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一話『音楽と学校生活』


 傘を忘れた。


 雨が降ってきた。


 今日の天気予報はくもり時々コイツ。

 予報のチェックはかかさない。

 なのに傘を忘れた私。

 容赦なく私の身体に当たって弾ける雨。


 おいおい空よ。そんな所でズブ濡れの私を見下ろして嬉しいかい?

 心残りなのは我が家で寝てばかり、プクプクと太っていく愛犬の散歩ができないことだ。


 ……許せエアロ。



『アウトローに花束を』



 東京には魔物が潜んでいる。


 でも私には別段そんなことはなかった。

 中学卒業後。お父さんの仕事の都合上で田舎から上京して私立の高校に通う『豊緑里ゆたか みどり』十八歳……それが私。

 友達は少ない方だったし、あれから二年経つ今では中学の友達からの連絡は無くなった。

 かわりに東京の学校では友達もたくさんできたし、唯一の趣味である音楽も堪能できている。

 でも高校三年生になっても私には一つ、モヤモヤした気持ちになる問題を抱えていた。

 それは、大人になりたくなくて抵抗している自分がいるということ。

「学校から帰るタイミングで雨が降るなんて最悪だよねエアロ」

 私の部屋でくつろいでいる愛犬エアロに呟く私。

 散歩させなきゃますます太るなコイツ。


「お~スミス! 元気か~!」

 テンションの高い声の主はノックもなく、私の部屋に図々しく入ってきた。

「ちょっとサブ。女の子の部屋にノック無しってどういうつもりよ?」

「気にするなよユッケ。着替え中に遭遇しても興奮しない体つきなんだからさ」

「殺す。それに私の愛犬の名前はエアロだっての」

 この短髪メガネマンは『横谷三郎(よこたに さぶろう』あだ名はサブ。学校で同じクラス、音楽の趣味が似てるってことで友達になって一緒にバンドを作った仲間。

 ……つーか名前に引かれて声をかけた。

 だって三郎なんだもん。

「アゴ髭似合ってないよサブ」

「今思うと何でブルドッグなん?」

 エアロと戯れながらサブが問いかける。

「人の話聞け」

 チワワやプードルが欲しかった私。でもお母さんがこの子選んだんだから仕方ないじゃん。

「とりあえずコレどっちにする?」

 サブが持っている袋には焼肉弁当とチキン南蛮弁当が入っていた。

「唐揚げ弁当がよかった」

「贅沢言うなよ。急にお前からの晩飯デリバリーメール見てわざわざ買ってきてやったんだ、こんな優しいヤツ他にいないぜ」

 ほんと……心から優しいヤツだってわかったから友達以上の関係になったワケです。

「あ~そうだ。前に置いてったヤツ取りにきた」

 焼肉弁当を食べながらサブが部屋の隅に置いてあるギターを箸で指した。

「ドラムやってんのに何でビンテージギター集めてんの? つーか楽しい?」

「良いよ~。まぁギターだけにこだわらず色々と買ってるワケだが、おかげでサイフの中は寂しいけどな」

 コイツそのうち路頭に迷ったりしないでしょうね?


 ……こーして劇的な変化もない退屈な毎日が続いてく。

 学校行って友達と会ってサブとたまに食事して、そんな毎日。


「あ~駅前で弾き語りとかしたいなぁ」

「なんも楽器弾けないヤツが言うなよ」



 もうすぐ夏休みになる。

 高校最後の夏。

 この時期は色々と最後を迎える。私の高校は夏休み前に文化祭があるし。

「おはよう緑里」

 いつもの雅の挨拶で学校生活の一日が始まる。

 『高倉雅たかくら みやび』はできた女子だ。

 お尻あたりまで伸びた長い黒髪とキレイな瞳。才色兼備文武両道……クラスの生徒会長で友達も多い。そして私もそのうちの一人。

「何聴いてんの?」

 雅は机に座りながらウォークマンを聴いていた私の耳からイヤホンを取り上げて自分の耳につけた。

「インディーズのバンド?」

「最近メジャーなのより聴いてんだ」

 朝が弱い私は欠伸をしながら答えた。

 雅は欠伸をしている私の顔をみてクスッと笑い、私の耳にイヤホンをつけ返す。

「欠伸中はどんな美人でも美しさのレベルが三ランクくらい下がって見えてしまうのじゃ……だから笑うでない」

「ごめんごめん」

 教室の時計が授業開始時刻に迫る。


 一限目の物理とニ限目の体育……この科目はモンスターだ。なんら私の為にならん。

 英語なんかは音楽をやっている私にはいい科目だ。しかし、いや待てよ……体力とかも音楽には必要不可欠。己に生かせる授業か?

 だが何だ、深く考えてみても嫌いなもの。ダルいことにはかわりない。

 オイオイ大丈夫か私。

「あ……そ~だ。フクッペとは上手くやってる? つーか最近アイツ学校来てなくない?」

「うん。夏休み明けくらいまで学校には来ないんじゃないかな」

 私は眉間にシワを寄せて雅に問い詰める。

「ダメじゃない。ちゃんと手なずけてないと他の女に取られちゃうぞ。ウチのバンドメンバーで優秀なギタリストを口説いといて……ってアレ?」

 雅は苦笑いに近い表情で机に抱きつくように座っている私を見下ろす。

「口説いたの福田くんの方からだけど」

「そういえばそうだ。こんな美人の私がメンバーにいるのにアイツときたら……クキィー!」

 私は尖らせた口を雅に向ける。

 雅はというと、私の頭に右手を乗せてスリスリと撫ではじめた。

「緑里には横谷くんがいるじゃない」

「アイツこの前貸してたゲームソフト壊しやがったんだ。許さん。もう口も聞かん」

「あらあらソレは大問題ね」

 菩薩のような笑みを浮かべ、雅は口元に手を当てて言った。

 我ながら器の小さな女よの、アレは別の友達から借りたヤツだから私も同罪みたいなものなのだ。

 ただアイツの申し訳なさそうに謝る姿を一目見たくて口論してたらマジになった。

 私は馬鹿だ。


 しばらくしてチャイムがなる。

 物理の先生より先に、私の‘彼氏’が教室にやってきた。

「ウッス! ‘緑里様’ア~ンド高倉さん! さっき俺の話してたでしょ? 愛のパワーとかでわかっちゃうんだなコレが」

 朝っぱらから疲れるヤツだ本当に。

「豊様と呼べ馬鹿サブ」

「あれ? 口も聞かないんじゃなかったの緑里?」

 雅が首を傾けながら私の顔を覗き込んだ。

「コイツのアホ面見たらどうでもよくなった」

 ムスっとした顔をする私に雅は腹を抱えて笑いだす。

 サブはというと頭をポリポリと掻きながら白い歯を無駄に輝かせてニッコリと笑ってみせる。

 キモいゾこの音楽オタ。

「今日さ、昼飯食ったら音楽室に来いよ。フクッペとサリーが文化祭で披露する曲の練習しようってさ」

 私と雅は驚きながら同時に声を発した。

「フクッペ来てんの!?」

「福田くん来てるの!?」

「モチよモチ。アイツちょっと張り切ってるぜ今回の文化祭」

 大学受験組から一人外れたフクッペは、家の八百屋を継ぐとか言って出席日数ギリギリまでほとんど学校には来ない宣言をしていた。

 雅の話だと他の友達とも良く平日に遊び歩いてるらしい。

 でもやっぱりアイツは私達とバンドやるの好きなんだ。

 紛れもなくアイツも音楽オタだ。

「ヨシやろう! 雅もおいでよ」

 雅は腹部のあたりで手を組ながらニコリと笑って頷いた。

「生徒会の仕事が終わったらすぐに行くね」



 昼休みになり、私は購買部であんパンとコーヒー牛乳を買って口の中に放り込んだ。

 音楽室がある三階へと向かう途中で一度背伸びをしてみせる。

 なんかスゴく上機嫌。

 高一の冬にサブと初めてロックバンドのライブに行った時より興奮してる。いや、それは少し違う感じかな?

 もちろん聴くのは最高だけど自分で作詞し、サブが曲を作って歌う。コレがまた良い。

 風呂あがりのコーヒー牛乳、好きだったドラマの再放送、サブとのセックスなんかよりも全然。いや……アイツとはまだだけど。

「そんなもんは後だ後。ウィース!」

 私は勢いよく音楽室の扉を開けた。

「おっ、来たなジャジャ馬娘」

 フクッペの声が室内に響いた。

 すでにスタンバイ済みの楽器一式とアンプ、もちろん私専用マイク(メンバーのプリクラ付き)もある。

 そこには教室の中心で円を作り、バンドメンバー三人が談話中だった。

 フクッペこと『福田亮平ふくだ りょうへい』はメンバーの自称リーダー。頭も悪いしチャラチャラしたナルシスト。

 でも喋ってみると面白い話題をいくつも持っていて、普段はスゴく良いヤツ。

 なにより音楽に関してメチャメチャ熱い男。

 ……学校サボらずによく来たなフクッペ!


 もう一人は関西弁が印象的なサリーこと『北風友希きたかぜ ともき

 メンバー内では一歩ひいた感じで色々と皆をサポートしてくれる存在。

ベースも超うまいけど、髪型が角刈りなのは超似合わない。

「ユッケ聞けよ。昨日オレは回送少年を見た」

「なんですと! それ本当」

 フクッペが言う回送少年とは私らの中で伝説の少年だ。

 見た目は小学校の高学年くらいの普通な男の子。

 だけどやることは半端ない。

 この東京のあらゆる駅に現れ、夜の回送電車に飛び乗って車内を走り回ることを夢みる少年なのだ。

 その子を目撃することは希で、見つけたらその日一日がハッピーになれる……ということにしている。

 私もまだ一度しか見たことがない。

「どうだった?」

「駅員に捕まって叱られてた。うつ向いてたけど表情は伺えたぜ……ありゃまたやるな」

「それでこそ回送少年だ」

 その時、話に割って入る角刈り男。

「回送少年もええけど、久しぶりに合わせとかんと文化祭で恥かくで」

「もぅ……サリーの真面目さん」

「ピリピリしてるとシワが増えるぞ」

 私とサブがサリーに言い寄る。

 サリーは不安げな顔になった。

「とにかくアンプのセッティングは私に任せろ」

 私が冗談混じりでアンプに近づく。

「おい触るなバカ野郎。お前が触るとマジで狂うだろうが」

 そう言ってフクッペのチョップが私の頭部に襲いかかる。

「俺の女に何しやがる!」

 サブがフクッペの前に立ちはだかり、私のかわりに顔面チョップを浴びて倒れる。

「おぶっ!」

 大げさに倒れたサブは、しばらく悶えてからピクリとも動かなくなった。

「お~い起きろサブ~」

 しゃがみ込んだフクッペは、サブの耳元で囁く。

「起きないとキスするぞオマエ」

 口を尖らせながらサブの唇に接近するフクッペ。その表情は真剣そのもの。

 サブも何故か受け入れ体制だし。

 馬鹿だコイツら。

「ユッケさ。どのへんまでサブと付き合ってるん? 卒業したら同棲とかするんかいな?」

「は? 無理無理。私って肉じゃが作れないしさ」

 サリーの質問に私は即答した。

「なんやソレ。オマエにとって同棲イコール肉じゃがって考え方ズレとるで」


 あれこれ会話が弾んでしまい、昼休みも後半にさしかかる。

 ふざけあっている馬鹿二人のケツを蹴りあげて、曲の練習を始める。

「遅くなってごめんなさい『A9-SOUL』の皆さん」

 生徒会の仕事で遅れてやってきた雅の登場で俄然テンションが上がる一同。

「お~雅。相変わらずサブの譜面見づらいけどよ、気合い入れっから聴いてけな」

「うん」

 フクッペの一言に『やかましい』と一蹴りしてからサブの表情も真剣になり、ドラムの前のイスに座る。

 サリーも準備オーケーと軽く手をあげた。

「それじゃあ最初『ジュリアーノ』やろう」

 そう言って私はマイクの前に立った。

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