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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 10 探偵には見えない服事件

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早見百という少女 或いは衣装

 その後の話し合いで、出かける場所は県内にあるショッピングモールとなった。

 どうせ向かうのなら色々と遊びたい、という早見妹のリクエストによる。


 位置的には、それなりの遠出だ。

 バスに揺られて、四十分ほどかかるだろうか。


 で、早見家のすぐそばにあるバス停から、そこへ向かうバスに乗り込む(要するに俺は早見家前で合流する)ということになったのだが────。


「……何で俺のクローゼットって、黒と灰色のグラデーションになるんだろうな」


 かなり久しぶりにクローゼットの中身を見つめた俺は、そんなことをぼやいた。


 ────当たり前と言えば当たり前の話だが、出かける以上、私服を着なければならない。

 何を着ようかな、というところになって、俺はいきなり躓いたのだ。


 インドアの人間にとって、あるあるネタになるのだと思うが、そもそもにして俺はファッションに興味が無い。

 それはもう、自分でも本当に大丈夫か、と思うほど興味が無い。

 大して外で遊ぶことも、遠出することもないので、興味を持つ必要すらなかったのだ。


 そして、服に興味が無い人間が着る服と言うのは、概ね決まっている。

 すなわち、誰が見ても記憶に残らないような、無難な服。

 これに尽きる。


 しばしば、アニメや漫画の中に置いて服に興味が無い人が登場すると、「どんな服が良いか分からないので、私服が滅茶苦茶ダサい」というキャラ付けがされることがある。

 テンプレートな表現、と言ってもいいかもしれない。


 しかし、俺に言わせればアレは間違いだ。

 本当に服に興味が無い人は、そもそも自分の服装に興味を持たれること自体を嫌う。

 よって、尖ったところが一切ないような、ごく常識的な恰好に収まる。


 俺の所有する服が黒と灰色のグラデーションになるのも、それが理由だ。

 変な模様も無く、周囲の目を引くような特徴も無い服を選んでいくと、大体そんな感じに落ち着くのである。


「ただ、流石にこう言う時は地味すぎるか……」


 うーん、と唸り、俺は腕を組んだ。

 何しろ、昼飯を食べるだけとはいえ、今日出かけるにあたって俺と一緒にいるのは、早見妹である。

 普段霧生やら姉の方の早見やら、顔面偏差値の異常に高い人間に囲まれているので感覚が鈍るが、本来彼女は、歩いているだけで周囲の注目を引くような少女だ。


 そして早見妹の私服は、以前会った時に見ているが、そのどれもが結構小洒落ていた記憶がある。

 多分、それなりに衣服に拘るタイプだろう。


 要するに、彼女の近くに居る俺の服装があまりにもアレだと、嫌なコントラストが効いて、悪目立ちしそうな気がする、ということだ。

 まあ、ただの勘なのだが。


「こういうところ、早見は楽だったな……」


 代り映えしない服の中から、多少はマシなものを選びつつ──選ぶような量も無いが──俺は姉の方の早見を思い出した。


 以前猫タワーを運ぶということで早見宅にまで行った時、当然ながら、俺は私服を着ていた。

 しかしあの時は、早見から「体力を使うから、シンプルな服装にしましょう。汗をかくかもしれないから」という節の連絡が来ていた。

 故に、服に気を遣うことはそこまで無かったのである。


 ──あの時も思っていたが、あれは早見の気遣いだよな……。俺が、服に凝るはずがない、と分かっていたか。


 苦労かけるなあ、とよく分からない感情を抱く。

 そこまで気遣う早見が凄いのか、そこまで配慮されないと遠出に着ていく服も持っていない俺が情けないのか。

 どちらなのだろうか。


「……まあ、あの時よりさらに暑いし、夏だし、汗もかくから、簡単な服でもそこまでおかしくないだろ、うん」


 そう言いながら、せいぜい選んだマシな服装を着て、らしくもなく鏡の前に立ってみる。

 最初に目に入ったのは、灰色と黒だった。

 俺の持つ服がこの色のそれしかない以上、当然のことだが。


 ──何か、お年寄りの普段着みたいだな……。


 悪口ではないのだが、率直な感想としてそんなものが浮かぶ。

 何故か知らないが、「アンチエイジング」という概念が脳をよぎった。


「……これしかないし、仕方ないか」


 最後にそう言って、俺は鞄を手に取った。




 以上は、まあ、恐らくは男子高校生がしばしば経験する、些細な悩み事の一つである。

 俺個人の悩みというより、全国のインドア派の人間に共通しやすい悩み、というか。


 嘘ではない。

 街角でよく見かける、無難だけど多少は努力した痕跡のある服装に身を包んだ男性たちは、こういった経緯を経て、それを着ているはずなのだ。

 まあ、ただの勘なのだが。


 しかし、こういった努力というのは、他人に見られるか指摘されるかすると、これ以上ない程恥ずかしいもので────。




「無難な感じですね、葉さん」




 ────同時に、早見妹は、普段はかなり気遣いが出来る癖に、いざと言う時はそこを突いてくる奴だった。




「……分かるか?」

「はい。ある意味では、『らしい』です」


 うんうん、と頷きながら、早見妹はこの上ない程残酷なことを言う。

 約束の時間の少し前、早見姉妹の住むマンション前のバス停でのことだった。

 バスの来る時間に余裕を持って合流した俺に対して、最初に放たれた一言が、これだったのである。


 密かに傷つきながら、俺は問いを重ねた。

 というのも、黙ったままだと、傷口がさらに広くなりそうな気がしたのだ。


「俺が、服とかあまり興味が無いって言うことは、その様子だと分かっていたか?」

「まあ、一目見て」


 あっさりと頷き、俺はもう一段階傷つく。

 そんなに、俺はセンスの無いオーラを漂わせていたのだろうか。


 別にセンスがある人間だと思われたいわけではないし、服に興味が無い以上基本的にはどうでもいい話でもあるのだが、それはそれとしてこう断言されるとくるものがあった。

 以前会った時の服装は、そこまでアレだったのだろうか。


「いや、滅茶苦茶やばいってわけでは無いですけどね。何というか、お姉ちゃんに会いに来た時の服で、あーってなりました」


 これまた残酷なことを、早見妹はさらりと言う。

 俺は何と答えて良いか分からず、微妙な表情を作るにとどまった。

 バスが来るまで、まだそれなりに時間がある。

 この話題、まだ続くと見た。


「私の偏見と私見ですけど……お姉ちゃん、やっぱり美人だから、お姉ちゃんの周囲の人も、自然と負けないように服に凝ることってあるんですよ。仮にシンプルな服を着ていても、どっかを凝るというか」

「……それが無い、ただシンプルな服だった時点で、俺はよほど服に興味が無いと分かったってことか?」

「もしくは、お姉ちゃんに好かれたくないか、ですけど……」


 そう言うわけではないんでしょう、と問いかける目で、早見妹がこちらの顔を覗き込む。

 まあ、確かに早見に嫌われたいわけでは無かったので、俺は頷いておいた。


 ここで頷いたのは、今の考えが────要するに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という視点が、如何にも彼女らしくて、面白かったというのもある。

 人気者の視点、とでも言うのだろうか。

 もしかするとあの時の早見も、ほぼ同じことを考えていたのかもしれない。




 ──しかし、その視点で気が付いたことを、こうやってズバズバと言ってくるのが、姉の方の早見と違う点だな……。


 つい、早見妹を凝視しつつ、そんなことを考える。

 彼女を放っておく形になるが、少しの間、俺は思索にふけった。


 これは、ただの勘なのだが────多分、ここに居たのが姉の方の早見だった場合、俺がよほどダサい恰好をしていたとしても、何も言わなかっただろう。

 そしておそらく、二度とファッション関係の話題を振らないようになったはずだ。

 何なら、部室でもファッション関係の話題が発生しないよう、注意し始めるかもしれない。


 まあ、そこまで行くとやりすぎで、早見自身気にしていことだが────早見妹は、姉ほどそう言ったことに気を遣っていないように思える。

 ある意味、健康的なのだろうか。


 尤も、先述したメッセージを送るタイミングもそうだが、気遣いをしない、という訳ではない。

 ただ、知り合いと面と向かって話すような場面では、敢えてそうしているように、グイグイとくることが多いのだ。


 ──そう言えば、最初に出会った時もそうだったな。……彼氏だのなんだの言ってきて。


 最早懐かしく感じる思い出を、俺はうっすらと思い出す。

 あの時も、初対面の俺に対して、早見妹は延々話しかけてきた。


 ──あの子、なまじ顔が広い分、他の人に頼るのが上手くて……その分、甘えたがることがあるから。


 いつかの早見の言葉が、脳裏に蘇った。

 この理屈で言えば、「姉の彼氏候補」と誤解された時点で、俺は彼女の甘える対象に入っている、ということか。

 今の「無難」発言も、そこから来ているのだろう、多分。




「……どうしました、葉さん?おーい」


 黙って考えていた俺の顔の前で、早見妹が手を振る。

 それに対して反応しようとすると、道路の向こうから、久しぶりに聞くエンジン音が響いてきた。


「あっ、来ましたね!行きましょう、葉さん!」


 お礼やら謝罪やらの初心は既に忘れ去ったのか、完全に楽しむ口調で早見妹がバスの方を向く。

 そしていつかのように、突然俺の右手を彼女の左手が掴んだ。


 おい、と思った時にはもう、遅かった。

 彼女に引きずられるようにして、俺は乗車口に走り出す。


 ──これも「甘え」か?


 ふと、思う。

 役得と思えるほど、図太くは無かった。

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