セッション14 -栂の森-
久しぶりの投稿。
第一章完結
8人全員が揃って、リフトで山頂に戻る。2人乗りのリフトは丁度4組に分かれて乗る事が出来る。
麻美を罵倒した事に後悔と自責に押し潰されていた俺は、歩夢に癒されようと、一緒に乗ろうと思った。が、歩夢は由香と親密になって色々会話して、そのままリフトに乗車する体勢を取っていた。何か下手に関わっては行けないような気がする。
俺の隣には智香がいたので、智香と乗車する事にした。後ろは良菜と麻美。更にその後ろは雅と先生だ。
麻美とは正直今一緒に乗車するのはキツい。あんな事があったから、どんな顔をして乗れるだろうか。まだ謝罪もしていない。向こうだって、今は一緒にいたくは無いはずだ。
「はぁ…」
智香と共にリフトに乗り込んだ俺は、大きなため息を付いた。空は晴れ間が差したと言うのに、自分の心はまだどんよりとした曇り空だ。
「いつまでへこんでいるの、友基?」
智香が話しかけて来た。
「友基、私のレッスンの時は厳しい口調にダメ出ししといて、自分は麻美に罵声をあげるというね。」
「本当に、自分でも最低な行為だ…。」
智香は皮肉を言った。多分冗談のつもりだろう。けど今の俺には例えそれが冗談だとしてもキツい。
「友基、私だから許すけど、雅だったら何されるか分かったものじゃないね。」
「あぁ、あいつに確実に仕置きされるわ。」
以前一度罵倒してしまった事で、ヘッドロックされた事を思い出す。
「だけど、…あのやり方は褒められた事じゃないけど、止めてくれてありがとうね。」
智香は優しい言葉で礼を言った。
「いや、智香がお礼を言う事じゃないよ。本当なら智香には関係ない事なんだし。」
「関係なくは無いよ。連帯責任ていうのもおかしいけど、もしあのまま麻美が滑り出したら、私だってスノ部のメンバーとして、悪質なボーダーのレッテルを貼られていたのかもしれないし。私としても、自分の周りにそんな人がいるのは我慢出来ないし、そいつと一緒にされるのは嫌だから。麻美がそうなりかけたのを止めてくれた。だから感謝している。」
智香からうっすら笑みがこぼれた。その表情に少し救われた気がする。
「リフト降りたら、麻美に謝るわ。」
「そうね、そうしなさい。」
少しだけ気持ちは楽になった。
うっすらと太陽光に照らされた、雪景色は眩しいくらいに輝いていた。栂の森ゲレンデでは、パトロールとおぼしきスタッフがコースをチェックするために滑っている。もしかしたら、午後には栂の森ゲレンデのパウダースノーが味わえるかもしれない。そんな期待を少しだけ抱きながらリフトを降りた。
ゴンドラ山頂駅のすぐ側にカフェテリアがある。白い壁と茶色の三角屋根の何の変哲も無い建物だが、割と大きそうな施設だ。
ひとまず入り口の近くにある柔らかい雪の山に板を差しておこう。時間も昼食には少しだけ早いと言うのもあってか、立てかけスタンドでも余裕があろ。だがそこでも良いが、なんとなく雪に差してあった方が格好良いと思った。特に意味は無い。
板を差しみると、黒い板と白い雪の組み合わせはどことなく格好良い。ゴーグルを外し、そんな自分の板に見とれていた。沈んでいた気持ちも癒される。
そんな悦に浸っていたら、雅がなにやら声をかけて来た。
「ユーキ〜!ちょっと左に3歩ぐらいずれてくれる?」
なんだかよく分からない指示が飛んだが、取りあえず言う通り動いた。目の前にはフカフカと積もった厚い雪の層がある。思わずダイブしたくなりそうなくらい、ふんわりとした雪の山だ。
「それじゃ、こっち向いて〜?!」
再び雅の指示が飛んだ。
言う通りに振り向くと、目の前に艶やかな黄色の物体が自分の顔面目掛けて飛んで来た。
一瞬何が分からなかったが、激突した瞬間理解出来た。
ケツだ。
雅が強烈なヒップアタックを俺の顔面に食らわした。なかなかのジャンプ力である。キッカーで720を決めるその脚力は伊達ではない。
しかも、一瞬で完全には分からなかったが、軽い助走とジャンプと同時に体を半回転させた上に、尻を一旦腹の方向に引っ込めて、俺の顔に勢い良く突き出すと言う高度な技を披露した。プロレスラー越中詩郎もビックリの威力とテクニックだ。
雅の尻と命中した俺の顔は、そのままフカフカの雪にダイブ。ダイブした影響で、尻が更に俺の顔に圧力をかける。顔面がそのままめり込むのではないかと思うくらいの衝撃はあった。
「いや〜、我ながら見事に決まったね〜♥」
尻とともになだれ込む粉雪が俺の顔面に追い打ちをかける。冷たいし、呼吸もろくに出来ない。
「な、何をするんだ…?」
俺は、なんとか尻の下で口を開けた。
「え、何って?お仕置きだよ。女の子2人のお尻に屈辱を味合わせたユーキ君への♥」
2人?どういう事だ?一つはおそらく麻美にアトミックドロップを食らわした事だろう。確かにあの技は痛いし、食らった女子からすれば屈辱感半端無いのもあるだろう。するともう一つは…。
「えっとね、今のはアサミンの分ね?じゃぁ次、ゆかちの分行くよ♥」
雅は立ち上がる。俺の目の前には、ぴたっと黄色のパンツが張り付いた雅の足と尻がそびえ立っていた。
由香の分…。そう言えば、ゴンドラを降りるとき、俺は由香がゲートを通過するのを助ける訳でもなく、ただ胸のICを位地の低いセンサーに反応させるべく、前屈みになった拍子に突き出た由香の尻を眺めていた。あのとき、雅はヒップドロップを食らわすと言っていた。すっかり忘れていた。
「いや、雅ちょっと待ってよ。1発目の威力がもの凄く強かったんだ。それで勘弁してくれない?2人分まとめてってことでさ…。」
俺は自分でも見苦しいと思う程命乞いをした。思いのほか壮絶な威力だった。尻が硬い訳でもなかったが俺の鼻に尻の割れ目が食い込んだと同時に、ジャストフィットした大臀筋と脂肪による反発力で、一気に吹き飛ばされた。しかも雪のクッションがあったとはいえ、地面に激突した衝撃と、そのままめり込んだ尻の圧迫により、2重3重のダメージを追っているのだ。この時点で、麻美に食らわしたアトミックドロップを遥かに凌ぐダメージを食らってるはずだ。しかもこれからやろうとしている、由香の分は俺は見ていただけで、本人に直接危害を加えた訳ではない。
俺は雅にその事を伝え、許しを請う。
「甘いね、ユーキ。女の子のお尻が味わった屈辱は、何も肉体的なものとは限らないんだよ〜。」
つまりはこうだ。由香は精神的ダメージを受けているのだから、その報いを受けろと。いや、待て。そんな事言ったら、意思に関係なく、ただ見てしまっただけでクロになってしまうじゃないか。それは理不尽だ。
雅は両手で自分の尻をポンと叩く。俺は更に弁明しようとしたが、雅は軽くジャンプして足を地面から離した。尻が一旦宙に上がり、次の瞬間パンツに食い込んだ割れ目が鮮明に出現して、顔面に接近して来る。
そう言えばスーパーマリオでよくやるヒップドロップって下から見るとこんな感じになるのか。
思えば、越中詩郎しかりマリオしかり、その尻はおっさんの尻だ。食らう側からすれば誰得だが、今目の前に迫って来る尻は、1つ年上の可愛い先輩女子。そう思うと俺は幸せ者なんだなと、変な納得をしてしまった。
だが所詮は打撃技で食らえば痛い。そして尻で顔を痛め付けられると言う屈辱感も半端無い。
そんな尻に対するいろんな感情が有象無象に脳内を駆け巡りながら、俺の顔面に雅の2発目の尻がめり込んだ。
なかなか重い。
いや女性に対して、重いというのは失礼だが、雅の体重がすべてこの尻に凝縮され、俺の顔面を潰して行く。
「は〜い、おしまい♥」
雅は雪のなか立ち上がるため、体勢を立て直す。その際に尻が何度か俺の顔を擦ったり圧がかかったりで、更に攻撃を食らっている気分だ。
立ち上がった雅は、尻に付いた雪を軽くはたいて落とす。その雪は俺の顔に降り掛かった。冷たい。
「ていうか、なんでいちいちケツで俺をいたぶるのさ?」
「女の子のお尻に恥をかかせたから、そのお尻で購ってもらおうかと♥目には目を、歯には歯をてやつ?」
「成る程。それで尻には尻を…っていや、そう言う意味じゃなくて…。」
俺も体を起こし雅に訪ねた。以前食らわせたヘッドロックもそうだが、あれはヘッドロックという腕を使って頭にダメージを与える技というよりは、おっぱいで相手を窒息させる技に近い。いやまんまだ。
しかも今回は、明確に尻を使った攻撃だ。女子が自分の尻やおっぱいを使って男子の顔に攻撃するなんて、普通じゃ考えられないはずだ。こんなのは都合の良い妄想世界の話だ。普通の人なら恥ずかし過ぎて出来ないだろう。
「うむ〜…。何故だろうね?まぁ、私もこういうのはユーキにしかやった事無いしね、自分でも分かんないや。」
返す言葉が無かった。なんで俺だけこんな目に遭うのか、ただその疑問が頭をよぎるだけだ。
「ただ、理由をあげるとすれば…」
そのとき雅はほんの少しだけ頬を染めたような気がした。碧い目もどこか柔らかな光を放っている。
「いや、なんでも無い。それよりアサミンがなんか話したい事あるって。私は先にお店入って席確保するね〜。」
雅は結局理由は教えてくれず、軽く手を振って店内に入って行った。
「貴方の顔は、どれだけ雅の胸とお尻に恵まれているんですか?あるいは呪われているんですか?どちらにしても、とんでもない変態運を持っていますね。」
遠目から終始様子を見ていた麻美が近づいて来た。変態運てなんだ?
「向こうが勝手に仕掛けてくるんだよ。聞きたいのはむしろこっちだ。」
少しの間沈黙が流れた。
麻美に謝らなきゃ、勇気をだして声に出す。
「麻美、ごめん。俺、滑走禁止エリアに入るのを止めたかっただけなのにその…。」
「あぁ、その際に私のお尻に思いっきり膝蹴りを食らわした事ですか?マジで痛かったです。まだじんじんします。」
麻美は尾てい骨あたりをさする。
「そうだ、それに…」
俺は更に言葉を続けようとするが、うまく出てこない。
「それに蹴り飛ばしたあげく、馬乗りになって胸ぐらを掴み、罵倒するなんて。恐くて泣いてしまって、おしっこ漏らしそうになりましたよ。」
言葉を詰まらせる俺に対し、すらすらと触れようとしている内容を言っては苦言を呈す麻美。
「本当に、ごめん。いくらなんでも、凄くバカな事をした。…すまない…。」
再び沈黙が流れる。それを断ち切るかのように、麻美は言葉を発した。
「いいえ、謝るのは私です。本当に馬鹿でした。皆に心配かけ、怒らせて。…ごめんなさい。」
麻美はお辞儀をした。しっかり腰を曲げて、深々と。
さすがにそこまで誠意を持って謝れると逆に困ったものだ。だが、自分の過ちに気付いて、素直に謝罪してくれたのは嬉しかった。
「ありがとう。それと…。」
「それと?」
ここで仲直り出来れば無事解決だ。ただ、せっかくこうしてスノ部として活動するからには、ひとつ御願しておこう。
「今度、パウダーライド教えてくれるか?オフピステ、あんまり滑った事無くて。どう滑れば良いか分からないんだよ。」
俺は麻美に頼んだ。その時、麻美からはそれまでのジト目からは想像が着かないくらいの満面の笑みがこぼれた。
「滑った事無いんですか?それは勿体無いですね!私が教えて差し上げましょう!パウダーは最高ですよ!スノーボードやるからには、パウダーは絶対に楽しむべき必須課題です!」
麻美が入部した時も熱く語っていたが、それ以上に熱い気持ちがこちらにも伝わって来る。彼女は言っていた。入部した理由は皆で、パウダーの魅力を堪能する事だと。そうだよ、皆で堪能しようじゃないか。極上の天然雪の魅力を。
「それでは、中に入りましょう。お腹もすきました。」
麻美がカフェテリアに入り、俺も付いて行く。既に中に入っていた皆は、テーブルを確保して待っていた。
皆でカフェテリアで昼飯を食っている。スキー場と言えばカレーだと言わんばかり、俺以外は全員オムカレーに舌鼓だ。カレーのスパイスが香り、黄金に輝くふわとろの卵が食欲をそそる。
だが俺が食っているのはカツ丼だ。何となく肉が食いたかったので、それにした。しかし、ここまでオムカレーの香りを漂わせ、なおかつ卵が滅茶苦茶上手そうな光景を見ると、煮カツにすれば良かったと少しだけ後悔している。
俺が食っているカツ丼はソースカツ丼だ。白米の上にキャベツとカツを敷き、ウスターソースをかけた品だ。
一般的に、カツ丼と言えば卵とじの方をイメージするが、甲信地方ではそれは煮カツと称し、ソースカツ丼がカツ丼という名称で通っている。たまに煮カツを頼んだつもりが、間違えてソースカツ丼を頼んだなんていう県外人も見かける。紛らわしい。
カツ丼を食い終えた俺は、皆がオムカレーを完食するのを待っている。歩夢と雅と良菜は完食し、麻美はもうすぐ食べ終わりそうだ。智香と由香と先生は、あと半分弱くらいか。
「ゆかち、レッスンはどう?」
雅が由香の進捗状況を訪ねる。
「えっと…木の葉落としと、直滑降からのターンは出来るようになったよ。」
「歩夢君も〜、一緒に手伝ってくれたから〜、先生も助かったよ〜。午後は、連続ターン〜、出来るようにしようね〜。」
「はい、先生。」
どうやら、由香も順調に行っているらしい。1日で連続ターンが出来れば、なんの心配も無いだろう。
「ところで、栂の森ゲレンデオープンするかな?ミヤビン?」
良菜は少しばかり気になっていた。確かに、ゲレンデの整備とリフトの運転は行っていたので、俺も少しばかり期待はしている。
「うむ…どうかな。多分行けそうな気がするんだけど。」
「僕も滑りたいな。すごく気持ち良さそうだね、今日は。」
歩夢も期待を膨らませている。
「私はどっちでも良いわ。午後は由香のレッスン見てあげたいし。」
智香はそこまで興味が無いらしい。興味は由香の上達の方みたいだ。
俺達が気にしていると場内アナウンスが流れ出した。かなり気になる内容だった。
「本日は栂池高原スキー場にお越し下さいまして誠にありがとう御座います。ただいまより、栂の森ゲレンデ、ならびに栂の森第2ペアリフトの営業を開始致します。どうぞ、御楽しみください。」
アナウンスが流れた瞬間、麻美は勢い良く立ち上がった。テーブルが大きく揺れた。
「今の聞きました?こうしちゃいられません、すぐに支度しましょう!最高のパウダーが味わえますよ!」
麻美は急いで、残りのオムカレーを口の中にかき込み、水を飲み干す。ビーニーとゴーグルを頭に付けて、今にも飛び出しそうな勢いだ。
「え?麻美ー、急に慌てなくても良いじゃん。」
良菜は慌てる麻美にあっけにとられているが、麻美はおかまい無しだ。
「急がないと、パウダーが他の客に食い尽くされますよ!パウダーは戦争です!さぁ、友基もごはん食べたんでしょ?ぼけっとしてないで行きますよ!ほら、早く!」
パウダー教えて欲しいと言った手前、麻美に催促された俺も急いで麻美に付いて行くべく、支度をする。
「やったー〜!この時を待ってました〜!私も準備しよ!」
雅も席を立ち、食器を返却しに行く。
「それじゃ僕も行くね。由香ちゃん。」
「はい…いってらっしゃい…。」
由香に挨拶した歩夢も準備開始。
「あー、みんな待ってよー!うちも行くから!」
良菜も皆の急ぎっぷりを見て、準備をはじめる。
「私はいいわ。楽しんで来てね。」
「皆〜、いってらっしゃい〜!気を付けてね〜。」
由香と智香と先生は残るようだ。俺達はカフェテリアをあとにし、栂の森第2ペアリフト乗り場へと向かった。
栂の森第2ペアリフトは普通の固定式リフトだ。高速リフトのように、乗り降りは減速なんてシステムは無い。
先陣を切って、俺と麻美がリフト乗り場へと足を運んだ。
麻美が左側に立ち、俺は右側だ。麻美のスタンスはグーフィースタンスだ。左足を前に置き、右に体を向いているレギュラースタンスの俺とは逆で、グーフィーは右足を前に置いて、左向きに体勢だ。
背中合わせのままリフトの乗車位置で待機する。
麻美は自分の尻を軽く2発くらい俺の尻にトントンとぶつけて来た。
「もう少し、右側へ。このままじゃ座れません。」
「悪い。」
俺は少しだけ右へずれる。背中合わせになるので、相手との距離感が掴みにい。
搬器が接近して座る。フレームを掴み座りかかるが、そのときに互いの尻がぶつかり、そのまま接触した状態でシートに腰を下ろした。自分の尻に麻美の尻の感触が伝わったと同時に、バランスを崩しかけた。
「ごめん、グーフィーの人とリフト乗るの初めてで、変な乗り方になって。」
「いえ、気にしないで下さい。それより、パウダーの滑り方をおしえておきましょう。」
特に気にした様子も無く、パウダーライドの説明に入る麻美。俺の尻は麻美の尻の感触が残り、動揺が無い訳でもない。
空はすっかり晴れ渡り、雪に反射した目映い光で覆い尽くされていた。栂の森ゲレンデも、パトロールが試走したスキーやボードのシュプールがいくつかありつつも、綺麗で真っ白な雪面に覆われていた。
「パウダーを滑る時ですが、重心は常に後ろ足の上に置いて下さい。その状態のまま、体勢は前屈みで。常にそうして下さい。でないとスピードに煽られてしまいます。ターンは無理にエッジを立てようと思わないで下さい。後ろ足を軸にして、前足で方向を調節するイメージで乗って下さい。後はスライドターンと同じです。」
麻美は丁寧にレクチャーしてくれた。雅も智香もそうだが、麻美も麻美でやはり相当やり込んでるんだなと印象を受けた。自分がパウダーを滑ってみたいと言う以上に麻美がどんな滑りを披露するのか、それもまた興味深い所だ。
リフトから降りて、バインディングを装着する。後ろから雅、歩夢と降りて来て、最後に良菜がリフトを降りる。良菜は一番最後に降りて来たが、安定のFLOWのリアエントリー式バインディングで誰よりも先に装着して、一番のりでコースに飛び出した。
「それじゃー、おっさきー!!」
快活よく飛び出した良菜はテールプレスをかけて、林間コースでイメージトレーニングを行う。オーリー180や360などのグラトリの基本技を何度か披露し、広大な栂の森ゲレンデへ向かった。
「先を越されましたね、行きますよ。」
素早くバインディングを装着した麻美が、良菜を追いかけるように動き出した。俺も後を追う。
「皆、はしゃいでるね〜!」
そう言いつつも、内心一番はしゃいでそうな雅が追いかける。
続いて歩夢もスタートした。
栂の森ゲレンデは最大斜度23度、平均斜度14度、距離585mの中級者向きゲレンデだ。幅もピステンの入ったエリアは、今日は約30メートルほどだが、全体を見渡すと200Mは軽く越えていそうだ。停止中の栂の森第1リフトのさらに奥もオフピステながら、行こうと思えば行けそうだ。
「左右にオレンジ色のポールが立ってますよね?新雪が積もって分かりにくいですが、ポールの間が圧雪バーン、外側が非圧雪バーンになります。」
「イャッホー!!きもちいーー!!」
良菜は歓声を上げながらポールの間にあたる圧雪バーンを滑っている。しかし、数センチの新雪があるためか、割と深いシュプールが出来き、ターンをする度にスプレーが上がっている。
麻美はコース右側のポールの外に向かって滑り出した。
俺も後に続く。
麻美の言う通り後ろ足に重心を置き、姿勢を前へ低く取る。非圧雪、つまりオフピステに入り、板の後ろが沈み込んだ。
麻美は低い姿勢のまま猛スピードで降りて行った。緩いターンを僅かにした程度で、ほとんど直滑降で降りている。
俺も麻美に付いて行っているが、正直オンピステでノーズ側のエッジに頼って来たそれまでの滑りと全く違い、なんとかバランスを取るのに必死だ。
麻美は大きなスプレーをあげて猛然とした滑りだ。途中にキッカーのリップのような起伏があり、そこでステイルフィッシュというエアーを決めた。板を一旦横に向け、後ろ側の左手をヒールエッジに触れた。前側の右手は自然と天高く上がる。
俺はろくにトリックも出来ないので、取りあえずストレートジャンプで通過することにした。
だが、着地と同時に柔らかい雪に対応出来ず、ひっくり返ってこけてしまった。しかし雪は深く、痛みは全くない。ただ、腰や背中の地肌に雪が潜り込み、冷たい。
麻美はそんな俺を尻目に、さっさと先へ言ってしまった。
麻美の心も冷たい。
いや、本人はそんな事より、少しでも多く滑りたいのだろう。相手が誰であろうと1人勝手に行ってしまう性格なのかもしれない。
「やーい、置いてかれてやんの!」
後ろから雅がからかいに来た。フロントサイドターンで停止して、四つん這いの体勢になり、俺を上目遣いで見上げながら、見下す。
「2人とも先行くね。」
歩夢は雪を確かめるかのように、細かいターンを繰り返しながら、着々と降りて行く。スピードは出せずとも、バランスを取りながらの滑りは、オフピステでも健在だ。
「麻美凄いな。こんな不安定な斜面であのスピードだもんな。」
「いやいや、こういう雪はスピード出さないと安定しないんだよ。それにこけるまではユーキも付いて行けてたじゃん。」
麻美はさっそく2本目のリフトに乗り込もうと、既にその列に並んでいた。良菜は俺達を待っている様子はあったが、歩夢と合流した後、何かこちらを指差して、そのままリフトの列に並んだ。歩夢、多分「あの2人遅いから先行こう。」とか言ったのだろう。まぁ待たせるのも悪いし、良いか。
「ねぇ、ユーキ?」
雅はカエルのように3回ジャンプして、俺の横にきて、体を反転させた。
「今日さっそく色々あったけど、凄く楽しい部活になるよこれ。だから、これからもよろしくね?」
雅はゴーグルを外し、白銀に反射した碧い目を俺に向ける。
体も俺に向けて右手を差し出した。
鹿島槍で初めて会ったときの印象的な姿が蘇った。
その時の彼女は、今こうして俺と一緒に部活動として、また同じゲレンデで過ごしている。そしてこれからも沢山その日々を過ごす事になる。
この上ない幸せだ。
「こちらこそよろしく!凄い楽しい部活になるな。」
俺も握手を返す。あの時と同じグローブ越しでありながら、柔らかく暖かい。
俺達の熱い冬は始まりを告げた。
ボードのシーズンが到来してアサマ滑りましたが、天然雪はまだまだですね。そしてバインディングの調整ベルトが破損した…。




