第54話 バスの中
バイトが終わって、家に帰ってすぐにシャワーを浴びて寝た。
確か23時には寝たから…
7時間は寝れた。
5分で支度して家を出た。
俺にしたら早朝。
夏の生温い早朝の空気の中。
歩いたり走ったりしながら、バス停までたどり着いた。
バスの発車時刻までに無事間に合い、予約していた前列から5列目の窓側に座る。
お盆前だからバス内は一杯だ。
車窓から外の景色を見下ろす。
駅の構内は通勤や帰省する人、観光客が入り混じって、朝早い時間帯の割に少し混雑している。
肩をおでこに寄せ、Tシャツで汗を拭いながら、帰ってからの事を考える。
陶芸教室はお盆休みだから、おばさんは居る間ずっと「家にご飯食べに来なさいよ」って言ってたな。
おじさんも、一緒にお酒飲もうって言ってたみたいだけど、俺あんまり飲めないから勧められてもちゃんと断らないとな…。
おばさんの息子さんたちが、俺が帰って次の日に帰ってくるらしい。
あんまり話した事がないし、その日以降は家でなんか作って食べようかな。
親子水入らずを邪魔するわけにもいかないし。
帰ったらすぐ家に帰って、荷物を置いて、おばさんの所に行って。
母のお墓へ一緒に行く。
『横峯君のお父さんも、背高いの?』
唐突に、白石さんの言葉が頭に再生される。
あの表情も…。
思い出したくない。
もう、いい加減俺の脳味噌と人生からアイツを消し去りたい。
消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ…!!!!
そう思う程、アイツの言葉や演技がかった表情が浮かび上がって来る。
息が荒れる。
動悸がする。
あの家には、母と俺の思い出の他に
アイツの痕跡が残っている。
許せない。
許せない。
許せない。
あの日。
最後に俺がアイツを見た日。
母が入院しているのに、最後の最後までクズ野郎だったな。
やっぱ〇しとけば良かったのかな?
アイツのせいで、母が…
その日の事を思い出す。
俺が本当にひとりぼっちになってしまった、あの日の事を。
ふと、背中があったかくなる。
あれ、これ。
何だっけ…?誰だっけ…?
『じゃあ、一緒に待ってよう』
あぁ、瞳子さんか。
いつもの目を細めた、柔らかい笑顔。
ひとりぼっちになった事を伝えると、自分の事みたいに泣きじゃくってたな。
陶芸を教えてくれた、細い指で。手のひらで。
俺の背中をさすってくれたんだ。
早く、会いたい。
声が聞きたい。
笑顔を見て安心したい。
お盆に帰ると決めてから、瞳子さんにRainするのを迷っていた。
何度もトーク画面を開いて、文章を考えては、消してを繰り返していた。
リュックの横ポケットからスマホを取り出して、瞳子さんとのトーク画面を開く。
"今から帰って、お盆休み4日間居る予定です。"
それだけ思い切って送信した。
さっきまでアイツの事を思い出して泥まみれだった感情が、真逆に振り切ったみたいだ。
返信にドキドキしながら、スマホをリュック横のポケットに仕舞う。
もし瞳子さんに彼氏ができていたとしても…
いいんだ。
気持ちだけ、いつか伝えて…。
車窓の景色は、ビル群が並ぶせわしない風景から高速道路の風景になっていた。
道路の外側に広がる、山々と緑。
日差しが入り込んで来たから、カーテンを閉めて窓際にもたれかかる。
本当は、俺の彼女になって欲しいけど。
それは、叶わないって…何となく分かるんだ。
瞳子さんが幸せなら。
その方が間違いなく良い。
だから、俺は伝えるだけ。
そう思いながら、瞳子さんのRainを待った。




