ミゼルステラ女大公
……ブライトノーツの首都ロンディミオンにて、メロヴィグ・プロジャ間の懸案となったサンフリムベルク問題を話し合うための国際会議が開かれることになったが、はじまる前から、もうほとんど結論は出ていた。メロヴィグ以外の全参加国は、サンフリムベルクの独立を維持することで一致していたからだ。
課題として残っていたのは、メロヴィグの、つまりはバルトポルテ三世のメンツと、ウィレム七世の懐具合への配慮くらいだった。
バルディウムのアルベール王が提言した、サンフリムベルクを非同盟中立国とし、西方圏各国が不可侵を保証することで、防衛費用の大半を不要にする、という案を柱に話は詰められていった。
そもそも、非同盟中立国という概念が生み出されるきっかけとなったのは、初代バルトポルテの行状である。
メロヴィグ革命政府の一将軍であったころのバルトポルテは、不文律であったスヴェルトの中立を冒し、西方の屋根と呼ばれてきたアープの高所を占めることで、エトヴィラをめぐる争いでアドラスブルク帝国に対する軍事的優位を確保して作戦を進めた。
ブライトノーツやリュースの支援を受けながら反革命の先陣に立っていたアドラスブルク軍を退け、メロヴィグの東の守りを確立させた功績によって、バルトポルテは権力の階段を一段上へと昇ることになった。
バルトポルテの没落後に、スヴェルトの中立を西方の全国家があらためて保証し、軍隊の通り道として使わないことを申し合わせ、明文化したのである。その代わりに、スヴェルトはいかなる同盟にも加入せず、いずれの国にも肩入れしないこととされた。
サンフリムベルクの「中立化」をメインの議題としたブライトノーツには、要するにメロヴィグへの当てこすりがあったわけだが、サンフリムベルクの「脱デウチェ化」が保証されるなら仲裁を受け入れるとして、メロヴィグ交渉団は表面上の紳士的態度を保った。
メロヴィグの支払い能力に一抹の不安を抱いていたウィレム七世は、防衛負担が減るのなら、サンフリムベルクの売却話はお流れになっても構わない、という姿勢をしめす。
プロジャも、サンフリムベルクの中立化はプロジャとメロヴィグ双方の利益に資するとして、調停を歓迎した。
北デウチェ連合はサンフリムベルクの「脱デウチェ化」に難色をしめしたが、「非同盟中立」に経済面はふくまれず、サンフリムベルクがデウチェ関税同盟に残留することは認める、と議長国ブライトノーツが取り持った譲歩案が提示され、妥協にいたった。
アドラスブルク、リュース、南デウチェ同盟からはとくに提言や異論が出ることはなく、サンフリムベルク公国のデウチェ圏からの離脱と中立化をもって、ロンディミオン会議はお開きとなった。
「――形の上ではメロヴィグとプロジャがそれぞれ譲歩した、痛み分けの結論となりましたが、実際に外交で敗北したのはメロヴィグです。サンフリムベルクに軍を駐留させる費用が浮いて助かるのは、ウィレム七世だけではない。デウチェの一部として防衛しなければならないが攻勢起点としては使いにくかったサンフリムベルクが、今後は中立地帯となるなら、プロジャが一段有利となりましょう」
報告に分析を添えてヒューメ外相が陳述を終えると、エルディナント陛下はひとつうなずかれた。
「大儀であった、外相。サンフリムベルクをメロヴィグの手に渡さなかったというだけで、プロジャ……ディズマールにとっては充分以上の収穫だろうな」
「ディズマール宰相は、いったい、なにを目的としているのでしょう……」
「あらたなデウチェ=プロジャ領域の画定、ディズマールが考えるプロジャ覇権下のデウチェに、サンフリムベルクはふくまれていなかった……そんなところだろうか、セシィ?」
……え? そこでどうしてわたしに振るんですか陛下?
なにか言わなきゃだめですかね……。
「ディズマールの政策は、攻撃より防御に重点がおかれていると思います。サンフリムベルクに関して、ディズマール自身はメロヴィグによる購入という結論であっても容認したのではないかと」
「サンフリムベルクを買ったとしても、いまのメロヴィグには財政負担が重すぎて、すぐに対プロジャの基地化はできないからか」
「はい。サンフリムベルクの中立化でメロヴィグ・プロジャ間の国境線はいくらか縮小するわけですから、短期的にはメロヴィグだけではなく、プロジャにとっても防衛戦略は立てやすくなったといえます」
「なるほど。ディズマールは内心で、サンフリムベルクをメロヴィグに買わせて財政赤字を悪化させてやりたいと考えていたが、連合議会が騒いだから中立化で手を打った……そういうシナリオもありえるのか」
陛下は考え深げにあごへ手をやり、ヒューメはプロジャ宰相の遠謀と、それを見抜いた皇帝夫妻へ畏怖のまなざしを向けてきたが……いやあ、自分で言っておいてあれなんですけれど、裏読みしすぎだと思いますよ。
オペラの開演時間が迫ってきたので、わたしたちは大使館から抜け出してオペラ座へ戻ることにした。
「外相、貴兄もフィレンへ帰る前に一度万博を見ていくといい。なにかと今度の話の種になるだろうから」
「お心づかいありがとうございます、陛下」
大臣に帰国前にひと息入れていくよう言ってあげるとか、陛下やさしい。たしかに外交のお仕事のプラスにもなりそうだけれど。
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エルディナント陛下とわたしは、開演五分前にオペラ座の舞台袖上手がわボックス席に入った。
観劇するにはあまり向いていない場所なのだけれど、劇場で一番グレードが高い席は舞台袖の上手がわ二階ボックス席なのだ。
なぜかといえば、舞台上のつぎに目立つから、である。
要するに、貴賓がやってきたことをほかの観客にアピールするための席だ。以前にバルトポルテ三世とルティアーナ妃がオペラ座前で爆弾テロに遭ったとき、皇帝夫妻の安否についてうわさが錯綜する中、おふたりはこの席から手を振ることで健在をしめし、メロヴィグ帝国万歳、ボルヴァナト家万歳の叫びが満場に轟いたという。
ちなみに、旧市街地にある現オペラ座は警備がしづらいということで、万博合わせで新オペラ座の建築工事が進んでいたのだが、敷地の真下に中世の採石場あとが見つかり、地下空洞のあまりの多さに工事が難航して間に合わなかったという話である。新オペラ座が完成していたら、観劇を口実にオストリヒテ大使館に立ち寄るのは難しかっただろう。
開演前に楽団がオストリヒテ国歌を演奏して、わたしたちの訪問を歓迎してくれた。エルディナントさまとともに手を振って、場内の拍手に応える。
演目は、現在メロヴィグで一番人気の脚本・演出・作曲家であるジャン=ネーゲンドルフの新作『ミゼルステラ女大公』――
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舞台は、架空の小国ミゼルステラ。小邦分立期のデウチェをモチーフにしたと思しき、旧帝国崩壊後の領域に多くの公国、侯国、伯国がひしめきあっている、という背景設定である。
女性ながら国を継承した女大公ミゼルステラには、親の代に決められていた婚約者パゥルがいた。……だが、どうにも結婚に気乗りがしない。
戦時であれば挙式が先延ばしになるということで、ミゼルステラはとなりのリューデハイム侯国に戦争をふっかける。
なんとなく結婚したくないだけ、という女大公の魂胆を知っているヴェルト将軍は、パレードの延長線ていどの、リューデハイム領内を騎馬行列で練り歩くだけの作戦を提案する。
「無駄な血を流す必要はございますまい」
「それはそうじゃな」
……ところが、会議場で立ち番をしていた衛兵のシュテファンが、ヴェルト将軍の作戦は生ぬるいと猛抗議をはじめた。豆国家なので、作戦会議といっても多くの幕僚が参加する仰々しいものではないのだ。
「将校でもないくせに差し出口を挟むな」
とシュテファンを叱責するヴェルト将軍だったが、ミゼルステラは、
「面白いではないか。いまからお主は将軍じゃ、詳しく申してみよ」
などと、フィクションの専制君主にありがちな強権を発動し、シュテファンを特進させてしまう。……といっても、リュースの女帝リザヴェーダが、似たようなことを実際にやった事例はあるのだが。
シュテファンは、10万の大軍(そんなに兵士はいないし金もないぞ、とヴェルトがツッコむ)でリューデハイムをひと呑みにし、ミゼルステラ大公国を覇権国家に押し上げようと、夢物語をぶちあげる。
軍事のことはさっぱりのミゼルステラは、シュテファンの大言壮語を真に受けて指揮権をまかせてしまう。無謀だと忠告したヴェルトだが、女大公が聞く耳を持たないので、やってられんわと会議室から出ていった。
……当然ながら10万の兵が集まるわけもなく、小国なりの1000人ほどを動員(これでもかなり無茶している)するのがやっとだったミゼルステラ軍だが、リューデハイムのほうは、どうせごっこ遊びだろうと真剣に戦う気構えを持っていなかった。
これまでも、ミゼルステラはたびたび周辺国にケンカをふっかけては、ヴェルト将軍がパレードをして「女大公の権威」を見せつける示威行為を繰り返していたのだ。
そこへシュテファンがガチンコで突撃していったものだから、リューデハイム侯国軍はびっくりして逃げ散ってしまった。
当のシュテファンとミゼルステラ以外はだれも予想していなかった大勝利、国を挙げてのお祭り騒ぎになり、大将軍シュテファンとその才能を見抜いた英主ミゼルステラは大いに称えられる。
ミゼルステラはパゥルとの婚約を破棄してシュテファンと結婚しようとまで考えるが、シュテファンには将来を誓いあった幼なじみタチアナがいた。
言い寄るミゼルステラに対し、シュテファンはきっぱりと結婚の誘いを断る。
まさかフラれるとは思っていなかったミゼルステラは、いきりたってシュテファンを解任して縛り首にしようとするものの、さすがに気まぐれ女君主にしたがう家臣はいない。みな、大将軍シュテファンの威光のほうが怖くなっているのだ。
そのころ、軍総司令の座をシュテファンに奪われたヴェルトは復讐を目論んでいた。とんちきな登場人物ばかりの中でわりとまともそうなヴェルトだったが、彼も存外間抜けで、ぶつぶつと陰謀の計画をつぶやいているところをミゼルステラに聞かれてしまう。
ところが。
「いい考えだぞヴェルト、シュテファンを亡き者としたあかつきには、お主を総帥に復帰させてやる」
フラれた腹いせのことしか考えていないミゼルステラは、ヴェルトの陰謀に加担するのだった。
……こうして逆恨みもいいところの計画で生命を狙われる羽目に陥ったシュテファンだが、戦勝祝いの使節として大公国を訪れていたパゥルの機転で救われる。
ヴェルトを躱し、ミゼルステラのもとを訪れたシュテファンは、暗殺計画が露呈したとビビる女大公へ、
「小官には軍の総司令の地位よりも大切なものがあります」
と、パゥルに代筆してもらった(無学なシュテファンは字が書けない)辞表をおいて城から出ていくのであった。
ヴェルトはライバルが勝手に退場してくれたことを喜ぶが、ミゼルステラは釈然としない。
ミゼルステラはシュテファンの故郷の山里まで行って、彼の幼なじみタチアナがどんな女性なのかたしかめようとする。
そこにいたのは、ごくごく平凡で、素朴な田舎娘だった。
「シュテファンめ……あんな山出しが、わらわより魅力的だというつもりなのかえ?」
シュテファンへの想いが断ち切れないというわけではなく、自分よりもタチアナのほうが女として上だと言われた気がするのがムカつくという理由で、ミゼルステラはふたりの結婚式をぶち壊そうとする。
……と、そこへやってきて機転を利かせたのは、またしてもパゥル。
「タチアナ嬢、女大公さまは、国の大英雄であるシュテファンどのとあなたの結婚を祝福するために、こんな田舎くんだりまで足を運んでくださったのですよ」
「まあ、ミゼルステラさま、ありがとうございます! わたしたちなんかのために、もったいないことですわ!」
「……な、なんの、国の功臣の結婚を見届けるのは、君主として当然のことじゃ」
見栄っ張りのミゼルステラは、さきに持ち上げられると引っ込みがつかなくなるのだった。
けっきょく主賓としてシュテファンとタチアナの結婚式に参列したミゼルステラは、しあわせいっぱいのふたりを見て、無性に自分も結婚したくなってきた。
踊るふたりを目で追うミゼルステラへ、パゥルが話しかける。
「なにかお求めですか、女大公さま?」
「わらわはどうして、すぐそこにあったしあわせから目を逸らして、月みたいに遠いところばかり見ていたのであろうな」
「月は美しいけれど、決して手には入りません。テーブルの上の丸いビスケットは、おいしく食べることができる」
「お主の言うとおりじゃ、パゥル。わらわは最初から与えられていたものに気づかずに、ないものばかりを探しておった」
「ミゼルステラさま、私と結婚していただけますか?」
「もちろんだとも。もう、脇見も遠見も飽き飽きじゃ」
ミゼルステラとパゥルもダンスに加わり、軽快なオペレッタの調べとともに幕が下りる。
演目のモチーフは『ジェロルスタン女大公』ですが、これはミュージカル寄りの歌劇で「フル規格」オペラとは少し違うようです。
時代的に、まだオペラとオペレッタのジャンル分化が完全には定まっていないころなのでオペラ扱いしてます。
なお作者はFF6のイベントくらいでしかオペラに触れたことはありません(オイ)。




