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時代錯誤のおとぎの里


 予想どおりの展開だとニヤニヤ顔のヨーゼフをミューゼンに残して、わたしはヴァリアシュテルンがわが仕立てた特別列車でアルフウェルデンへと向かった。


 アルフウェルデンはヴァリアシュテルンの南部、ダヌール河が刻んだ峡谷に面する風光明媚な景勝地だ。広大な平野の国デウチェという印象とは裏腹に、起伏に富んだ一帯である。


 それにしても……客車の内装まで洞窟(グロッタ)風って、シュミ悪くない?


 調度は間違いなく王宮クラスの高級品だけれど、岩屋に押し込められているようであまり気分のよいものではない。

 汽車が力強く走っていることをしめす振動と騒音がなかったら、まるで革命で城を追われ、秘密の地下避難所に逼塞している悪い女王になったかのようだ。あるいは、ドラゴンの洞窟に囚われて、白馬の王子の救いを待つお姫さまか。……いや、五人の子持ちのわたしが後者はないな。


 侍従たちも、いつもとは違いすぎる勝手に戸惑い気味のようだ。外交団として相手国が用意した汽車や馬車に乗ること自体はめずらしくないが、こんな珍妙な客車で移動した経験のある人はいないだろう。


 灯りは充分だが窓のない車内でゆられること二時間ほど。どうやら駅に着いたらしく、列車が停まった。


 外から客車の乗降口を開いたのは、ヴァリアシュテルン現王フィクトールご当人だった。


「アドラスブルクのご一行さま、ようこそわが城へ。道中はいかがでしたか?」

「このへんてこな客車、子供だったら大喜びしたのに。ミューゼンにはヨーゼフもきてたって知ってたでしょ。どうして招待状に書いてくれなかったの」


 お作法よく、アドラスブルク帝妃として外交儀礼を守る気にはなれない。わたしは遠慮会釈なくフィクトールをにらみつけた。


 時代がかった中世風騎士の恰好をしているフィクトールは、肩をすくめてみせる。


「僕の城へ遊びにきてくれるというなら、もちろんヨーゼフもゾラもテレーゼも、ラースローネにヴェンツェルだって大歓迎だったさ。……でも、そういう話じゃないんだろう?」

「ええ。きわめて重要な外交上の懸案よ。ヴァリアシュテルン王であるあなたに、はっきりと答えてもらわなければならない」

「それなら、僕とセシィだけで話をすべきじゃないのかな。ヨーゼフにきてもらったら、城の案内で僕が半日はつきっきりになるよ。そうなって困るのはそっちだろう?」


 こっちが外交の話をしているあいだ、ヨーゼフには好きに城の中を見てまわらせておけばいいだけのこと……と反論しかかったけれど、ここで些末な言い合いをしている場合ではないので、わたしは軽くため息をつくのみにとどめた。


 極度の凝り性(モノマニアック)であるフィクトールからすれば、解説なしのまま、初見のヨーゼフに城内を歩きまわってもらいたくなかったのだろう。ヨーゼフのほうも、設計者であるフィクトール自らの案内を面白がること疑いない。


「ヨーゼフに限らず、うちの子たちはあなたが造ったメルヘンなお城を見たがるでしょう。機会があったら案内役を頼むわ」

「もちろん、よろこんで。……それでは、今回のご用件について城内にておうかがいしましょう」


 駅舎から出てすぐに、小高い岩山の上にそびえる白亜のお城が目に入った。立地としては防衛拠点にもってこいの山城だが、外観は優美な城館(シャトー)で、銃眼を刻んだ胸壁や砲座もない。


「……南デウチェ同盟は、こととしだいによってはプロジャとメロヴィグの大戦争に巻き込まれて、両大国の中間地域として主戦場になるのよ? なんなのあの城? 有事になったらひとたまりもないじゃない」


 思わずあきれ声が口をついて出たわたしに対し、フィクトールはむしろ楽しげに笑う。


「前にセシィが言ったことじゃないか。メルヘン建築はほどほどにしろ、かといって要塞を築けばいいってものでもない、って。そうさ、この城を見て、わがヴァリアシュテルンが戦争に備えているだなんて考える人はどこにもいない。平和は外交でつかみとるものだ。そのためにきたんだろう、セシィ?」

「ひとの話を都合よく解釈しすぎよ。……ところで、あんな高台までどうやって昇るの?」


 長時間歩くことは想定されていない、正装の窮屈な靴で数百段の石段を昇るのは嫌だなあ……と早くも爪先に幻痛を覚えてきたところで、小山の岩肌に沿って、縦方向に鋼鉄レールが走っているのが目に止まった。

 ペリム万博で見た蒸気リフトの応用か。築城のさいに建材を運び上げるのにも使えただろうし、最新技術を取り入れる発想はなかなかのものだな、とちょっと感心。


 岩山のふもとにたどり着き、フィクトールが、わがアドラスブルク従者団のほうへ向き直る。


「それでは、従者のみなさんはそちらの休憩所でお待ちください」


 頭上の城ほど豪奢ではないが、瀟洒な館が平地のほうにも建っている。フィクトールは手でそちらを指ししめしながらそう言った。


 従者どもはここで待て、話はヴァリアシュテルン王とアドラスブルク帝妃のふたりだけでする、と言い放ったフィクトールの態度は帝国に対して不遜とみたか、侍従長の顔に朱が差す。


 儀礼や外交慣習に関するくだくだしい議論がはじまりかねないので、侍従長よりさきにわたしが口を開いた。


「いいわ、あなたたちはここで待機。ノルジードラ大佐、こちらへ」


 アジュール王妃でもあるわたしの命に応え、フィレン特使団の面々とは毛色の違うアジュール騎士装束のノルジードラ近衛大佐が、列を離れて進み出てくる。


 フィクトールはひくりと左眉を動かしたが、大佐は外交要員ではなく警護役であることがひと目でわかる恰好だ。女性に護衛もともなわずひとりでついてこいというのは、男子君侯としてまともな態度とはいえない。


「それでは、こちらへ」


 リフトのスイッチに手をかけたフィクトールは、ノルジードラ大佐のほうは見ないようにしながらそう言った。


 わたしと大佐がケージ内に立つと、ふしゅぅ、という蒸気音とともにリフトがせり上がりはじめる。蒸気機関本体は城の中だろうか、大きな騒音はない。

 岩肌に取りつけられているレールに沿って、斜め上へと昇っていく。景観はなかなかだが、ペリム万博のときに乗ったリフトと違って、これは手すりが腰の高さまでしかなかった。高所恐怖症だったら足がすくむだろう。


    +++++


 城内はフィクトールの精神性を体現したかのような、実用性より見栄えを重視した絢爛豪壮な調度と壁画に覆われていた。

 エントランスの壁には、騎士見習いの恰好をした若者が麗しい姫から剣を授けられている場面が描かれている。ホールと回廊を正しい順序で巡れば、中世騎士物語の世界をたどっていくことができるのだろう。


 フィクトールがやろうとしているのは中世“風”のお城を造ることであって、中世の完全再現ではない。もしこの城を切り出した岩で組んでいたら、工期は10年単位でかかっていたはずだ。構造設計としても、中世の城ではありえない高い天井と広い間取りになっている。あくまでも「なんちゃって中世」だ。


 とはいえ、まだ内装工事は途中らしい。そこかしこに資材が積まれているし、足場が組まれているところの壁はまっさらだった。

 職人たちは臨時休暇をもらって引き払っているのか、作業をしている姿はない。城つきの従者もさっぱり見当たらなかった。たぶん最低限の人員しかいないのだろう。倹約を心がけているからではなく、フィクトールが人嫌いだから。


 ノルジードラ大佐は感心よりはあきれの目で周囲を見ている。わたしも、フィクトールが期待しているような、気宇壮大な物語世界の具現化に嘆息する気にはなれない。


「さっそくだけど、本題からいくわよ。フィクトール、あなたエルンスト王に帝冠を薦めるつもり?」


 わたしのさきをゆっくりと歩いて先導していたフィクトールは、足の運びは止めないまま、半身でこちらへ振り返った。


「プロジャによるデウチェ統一運動は、このまま成就するならば帝業というにふさわしい。メロヴィグに勝利したあかつきには、皇帝の称号を帯びてしかるべきだと思うよ」

「それ、あなた自身の本音? それともディズマールの作文かしら」

「ディズマールが、僕に筆頭推薦人となってほしいと持ちかけてきたのはたしかだけどね。……実際のところ、僕がこのまま王をつづけるより、プロジャの一部となるほうがヴァリアシュテルンは発展すると思わないかい?」

「真面目に考えなさい。ヴァリアシュテルンが主権を返上しプロジャの隷下に降るとなったら、デュレンゲンブルクやサクノスはどうなるの。あなたにやる気がなくても、ほかのデウチェ君侯はプロジャに国を明け渡すつもりなんかないのよ」


 王の責務を学校の宿題ていどにしか考えていないも同然のフィクトールの態度に、つい大声が出てしまった。人気のない回廊に、わたしの声が響く。


 足を止めたフィクトールは、わたしのほうへ全身で向き直って薄く笑った。


「わがヴァリアシュテルンにとって最大の利益となる(みち)は、個別デウチェ国家の独立を守るための防壁となることより、プロジャ帝国建設の立役者として、帝国内の他地域に優越する権限を認めさせることだ。きみのアドラスブルク帝国内におけるアジュールのように」

「……本当に、それがあなたの目的?」

「いま思いついた」

「ふざけないで」


 反論しにくいな、って一瞬思ったのに。


 わたしが声を荒らげずつぶやき捨てたことで、本気で怒ったと察したのだろう。フィクトールは捨てられた子犬のような例の顔で、なぜかわたしではなくノルジードラ大佐のほうを見た。


「ええと……ノルジードラ大佐、もうしわけないが……ほんのすこしでいいんだ、セシーリア陛下とだけ話しをさせてもらえないだろうか?」

「では、自分は少々離れておきます。陛下、なにかあったら、すぐにお声をかけてください」

「わかった。大声を出さなければ聞こえないていどのところで待機していて」


 ノルジードラ大佐は40歩ほど回廊を戻って、さきほど通過したひとつ前のホールとのきわ、古代ロミア風装飾をほどこされている柱のわきに立った。ふつうに話しているだけなら、向こうから内容は聞き取れないだろう。


「それで、わたしにしか聞かせたくないことって、なに?」


 とくに期待もせずうながすと、フィクトールはまるでまぶしいものを見るかのように、わずかに眼を細めた。


「本音をいえば、僕はデウチェを統べるプロジャ帝国だの、ディズマールの思惑だの、そんなことどうでもいい。国王の地位なんて、重くて投げ出したいと思っているのも事実だけど。でも……すべてきみの望むとおりにすることもできるよ、セシィ」



今回の舞台のモチーフは言わずとしれたノイシュヴァンシュタイン城ですが、地球史だと普仏戦争前夜はまだ基礎工事をやっている段階で、完成までには17年ほど要しています。

王位の重圧に苦しみ常軌を逸していったのがバイエルン王ルートヴィヒ二世ですが、ヴァリアシュテルンのフィクトールはルートヴィヒと違って生まれながらの継承者ではなく、また父王健在の時期も長かったため、モチーフ元より恵まれています。

フィクトールは長年空想建築をシュミとしていたので、当作中世界では築城が早まっています。…それにしたって早すぎるんですが、フィクションなので場面映え重視です。

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