表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

11.桃太郎と菊姫の明日

「桃太郎殿」

 菊姫が駆け寄ってくる。桃太郎は膝をつき、頭を垂れて、

「菊姫様。遅くなりました。よくぞご無事で」

と言いかけるのを遮るように、頭の上から身を投げ出すようにして抱き込まれた。

「信じておりました。桃太郎殿が助けに来てくださるのを、菊は信じておりました」

 桃太郎はその細く柔らかな体を受け止めるように抱き締め、何度もうなずいた。

「いけない。桃太郎殿、肩の傷を」

「いえ、これぐらい大したことでは」

「何を言っているのです。あぁ、ひどい火傷」

 菊姫は桃太郎の傷ついた肩を出させると、

「おんばさら あらたんのう おんたらく そわか」

と唱えながら、掌で傷に触れる。心地よく温かな何かが傷口全体にじわっと広がり、更にその熱が胸の奥まで届いて暖かくなるころ、傷口は跡形もなく消えていた。

「ありがとうございます」

「弥生様から禁じられていた、直に触れて手当てする癒しの業ですが、私はいつか必要になる気がして、密かに試し続けて会得しておりました」

「あの呪文の力なのですか」

「いいえ、あれは私が知っていた真言です。意識を癒しに集中させるのに使っているだけのこと。おそらくなのですが、人の中には傷ついたり病んだりすると、元に戻りたいという力が働きます。私の『気』はその力を助け、幾十倍もの力に変える働きをするのだと思います」

「そうですか。本当に素晴らしい、そして慈悲深い菊姫様に相応しいお力です。しかし、そのお力ゆえに狙われるというのが、なんとも悩ましい。そのお力、やはりむやみに表に出さぬ方が」

「いいえ、既に私は京に目をつけられてしまいました。大将は私を京の者に引き渡すと言っておりました。あの者らも京の者らに追われてこの地に移り住んだ者やその末裔。そして貧しさに追われてこの島に逃げ込んだ者たちなのです。私を攫ったのも、自分らの欲ではなく、京の者に脅されて為したこと」

「そうですか」

「ですから、私はもう逃げ隠れせず、私の使える限りの力で癒しの業を遣い、救える人を一人でも多く救いたいと思います。隠れても無駄なのですし、父の屋形に閉じこもって生きていくつもりもございませんし」

「立派なお覚悟ですが、…やはり危ないのでは」

「いいえ。私は信じております、桃太郎殿が必ず守ってくださると」

 菊姫はそう言って、少し悪戯な微笑みを浮かべて桃太郎を見た。

「そ、それはもちろんですが。しかし、いつも私がお傍に居られるわけではなく」

「桃太郎殿。私は鬼に攫われ、幾夜も鬼ヶ島で過ごした女子です。その私を疑いなく大切に迎えて慈しんでくださる方が、どれだけおられるでしょう。他方、京の者は攫うことを仕損じた以上、今度は奉公に出せ、嫁に出せと無理を申してくるでしょう。けれども私がすでに嫁いで夫婦になっている身であれば、お断りする道理も立ちます」

 一息ついて、菊姫ははっきりと桃太郎に尋ねた。

「桃太郎殿、私を貰うて下さいませんか。そして癒しの業の遣い手である私を、傍で護ってはいただけませんか」

 桃太郎は、頬と胸が熱くなるのを覚えた。一方で、幼いころ御屋形様の庭で抱きとめた時から、こうなることは宿命であったような気がした。

「謹んで承ります」

答えた桃太郎に、また菊姫が抱き着いた。

「誰よりもお慕いする菊姫様のお傍に相応しい者となれますよう、努めます」

抱き返しながら桃太郎が、何とか自分の思慕も言葉にする。

「桃太郎、おぬしは堅いのぉ」

と九郎が呆れて声を挙げた。


 桃太郎と菊姫は、領主の元に戻って報告をすると、すぐに婚姻の運びとなり、そのまま代官として南の領地に下った。

 鬼ヶ島には帰順した大将をはじめとする多くの者が残り、桃太郎の手下の水軍となった。

 彼らは潮を読む力を活かして、難しい航路の水先案内で金を取り、また漁場を守った。

 島には南天が居つき、争いがあれば急行してくれる。京からのちょっかいを恐れる必要はもうなかった。

 士狼と伍猿は、桃太郎から好きに自由に過ごせと言われていたが、離れて住まうことを選ばず、ふだんは犬と猿の姿で、桃太郎と菊姫の屋形の庭で過ごすことが多かった。

 九郎は相変わらず、あちこと情報を集めては、桃太郎の前で好き勝手に喋っていく。

 浦島太郎には、あれから会ってはいない。

 もし、京と戦でもすることになれば、彼はきっとやってくるだろう。

 そんな日が来ないことを祈りつつ、けれども何処か、会いたくて仕方ないような気もしつつ、桃太郎はしばしの幸福な日々を過ごすのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ