解剖 或いは視点変更
「父親、か……そうか、そこか」
「ああ、彼は君の話の所々に登場している割に、あまり本筋の推理には関係なかった……だからこそ、不思議に思った。何故、君はわざわざ時間を割いてまで、父親の立ち振る舞いについて語っていたのかな?」
淡々と、いっそ冷酷にも聞こえる態度で霧生が推理を語る。
その様は、あまり感情を見せないようでいて、逆にこちらへの気遣いが見えるようでもあった。
「今回の件に置いて、君の父親は要所要所で大きな役目をはたしている。例えば、橋の傍に置いてあった朝顔を最初に見つけたのは彼だし、朝顔置き場にいた人影について、不審者が前もって居たのではないか、と推察したのも彼だ」
「……だったら、良いんじゃないか?俺が、推理かミスリードの役に立つから、父親についても詳しく語った、ということで」
「一度はそう思った。ただ同時に、気になる点でもあった。それなりに洗練された君の話の中で、唯一ノイズになっている点でもあったから」
霧生が俺の逃げ道を、一瞬で断ち切る。
切れ味が凄まじい。
「ノイズ、というのは?」
「……ノイズとまで言うと、少し言い過ぎかもしれないね。ただまあ、何というか、君の話の他の部分と違って、説明不足な部分、ということだ」
もう一度、霧生が俺の横顔を見つめる。
そして、こちらの反応も顧みずに、次々と言葉を並べた。
「僕の知る限り、君は決して話の下手な人ではない。実際、メインとなる朝顔の謎に関する部分は、推理をするための全ての材料が、ちゃんと提示されていたからね。今回は僕が謎を解いたが、時間をかければ、早見さんだって解けただろう」
「つまり、話の中の大体の要素については、綺麗に推理が出来るようになっていた、ということだ。だが、君の父親に関する部分では、話が変わってくる」
「例えば、君の父親が校庭での聞き込みの後、突然家に帰ろう、と言い出した場面があったね?そのおかげで朝顔が見つかったわけだが、振り返れば、何故君の父親が突然帰ろうと言い出したのか、理由が説明されていない」
「尤も、君自身も理由を覚えていない、と言っていたけどね……ただ、これを元に、君の話に出てくる、君の父親の言動に注目してみると、面白いことがわかる」
「というのも、君が、父親の一挙手一挙動について、『何故か』とか、『理由は分からないけれど』と表している場面がとても多いことがわかるからだ」
そこまで一気に喋ってから、霧生は一度、唾を飲み込む間を挟んだ。
それから、俺の顔を覗き込むようにして話しかけてくる。
「確か、話の最初の最初、月宮さんのところに話を聞きに行くために、車を出してもらうだけのことでも、『何故か』車を出してくれた、と表現していたね?」
「……それに関しては、理由を説明したぞ。俺自身が、病み上がりだったからかもしれない、と」
「そう、その通り。君はちゃんと理由を推察している……だけど、だったら、何故最初からそう言わなかったんだい?」
もう一つ。
霧生が俺の中に踏み入る。
「さっきも言ったが、君が編集した話なんだから、普通に『病み上がりだったから車を出してもらった』と言えばいいじゃないか。わざわざ理由が分からない、などと言わなくても、それだけでも十分に説明としては足りている」
「……」
「もっと言えば、別に月宮さんの家に、車で行こうが歩きで行こうが、朝顔の一件の謎解きには一切関係がない……要するに、推理としては不必要な要素だ。この、車を父親に出してもらって云々、という話自体、僕たちに話さなくても話が通じる、と言っても良い」
「……」
「朝顔を見つけた流れだって、帰り道で偶然見つけた、と説明すれば良いんだからね。父親の存在をカットしても、この話は本来、成立するはずなんだ」
「つまり、俺の話が下手だ、と言いたいのか?」
思わず、口を挟んだ。
だが、何の動揺も示さず、霧生はまさか、と小さく笑う。
「さっきも言っただろう?君の話は下手ではない。他の部分は、謎解きに必要な要素を、上手く提示しているんだからね。もし話が下手な人だったら、そこの部分も、まともに推理が出来ないくらい、話が下手になっているよ」
褒めているのか貶しているのか、よく分からない口調で霧生は語る。
「そして逆に言えば、そんな君がわざわざ語った以上、これは何らかの推理に必要な要素、ということだ。君の父親が当時の君から見て突飛な行動を取ったことも、君がその理由を理解できなかったこともね。それを覚えているからこそ、君は話の中で父親について詳しく語ったんだ」
「……こじつけが過ぎないか?」
「勿論、こじつけだよ。だってこれは、『日常の謎』だからね。推理をするときに証拠なんて碌にないのは、いつものことじゃないか」
そう言って、霧生はいっそ開き直ったかのような顔をした。
ここまで言い切られると、いっそ清々しい。
「そして、君の父親の行動に、推理可能な何らかの意味がある──少なくとも君は、そう思っている──とすると、もう一つ、面白いことに気が付く」
「……何だ?」
「明らかに、話の中で、君の父親は朝顔の所在地について気が付いている、ということだよ」
それが、霧生が最後に俺の中に入り込んだ瞬間だった。
意図せず、今度は俺の方が霧生の顔を見る。
そこでは、一切の笑いを浮かべる事なく、こちらを見つめる彼女の姿があった。
殆ど至近距離で見つめ合うようなその形のまま、彼女の口が、また、開く。
「部室でした推理の中でも触れたが、朝顔の一件は本来、とても簡単な話だ」
「何度も言うが、所詮はお遣いを頼まれた子が、途中で面倒くさくなって荷物を捨てていった、というだけの話だからね。嘘の証言のせいで攪乱されたが、小学生だった当時の君も、考え続けることで真相に辿り着いている」
「そして、こんなに簡単な話であるのならば、全ての証言を横で聞いていた君の父親も、謎が解けてもおかしくはない。話によれば、君の父親は中々勘が鋭い人らしいしね」
「恐らく、何となくこうだろう、といったレベルで言えば、真相を察したのは君が聞き込みに行く前日、最初に月宮さんの家に電話をした段階だろう」
「確か君の両親は最初、明日になったら朝顔は来るかもしれない、と言っていたのだろう?だが、恐らく電話を境にして行動が変わっている。ここで気が付いた、と見て良いだろう」
「実際、その時点では、頼んでいた朝顔が届いていない、というだけの話だからね。ああ、頼まれていた子がサボったのだろうか、というくらいの予測は出来るだろう。親というのは、意外と子どもの言動を見ているからね」
「しかも、実際に電話をして返ってきた話が、何者かが朝顔を持ち去ったとかいう話だ。これも、君の父親からすると、あまり信が置けなかったのだろう。得意の勘で嘘を見抜いたのかどうかは知らないけど」
「まあそもそも、朝顔だけ盗みに入る不審者なんて、そうそう居ないよ。いまさら言うのもアレだけど、いくら何でも、突飛が過ぎる。それよりも、月宮さんが嘘をついている可能性の方が高い、と踏んだんだろう」
「ここまでわかっていたからこそ、君の父親は翌日、話を聞きに行くときに車を出し、君と一緒に、自分も話を聞いた。直に話を聞くことで、確証を得たかったのかな」
「そして、上手い具合に君と共に校庭での聞き込みを行い、丁度今日の僕たちと同様の順序で、全ての証言を隣で聞いた」
「つまり、十分に推理が可能となった、ということだ。そこで君の父親は、自分なりに推理を進め、どこかで月宮さんが朝顔を置いていって、それを誤魔化すために嘘をついているのだろう、と確信を得たのだろう」
「それを君に告げず、逆に不審者説に同調するようなことを言ったのは、君を傷つけないためかな。話によれば、君と月宮さんは、仲が良かったのだろう?」
「だから、真相をバラして──友達が朝顔を捨てた挙句、嘘をついて誤魔化しているぞ、と伝えてしまって──君たちの仲が悪くなるのを親として避けたかった、ということかな。月宮さんだって、そこまで悪意があったわけでは無かっただろうしね。そのまま友達として上手くやっていけるなら、そうしておいてほしかったのだろう」
「そして、推理が出来れば、次にやることが生まれる……勿論、朝顔を見つけることだ」
「これ自体は簡単だ。普通に考えれば、帰宅途中で置き去られたのだから、朝顔は月宮さんの通学路の途上にある。逆に言えば、小学校から自分たちの家の方向に帰っていけば、そのどこかに朝顔があるのは間違いない」
「故に、教師に話そう、と提案する君を押さえて──既に真相が分かっている分、大事にしたくなかったのだろうね──車で家に戻った。勿論、戻りながら道端を観察し、朝顔を探したのだろう。君も確か、車はゆっくり走っていた、と言っていたね?」
「実際、朝顔は無事に帰宅途中の、橋の傍で見つかった。そこで釣り人が居たせいで話はややこしくなったが、そこは適当に宥めて、君も家に帰した」
「……君の父親の視点で見れば、今回の一件はこのような話になる。要するに、全ての真相を悟りつつ、君の交友関係が崩れないよう、親として話を誤魔化してくれたわけだ」
「ただ────」
立て板に水の勢いで語っていた霧生が、不意に黙る。
相対的に、ひぐらしの声が強くなったような気がした。
夏であるがゆえに、まだ空も明るい、夕方六時ごろ。
カナカナカナ、という音に包まれて、俺と霧生は歩いていく。
────いつの間にか、帰路の内五分の一くらいは歩いてきていた。
だが対照的に、推理の方は終わろうとしていた。
思っていた以上に、霧生は、俺のことを分かっていたらしい。
だから、俺はその推理を、普段通りの心境で聞くことが出来た。
「ただ────君もやがて、父親が早い段階で真相に辿り着いたことに、気が付いたのだろう?そして、その出来事こそが、君の勘が鋭くなった理由、なのかい?……聞かせてほしいんだ、相川君」




