10.成敗
「伍猿、分身を猿の大きさのまま、裏手の崖から中に忍び込ませることができるか」
「やりましょう」
「九郎、伍猿の分身と一緒に鬼たち、あぁ人かもしれないが、島の中に紛れて、菊姫の正確な居所をつかめ」
「わかった」
「南天も雉の姿のまま、鬼たちの住処の近くで待て。機会が来たら、変化して火を放ってもらう」
「わかりました」
「そして私と士狼と伍猿は、入り江からの一本道を一気に駆け上る。船の姿がないから、向こうは油断している、その隙を突いて、混乱させるんだ。士狼、乗せていってくれるな」
「心得た」
「後は私の心の声の呼びかけに従ってくれ。では、頼むぞ」
の声を合図に、一同は深く頷き、行動を始めた。
(菊姫様、桃太郎がただいま参ります)
桃太郎は心の内に誓い、まだ暗い中、磯の岩場を伝って入り江に向かった。
船着き場からは見えない岩陰で待っていると、九郎の声が響いてきた。
(菊姫は、女子衆が集まって働く小屋に寝所をもらったようだ。於松という侍女と島の女四人が共にいる)
(分かった。もうすぐ門のあたりで大騒ぎが起こる。門が開いたら、同時に南天が小屋や屋敷に火を放つ。その騒ぎに紛れて、伍猿の分身と一緒に逃げ出させたい。九郎、菊姫は癒しの業の遣い手で『気』はよく練られて大きい。お前の呼びかけは届かないか)
(細かい話はともかく、顔さえ合わせれば、我らが桃太郎のゆかりの者であることは伝えられよう)
(頼む。では、門に向かう)
「士狼、行ってくれ」
巨大な白狼に変じた士狼は、桃太郎を背にダッと駆け出した。前方の門の脇から、見張りが何か大声で叫んでいる。桃太郎は門に迫るや、
「開門、開門、開門して降伏せよ。さもなくば一人残らず討伐いたすぞ」
と呼ばわった。もちろん、扉が開く気配はない。
「よし、伍猿、頼む」
「任せられい」
伍猿は狒々の姿に戻るや、杉の木を引っこ抜く怪力で、ギギギーッと扉を押し開く。途中でバキッとつっかえ棒の折れる音がして、後は一息、バンッと音を立てて扉が開く。そこに白い疾風のように白狼の背に乗った男が飛び込んできた。
「桃太郎、見参。鬼ども、覚悟せよ」
同時に小屋や屋敷から次々に火の手が上がるや、炎に包まれた怪鳥が空に舞いあがり、まだ暗い空に火の粉を撒き散らす。
人々は先を争って建物から飛び出し、炎から逃げ惑うものや、火消しを試みるもので大騒ぎになる。
「敵だ、敵だ、大将に知らせろ」
叫びながら、刀や鎌、槍など思い思いの得物をつかんで、門を押し入ってきた闖入者に殺到する者もいる。白狼はじろりと向かってくる者たちを睨み、
「グォーーーーン」
と空気が震える大音声で唸ると、人々は手にしていた刀や鎌を取り落として蹲る。
桃太郎も白狼の背から降りるや、刀を抜き放ち、その場で
「鋭ッ」
薙ぎ払う。
刃風も当たらぬところにいた者たちが、「気」に当てられてバタバタと倒れる。
伍猿はいつの間にか九匹の狒々と共に、砦の中を縦横無尽に駆け巡っては、手で撫ぜるようにして人々をなぎ倒し、吹っ飛ばしている。
一匹の狒々が、若い女を抱き上げて、争いの巻き添えにならないよう門の近くまで下がっていくのを横目で確かめ、桃太郎は、
「臆病者の鬼の大将はどこだ。この桃太郎が相手をしてやろう」
と大声で叫んだ。
背丈より長い鉄の錫杖を片手に、六尺を優に超える大男が現れた。
「うるせぇっ、好き放題しやがって、この餓鬼が。菊姫がどうなってもいいのか」
「菊姫は既にこちらにお預かりした」
いつの間にか白狼と狒々が、菊姫とおそらくは於松と言う侍女の前に立ち、辺りをを睥睨している。
「くそっ、なんてこった。冗談じゃねぇぞ、菊姫を連れていかれたら、こっちは何をされるか分かったもんじゃねぇ。おい、菊姫を返せ」
「おまえが攫っておいて、返せとはどういう言い草だ。こちらは手をついて謝れば、多少の加減は考えてやろうと思っていたが、どうやら一度、思い知らさねばならんようだな」
「ああぁっ、寝言はこれを喰らってからあの世で言いやがれ」
大将は錫杖をぶんぶんと振り回し、
「どりゃっ」
と掛け声と共に打ちかかるが、桃太郎はふわりと避けるなり、ピシりと峰を返して大将の右腕を打ち据えたので、痛みのあまり錫杖を取り落としてしまう。
「それだけか」
「何をぅ」
慌てて拾い上げた錫杖で、ブゥンと音が出るほどの勢いで薙ぎ払ったものの、
「どうした」
さらりと躱され、今度は脛を打たれて膝をつく。
「終わりか」
「くそ、ちょこまかと。喰らえ」
「遅い、遅い」
「ダーッ」
「声だけだな」
「当たれっ」
「無理だ」
打つたびに躱されて、一撃を喰らう。大将はぼろぼろだった。
「よく持った。気力は認めてやろう。だが、菊姫様を攫った罪は、償ってもらわねばならん」
「うるせぇ」
大将が最後の力を振り絞って、錫杖を振りかぶり、打ち下ろす。
桃太郎は初めて、ガキンと細い剣身で錫杖を受け止め、払い上げた。「気」を通した剣は刃こぼれ一つせず、錫杖は撥ね上げられてガランと転がった。素手の両腕を上げて,胴をがら空きにさらした大将に、桃太郎は剣を左手にしたまま、右手で渾身の掌底を当てた。
「覇ッ」
「気」の込められた一撃に、大きな大将の体が真っ直ぐ後方に吹っ飛び、転がった。
白目を剥いて完全に失神している。
と、
「いかんっ」
叫ぶなり桃太郎が飛び込んだ。
大将が転がったすぐ後ろの建物の火が消し止められておらず、炎で焼けた柱の一本が、大将の身体の上に倒れかかってきたのだ。
桃太郎は大将をかばって肩で柱を受けた。じゅっと肩の肉が焦げて激痛が走るが、かまわず柱を跳ね返すと、大将の服をひっつかんで、元の場所まで、ぶんっと投げ捨てた。
「最後に要らん一撃を受けたが、それも含めて、もう文句はなかろう。私の勝ちだ。鬼ヶ島の鬼ども、命は取らん。私に降伏せよ」
桃太郎が高らかに宣わると、気を失ったままの大将を除く島の者は残らず、膝をつき、頭を垂れて、恭順の意を示した。




