楽屋にて
『ミゼルステラ女大公』は、全体とおしてコメディ調で、戦争や陰謀の話が主軸となって展開されていくけれども、重苦しさを感じさせない作劇だった。
カーテンコールで居並ぶ出演者たちへ拍手していると、となりでエルディナントさまが、
「やれやれ、フィレンだったら公演停止処分だな」
とつぶやくのが聞こえた。
「……どこか、問題になるような場面ってありましたか?」
わたしには、これといって体制批判の要素は感じられなかったんですけれども。気まぐれな王侯貴族の無軌道な行いを揶揄するていどの劇を検閲しなければならないほど、神経を尖らせなければならない状況でもないし。
「リュースのリザヴェーダやブライトノーツのマリエラの要素も混ぜられているが、ミゼルステラのモデルはきみだよ、セシィ」
「え……」
第三者からだと、わたしってあんなふうに見えてるんですか?
その場の思いつきで国を振りまわす、気分屋の女だというのが、世間の「アドラスブルク帝妃セシーリア」像だったとは……。
「アングレアム伯がアジュール首相になったとき、きみとなにか特別な関係にあるんじゃないのかと、妄想たくましくする連中がいたのさ」
「そうだったんですか」
さらなる補足情報をエルディナントさまが教えてくれたけれど、シュテファンの元ネタがアングレアム伯っていうのは、ミゼルステラがわたしだといわれるよりもピンとこない。
たぶん、リザヴェーダの気まぐれで取り立てられた、リュースのイワノフ将軍の要素のほうが強いんじゃないでしょうか。イワノフもシュテファン同様、その場の勢いで昇進したわりにはけっこう有能な軍人だったりしたんですが。
それに、アングレアム伯はたしかに素敵なダンディさんですが、そういうふうに考えたことってなかったですねえ。
エル以外の男性を意識したためしがなかったのは、わたしが清廉で貞淑だからというわけじゃなく、子供すぎただけだからですけれども。
そもそも幼なじみタチアナとはまだ結婚していなかったシュテファンと違って、アングレアム伯はわたしのサロンに出入りするようになった時点で既婚者でしたし。女君主であり独身のミゼルステラとは、わたしも立場が異なるわけで。
「まあ、登場人物に特定のモデルがいるわけではない、という言いわけのために、あえて外してある部分も多いようだが。すくなくともきみは、軍事オンチのミゼルステラとはまるで違う、プロジャ参謀長メネルケンの策を机上ですべて見破った、当代最高の戦略家だからね」
「もう、やめてくださいよ」
最愛の夫からこんな勘違いをされてしまうのだから、見も知らぬ劇作家がおバカな女君主のモデルにするのもむべなるかな、あきらめなさい、ということなんでしょうか?
自分の虚像が、どこでどういうふうにひとり歩きしているのかって、わからないものなんだなあ、と思ったところで、侍従がやってきてこう告げた。
「劇団の一同が、両陛下にごあいさつをいたしたいと申しておりますが、いかがなさいましょうか?」
「いいんじゃないか」
エルディナントさまがそうおっしゃり、侍従はさっそく劇場がわの関係者に陛下の許可が出たことを伝えるべく、ボックス席から離れようとする。
場内の様子を見てみると、グランドフィナーレの余韻が漂う中、みなさん席を立って退場ラッシュの途中だ。
「ちょっと待って。ここまで劇団のみなさんのほうから上がってきてもらうのは、すこし大変かもしれません。こちらから楽屋へうかがうというのはどうでしょうか?」
「セシィがそれでいいなら、私はかまわない」
「御意に。では、そのように伝えてまいります」
階下へ降りた侍従は、戻ってきたときに花束を持っていた。楽屋を訪ねるなら花束。なるほど、気が利いてる。
一座のみなさんが待っている楽屋へ向かうべく、陛下とともにボックス席を出て館内通路へ。
建設中の新オペラ座はエレベータ完備になるという話だけれど、この旧オペラ座は王朝時代から使われている年代物なので階段しかない。それでも二階ボックス席はVIP用なので、一般客のみなさんとはべつの専用階段だ。
楽団のパトロンやスポンサーといった関係者がボックス席で観覧することもあるので、一階の通路にはエントランス方面への扉だけではなく、舞台や楽屋へつながっている扉もある。わたしたちが一階に降りたときには、普段は閉じられているそっちのドアが開いていた。
楽屋の前で侍従から花束を受け取り、中へ。
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「両陛下にご観劇いただき、さらにこのようなむさ苦しいところまでお越しくださいまして、一同感無量でございます。一座を代表して、ジャン=ネーゲンドルフより篤く御礼を申し上げます」
エルディナント陛下とわたしを出迎えて、流暢なデウチェ語で行幸への感謝を述べたのは、『ミゼルステラ女大公』の作者であるネーゲンドルフだった。
いまでこそ「ジャン」とメロヴィグ語形の名乗りになっているが、ネーゲンドルフが生まれたときのファーストネームは「ヨハン」である。プロジャ西部キール出身のデウチェ人であり、言葉が達者なのは当然であった。
ネーゲンドルフは教養ある家庭に生まれ、両親から音楽の手ほどきを受けて育った。芸術の都であるペリムで音楽院に入るため留学してきたが、学校にはすぐ飽きてしまう。
放校同然で退学してからは、劇伴の演奏家として生計を立てつつオペレッタを実地で学び、自らも作曲・演出を手がけるようになるが、なかなか芽が出ず下積み時代がつづいた。
革命争乱期がすぎ、メロヴィグの二代め皇帝となったバルトポルテ三世が政情を安定させたころ、音楽家として脂が乗り、円熟味を増していたネーゲンドルフにもツキが向いてくる。
最初のオペラ座での公演こそ、幕構成の定型を無視した革新的演出をしてしまったがゆえにブーイングの嵐を浴びたが、新奇すぎたがために観客の理解が追いつかなかった出だしの一時期を乗り越えてからは、毎年のようにヒット作を飛ばしてペリム歌劇界の王として君臨していた。
「芸術の都の一翼をデウチェ出身者が占めているというのは偉大なる征服だが、まあ、予がことさらに称賛するものではあるまい。明日観劇予定だという、エルンスト王一行にこそふさわしいだろう。ここで予の口から貴兄に讃嘆を浴びせすぎて、プロジャ王の言葉から重みを奪うべきではないからな」
エルディナントさまの諧謔の利いた言いまわしは、劇作家として、音楽とともに科白と歌詞を操り、言葉を商売道具としているネーゲンドルフには、当然ながら充分以上に伝わった。
「皇帝陛下の過分なるお言葉、このネーゲンドルフ、生涯の宝となりましょう」
……もちろん、このときは「征服」とは単なる比喩表現であったし、プロジャ王の話題と並べたことで、まさか予言めいたコメントになるなどと思っている人はいなかったのだが。
わたしからは、ネーゲンドルフとミゼルステラ女大公役の主演女優サラ=レメデールに花束を渡し、すばらしい劇でした、と月並みな感想を述べるにとどまった。陛下みたいに、褒めすぎないことで最大限の称揚とする、なんて話術はそうそう繰り出せない。
ネーゲンドルフ一座の花形女優であるレメデールは、色こそわたしと同じくブルネットだけれど髪は豊かに波打っていて、声量を響かせるためにふくよかに肉づいている優美な肢体といい、じつに女君主らしい。
知らない人に、どこぞの国の帝妃、あるいは女帝だと紹介したら、わたしよりよほど説得力がありそうだった。
「……やっぱり、真物は気配から違うわ」
レメデールがぼそりとそういったことで、ああ、やっぱりミゼルステラってわたしがモデルだったのね、と思ったていど。オーラあるかは、あんまり自信ないですけれど。
このあと楽屋を訪れることになる各国の王侯男子は、独身者妻帯者を問わずレメデールにぞっこん惚れ込み、ここはにわかに列強首脳の集会場となるが、エルディナントさまはうしろ髪の一本も引かれる気振りなく、オペラ座をふたたび訪れることもなかった。
本命の用件は大使館で外相ヒューメからロンディミオン会議の報告を受けることで、ついでのカモフラージュではあったけれど、ペリムでオペラを観劇できたのはよい経験になった。




