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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 5 三十年生きた猫事件

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発見 或いは計算

 いつの間にか辿り着いていた掛川先輩の家は、早見の知り合い、という点で何となく察していたが、中々に大きな家だった。

 勿論、先程のマンションほどの大きさではないが、一目で生活に余裕があることが理解できる洋風建築である。

 大きな門扉や、奥にある庭。

 さらにその隣に車庫まであって、何というか、「いかにも」だ。


 ふと周りを見渡せば、いつの間にか、大きな一軒家が並ぶような区画に入っていることがわかった。

 荷物のせいで周囲が見えにくかったのだが、どうやらこの市の中でも高級住宅街と言っても良い場所に来ていたらしい。

 あまりこの辺りには来ないため──俺の家からは、ここは高校を挟んで向かいにある──その光景は、酷く目新しい光景に映った。


「……相川君?」

「あっ、ごめん」


 早見の声をかけられ、俺はようやく自分を取り戻す。

 それを見て、早見がクスリと笑ったのが分かった。


「この辺り、大きな家多いからね。見たくなるのも分かるけれど……」

「いや、ごめん。インターホン、鳴らしてくれ」


 誤魔化すように笑みを浮かべ、早見に行動を急かす。

 すると、早見の方も一つ頷き、門の近くに設置されたインターホンにツカツカと近寄り、呼び出しをした。

 ピンポーン、とごく普通の音が響く。


 ──ああ、この音はこういった家でも共通なんだな。


 何となく安心して、俺は酷くどうでもいいことを考えた。

 一方、インターホンの奥では、しばらくの沈黙の後、女性の声が発せられた。


『はーい、唯ちゃん?』


 聞くだけでこちらの気が抜けてしまうような、ふわふわとした声だった。

 親しげな様子からすると、これが掛川先輩、だろうか。


「はい、早見です。猫を届けに来ました」


 隣で早見が、普段よりもはきはきとした感じで返答する。

 これは、早見の作っている「掛川先輩用のキャラ」なのだろうか。

 もしかすると、単なる余所行きかもしれないが。

 口を出すようなことでもないので、俺は反応せず、ただ段ボール箱を持ち直した。


『はいはーい、今、開けますねー。ありがとうー』


 語尾が間延びした、ぽわぽわとした声が響く。

 このやり取りだけでも、何となく察する物がある。

 ただの勘だが、掛川先輩とやらは、かなり天然が入っていると見た。

 しかし、さすがに鍵の開閉はちゃんとしてくれたようで、彼女の声と共に、門の方でガシャン、という音が響いた。


「じゃあ、入りましょうか」


 早見が振り返って、俺の声をかける。

 さらに、手元のキャリーバッグを少し持ち上げ、猫にも声をかけた。


「貴方も、ね。今日からはここが、新しい家なんだから」


 今度は、子猫は鳴かなかった。






 結論から言えば、掛川先輩は、声の感じから受ける印象通りの容姿だった。

 極めて失礼な表現かもしれないが、事実なのだから仕方がない。


 軽くロールのかかった髪と、何もしていなくても笑っているように見える優しい顔。

 箸より重いものは持ったことがないんじゃないだろうか、とすら思う細い手足。

 彼女がフリフリのついたワンピースらしき服──正式名称が分からない──を着て微笑んでいる様は、漫画などに出てくる天然お嬢様そのものである。


 特に、キャリーバッグから出した子猫を、頬に押し当ててぐりぐりしている今などは、特に。

 アニメか何かから、そのまま飛び出たような光景だった。


「うわー、可愛いー……。可愛いー……」


 そう言いながら、掛川先輩は子猫の頬と自分の頬を合わせ、すりすりと動かす。

 つられたように、猫の方がニャ、と声を漏らすと、その笑みはより濃くなった。


「……猫、お好きなんですね」


 何となく、俺は声を出す。


 ちなみに、掛川先輩の隣で、俺は運んできた猫タワーの組み立て中である。

 玄関から上がらせてもらい、猫を早見が見せた瞬間、掛川先輩の方がああなってしまったため、手持ち無沙汰な俺が暇つぶしがてらやっているのだ。


 ちなみに早見は、さながらこの家のホストよろしく、お茶を淹れる準備をしに、キッチンの方へ向かってしまった。

 俺がリビングで猫タワーを作る、と言った瞬間、止める間もなくそちらに向かったのだ。


 足取りに全く迷いがなかったところから見ると、何度もこうしたことを早見はしているのだろう。

 少なくとも、キッチンとお茶の位置を把握できる程度には、彼女たちは親しいのだ。


「うんー。昔から、私の家では猫を飼っていてねー。それで、家族みんな猫が好きなのー。お父さんとお母さんも、お見合いで結婚したんだけどー。お見合いが盛り上がったのは猫について話した時だったらしいしー」


 依然としてほわほわとした話し方で、掛川先輩が答える。

 無論、その間も猫にすりすりするのは止めない。

 傍目には猫がかわいそうにすら見えるが、猫が逃げる様子を見せないのは、飼い主歴が長い故の技だろうか。


「……そんなに可愛いものですか、猫」


 掛川先輩の様子があまりにも尋常ではなかったので、俺は組み立てをしながら、つい声を出す。

 すると、掛川先輩が糸のように細められた目をこちらに向けた。


「可愛いよー。うちでもずっと飼ってた子がいたんだけどねー。日向ぼっこしているだけでも、愛らしかったんだからー」

「へえ……」


 ──じゃあ、そのずっと飼ってた子とやらは……。


 言い方で何となく察し、俺は口をつぐむ。

 この子猫の引き取り手になったこと、そしてこの家に来て以来他の猫の姿を見ないことから、推測は出来る。


 恐らく、最近になってその猫は死んだのだろう。

 だからこそ、この猫を引き取ってくれるのだ。


 それともう一つ、推測もできる。


 確か、以前読んだ本によれば、猫の寿命は十年から十五年程度だったはずだ。

 最近はもっと生きる猫もいるらしいが、恐らくその猫は、掛川先輩の人生でずっと一緒にいた、というレベルの長い付き合いだったのだろう。

 先輩が高校二年か三年かは知らないが、猫の寿命から言ってそういう計算になる。


 俺は動物を飼ったことは無いが、ペットの死を軽々しく話題に出すわけにはいかないことくらいは分かった。

 彼らにとっては、家族だったのだから。


 故に、俺はその場で口をつぐみ、組み立てに没頭する。

 いや、正確に言おう。

 没頭しようと、した。

 しかしその刹那、掛川先輩が、物凄いことを言った。


「前の猫はちょっと前に亡くなってねー……。まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だっていうから、寿命だったんだろうけどねー。やっぱり、悲しかったなあー……」


 ふんふん、と聞き流しそうになって────。

 その言葉から発生した違和感に、俺はぎょっと肩を揺らした。




 ──掛川先輩の母親が、中学生の時に買った猫……?


 何かおかしい、と俺の勘が言っていた。

 同時に、脳内でパチパチと、先代猫の亡くなった年齢を計算する。


 まず考えやすくするため、掛川先輩の母親が中学二年生の時に、産まれたばかりの猫を買ったとしよう。

 その場合、「ついこの間亡くなった」という猫の享年は、いくつになるか。


 仮に猫の寿命を二十年とすれば、掛川先輩の母親は、現在三十四歳ということになる。

 そうなると、話がおかしい。


 当たり前の話だが、彼女には掛川先輩という娘がいるのだ。

 この場合、掛川先輩の母親は、彼女を十六、七歳で産んだ、としなければ話が合わなくなる。


 全くあり得ない話、というわけではないだろうが、少し考えにくい。

 先程掛川先輩が述べた話によれば、彼女の両親はお見合いで結婚したらしい。

 十六、七で見合いし、あまつさえ出産するというのは、当時の価値観として、果たしてアリなのだろうか。


 では、猫の寿命の方がおかしいのだろうか。

 しかし、仮に掛川先輩の母親が二十歳で出産したと考えてみても──それだって結構早い気がするが──彼女の現在の年齢は三十七、八歳になる。

 こうなると、先代の猫の享年は自動的に、二十三年以上となる。


 あり得ないとまではいわないが、猫の中では、かなり長生きだ。

 種によってはギネスに乗るかもしれない。


 ──しかし、なんだか……。


 今一つ納得がいかず、俺は内心首をひねった。

 何しろ、今計算した値だって、かなり低く見積もった値なのだ。

 例えば、掛川先輩の母親が三十歳で出産し、そして彼女が十三歳の時に子猫を買ったとしたら、猫の享年は三十歳以上になるのは確実だ。


 もっと言えば、ペットショップで売られる猫というのは、何となくだが、ある程度成長した猫のイメージがある。

 もし掛川先輩の母親が多少成長した猫を買ったのであれば、勿論享年も上がるだろう。

 場合によっては、四十歳近くまで行くかもしれない。


 こうなるとさすがに、「そう言うこともあるか」では済ませにくい値だ。

 いや、もしかすると猫の中にはそのくらい生きる種もいるのかもしれないが、俺の勘はそうではない、と言っていた。


 ──何にせよ、掛川先輩の母親の年齢を基準とすれば、猫の死んだ年齢が、猫を基準とすれば、母親の年齢がおかしくなるな……。


 あまり真剣に考えることではないのかもしれないが、どうにも気になる。

 丁度、人物相関図の書かれた紙片を見つけた時や、体育倉庫から出てきた相模朋美が出てきた時に感じたのと、同じ感覚が俺の脳内を支配した。


 どういう理由で、何がどうおかしいかまでは、明言できない。

 しかし、何か変だということだけは分かる。


 まただ。

 また、遭遇した。

 ────「日常の謎」だ。

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