は強い人だから、きっと手加減できると思うからさ」

「分かった。決して無益な殺生はしないと約束する」

「あぁ、良かったぁ。俺もこうして手伝ってる以上、恨まれたり、化けて出られたりしたくないもんね。とにかくね、話し合って、うまくいく道があると思うんだよね」

「おぬしのそういう知り合いと言うのは、舟の舳先の下で泳いでいる者か」

と士狼が緊張を解かずに尋ねた。

「そうそう。(おと)って呼んでる。このあたりは俺の庭みたいなもんだから、潮を読み違えたりするこたぁないんだけどね。夜の海となるとさすがに乙の案内が無いと心細いんだ。こうしてるとね、俺の頭の中にいろいろ話しかけてくれるから」

この男は、海の妖を下したらしい。

そうは見えない穏やかな顔で、今にも鼻歌でも歌いだしそうな気楽さで櫓を漕いでいるが、その捌きは確かで迷いなく力強い。

世の中には色々な者がいる、と桃太郎は感心していた。

「桃太郎は、妖を引き連れて菊姫を助けに来た、ってことは京の味方ではないと思って間違いないよね」

「違う。京の者どもとは何の関わりもない」

「良かった。さぁ、そろそろ鬼ヶ島だ。入り江に入ってもいいけど、鬼ヶ島の大将たちには見つかりたくないんだよね」

「そう。できることなら、島の裏手で降りられるところがあれば」

「よし、乙に聞いてみよう」

 浦島太郎はしばらく目を瞑っていたが、やがて、

「良さそうな場所がある。裏手に海から入る洞窟がある。そこで下してあげよう。今日だと、明け方前の潮が引いている頃なら、島の周りを伝って入り江の側に回ることもできるよ」

「ありがたい」

 浦島太郎は注意深く舟を操り、月の僅かな明かりの中、洞窟にするすると入っていった。洞窟の中で、手持ちの燭台の蝋燭に火を灯す。

「さぁ、ここまでだ」

「礼を申し上げる。僅かばかりだが金子と、それから黍団子を二つ。海の中の御仁にも。この団子には癒しの業が籠められている」

「これは、こっちこそ、こんな物をもらえるなんて、ありがたいよ。もし、桃太郎が京の奴らと争うことがあるようなら、また会うことがあるかもしれない。あいつらは俺と乙の敵だからね。では、さようなら」

 浦島太郎は別れを告げると、またするすると洞窟を抜けて、闇の中に消えていった。

「不思議な者だった。なぜか仲間のような気がした」

 桃太郎は頭を一つ振った。

「さぁ、願ってもない形で鬼ヶ島に着いた。ここからが正念場。各々、黍団子をひとつづつ食べて、気を練り上げて向かうぞ」


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