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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 2 宿泊できない密室事件

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提議 或いは確認

 言われてみれば、確かにおかしい。

 彼女が倉庫に閉じ込められた時刻は、話によれば午後七時ごろ。

 一方、外に出た時刻は、俺が目撃した時よりも少し前の時刻────午前七時半と言ったところか。

 要するに、十二時間以上もの間、彼女は倉庫の中で過ごしていたのだ。


 ならば、トイレに行っていない、というのは少し変だ。

 普通、するだろう。

 まあ、個人差があるかもしれないが、それでも半日持つ、というのは考えにくい。


 俺が違和感を感じていたのは、きっとこの辺りだったのだ。

 トイレのことを考えれば、あの光景────ようやく外に出られた相模朋美が、友人と抱き合っている、という光景は、確かに違和感を抱かせるに足るものである。


 だって、そうだろう。

 仮に、彼女が気合で半日以上トイレを我慢していたのであれば、朝、解放された時点でトイレに直行するはずだ。

 あのように、友人と抱き合うような余裕はないだろう。


 もしかすると、トイレに行った上で、もう一度倉庫に帰ってきて、そこで抱き合ったのかもしれないが、それは考えにくい気がする。

 わざわざ倉庫にまで帰ってくる、というのも変な話だ。


 或いは、少し汚い話になるが、我慢できずに倉庫の端などで事を済ましたのだろうか。

 しかしそれも、少々考えにくい気がする。


 あの倉庫は、今朝の時点では異臭の類はしていなかったし、もしそんなことがあったのなら、彼女たちは抱き合う暇も無く掃除に追われるだろう。

 ただの勘だが、あれはそういった雰囲気ではないように思えた。


 勿論、何らかの方法で上手く済ませたのかもしれない。

 もしくは、人間も案外、本気を出せば半日くらいは耐えられるのかもしれない。

 だが、それでも、不思議な話であることには変わりがない。


 重大事件ではなく、犯罪でもなく。

 しかし、少しだけ不思議な話。

 「日常の謎」だ。


「……確かに、そうだな。どういうことだろう?どうやって、彼女は……」

「それも、密室の中で、という条件が付く」

「密室?」


 思わず聞き返して、しかし聞き返した時にはその意味が分かった。

 そう、密室。

 昨晩の体育倉庫は、相模朋美にとって密室だった。


 鍵は外からかけられていて、内側から開けることはできない。

 話によれば、他に外界と通じている部分は窓だけで、そこから出ることもできない。

 倉庫というのは、簡素な構造をしているために、一度閉じ込められると出にくいのだ。


 彼女は、壁や扉を破壊でもしない限り、外には出られなかった。

 勿論、女子高校生である彼女には、実質的に不可能だっただろう。

 正に、密室である。


 尤も、この話が所謂密室殺人と違うのは、密室の中に居た相模朋美は普通に生きており、彼女が困っているのはトイレをどう済ますのかのみ、ということだが。

 シュールと言えばシュールな話である。


 そこまで考えて、俺は霧生を見つめなおした。

 もしかすると、霧生はもうすでに答えを知っているのではないか、という期待も込めて。


「なあ、霧生はどう思うんだ?」

「まあ、色々と妄想することはできるけど……」


 そこで、霧生は歯切れの悪い様子を見せた。

 何となく意外な心持ちで、俺は彼女を見る。


 その顔は、少しだけ苦しんでいるように見えた。

 それも、前回の推理後のように、恥ずかしがっている、という訳ではない。

 ただ単に、何かが分かりそうで分からないから、気持ち悪い、と言った顔。

 平たく言えば、先ほどまで俺が浮かべていた顔である。


 ここからわかることは二つ。

 一つは、霧生もおかしな点を見つけることはできても、まだ完全な推理まではできていないこと。

 そしてもう一つが、霧生もまた、この話に興味を持った、ということである。




「……相川君」

「何だ?」


 少しだけ、雰囲気を取り戻した霧生から、硬い声が投げかけられる。

 いや、正確に言おう。

 彼女の様子は、以前のそれとも、少し違う。


 何故か────彼女の周囲には、ぴりつくような、硬い空気が蔓延していた。

 俗な表現をすれば、マジっぽい雰囲気である。

 その空気の中、彼女は硬い口調のまま、喉を震わせた。


「この話、君は興味あるかい?」

「まあ、そうだな」

「……何故?」


 突然、真剣味のある話題になり、俺は少し混乱する。

 しかし、ある種の反射で答えを口にした。


「やっぱり、どんなことであっても、違和感を抱えたまま終わるのは、気持ち悪いと思う」


 それを聞いた瞬間、霧生は何故か目を瞬かせる。

 まるで、眩しいものでも見ているかのように。




 霧生が、俺の返事にどう思ったのかは知らない。

 だが、これが俺の本心であることは確かだった。


 別段、相模朋美がどうトイレを済ませようが、俺には何の関係もないし、それが解かれなかったら誰かが困る、という訳でもない。

 というより、霧生の言うようにデリケートな話題ではあるのだから、彼女のプライバシーのことも考えれば、常識的には調べない方が良いだろう。


 しかし、知りたかったのだ。

 純粋なる自己満足のために。

 どんなことであっても、分からないまま終わる、というのは何となく気持ち悪い。

 なまじ勘が良いがために、その思いは強かった。



 そんな思いを込めた、俺の返事。

 それを、霧生は少しの時間をかけて咀嚼したようだった。

 やがて────彼女はまるで諦めたかのように視線を横に向けた。


「……真相を知るために、知りたいことがある。出来れば、体育倉庫まで調べてきてくれないだろうか」


 そう言って、彼女は何時かのように指を立てた。








「開いてるな」


 時間は十分ほど飛んで。件の体育倉庫前。

 第二図書室から歩いてきた俺は、その場所に辿り着いていた。

 隣の体育館からは、威勢のいいバレー部の声が聞こえてくる。


 見かけ上閉まっている扉に、そっと手をかける。

 そのまま少しだけ力を籠めると、スッ、と抵抗なく開いた。


 どうやら、部活が始まってからは、倉庫の鍵は開けっ放しになっているらしい。

 相模朋美の話も合わせれば、三奈、という鍵を扱う生徒は、朝練か、放課後の部活を開始するときのみ鍵を開け、部活が終わった時にのみ鍵をかけるようだ。

 練習中に道具を取りに行きたくなるたびに鍵を開閉していては手間だから、妥当な話ではある。


 要するに、放課後である現在は、部外者であろうが普通に倉庫内に入ることが出来る、ということだ。

 一応体育で使う体操服も着てきたので、疑われることも無いだろう。

 これは、俺にとって幸運だった。


「脱出の手段と、無いとは思うけど、トイレの始末をしたような跡はないか、だったな……」


 そう呟きながら、俺は倉庫に中に入った。






 十分前、霧生は謎解きに必要な二つの条件を出した。

 曰く、この二つが分からない限り、妄想やこじつけすらできないらしい。

 だからこそ、調べてほしい、ということだった。


 霧生の口調を借りると、こうなる。


「君の話にある通り、彼女が排泄行為をしていない、というのは少々おかしい。何とか我慢をしていた可能性自体はあるが、君が倉庫前で救出された彼女を見た時には、そんな様子は見せなかったのだろう?だったら、何らかの方法でトイレは済ませた、ということだ」


「ならば、方法は二つ。周囲にバレないように倉庫内で密かに済ませたか、何らかの方法でトイレの時のみ倉庫から脱出して、トイレに向かったか」


「正直、僕は前者の可能性は低いと思っている。あの倉庫、そこまで広くないからね。もしそんな方法を取ったのなら、朝練の生徒たちが助けに来た時点でバレているだろう。そうならなかったということは、多分倉庫の様子は大して変わっていなかったんだろう」


「一方、後者の可能性も低い。何らかの方法で倉庫から出られて、それによってトイレを済ませたのであれば、普通はそのまま家に帰るだろうからね。彼女は何でわざわざ倉庫の中に戻ったんだ、という話になる」


「ただ、証拠が無いうちはこの二つの可能性も消し去れない。だから、君はその倉庫の中を漁って、この二つの可能性を潰してほしい。まあ、別解潰しだね」


「ああ、ただ、人には出来るだけ見られないようにしておいた方が良いよ。傍から見れば、倉庫を漁る君の姿は、他人のトイレの痕跡を努力して見つけようとしているド変態のそれだからね。教師にでも見つかったら逃げるように」




 ──言われなくても、気を付けるよ……。


 心の中で密かに毒づく。

 いつの間にか捜索役は俺がなったが、今振り返ってみれば危険な役目──主に俺の学校内の体面で──を押し付けられたような気もする。


 ただ、これは前回の早見唯の時とはまた違う、本人にこの件について聞けない理由にもなっていた。

 以前も考えたことだが、「日常の謎」というのは、推理までしなくとも、本人に聞けばそれで済むようなことが多い。

 しかし、色々な理由で本人には聞けないから、推理に必要性が生まれるのだ。


 前回は、俺と早見唯は殆ど面識がないため、さすがに聞けなかった。

 そして今回は、霧生の言う通り「デリケート」な話題であるため、もっと聞けない。

 俺が今バレー部を訪ねて、相模朋美に「君は昨晩どうやってトイレをしたんだい?」、と問いかけたなら、俺はまだ入学して一週間しか経っていないにも関わらず、未来を絶たれるだろう。


 勘を使わずとも明らかである。

 尤も、本人に聞けない代わりに、倉庫を捜索するのだから、変態度は上がっている気もするが。




 ──まあ、何にせよさっさと済ませるか……。


 そう考え、一先ず俺は、倉庫の中を観察した。

 と言っても、実際のところこの倉庫には見渡すほどの物は無い。

 今は部活中で、殆どの道具が出払っているため、なおのことそう感じられた。


 眼前に広がるのは、がらんとして暗い、直方体の空間。

 明かりは付けていないが、天井を見る限り小さな電球一つしか設置されていないから、仮に点灯したところで暗いままだろう。


 そしてその下にある物でまず目に入るのは、相模朋美の話にあった棚と、体操部が使うマットである。


 彼女が髪を絡ませたという棚は、倉庫の入口から見て右手の壁に並んでいた。

 本棚から転用したような古い棚が隙間なく配置されており、それぞれにネットやラケットが置かれている。


 ふと気になって、その棚の一つを手に取って、揺すってみる。

 古さ故か、ギシギシと音を立てたが、棚の位置は一切変わらなかった。

 なるほど、彼女の話通り、棚は壁に固定されているようである。


 それを確認してから、俺は部屋の右隅に視線をやった。

 元々暗い上に、明かりが届きにくいことも相まって、昼だというのに隅の方は見づらかった。

 端っこの方にまで棚があるのも、それに拍車をかけている。


 もし、部活が終わる夕方、もっとこの倉庫が物で溢れたなら、あのあたりは全く見えなくなるだろう。

 三奈という生徒が相模朋美の存在を見逃したのも、分かる気がした。


 そこまで考えて、俺はマットの方に視線をずらした。

 彼女がベッド代わりにした、という巨大マットである。

 正確には、マットというよりはクッションと呼んだ方が良いかもしれない。

 ハードルの選手などの体を受け止める、あれだ。


 今日は体操部の活動が無いのか、そのマットは置きっぱなしになっていた。

 ただし、棚がある方の壁際ではなく、その反対側の壁────入り口から見て左側の壁に接するようにして置かれていた。

 それも、壁に立てかけるのではなく、床に寝そべる形にしているため──それこそキングサイズのベッドの様だった──異様に面積を取っている。


 カツカツと歩み寄って、一辺二メートル以上はある巨大な正方形をしたそれに触ってみれば、ふにょん、と柔らかな感触が掌に広がる。

 競技に使うだけあって、衝撃吸収材としては申し分ないようだった。

 確かに、布団代わりにならなくもない。


 その周囲に転がるのは、マット運動に使う、もっと薄い体操マット。

 状況からすると、これらが掛け布団となったのだろうか。


 そこまで見てから、俺はマットが接する壁を見る。

 こちらは、特に棚の類は置かれていない。


 さらに、もう一つだけ違う点がある。

 相模朋美の話に合った通り、窓が存在するのだ。


 ──意外に大きいな……。


 窓を見つめて、俺は意外の念にとられる。

 印象としては、明り取り程度にしか使われない、小さな窓を想像していたのだが、どういう訳かその窓は大きかった。

 大きいと言っても、一辺が一・五メートルの正方形、と言ったところだ

 だが、これなら人間一人くらいは潜り抜けられる。


 換気も兼ねてか、その窓は解放されていた。

 どうも、常時解放されているようにも見える。


 ──これ、頑張れば脱出出来るか……?


 霧生の指令をこなすためにも、脱出可能な方法は模索しておく必要がある。

 そう思って、俺はマットを踏んで壁の方にまで歩み寄る。

 そして、ぎりぎりまで顔を壁に近づけ、手をグッと伸ばした。


「届、かない、か……?」


 無意味に天井が高いためか、つま先立ちをしても、俺の手が窓の縁に触れる気配は無かった。

 俺の身長は百七十センチ前後。その状態で手を伸ばし、つま先立ちをしても届かないのだから、この窓は高さ二メートル以上のところにあるのだろう。

 だが、ジャンプをすれば────。


「……ハッ!」


 前述したように、他人に見つかると外聞が悪いため、出来るだけ声は抑えて。

 しかし、全力で俺は飛び上がった。

 すると、一瞬だけ指の先が窓の縁に触れる。

 いや、触れるというよりも、掠った、と言った方が正しいか。


 それから、俺は何度かそんなことを繰り返した。

 マットをどけ、準備運動までして、ジャンプで何とか窓まで辿り着けないのか試してみたのだ。


 だが、結果から言えば、俺は一度も窓の縁を掴めなかった。

 後五センチ、身長が高ければ可能だったかもしれないが、少なくとも俺には不可能だった。


 何度目かの挑戦の後、いい加減足と腕が疲れた俺は、フラフラとマットに倒れこむ。

 そして、ゼイゼイと息を吐きながら呟いた。


「これ、無理、だな……」


 ジャンプというのは地味に体力を使う。

 俺のように運動部でもない人間には猶更だ。

 少なくとも、俺にはこの窓を伝って出るのは不可能だ。

 恐らくあの窓の開閉自体は、棒か何かを使って行うのだろう。


 そして、俺に出来ないということは、相模朋美にとってもこの窓から外に出るのは不可能だっただろう。

 恐らく運動部の彼女は、俺より身体能力は優れているかもしれないが、どうしても女子生徒である彼女には身長、という壁がある。


 食堂で見た彼女は、確か早見唯と同じ程度の身長だった。

 そしてその早見唯は、俺の肩程度の身長────百五十センチくらいである。

 これは一週間前、コンビニで話しかけられた時の記憶であるため、間違いない。

 つまり、相模朋美も、身長は百五十センチくらいだろう。


 その彼女が、あの窓から外に出るのは難しい。

 足場でもあれば話は別だが、見たところ、彼女の話は正しく、足場になりそうな物は無かった。

 棚は固定されているし、それ以外は碌なものが無い。

 マットを積み重ねることは出来るが、焼け石に水だろう。


「……これで外から鍵をかけられたら、確かに出られないな」


 霧生の言葉をもう一度確認する。


 そうだ、間違いない。

 確かにここは、密室だった。

 外側から見て、というよりも、内側から見て、の話だが。

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