終着 或いは始動
「……ということは、この謎が発生したのは、つまり朝顔が二つある、なんて言う状況になったのは、月宮さんも意図していない偶然、ということ?彼女はただ、アリバイを作りたかっただけなのだから」
理解が追い付いたらしい早見が、そんな言葉を述べる。
すぐに、霧生が頷いた。
「そうだね。実際、仮に相川君がその老人に話を聞いていなければ、この謎自体が気づかれていなかっただろう」
──そう、ある意味、興味を持って話を聞きすぎたな。
霧生の言葉を受け止めると、そんな思考が浮かんでくる。
あの老人に話を聞いたからこそ、当時の俺が、月宮の話が嘘であることに気が付くことが出来たのは間違いない。
だが同時に、あの老人に話を聞かなければ、このような謎が生まれることも無かったのだ。
この辺り、皮肉というか、妙な因果関係を感じる。
「……あれ?ちょっと待って」
そこでふと、早見が声をあげる。
「不審者の存在は月宮さんがでっちあげた存在、と言っていたけれど……」
「どうしたんだい?」
「確か、相川君が聞いた話の中に、終業式より前の日から、朝顔を置いていた場所に誰か見たことがない人影を見た、という話があったわよね?」
そうだね、と霧生が相槌を打った。
「不審者の存在が嘘だとしたら、その、以前から目撃されていた人影というのは、結局何だったの?全く無関係の人?それとも、その証言も嘘だったの?」
──おお、見事に引っかかっている。
早見の話を聞きながら、俺は密かにそう思う。
自分から選んで敢えて語ったあの話が、上手い具合に早見の思考を攪乱していることに、驚いたのだ。
──まあ、この話、本来は大して関係はない話なんだけどな。この話まで語ったのは、ちょっと意地が悪かったか。
少しだけ、反省もしてみる。
ただ、本来あまり関係がない話であると同時に、当時の俺が確かに聞いた話でもあった。
かつての俺が、この証言のせいで不審者説を中々捨てられず、困り果てたのも、そうだ。
そう言う意味で、早見は確かに、当時の俺の思考をトレースしている。
──本筋とは関係が無いが……このまま解かれないのも可哀想か。
こう考えた俺は、チラリ、と霧生の方に視線をやる。
霧生は話の中で、ある質問をしていた。
育てていた朝顔の中に、芽が出なかったり、上手く育たたなかったりした物は無かったのか、と。
この疑問が出ていた以上、霧生は話の真相に気が付いているだろう。
果たして、俺が彼女を見ると同時に、霧生は解答を述べた。
「そこは、誤解しやすいところだね。尤もその子からしたら、本当に見た光景を話しただけなのだろうけど」
「見た光景を話しただけ……つまり、一応その人影を見たこと自体は、本当のことなのね?」
「だろうね。月宮さんはともかく、その子が嘘をつく理由はないのだから」
そう断ってから、霧生はもう一度指を立てた。
「少し遠い話から始めるのだけど、思い返して欲しい。話題に上がっている朝顔はそもそも、夏休みの宿題として、クラス全員で育てていた物だったよね?」
「そうだったわね」
「そして、この事情を考慮すれば、少し不思議な点がある……簡単な話ではあるんだけど、朝顔の成長を宿題とするならば、当然考えられる事態だ」
そう告げてから、霧生は俺の方に視線をやる。
少しだけ、その目には呆れの感情が含まれていた。
こんなミスリードまでは入れなくても良いだろう、という窘めだろうか。
まあ、ただの勘なのだが。
それに対して、悪い悪い、という意味で、俺は手刀を立てる。
すると、霧生は小さく息を吐いて、続きを言った。
「普通に考えて、この宿題には欠点がある」
「欠点?」
「そう……相手は植物なんだから、何個も育てていれば、その中には上手く育たない物や、そもそも種がダメで、発芽しないものもあるはずだ、という問題だよ。そう言った物を引き当ててしまった子は、どうやって宿題をするんだい?」
「……それは、そう言う観察日記にするのではないの?頑張って育てたけれど駄目でした、という風に……あ、だけれど」
俺の話を、思い出したのか、早見が口元を覆う。
そう、この話からすると、おかしな点があるのだ。
何しろ、俺たちが育てていた朝顔は、全て発芽し、正しく成長していたのだ。
小学生が育てているのだから、水が足りなかったり、環境が悪かったりする例も多数あったはずだというのに。
そして、それのおかしさに気が付いた瞬間、早見は答えに察しがついたようだった。
「もしかして、小学校の教師が、生徒たちの居ないところでも、朝顔の様子を適宜確認して、駄目だったものは取り換えていたの?そして、その子が見た人影というのは、朝顔の様子を見に来た教職員?」
「だろうね。そうじゃないと、そもそも育たない朝顔が何個か出てきたはずだ。……もしかすると、水を足したり、肥料を混ぜたりと、サポートも入れていたのかもしれない」
そうだっただろうな、と俺は思う。
朝顔は別に育てるのが滅茶苦茶面倒な花、という訳でもないが、それでも上手く育たないものが現れる可能性はある。
そしてそうなると、十分に宿題が出来ない子が現れてしまう。
恐らく、それを防ぐために、当時の教師たちは密かに朝顔の世話をしていたのだろう。
それも、あまり子どもたちに見せるものではないので──生徒には自分たちの力で朝顔を育ててみよう、と言っていたので、あまりあからさまに助力したくなかったのだろう──子どもたちが帰っている放課後にチェックしていたのだ。
俺が話を聞いた子が見たのは、まさにそのチェックをしていた光景だ。
流石に知っている教師であれば、見知らぬ人影とは言わないだろうから、偶々その子が知らない教師がチェック役だったのだろうか。
まだ、その子も小学二年生だ。
中学校のように教科ごとに教師が変わるわけでも無いし、自分の担任教師以外は全て顔をよく知らない教師、ということになるのもあり得る。
そして、その話を、月宮の嘘を聞いた後に知ってしまったために、ややこしくなったのだ。
俺は当然、月宮の不審者の件と話を結び付けてしまい、月宮の嘘に真実味を与えてしまった、ということだ。
────こうして、俺の語った謎は全て解かれた。
部室の中に、一瞬、弛緩した空気が流れる。
「……まあ、概ねこうやって、後から話を聞いた相川君からは不思議な話に見えた、ということだと思うよ」
最後に、霧生がそう言って話を締める。
同時に彼女は俺の方に顔を向け、どうかな、とでも言いたげな顔をした。
その返答として、俺はパチパチと拍手をした。
「改めて言うが、凄いな、霧生。全て正解だ。大分後になってからだが、その月宮自身に確かめたから間違いない」
「……その子に、直に聞きに行ったのかい?」
「ああ……ただ、俺の場合は、それこそ夏休み中かけて考えて、ようやくわかったんだけどな。月宮に話を聞いたのも、夏休みが終わってからだ」
苦笑いを浮かべ、俺は霧生の推理を称賛する。
常に考えて続けていたわけでは無いとは言え、それでも俺が一か月近く経ってようやく察することのできた真実は、霧生の手にかかると、分単位で解かれてしまう。
こうやって謎を提供する側になってみると、いっそ爽快な気分だった。
「だけど、相川君も、同じような推理をして、そこに辿り着いたのよね?」
確認するように、早見が問いかけてくる。
事実であったため、俺はあっさりと頷いた。
「まあ、そうだな。尤も、ここまで論理的なものじゃなくて、もっと勘に頼ったものだったが。……それで、俺も身に染みて分かったわけだよ、勘の重要性に」
手をひらひらとさせながら、俺はこの話の続きを語っていく。
いつの間にか、朝顔の所在に関する謎がメインになってしまった感があるが、これは元々、俺が何故、勘が鋭くなったか──少なくとも、その傾向が加速したか──という話だったのだ。
この部分に関しては、推理をさせることでもない。
俺が語った方が良いだろう。
「まあ、本人には大して悪気はなかっただろうが、それでも月宮が俺にとって迷惑になることをしていて、それを嘘をついてまで隠したことは事実だったからな。もし、俺の勘が鋭くなければ、俺はこの真相に辿り着くことも無かった。……ある意味、俺は勘のおかげで、よりたくさんのことを知る機会を得たんだ」
「だから……勘をもっと磨くことにした、ということ?自分にとって害になることや、その真相を、見極めるために?」
早見が、すぐに問い返してくる。
その表情は、今一つ腑に落ちない、というものだった。
だが、早見が納得できようができないが、これが真相だ。
だから、俺は「そうだよ」と肯定しようとして────。
そこに突然、部室のスピーカーから下校時刻を知らせるアナウンスが響いた。
──しかし、意外と長話をしていたんだな、俺たち。
駐輪場のところまで歩きながら、俺はぼんやりとそう思った。
何気に、ここまで下校時刻ギリギリまで学校に居るのは、久しぶりだ。
それこそ、初めてあの部屋に訪れた時以来だろうか。
早見の人物相関図の件の時も、追い立てられるようにして帰ったが、あの時は点検のせいで、早めに帰っていたから、例外だろう。
その分、アナウンスが聞こえた時には、全員が少し驚いてしまった。
そして、慌ただしく帰宅の準備をしたのである。
結局、夏休みに行うという合宿については、深く話せないまま終わってしまった。
また、どこかで予定を詰めなくてはならないだろう。
──そう言えば、あまり霧生や早見と一緒に帰ったことってないな……。
駐輪場に向かう道すがら、ふとそんなことを思う。
それこそ、この前ファミレスに行ったときぐらいだろうか。
そもそもにして、霧生と早見は徒歩通学であり、自転車通学である俺と一緒に帰るというのは、色々と手間、というのもあるが。
ファミレスに言った時だって、俺は後で自転車を取りに帰ったのである。
──それこそ、これからも一緒に帰る機会は特にないかもな……。
そう思いつつ、俺はようやっとたどり着いた駐輪場に足を踏み入れる。
相変わらず、仲がいいのかそうでもないのか、分かりにくい部活だ、などと思いながら。
そして、そんなことを考えていた最中だからこそ。
ここに────俺の自転車の荷台に、人影を見つけた瞬間は、非常に驚いた。
「……霧生……?」




