性質 或いは恋バナ
「……前々から聞きたかったんだが、いつも猫やらなにやらを送ってくるあれは、どういう基準で決めているんだ?」
そんな話題が出たのは、俺たちがバスに乗って、十分ほど経った時である。
暑いし、バスの中も空いていたので、早見妹は俺の前の席に座っていた。
その背中に話しかけるようにして、俺が問いを投げたのだ。
「どういう基準って……可愛いと思ったものを、その場で送っているだけですよ?」
きゃるん、とした顔をして、早見妹が首をかしげる。
「……今朝の、猫の鳴き声もか?」
「はい、ニャンが私のスマホを見てニャーニャー言ってて、画面を見たらたまたま葉さんとのトーク画面だったから、あ、可愛い、と思って」
──それで猫が挨拶している、とかいう文章になったのか……。
分かるようで分からない事情を把握し、俺は納得する。
ちなみに「ニャン」という簡素な名前は、早見宅で飼われている三毛猫の名前である。
どうも毎回、今日のニャンの行動のような偶然が起きるたびに、メッセージを打っているらしい。
──正直、よく分からない習慣だな……友達が多い女子って言うのは、いつもこうなのか?
早見妹の言葉を聞いて、ふと姉の早見の方は、どうしているのだろう、と考える。
彼女も、女友達相手には毎日そう言う会話を繰り広げているのだろうか。
何となく、早見妹のそれとは、少し違うんじゃないか、という気もしたのだが。
────早見姉妹は、姉妹なだけあって、美人であることも、友達が多いことも似ている。
だが俺が見る限り、その性質は、姉妹であっても違っているように思えた。
姉の早見は、何というか、他人に対してもう少し受動的な感じがある。
周囲が寄って来るから、対応している、というか。
たくさんいる知り合いに自分から話しかけるというより、周囲の対応をしているうちに、勝手に知り合いが増えている、という印象だ。
だが、早見妹はもう少し、人間関係に対して能動的な様子に見える。
例えば、以前友達の友達の……というツテを辿ることで、霧生の連絡先を特定するというかなり怖いことをしていたが、あれは多分、姉の方なら決してしない行為だろう。
彼女のスタンスとして、繋がりが薄い人間だろうが、まず積極的になってみる。
そして、そこから相手への対応を考える。
どんな人間に対しても、このようにしているのだろうか。
勿論、彼女なりに空気は読むし、気も遣ってくれているのだが。
────この辺りの、他人に対する対応の差が、どうにも気になり。
俺は、もう少し詳しく話を聞いてみる。
この、俺に脈絡なくメッセージを送る点が、まさにこの対応の差を示しているように思ったのだ。
「……他の友達にも、そうやっていつも、色んなことを送っているのか?」
純粋な疑問として、俺はそう尋ねた。
たくさんいるであろう友人たち全員にそうしているとすれば、流石に忙しすぎるだろう、という心配も込めて。
本当に、他意はなかった。
だが、俺がこう言った瞬間、こちらに体ごと向き直っていた早見妹の表情が、一瞬固まった。
そして、恐る恐る、という風に、口を開いてくる。
「え、もしかして葉さん、嫉妬してます?」
「違う!」
とんでもない勘違いをされ、俺は大声で訂正する。
途端に、少ない乗客と運転手がこちらを睨んだ。
慌てて、すいませんすいません、と周囲に頭を下げる。
「……言って置くが、本当にそう言う話では無いからな?純粋に気になっただけだ」
謝り終わってから、かなり音量を小さくして聞きなおす。
途端に、早見妹が表情を元の笑顔に戻した。
「……分かってますよー。冗談です」
本気がどうか分かりにくい口調と表情でそう告げてから、彼女はスマートフォンを取り出す。
「まあただ、真面目に答えると、流石に全員にああやっているわけじゃないですね。そう言うのを送って、面白そうな人を選んでから、送信してる感じで」
見る感じ、よく送るのは五人くらいですかねー、と言いながら、早見妹はアプリのトーク画面をスクロールさせる。
そこに映っているのが、彼女にとってよくメッセージを送る相手────姉の言葉によれば、「甘える」相手のようだ。
──だが、本当に、俺は何故その五人に入ったんだ……?
本気でわからず、俺は心の中で首を捻る。
しかし、この会話で、一つ発見があった。
──何というか、たくさん友達が居つつ、その中で特に面白そうな人を選んでひたすら話しかける、という感じなのか。
友人知人が極端に少ない俺としては、その人間関係はとても新鮮な光景に見えた。
俺自身、ごくごく昔はもっと知り合いも多かったが、当時だって、こういう感じの関係を周囲と築いてはいなかったと思う。
年齢が違うため、比べること自体に意味が無いのかもしれないが────この辺り、男子生徒の人間関係と、女子生徒の人間関係は違うのだなあ、という気もする。
まあ、ただの勘なのだが。
しかし────それ以前に。
「……長いな、スクロール」
いつまでたってもホーム画面のスクロールが止まらない──要するに下の方まで友達リストを見ている──早見妹に、俺は思わず声をかける。
すると、彼女は珍しく、苦笑いに近い表情を浮かべた。
「まあ、出来るだけ多くの人とこういうのは交換してますから……自然と溜まりますね」
「それ、覚えられるのか?」
そのアプリのフレンド数が二十人程度の俺は、再び純粋な疑問としてそう聞いてみる。
すると、早見妹はふふーん、と胸を張った。
「そこはちゃんと覚えてますよ。やっぱり、知り合って置くと良いことも多いですからね。女子って、自分の名前やあだ名がちゃんと憶えられているかどうか、結構気にしますし」
「それはすごいな……」
単純に記憶力だけでも凄まじいし、その関係を維持する努力はもっと凄い。
どう努力しても俺にはできないだろう。
まあ、そもそもにして、そうしたいとも思っていないが。
「ただ、どうしても私から話しかけるのは、興味が出た人だけになっちゃいますけどねー」
さらり、と聞きようによっては残酷な言葉を、早見妹は付け足す。
この辺りも、姉のそれとは違った様子に感じた。
というより、気になった事象にはとことん迫る、というスタンスは、姉の方の早見よりも寧ろ、俺に近いように思える。
俺は、人間関係の外側から、何か勘で気になったことを見つけ、それに執着する。
早見妹は、人間関係の内側から、関係性を駆使して何かを見つけ、そこにアタックしにいくのだ。
外か内か、という違いだけが、差異なのだ。
……言うなれば。
俺と早見妹は、ともすれば似ている存在、ということなのだろうか。
流石に不愉快だろうから、言う気はないが。
それから彼女はスマートフォンを仕舞い、再びきゃるん、とした顔に戻る。
いい加減話題を変えよう、という意思を感じる顔だった。
「それよりそれより、私も気になることがあるんですけど、聞いていいですか?」
「……何だ?」
「結局のところ、葉さんってお姉ちゃんと、どういう関係なんですか?」
──またそれか……。
一言目でうんざりとし、俺は顔をしかめる。
これを聞かれるのは、初対面時以来です。
「前も言っただろう。ただの部活仲間だよ」
「えー……今一つ、納得できないんですけど」
途端に早見妹は眉を下げ、唇を小さく尖らせる。
ご不満らしい。
「……もしかして葉さん、もう既に彼女が居るから浮気できないとか、そう言う話だったりします?例えば、光さんともう付き合ってるとか」
「何故そうなる……居ないよ。日常探偵研究会は全員、そう言う感じじゃない」
変に誤解されても困るため、敢えて断言しておく。
──というか、早見はともかく、霧生はそう言うことにそもそも興味があるんだろうか……。
同時に、そんな思考が頭に浮かんだ。
何というか、ただの勘なのだが、早見の方は多分、一般女子生徒が普通に抱く程度には、そう言うことに興味があるとは思う。
例の性格も相まって、周囲に不和を生まないように取り計らうだろうから、中々素直にならなさそうだが。
そう言う意味では、早見が恋愛に熱心になる姿というのは、ちょっと想像しにくい。
しかし、霧生の方は、正直早見以上に想像できない。
中性的な雰囲気だとか、人との関わりが薄い姿だとかが、想像を困難にしている。
「えー、けど、中学生の私が言うのもなんですけど、高校生の男女が集まって──しかも内二人はかなりの美少女で──そう言うこと一切意識しないって、あります?」
「……いや、本当にそう言う雰囲気じゃないから」
手をひらひらとさせながら、断言した。
ここら辺をあまり深く考えるのも、二人に失礼な気がする、という意味を込めての言葉でもある。
「まあ、お前が期待するようなことは、多分ないぞ」
「えー、本当ですかー?」
不満げにブーブー言う早見妹を、俺は手で制する。
そんな、聞きようによっては「恋バナ」と呼ばれるかもしれない会話をこなしながら。
俺と早見妹は、目的の場所へと着実に向かっていった。
ちなみに、これとほぼ同時刻に。
もう一組、俺たちと同じ目的地に向かっている女子二人組が居たのだが。
流石の俺の勘も、その二人の存在を予知することは出来なかった。
俺と早見妹がその二人に出会うのは、もう何十分か後のことである。




