はじまりの朝 丘の上(再編Ver.)
仄暗い光が差し込む
目を開けると、紺色のカーテンから日の出が窺えた
身体を包んでいた毛布はぬるくなっていたけど、冷えた室温から身体を逃がすにはそれなりに良かった
今日は、記念すべき目覚めの日だ
A.M.5:47
約二年は着続けた真っ白なニットセーターを頭から被り、使い古した愛用のショルダーバッグを持ってリビングに向かう
テーブルに置いてあるバケットを一つ取り、そのままバッグに入れる
近くにある収納棚から、半年前に見つけた、誰かから隠れるようにしてしまわれていた封筒、いわゆるへそくりから何枚か紙幣を抜き取る
どうせ、戻らないのだから
これは餞別と同じ
皺になると知っているけれど、ズボンのポケットにねじ込む
さて、そろそろ、近くの駅に始発の列車が来るだろう
それまでにその駅に行かなければ
世間でいう、母親の寝室の前を通り、玄関へ向かう
何年も履き潰したいつものショートブーツに足を入れ、扉を開けると太陽が既にほとんど顔を出していた
後ろは、振り向かない
さよならも、いってきますも、言葉はいらない
玄関の鍵はいつも入れるポストに入ることはなく、すぐ側の道の側溝に落ちていった
駅に行くまでの坂道は朝もやがかかっていた
いつもより少し早足で進むけれど、足は軽やかに進む
この丘の向こうには、新しい未来が
いや、違う
そんなものは待っていない
いつの間にか立ち止まっていたようだ
列車が来る前に、切符を買わなければ
丘を下り、見えてきた駅まで少し走る
さっきより、足は重くなっていた
列車が到着する合図が聞こえる
ホームには、自分一人が立っていた
背筋を伸ばし、凛と立っているつもりでも、不安な気持ちが胸を渦巻く
怖くない、寂しくない、一人でも大丈夫
そうやって言い聞かせるだけでも、力になってくれる、いつものことだ
片手に持った終点までの片道切符を見る
随分と、遠い場所まで行くのね
いつも切符販売のカウンターにいるおばあさんが穏やかな顔で、いつもの優しい声色でそう言ったことを思い出す
それに何と答えたのかは、さっきのことだけど思い出せない
目の前に深緑色の列車の扉が止まる
始発は乗客が少ないためか一両列車である
自動扉が客を招き入れるために開く
一歩足を踏み出せば、ここには戻れない
もともとお金も、その為の片道分の金額しか持ち出していない
大丈夫、行ける、大丈夫
しっかりと踏み出したその足は、確かに列車の床を踏んだ
中には人がいない、車掌が一人、運転席にいるだけだ
一番後ろの席に座ると、窓からホームにかけられてる駅の名前が見えた
この名前を見るのも、もう最後
A.M.6:09
発車の合図のベルが鳴り、扉が閉まる
ゆっくりと列車は動き出す
速度は上がり、瞬く間に街を離れた
窓を開け、身を乗り出して前を見ると、綺麗な空が広がっている
後ろには、見なれた街の景色が小さく見えていた
これ以上振り返らないように、もう一度前を見る
青い空は澄んでいた
少女はどこまでも行ける
久々に小説を書いてます。