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急 逃れられぬ現実と結末

 けれど、私たちは追われる身。

 それもアイリス様は極端に体力が少なく、日に当たればより一層弱ってしまう体質だった。

 だから、いつしかこういう日が来るのは分かっていた。


「そこの強いお嬢ちゃんよ、博士が心配なら大人しくしときな」


 動けないアイリス様の頭に拳銃を向け、そう脅す男達。

 先程から「コイツらには私に指一本触れられん。やれ」とアイリス様は言っているが、状況が分からない以上、私は動くことが出来なかった。


「釣れない事を言うなよ、博士さま。別に俺たちはそこのポンコツを解析しても良いんだぜ?」

「…………なんだと?」

「おぉー、怖ぇ。だから俺は言ってんのさ。アンタら二人でうちに来いってな。それについては……まぁ、多少中を調べるかもしれないが、五体満足で返すことを約束するさ。何なら、あんた本人が監修してもいいぜ?」

「…………………………………………」


 彼らが何を話しているか分からなかった。

 なぜアイリス様が博士と呼ばれているのか、何を目的として動いているのかがさっぱりだ。

 けれど、一つだけ気になる点があったので口を挟ませてもらう。


「……あの!」


 皆の目がこっちに向いた。


「あの、さっきから人のことをポンコツやらそれ呼ばわりして……私はモノじゃないんですけど」


 その言葉を聞いて、男達は急に笑い出す。アイリス様は悔しげに唇を噛み、俯くだけだ。


「こいつは傑作だ! 博士、あんたは良くやってくれたよ、ハッハッハ! 完璧だ、そこの人形は自分を人間だと信じて疑わねえ!」


 ――その一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「私が人形? そんなわけ……だってアイリス様はそんなこと一度も――」

「一度も言わなかったってか? だったら、その目で確かめるんだな!」


 そう言うと男は私の指を撃ち抜いた。

 明確な痛覚を感じ、顔を歪める。指先は吹き飛び血が垂れるが、その断片から見えたのは金属の一部と機械のショート音だった。


「……嘘…………?」

「嘘じゃねーよ! てめぇは、そこの! 稀代の! 天才プログラマー様に開発された人工知能で動く、ただの人形だ!」


 その言葉をトドメに私の思考回路はショートする。

 膝から崩れ落ちる私にもう戦意は無いと見たのか、私を囲う男達の拘束が緩んだ。


「これは隊長も上のお偉い方も喜ぶぜ。何せ人の心を持ち、自然に会話できる機械だなんて軍事戦争においてこれでもかと言うほどに使えるんだからな! 俺たちから逃げている間に良くここまで仕上げたよ。ありがとう、博士さま」

「…………! 黙れ! 貴様らに何が分かる! 機械を機械としか見ない貴様らに、私を語り、あの子を侮辱する権利などない!」

「あんたの意見なんざ今は聞いちゃいない。そのご高説たれる脳は、ぜひうちで活かしてくださいよ」


 埋没する、電気信号で作られた意識の中で、うすぼんやりとそんな会話を知覚する。

 当たり前だ。センサーは何も壊れちゃいない。ならば意識の有無に関係なくセンサーで反応した事柄は全て、脳部のコンピュータで判断される。


「さて、それじゃあコイツらを軍に運ぶか。アンタらには死ぬまでウチに従事してもらうから、覚悟しておけよ」


 けれど、私が機械で、無意識下でもそういう情報を得ることが出来たから、私の中にはある灯火が燃え上がった。

 これからやることは何もかも、機械だからできることで、機械にしかできないことだから。


 私を縛ろうと近づいてきた一人の男に私は突如として組み付く。素早く意識を刈り取ると、銃を奪いある人に向けた。


「……おい、ポンコツ。それは一体何の真似だ?」


 その銃口の先にいるのはアイリス様。


「別に。人のエゴで私が生み出されたのなら、それに倣い私もエゴで動くだけだと判断しました」

「その結論がこれか?」

「はい。人間は代々、主君・主を殺すことで自由を手に入れてきました。ですので、私は彼女を殺します」


 一瞬で場の主導権を奪った私に、一同は冷や汗を流した。


「…………イカれてやがるぜ」

「お褒めにあずかり光栄です」


 機械らしく正確に、機械らしく躊躇もなく引き金を引いた。

 アイリス様の身体が刹那の間揺れ、音もなく崩れ去る。


「……ちっ! このポンコツめ、本気でやりやがったな! クソ、作戦は失敗だ! 人工知能部だけでいい、こいつだけでも持って帰るぞ!」


 男達の怒号に合わせて、銃声が鳴り響く。

 その音にかき消されるように小さく、だが確かに私は呟いた。


「今までは使命で守っていたかもしれません。だから、今くらいは私の意思で守らせてください」



 ♦ ♦ ♦



 唐突に私は目が覚める。

 先程までの状況を思い出し起き上がろうとするも、痛くて起き上がれない。どうやら、銃の衝撃であばらが数本折れたようだ。だが、不思議と血は出ていない。

 襟を伸ばし覗くようにして身体を確かめると、そこにはヒビの入ったロケットがぶら下がっていた。

 ……偶然当たったのだろうか? いや、しかしロケットの存在も知っていた彼女がわざわざ胸を狙うか?

 何にせよ、無理をしてでも現状を確認すべきだと感じ、痛みを我慢して起き上がる。

 ――そこは死体の山だった。

 何百人、何千人と人が倒れ、その血を吸った雪が真っ赤に彩られている。血の池地獄というものは、まさにこういうことを言うのではないだろうか。

 私は辺りを歩き回る。倒れている者は皆、軍人のようだ。

 あの後、あそこにいる奴らを倒しただけじゃ足らなかったのか? そこまで援軍が来るのが早かったのだろうか……。

 いや、本当は分かっていた。

 分かっているから、私はこうして彼女のことを探している。

 彼女が言葉通りに逃げたのなら、ここまでの死体がこの場所に生まれることはない。血の出ていない私を不審に思い、軍の誰かが生死を確認して生きている私を保護するはずだ。

 彼女は最後まで守ってくれた。

 彼女の正体を最後まではぐらかし、弁明もせずひたすら黙り込み、何も言わずに倒れた私をだ。


 どれくらい歩いただろうか。一本のモミの木の下に彼女は――エマはもたれかかっていた。

 眠ったように目を閉じ、穏やかな笑みを浮かべている。

 作った私は知っている。彼女が稼働している間は、人間に似せて胸元が前後するようになっていることを。

 作った私は知っている。彼女が稼働している間は、排熱の関係で無風でも髪が揺れ動くことを。

 そして、彼女がピクリとも動かないことに私は気づいている。


 その場に跪き、彼女の頬に触れる。

 瞳に涙が溜まるが、唇を噛み締め堪える。


 泣いちゃダメだ。私には泣く資格がない。

 

 その時、耐えきれずロケットが割れ、中から一枚の紙が落ちた。

 それは私が子供の頃に描いた一枚の夢。

 かつてアルビノであることを忌み嫌われ、孤独だったころに思い浮かべた、たった一つの希望。


 『わたしは、きかいさんとおともだちになりたいです』

 

 その友は「殺す」と嘘をついてまで私を守ってくれて、私はその友に本当のことも言わず見殺しにした。

 私はその事実に、泣きじゃくった。



お読みいただきありがとうございます。

初めての短編でしたが、どうだったでしょうか?


私の活動記事に今作品の経緯やコメントも載せていますので、もしよろしければそちらもどうぞ。

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