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うまい話には裏がある


 年が明けて、新大陸情勢が一気に動きはじめた。


 共和主義者(リパブリカン・)合衆国(ステイツ)から、前年のうちに脱盟していたサザングローリア州に加え、さらに六州が離脱し、南部七州による自由合衆国(フリーダム・ステイツ)の建国が宣言されて、ついに国家分断が現実のものとなった。


 北部はすぐさま非常事態を発令し、自由合衆国への合流を決議しようとしていた南部三州の議会を非合法化、強引に共和主義者合衆国に留まらせた。

 もちろん、書類上で北部に縛られたままであっても、実態として南部の勢力は拡大していった。


 もはや内戦勃発は不可避の情勢となったが、北部も南部も軍に臨戦態勢を整えさせてはいなかった。そもそもステイツには徴兵制度がなくて、人口のわりには小規模な軍隊しかない。


 ゼクフィコでは、年明けそうそうにロベルト=ロペス・ガルシアが首都エル・オーロを制圧し、大統領就任を宣言した。

 ロペス・ガルシアは、正教派を唯一の国教と指定していた宗教法を廃止し、さらに対外債務不履行(デフォルト)と各種鉱山の国有化を布告する。


 前年から介入を検討していた、メロヴィグとブライトノーツの「悪い予感」は見事にあたった。ゼクフィコ新政府による、旧体制の乱脈経営で積み上がった債務の継承否認こそが、両国がもっとも恐れていたことだったのである。


 メロヴィグ、ブライトノーツ、そして旧宗主国イルパニアは、すぐさまロペス・ガルシア政権の承認を拒否し、借金踏み倒しに対する非難を浴びせた。

 ヘラルドやバルディウムなど、そのほかの西方(オチデント)諸国も、デフォルトを強行するなら新国家を承認はできないと、態度を保留した。


 わがアドラスブルク帝国政府に、対ゼクフィコの直接貸付在高はない。しかし国内金融業者、および友好国の債権を保護する観点から、現状ではロペス・ガルシア政権を承認できない、と通告した。


 いっぽう、ブライトノーツやメロヴィグと同様に、旧ゼクフィコ政権発行の国債を相当額持っているステイツだったが、北部、南部ともに、ロペス・ガルシア政権を承認し、債権放棄にこそ同意しなかったものの、一時利払いの停止には理解をしめした。

 北部としては、ゼクフィコと組んで南部を挟撃したいし、南部からすれば、ゼクフィコに背後を固めてもらいたい。最悪でも中立は保ってほしいので、支払いを催促しないのが賢い選択なのだった。


 割れても強国であるステイツの承認を受けて、ロペス・ガルシア政権は、旧大陸各国に対し、全面的な債務不履行をあらためて宣言した。

 ……こうなると、直接介入、出兵に大義名分が出てくる。


 ゼクフィコ湾に浮かぶイルパニアの海外領土アンジェラス島を基地に、メロヴィグとブライトノーツが兵を出すという、三国合同の派兵計画が立案された。


 ステイツは口先介入だけで、すくなくとも直接ゼクフィコを守るために軍を出す余裕はない。まさに鬼の居ぬ間の火事場泥棒。ステイツが内乱で荒れているうちに、ゼクフィコを制圧し、旧大陸列強の権益を保証する政権を樹(た)ててしまえというわけだ。


 きたるべき新政権の顔として、正式な外交ルートを通じ、メロヴィグ、ブライトノーツ、イルパニア政府の連名で、アドラスブルク皇弟メルヒオール殿下をゼクフィコ皇帝として推挙する、という書面がもたらされた。


    +++++


 今年の夏の静養先として、わたしは子供たちとともにアジュールの首都ビュラですごすことを決めた。ビュラでのわたしは、アドラスブルク帝妃ではなくアジュール王妃だ。


 太后ゾラさまも、女看守(ドラゴン)エクセルハーディ伯爵夫人もいないビュラの王宮は、とても空気が良い。……精神的にだけではなく、急速に都市化が進んできて年中工事をやっているフィレンより、ビュラのほうが確実に子育て向きの環境だった。


 六歳になったゾラ、四歳のテレーゼといっしょに、ビュラ郊外の丘で花輪を作って遊んだ。二歳八ヶ月になったヨーゼフは、原っぱの中をとことこと歩いては、バッタやカエルに出会って立ち止まり、ぴょこんと飛び跳ねる彼らにおどろいてぺたんと尻もちをつく。


 ヨーゼフのすぐそばへ乳母を向かわせようとするレヒトハイネン男爵夫人へ、


「だいじょうぶだから、とおくから見まもっていなさい」


 と、ゾラがあたかも女主人であるかのように、弟の冒険を邪魔立てしないよう言い渡した。過干渉をいましめるゾラだけれど、ヨーゼフが転んで泣きはじめると、お姉ちゃんとしてまっさきに駆けつけてくれる。わたしはもうすっかりゾラ任せだ。


 ヴァリアシュテルンにいたおさないころ、父フリードリヒの山荘ですごした日々を思い出す。


 母アマーリエは野遊びにつき合ってくれなかったけれど、わたしたち兄姉弟妹(きょうだい)は領民の子供らに混ざって、釣りをしたり野兎を追ったり、蜂蜜を採ろうとして蜂の巣をつついて大惨事になったり、まともな貴族の子女なら決してやらないことばかりしていたものだった。


 ……いま思えば、シャルロッテお姉さまはあのバカらしくも楽しい遊びの輪からひとり離されて、母とともに淑女の道に邁進していた。

 もし型にはまったレディに仕立てられていなかったら、シャルロッテお姉さまこそがエルディナントさまのお眼鏡に適っていただろうか。すくなくとも、人として、女性としては、わたしよりシャルロッテお姉さまのほうがだんぜん魅力的だった。

 いや……その場合、太后ゾラさまが、ヴァリアシュテルン公爵家の娘たちを端から除外して、帝妃候補を探していたかな。


 ビュラ宮へ戻り、子供たちをレヒトハイネン男爵夫人らに預けて、わたしはアジュール王妃としてお仕事に取りかかる。


 アジュールには独立王国時代からの行政組織があり、アドラスブルク帝国が支配するようになってからも、基本的に実務に対する細かな干渉はしていなかった。

 オストリヒテとアジュールの仲が険悪になる理由というのは、だいたい宗教がらみ(オストリヒテは主に正統派でアジュールは改革派)か、行政の実権争い(割り当ての納税以上のものを求めてフィレンが直接支配しようとし、アジュール現地当局が抵抗する)なのだった。


 アジュールの主権を尊重し、彼らが自主的に、王家としてのアドラスブルクへ献納と軍務奉仕を行う――というのが、さきに定まったオストリヒテ=アジュール協定である。

 オストリヒテ・アジュール連絡協議で割り当てを決めたあとは、アジュールが課せられた負担分をどうやって捻出するかに関して、フィレン中央政府は口出ししない。


 なので、アジュール王妃としてのわたしに、具体的政策を立案したり命令する権限はない。決定された納税と軍役が、アジュール国民にとって過重な負担になっていないか、逆に軽すぎて、アドラスブルク帝国にとって機会損失が生じていないか、状況を監視するだけである。


「王妃陛下、ご政務中失礼します」

「あ、お疲れさまです」


 書類を読んでいたわたしのところへやってきたのは、アジュール王国の首相となったアングレアム伯爵だった。


 アジュールにおいては、いちおうエルディナントさまと同等の陛(・)下(・)という肩書きであるわたしに対して最敬礼をほどこしてから、アングレアム伯はすぐ本題に入った。


「ぶしつけなお話ですが、陛下にはゼクフィコ問題に関して、どのていどご承知でありましょうか」

「そんなに詳しくはないですね。表面的な事情と経緯くらいです。どうぞ、かけてください」


 わたしが仕事中の執務卓の一列向こう、会議卓に並んでいる椅子に腰かけたアングレアム伯へ、女官がお茶を出す。

 ついでなのでわたしも一杯もらって、書類読みは小休止。


「メロヴィグ、ブライトノーツ、イルパニアの三国が、外交筋を通じてメルヒオール大公にゼクフィコ帝位推戴の申し入れをしてきた、とうわさを聞きました。大公殿下には、お引き受けになられるかどうか、陛下はご存知でしょうか?」

「近いうちに、フィレンからトライエットへ、正式な帝位受諾要請書を届けに行くという話は聞いています。ゼクフィコの件が浮かんできてから、わたしはメルヒオール殿下とは一度もお会いしていないのですけれど……大公妃イザベラさまが、とても意欲的なんですよね」


 わたしがそういうと、アングレアム伯は「ふむ」といってお茶をひと口すすった。

 ティーカップをソーサーに戻して、話を再開する。


「私は亡命中、ペリムに滞在しておりまして、そのころの友人が、いまもときおり手紙でペリム社交界の動静を伝えてきてくれます」

「そういえばそんなお話、以前になさっていましたね」


 わたしはメロヴィグにはぜんぜん縁がないのだけれど、アングレアム伯はバルトポルテ三世とも、帝妃ルティアーナとも直接面識がある。社交界での顔は、だんぜんわたしより広い。


「ゼクフィコ問題で熱心なのは、バルトポルテ三世よりも、ルティアーナ帝妃です。彼女は敬虔な正統宗派で、ロペス・ガルシアが打ち出した宗教法撤廃に対し、非常に憤りを感じています」

「でも、教会特権の廃止って、メロヴィグ革命の三本柱のひとつでしたよね。いわゆるボルヴァナティズム要件だから、バルトポルテ三世はあんまり干渉したがらないんじゃないですか?」


 恩赦を受けたばかりのころのアングレアム伯は、わたしの自習サロンにアジュール語教師という名目で出入りしていたが、実質は政治学の先生だった。なので、これは復習でもある。


「そうですね、バルトポルテ三世は、教皇領を次々と占領している新生エトヴィラ王国を暗黙裡に支持して、教会特権保護の義務を守れ、と要求してくるパブロ七世の主張を受け流しています。ですが、それだけにバランスが必要なのですよ。教会勢力を権力の後援者として計算しない、というのはメロヴィグ革命精神の体現者として、バルトポルテが守らざるをえない基本方針ですが、まったく無視できるほど彼の政権は盤石なわけでもない」

「なるほど。メロヴィグ本土からは遠いゼクフィコで、教会に便宜を図って恩を売っておきたい、と」

「それもありますし、バルトポルテ三世は、これ以上妻に嫌われたくないのですよ。浮気者のくせに、ルティアーナどののことをいまだに愛しているのが、あの面倒くさい男なのです」


 ……ほんとうに面倒なやつだな。わたしだったら、旦那が浮気したらもう寝室に入れてあげないぞ。


「妻のご機嫌取りのために、バルトポルテ三世は本気で動くんですか? ついこの前まで敵国だった、アドラスブルクの次男坊に皇帝の座を譲ってまで」

「さすがのバルトポルテも、浮気の穴埋めだけで海の向こうまで派兵しようとは思わないでしょうな。そのほかに、さらに俗な事情もあるのです」

「と、いいますと?」


 アングレアム伯すごい詳しいな。ここまで知ってて、わたしに確認したいことなんてあるのかしら。


 皮肉げな笑みを浮かべ、アングレアム伯はなんとなしに声をひそめた。


「バルトポルテの腹心であるモラン公ですが、大の博打好きでしてね。小邦の国家予算並みの借金があるのです」

「あー……なんか話読めてきました」


 モラン公爵とは、バルトポルテ三世の右腕にして種違いの弟である。


 初代バルトポルテが弟エミールをヘラルドの傀儡政権の長とするさいに、王家乗っ取りのため女婿という名目とするため、エミールの最初の妻であったコンスタンス(つまりバルトポルテ三世の母)は離縁されてしまった。

 コンスタンスは、初代バルトポルテ自身の妻であるヨハンナ同様、男たちの権勢欲のために切り捨てられた可哀想な立場のひとなのだ。


 正式な結婚とはいかなかったものの、コンスタンスはバルトポルテの副官のひとりだったフラディオ=ゼカルニエと実質再婚し、のちのモラン公をもうける。


 ……時は流れ、政策議論ではなく殺し合いによる権力争いが繰り広げられていたメロヴィグ政界の混乱を収拾して、バルトポルテ三世が総統政府首班となった。

 ところが方向性がバラバラの議会が紛糾するせいで、あらゆる議題が未決のまま流会になってしまい、なにもできないではないかと業を煮やしたバルトポルテ三世は、当時伯爵であったモランと手を組んでクーデターを企てる。


 その期待に応え、異父兄バルトポルテ三世を終身大総統、さらにはメロヴィグ皇帝に押し上げるなど、モランの政治的手管はすぐれていたが、人はだれしも長所と短所というものがあって。

 そしてときおり、どんな長所も打ち消してしまうほどの、どうしようもない短所を持った人間がいるのだった。


 負けまくるのにギャンブル大好きというモラン公は、残念ながら短所のほうが上まわるタイプというわけだ。


 やっぱりというか、アングレアム伯の話はこうつづいた。


「モラン公が借金をしている相手は、スヴェルトの銀行家ジェイケラーです。ジェイケラーは、ゼクフィコの旧政権が発行した多額の国債を引き受けていて、現地に銀山もひとつ持っている。ロペス・ガルシアの債務不履行(デフォルト)宣言と資源国有化政策が通ると、破産してしまう」

「貸しのあるモラン公をつうじて間接的にバルトポルテ三世を動かし、メロヴィグの力でロペス・ガルシアをゼクフィコから追い出したいというわけですね」


 ゼクフィコ帝位受諾願いで、メロヴィグの名が三国の筆頭にあったのはそういう事情だったのね。……これ、ブライトノーツとイルパニアは、すぐはしごを外しかねないな。メロヴィグも、モラン公になにかあったら太鼓持ちやめるんじゃないかしら。


「まさにそういうことです。ゼクフィコ皇帝の地位というのは、じつにあやうい。できればお止めしたいのですが、私はメルヒオール大公とまったく接点がございませんので、陛下にお訊ねしたしだいでして」

「イザベラさまから、出産に立ち会ってほしいと頼まれているんです。そのときにメルヒオール殿下とも直接顔を合わせる機会があるはずですから、話をしてみますね」

「まあ、本質としては、余計なお世話なのですが」

「……そうなんですよねえ」


 フィレン政府からすれば、ゼクフィコ帝位にアドラスブルク皇族の一員を就けるという計画は、とくにデメリットこそないものの、大したメリットもなかった。ましてビュラのアジュール政庁からすれば、ますます関係が薄い。


 さきに述べたけれど、ゼクフィコの債務不履行(デフォルト)で、アドラスブルク帝国の財政が直接打撃を受けることはないのだ。ロペス・ガルシア政権を放置しておいても、すぐには影響がおよばない。むしろ、短期的にはメロヴィグとブライトノーツの財務力が弱まって、アドラスブルクにとって有利になるまである。


 派兵はメロヴィグとブライトノーツが担当するので、国奪(と)りにさいしての負担もないが、裏を返せば、ゼクフィコ皇帝の地位を得たところで、アドラスブルクのための運営はできないということを意味していた。

 メロヴィグとブライトノーツに多大な借りがある状態からのスタートで、ひたすら両雄の意にかなう国家運営を強いられるだろう。

 つまり、現地住民からは嫌われる可能性大である。


 あえていうならば、そもそも歴史の最初にゼクフィコの地を征服した、アドラスブルク家としての責任だが、それでもイルパニアの王統がアドラスブルクからベルボーンに移ってから、200年近くたっているのだ。

 ベルボーンが引きつけてくれた現地住民からの怨みつらみを、わざわざふたたび買いに行く必要というのは、果たしてあるのだろうか?


 反面、もし上手くいったなら、将来的にアドラスブルク家が得られる栄華は数値で言い表せるものではない。


 一族が収まることのできる玉座が増えるのだ。イルパニアとオストリヒテにふたりの帝王がいた、アドラスブルク全盛期の再来となるわけで、現在はブライトノーツのものとなっている「世界帝国」の称号奪還も夢ではなくなってくる。


 あとは、メルヒオール大公が、自分の一身を賭けのチップとする気になるかどうか、なわけだけれど……。


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