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あらたな軋轢の芽


 テセジア島での再会がすんで、エルディナント陛下とわたしは、マクシミリアン皇子とイザベラ姫を連れ、メロヴィグ船でペリムへ戻ることになった。


 メルヒオール殿()()(正式にゼクフィコ皇帝の身分から、アドラスブルク皇弟でありオストリヒテ大公に復帰した)は、帝妃イザベラ(ここはややこしいのですが、彼女はゼクフィコ帝妃として最期を迎えている)の墓前を弔うため、かつての部下たちが操船する()()軽巡航艦(コルベット)アドリアーナに乗って、旧居トライエットへと向かう。


 ……わたしたちが10日ほど大陸を離れていたあいだに、万国博覧会の特別観覧日が近づいてきていて、西方圏(オチデント)にとどまらず世界各国から招待客がペリムへと集まっていた。


 バルトポルテ三世によるメロヴィグ第二帝政の隆盛を誇示する万博に、華を添える貴賓の面々……だが同時に、ボルヴァナト王朝の、さらには君主政治そのものの終焉につながる、ひそかな陰も迫りつつあった。


    +++++


 ペリムへ戻ってきた翌日に、


「セシィ、オペラを観に行かないか?」


 と、エルディナントさまが誘ってくださったので喜んでついていったら、オペラ座の前で馬車を降りた陛下は、入場ゲートをくぐらず、旧王朝時代の重厚な邸宅が立ち並ぶ区画のほうへと歩いていく。

 開演にはまだ時間があるけれど、その前に食事にしよう、という感じではなかった。レストランがありそうな界隈ではない。


「……大使館へ向かわれているのですか?」


 そういえば、このあたりにある旧なんとか伯爵邸を、フィレン政府が借りてオストリヒテ大使館として使っていたっけ、と思い出して訊ねてみると、エルディナントさまはうなずかれる。


「この件では、メロヴィグがわも神経質になっているからね」


 オペラ観劇は、どうやら万博見物以外の用でルーニア宮から出かけるための口実だったようだ。


 ()()件、というのは、わたしたちがゼクフィコの問題にかかりきりになっているあいだに、ブライトノーツで開かれていた国際会議の議題である。

 万博がはじまっているのに、バルトポルテ三世から招待されている、ブライトノーツはじめとする西方圏(オチデント)各国の要人がペリムに集まっていなかった理由でもあった。


 そんな中で、わたしたちアドラスブルク皇帝一家はどうして初日からペリムにいたのかといえば……べつだん爪弾きになっていたわけではない。会議には、外相ヒューメがオブザーバーとして出席していた。


 ヒューメから会議の経過について報告を受けるにあたって、メロヴィグの迎賓館であるルーニア宮より、大使館でのほうがよかろう、というのがエルディナント陛下のお考えらしい。


「外相が国際会議帰りの報告をするために、元首が逗留中の他国迎賓館を訪れるというのは、そんなに不自然でしょうか?」

「われわれがこの件について最大限の関心をいだいていると、まだメロヴィグにもプロジャにも感づかれるべきではないからね」


 そう言いながらエルディナントさまがやってきたのは、オストリヒテ大使館の正面口ではなく、背戸のほうだった。ペリムの街に土地勘が一切ないわたしでは、ここからオペラ座に戻るのも無理だろう。


 呼び鈴の紐は引かず、エルディナントさまは鉄扉をリズミカルに叩く。扉のわきにある鎧戸の隙間から、目だけをのぞかせる職員へ、


「私だ」


 と短く告げる。


 鉄扉が開き、エルディナントさまはわたしをさきに大使館の敷地内へ入らせた。通りの左右へ視線を振ってから、陛下も戸口をくぐり、うしろ手に扉を閉める。


 ……ちょっとスパイごっこみたいで楽しい。


    +++++


 裏口から大使館に入ったわたしたちは、ヒューメ外相が待っている奥の間へ通された。大使であるメンデールニヒは仕事中だろうか。皇帝陛下がやってきたからと、大使があいさつに奥へ引っ込んだのではこっちの隠密行動が台なしだから、デスクを守っていてもらおう。


「状況が特殊とはいえ、こちらからご報告へうかがうべきところで両陛下にご足労をおかけし、恐縮の極みであります」


 最敬礼するヒューメへ、


「開演時間にはオペラ座で席に着いていなければならない。手短に」


 と、陛下はまどろっこしい口上抜きでさっさと進めるよううながす。


「御意に。先日ロンディミオンにて開催されました、サンフリムベルク帰属問題に関する会議について、両陛下へご報告申し上げます――」


 サンフリムベルクとは、デウチェ連合の一番西の端に()()()公国である。

 過去形の理由は、ディズマールによって連合が解体され、プロジャ王国を盟主として再編された北デウチェ連合に、サンフリムベルクはふくまれていないからだ。


 サンフリムベルクは、かつてのスレズヴェルヒ・ヘムシュタイン両公国やハルファーデン王国のように、デウチェ外の王侯が国主たる公爵を兼ねていた。


 ヘラルドの王ウィレム七世がその人であり、デウチェの君侯としてはサンフリムベルク公爵ヴィルヘルム五世となる。

 これは、ブライトノーツのベアトリス女王に女系継承を認めず分離したハルファーデンや、ダンヴィケ王ハンス二世が戦争に敗れて公爵の地位を失ったスレズヴェルヒ・ヘムシュタインとは違い、いま現在も有効であった。


 ハルファーデンとスレズヴェルヒ・ヘムシュタインはプロジャに併合され、そのほかのデウチェ各邦の多くも、独立と主権は保たれたままながら、プロジャの主導が明確である、あらたな北デウチェ連合へ合流した。

 とはいえ新連合への加入は強制ではなく、任意である。ヴァリアシュテルンやデュレンゲンブルクなどは参加せず、独自に南デウチェ同盟を結んだ。

 ウィレム七世は、ヴィルヘルム五世としてサンフリムベルクの独立独歩を選択し、プロジャもそれは認める。


 そこへ横からくちばしを挟んできたのが、メロヴィグであった。


 いわく、サンフリムベルクは、アールヴ山地とレヒテ河の渓谷がかたちづくるメロヴィグとデウチェの自然境界地帯から、大きくメロヴィグがわに食い込んでおり、安全保障上問題がある。

 これまではデウチェが()()()()()()であったために、メロヴィグの視点としてサンフリムベルクの存在をことさら脅威と見なす必要はなかったが、実質「大プロジャ」が成立したいまとなっては、サンフリムベルクの地政学的問題を座視するわけにはいかなくなった。

 サンフリムベルクへ新連合加入を強制しなかったプロジャ政府の配慮は一定の評価ができるが、両国の恒久的平和のためには充分と言えない。


 ……まどろっこしい言いかたであるが、サンフリムベルクが今後もプロジャの地つづきの領土にはならないと保証しろ、というのがメロヴィグの主張である。


 それに応えて、プロジャのディズマールは、サンフリムベルクに置かれていたデウチェ連合軍(実質プロジャ軍)の基地を撤去し、駐留兵もすべて帰還させ、今後はヘラルドに安全保障施策をゆだねるとした。


 これで話がつきそうなものなのであるのに、メロヴィグは納得しなかった。プロジャ相手に外交得点を稼いで支持率回復につなげたい、バルトポルテ三世の意向があったらしい。


 サンフリムベルクの立地は、メロヴィグ、バルディウム、プロジャの三国が国境を接するところにある。ヘラルドからはすこし遠い飛び地であった。

 財政面の問題から、ウィレム七世はサンフリムベルクにヘラルド軍の恒久拠点を設けることへおよび腰になっている、と聞きつけたメロヴィグは、領地の買い取りをヘラルド政府へ持ちかける。


 このメロヴィグのやり口に激怒したのは、デウチェの民族主義者たちだ。

 プロジャはサンフリムベルクの軍事的中立化を提案したというのに、それに飽き足らずメロヴィグ領として取り込もうとはどういうつもりだ、こっちが下手に出てみたらつけ上がりやがって、と彼らは沸騰する。


 また、バルディウムのアルベール王は、サンフリムベルクをスヴェルト連邦に(なら)った非同盟中立国とすることで、大規模な軍事基地の存在を不要のものとし、ヘラルドの財政負担を低減したらどうか、と提言した。

 要するに、バルディウムも本音では、メロヴィグによるサンフリムベルク領有に反対であった。


 ウィレム七世自身は、サンフリムベルクが現ナマになるなら売ってしまいたい、という心境だった。ただし、大国とはいえ財政的にはヘラルド同様苦しいはずのメロヴィグに、サンフリムベルクを売り渡すに足るだけの買収資金が出せるのかは半信半疑でいた。


 メロヴィグは、サンフリムベルク公爵としてのヴィルヘルム五世の一存で売買契約が締結できると主張したが、今年二月に第一回総選挙を終えたばかりの北デウチェ連合議会は、全会一致でサンフリムベルク公国はいまもデウチェの一部であり、ヴィルヘルム五世の私物ではないと議決した。

 合わせて、デウチェ連合議会の承認なきかぎり、いかなるデウチェ国家も寸土たりとて領地の売却をしてはならない、と連合憲法(そもそも、できたての新連合が仰ぐべき憲法を制定するために選挙された議会であった)への条文追加を採択する。


 北デウチェ連合の決議は内政干渉だ、とメロヴィグは即座に反発し、ウィレム七世はノーコメントを貫く。


 一触即発の空気が漂う中、南デウチェ同盟とバルディウムが国際会議の開催を提案し、第三者としてブライトノーツに議長役を依頼した。

 ブライトノーツは調停の取り持ちを引き受け、リュース帝国もメロヴィグとプロジャ双方に自重を呼びかける。


 メロヴィグ議会は戦争も辞さずと強気だったが、万国博覧会に水を差したくないバルトポルテ三世は話し合いに応じる姿勢をしめした。

 プロジャのディズマールも、新連合の景気づけに一戦交えることを選択肢として考えていたようだが、デウチェ民族主義団体の主張が「メロヴィグに対して融和的すぎるティズマールは、本当にデウチェ指導者としてふさわしいのか?」という先鋭的論調になってきているのを見て、あえて彼らに水をぶっかけるため、平和路線を継続すると決める。


 会議出席国は、議長であるブライトノーツに、当事者であるメロヴィグ、プロジャ、ヘラルド。加えて、南北デウチェの代表に、バルディウムとリュースの公使も、わがアドラスブルク帝国と同様オブザーバーとして参加し、ブライトノーツ首都ロンディミオンで仲裁会議が開かれたのだった。


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