第二百一話
「それで今日はどうしますか?」
東雲の「どうしますか?」は、「稽古をどのくらいしますか?」に置き換えることができる。
佐々木ダンジョンでの一件以降、東雲との稽古はより実戦的かつ生存を重視した訓練に変わっていた。
流石にダンジョン探索前には、そこまでキツイ稽古をつけてもらうことはないが、それでも生存確率を上げるための、シビアなトレーニングをさせられる。
「軽めで。この後、探索だからな」
一度、このように言っておけば、東雲との稽古もだいぶマシなものになる。
この後、札幌市内にあるダンジョンの探索を予定している。
北海道はその面積に対して、意外にもダンジョンの数は多くはない。
むしろ、東京や大阪、海外だとニューヨークやロンドン、北京などの都市部で多く、ダンジョンは発生していた。
人口密度とダンジョンの分布の関係性について、概ね、相関があると結論付けられている。
(高校の授業では、色々習ったな)
既に俺たちの世代で、高校のカリキュラムにダンジョン関連の科目が組み込まれていた。
走りであったこともあり、その比重は現在の日本の教育ほどではないが、日本、いや、世界がダンジョンという存在に依存し始めていたことを象徴するような出来事だったと言える。
俺以降の世代は、ダンジョン探索に求められる戦闘技術の講習なんかもあるらしいぐらいなので、国民のほとんどが準探索者的存在になっているほどだ。
(ダンジョン学は面白かったな)
ダンジョン構造や一部有名なダンジョンにおける植生など、興味をそそられる内容であることが多かった。
俺もダンジョン学はいつも点数が良く、それが人生でも役に立った覚えがある。
(とはいえ、内容はほとんど覚えていないが)
会社員時代の激務は、学生時代の楽しい思い出を洗い流すようなものであった。
そこで心機一転頑張れていれば良かったのだが、残念ながら、俺はダメになる一方だった。
「伊藤さん、大丈夫ですか?」
物想いにふけっていたのか、東雲が心配そうにのぞき込んでくる。
突然、目の前に整った顔が出てきて、俺は後ろにのけ反った。
(びっくりした)
探索者になってから、整った容姿の人間とかかわることが多いが、なかなか慣れることがない。
美術品というわけではないが、整ったものというのは、一種の完成された作品のようなものを感じさせるので、それが目の前に来ると、どうしても驚いてしまうのだ。
「ああ、すまない。じゃあ、軽く練習するか」
俺は模擬専用のブレードを手に取り、東雲と対面する。
結果は、惨敗であった。
♦♦♦
(いやぁ、これは強くなるわ)
痛みはほとんどないが、一発一発が、死を予感させるものなのである。
東雲の殺気とも言えるのか、圧を感じながら、急所の攻撃を防いだり躱したりするのは、実戦に近い緊張感がある。
彼女の指導も最近は明確に上達しており、俺がテンポよく強くなれる指導をしっかりと選択して、効率的に強くなれていた。
今更、効率的に強くなれるとは思っていなかったが、指導が適切であると、こんな年齢でも驚くようなスピードで強くなれるようである。
(あっちも終わったな)
俺と東雲が稽古をしている間、ヴァルと日向さんも模擬戦に興じていた。
あれからは一本の取り合いが続いており、依然として拮抗した戦いを見せている。
ヴァルとあそこまで戦えるのだから、日向さんのポテンシャルは本物だろう。
(こっちに来るな)
二人がタオルで汗を拭きながら、こちらに近づいてくる。
「おはようございます、伊藤さん!」
朝のトレーニングを終えた日向さんの笑顔は、太陽のように明るかった。
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