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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 1 何故か美少女が俺に話しかけてきたんだけど事件

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微小事件発生 或いは美少女の奇行

 話を戻そう。

 入学式が終わってすぐの時まで。


 その後のことを、語るとしよう。


 ここからの流れは、先程と同様に省略────とはいかない。

 というのも、普通とは違うことが起こったからだ。


 通常、入学式の後の行動と言えば、だいたい決まっているだろう。

 まず教室に帰り、担任の挨拶なり自己紹介なりを聞く。

 そこからは、生徒の自己紹介だ。


 全員の前でやることもあれば、近くの人間とやる場合もあるかもしれない。

 そして、いくつかの連絡事項を告げ、とりあえず一日目は解散、となる。


 勿論、高校というのも数多く存在するのだから、例外もあるだろうが、少なくとも俺はそうなると思っていた。

 いや、俺だけでなく、クラス全員がそういった流れになることを期待していただろう。


 そして、俺の所属する一年六組以外のクラスでは、その期待は応えられたようだ。

 後から聞いた話だが、他のクラスは、概ねそのような流れを経て、全員帰宅、という話運びになったらしい。

 しかし、うちのクラスでは────。


「えーしかるに、だ。元々桃の缶を使っていたバスケットボールに、ここで下に穴をあける、という発想が舞い降りたわけだ。ここから、ルールが微妙に変わっていき……」


 この一時間で一気に嫌いになった担任教師の声が、朗々と教室に響き渡る。

 彼の声は恐らく誰も本気で聞いていないにもかかわらず、恐ろしいほどの活力を内包していた。

 未だに元気、ということらしい。


 ──まさか、自分がバスケ部の顧問だからって、ここまで演説するとはな……。


 何となく、担任の顔を見た瞬間から嫌な予感はしていたが、的中した形になる。

 教室の隅、割り当てられた机の上で、俺はバレない程度にため息をついた。




 普通ではないこと、とは、これである。

 入学式から待っていた俺たち一年六組の生徒を待っていたのは、担任教師の自己紹介だった。

 三十代前半と思われる彼は、明朗快活に自己紹介し、さらに自分はバスケ部の顧問だ、と発言した。

 ここまでは良い。


 しかし、クラス内でバスケ部に入る予定の人間は手を挙げてほしい、と言い始めたあたりから、雲行きは怪しくなってきた。

 まだ入学したばかりで、気恥ずかしさがあったのか、あるいは単純にバスケに興味のある人間が少なかったのか、数人しか手を上げることはなかった。


 ちなみに、俺も手を挙げなかった。

 俺は昔から本が好きな、自他共に認めるインドア派である。


 まあそんなわけで、バスケ部の入部希望者は少なかった。

 学生としては普通の反応だと思うのだが、手を上げる生徒の少なさを見た途端、担任教師は立腹した。


 それだけならともかく、バスケットボールがいかに面白いスポーツであるのか、熱く語り始めたのである。

 現在、その演説はルールの起源にまで遡っている。

 正直、バスケ部に入ってもいいから早く帰りたいのだが、終わる気配はない。

 保護者達も式の終了と同時に帰ってしまったため、彼を止める要素はどこにも無かった。


「そして、現在まで続くスリーポイントの形が出来上がったわけだ。私のバスケ部でも、この手のシューターは必要だ。つい昨日の昼にも、入部希望の一年生に、春休み中だが特別に来てもらって、体験入部をした。生憎雨だったが結構な数が……」


 いい加減誰も聞いていないのだろうが、初日から担任のやることに口を挟むのも何となくやりにくいらしく、教室で動く生徒はいない。

 皆、死んだような目をして俯いているだけだ。

 その顔は、高校入学初日の学生の顔というより、病院の老人の顔である。


 チラリ、とそこで俺は外に視線を向ける。

 この場合の外とは、俺の席のすぐ左隣、校舎の廊下のことだ。


 そこでは、既に他クラスの生徒たちが帰宅の途についていた。

 皆、がやがやと話しながら歩いていて、結構楽しそうである。

 中には、うちのクラスの人間と一緒に帰る約束をしているのか、律儀に廊下で待っている生徒もいた。


 彼らが廊下にいるのと、教室内で誰も動いていないせいも相まって、今この教室の人口密度は中々に高い。

 そのせいか、いつのまにか教室全体がジメッとしていた。


 ──いや、それだけじゃないか……?


 ふと、水の跳ねるような音を聞いて、俺は顔を上げる。

 そして、俺から見て教室の真向かいにある窓に目を走らせ、外の天気を確認した。


 ──あ、雨だ。


 気が付けば、雨が降っていた。

 それも、小雨と言えるような段階ではなく、しっかりと雨音がしている。

 今朝の勘は、どうやら当たったようだ。


 周囲の生徒も、雨に気が付いたのだろう。

 外の様子を見たものから順に、うげ、とか、ヤバ、とか言った声を小声で漏らしていた。

 良く見えなかったが、恐らく後ろの方にいる、あの霧生という生徒もそんな声をあげていたのだろう。

 あー、雨か、とどこかで聞いたのと同じ声がしていた。


 雨のせいで、少しだけ教室がざわめく。

 同時に、何人かが担任教師に恨めし気な視線を向けた。

 恐らく、雨のことを予測しておらず、傘も何も持ってきていない生徒たちだろう。

 この時間が長引かなければ、まだ晴れているうちに帰れたかもしれないというのに、担任のせいで彼らは、雨ざらしになることが確定してしまった。


「えー、このようにとてもバスケットボールはとても歴史があり……」


 しかし、担任の行動は変わらなかった。

 バスケットボールの何が、彼をこのような行為に駆り立てるのか。

 どうやら、全てを語り尽くすまで、俺たちを帰す気はないらしい。

 とりあえず、俺はバスケットボールのことが少し嫌いになりそうだった。


 ──まあ、いつかは終わるだろうし、我慢するか……。


 心の中でそう呟いて、俺は本格的に休む態勢に入る。

 同時に、担任に視線を向けて、入部希望者と勘違いされるのも馬鹿らしいので、両目を廊下の方に向けた。

 拳を握り締めながら熱弁する彼よりも、外の新入生たちの方がまだ見応えがある。

 そうやって、現実逃避のような、人間観察のような行為をしながら、俺は適当に時間を過ごしていた。




 彼女がそこを通ったのは、そうやって廊下の様子を観察していた時のことだった。


「えー、ホントー?早見さん、そんなに人気だったの?」

「ホントホント、うちの中学での唯の人気、ほんと凄かったんだから。ねえ!」

「もう、やめてよお」


 字面だけでも女子のそれだな、と分かる姦しい声が、廊下の中を通り過ぎる。

 同時に、五人くらいの女子の集団が、ゆっくりと歩きながら六組前の廊下に現れた。

 それだけなら、何も珍しいことではない。


 だが、その集団が廊下に現れた瞬間、俺は思わず目を見開いた。


 ──うわ、滅茶苦茶美人……。


 入学式の時も、霧生光に対して似たような反応をした気がするが、俺はそれを繰り返した。

 そのくらい、その集団────特に、集団の中心であろう女子生徒は、美人だったのである。


 彼女の顔は、霧生光のそれとは違い、地味さなど欠片も無いものだった。

 かといって、所謂ギャル風の、派手なものなのか、と問われたら、それも違う。

 さすがに入学式だけあってそのあたりは整えられており、彼女の黒髪も、黒目も、ごく普通のそれだった。


 だが、何というか、違う。

 パーツ単位での整った様子もさることながら、彼女の顔には「華」があった。

 芸能人などは、オフの日でもそのオーラで一般人に気が付かれることがあるらしいが、雰囲気としてはそれが近い。

 他の生徒では持ちえない、華やいだ雰囲気を、彼女はその印象だけで獲得していたのだ。

 まあ要するに、思わず振り返るほどの美人だった。


 恐らく、彼女のこのパーツを、そのまま他の人間に与えたとしても、ここまで綺麗には見えないだろう。

 肩のあたりで切りそろえられた髪も、細い眉も、何から何まで違った。

 早見さん、唯、と呼ばれていることからすると、早見唯、という名前なのだろうか。


 ──しかし、あの霧生もそうだが、美形の多い学年だな……。


 少し呆けながら、俺はそんなことを考える。

 実際のところ、この二人がぶっちぎりで美形なだけで、俺を含む他の生徒はごく普通なのだろうが、大都会でもなく、人口が多くも無いこの地方都市で、美形が二人揃うこと自体が珍しい。

 少なくとも、俺の中学時代には、ここまでの美少女はいなかった。


 何とはなしに、俺は彼女の姿を見つめる。

 かなり品の無い行為だが、せっかくなら目の保養でもして見ようか、と考えたのだ。

 下世話な話だが、どうせ人間の顔を見るのなら、美人の顔を見たい。

 出席番号のおかげで、一番廊下側の席が割り当てられていたことも幸いした。


 彼女たちが廊下を通り過ぎるまでの、十数秒間だけだ。

 その間、美人に現を抜かしていても、罰は当たるまい。

 そう考えて、俺はじー、と彼女の方を見る。

 向こうも視線には慣れているのか、目が合うようなことはなかった。


 そんなことをしているうちに、彼女たちの会話がさらに聞こえてくる。


「それでさあ、唯に告白してきた連中さあ」

「もう、ほんとやめてよお」

「まあまあ……それで、どうなったの?」


 上から二番目の発言が、その美少女の物である。

 どうやら、彼女の取り巻きが周囲に恋愛遍歴を自慢しているようだ。

 悪趣味だが、何となく「らしい」発言のようにも思えるのが恐ろしい。


「それで、この後どうする?」

「あー、雨が無かったら、どこかに遊びに行きたかったんだけど……」

「ホントそれ」

「私も、今日も雨だなんて、全く思っていなかったものね」


 最後の早見唯の発言で、全員が「ねー」と声をそろえた。

 そのあたりで、彼女たちは俺の横を通り抜けて行ってしまい、同時に声も聞きとれなくなる。


 同時に、俺は彼女たちへの興味を消し去る。

 雨が予測できていなかったなら、どうやって帰るのだろうか。

 そんな心配が少しだけ胸を掠めたが、同時に俺が考えるような話でも無い、ということも自明だった。

 所詮、他人事である。






 そんな、意味のない遊びをすることしばし。

 担任の話が終わったのは、それからさらに時間を経た頃だった。

 そこまで来て、俺たちはようやく帰宅できたのである。




 ──初日から疲れたな……。


 全く体を動かしていないにも関わらず、何故か疲労に包まれた全身を抱え、俺は靴箱の前まで来ていた。

 既に殆どの生徒は帰宅してしまい、正門の周囲ではパラパラと同じ六組らしき生徒が携帯で写真を撮っていた。

 恐らく、本当は友人たちと共に桜の木の下で撮影したかったのだろう。

 しかし、担任の話が長引いたせいで、雨が降って桜は散るわ、他クラスの友人は先に帰るわで大惨事である。

 彼らは大層怒っていることだろう。


 ちなみにその周りでは、何人かの生徒が所在なさげに立っていた。

 壁に寄りかかり、一様に退屈そうな顔をしている。

 恐らく、雨のせいで帰るに帰れず、しかし初日から制服を濡らしたくも無く、ただ止むのを待っている生徒たちだろう。

 一体、どのくらい待っているのやら。


 そこまで考えたところで、俺はおや、と思った。

 壁際に佇む生徒たちの中に、見知った顔を見つけたのである。

 いや、見知ったと言っても、その顔を見知ったのはついさっきで、かつこっちが一方的に知っているだけに過ぎないが。

 しかしその分、見間違いようが無かった。


 先程廊下にいた女子生徒。

 早見唯……の取り巻き。

 その生徒が、スマートフォンをいじりながら立っていたのだ。


 丁度、彼女のすぐ隣に傘立て──天気予報でも言われていなかった突然の雨のせいか、誰の傘も入っていない──があったため、その姿は何となく目についた。

 早見唯を見つめる過程で、彼女の顔も覚えたため、間違いない。

 彼女が少し身じろぎするたびに、スマートフォンにつけたバスケットボールのストラップがチリン、と揺れるのが印象的だった。


 どうやら、心配していた通り、雨のせいで帰るに帰れなくなったようだ。

 この時間まで待っているということは、車の迎えなども難しかったのだろう。

 同時に、それを見てふと思い出したことがあった。


 ──……今、何時だ?


 担任の話は長すぎて、途中から時間を確認していなかったのである。

 腕を持ち上げて手首の時計を見れば、現在は十二時半。

 入学式が十時に終わり、その後他のクラスでは、入学式後三十分ぐらいで解散していたから、丁度二時間ばかり予定を遅延させた計算になる。


 ──道理で腹が減るわけだ。


 そう考え、土足に履き替えた俺は、外の様子をもう一度見た。

 相変わらず、空には薄灰色の雲がかかり、雨粒は落ち続けている。


 ただ、その勢いは降り始めた時よりは大きく落ちていた。

 ありがたいことに、小雨レベルにまで弱まっている。

 これなら、持参したレインコートで十分に防げるだろう。


 ただの勘だが、多分この雨はあと五分か十分もすれば止む。

 それを待つ、というのも手だが、折角レインコートを持ってきているのだから、頼った方が良い。

 その分だけ、早く帰って昼食にありつけるのだから。


 こう思って、俺はレインコートを着込み始めた────。




 その後、俺の勘は的中した。

 予測した通り、自転車をこぎだしてから五分もした時には、雨は止んだのである。


 ただ、普通なら嬉しいこの事実は、俺にとって少々不快なこととなった。

 こういうと大げさだが、問題が起きたのである。

 それは、着込んでいるレインコートのことだった。


 レインコートというのは、当然ながら雨が降っているときは非常に役立つものである。

 そして同時に、晴れた時にはただぐっしょりとしていて、重いだけの無用の長物と化す。

 さらに言えば、雨の止んだ中でレインコートを着たまま自転車を漕ぐ姿は、何となくダサいように思えた。


 これが、五分程度のことなら我慢したかもしれない。

 しかし、行きの時も述べたが、俺の家は自転車でも学校から三十分程度かかる場所にある。

 現在漕ぎ始めて十分経ったので、後二十分はこの姿でいるわけだ。


 ──少し蒸し暑いし、脱ぐか。


 すぐに決断し、俺は路肩に自転車を停めた。

 同時に、どこか公衆トイレのような、着替えが出来る場所は無いか探す。

 この辺りは道が狭い。さすがにここで着替えを始めては迷惑だろう。

 制服の上から着込んでいるだけなので、脱ぐこと自体は簡単だが、不審者か何かと間違われても癪である。


 そう言ったわけで丁度いい場所を探したわけだが、上手い具合に一軒のコンビニが目に入った。

 また通学路の様子を今一つ把握していなかったために知らなかったのだが、いつの間にかコンビニが進出していたらしい。


「ラッキー」


 思わず、口に出る。

 元々昼食はどこかで買おうとしていたので、一石二鳥だった。

 迷惑料代わりに、買い物もしていけばいい。

 そう考え、俺はそのコンビニへと自転車を向けた。




 多少手間取りつつも、上手く着替えた俺は、その後買い物もパパッ、と済ました。

 と言っても、男子高校生──高校生活初日からこう名乗るのも変な感じだが──の昼食である。変に凝る必要もない。

 カップラーメンとコンビニ自慢のフライドチキン、さらにスナック菓子という、管理栄養士が見たら卒倒しそうな食べ物を買い、俺は店を出ようとする。




 そして、この時────俺は、人にぶつかった。




 完全に意識がどこか別の方向に行っていて、自動ドアを越えてきた人影と衝突したのである。

 俺の方は胸元に小さな感触があるだけだったが、相手が体を揺らしたのが、確かに感じ取れた。


「あ、すいません。大丈夫ですか?」


 相手の顔も見ずに、反射的に声が出る。

 俺は、高校一年生としては大柄な方だ。

 相手がお年寄りだった場合、それこそ怪我させる可能性もあるため、焦りもする。


 尤も、視界に入った衝突相手の姿は、お年寄りのそれではなかった。

 全然違う、若い女の子の姿である。

 見たところ、姿勢は崩したが、転ぶほどではなかったようだ。


「ああ、大丈夫です……」


 俺の推測を裏付けるようなことを言って、ペコリ、と彼女は頭を下げる。

 そこから顔を上げると、苦笑いするように顔を緩めた。


 その瞬間、俺はあっ、と声をあげそうになった。

 というより、実際に小声でだが声を出した。


 ──早見唯……!


 その女の子は、確かに俺が廊下で見つめたあの女子生徒だった。

 彼女の顔は、なかなか忘れようがないし、双子の姉妹でもいない限り間違えようもない。

 初見で記憶できる程度には、美少女だったからだ。


 廊下で見た時──つまり一時間と少し前──と違って、彼女は私服姿になっていた。

 つまり、あれから折り畳み傘か何かを使って家に帰り、着替えたのだろう。

 あの時も、「雨だから遊びに行けない」という節のことは言っていたはずだ。

 それから、雨が止んだことを確認して、コンビニに何か買いに来た、という次第だろうか。


 思ってもいなかった人物と、一方的にだが再会し、俺は思わず彼女の顔を見つめた。

 約一時間前、密かに見つめた癖が残っていたのだろうか。


 俺の視線をうけ、彼女は不思議そうな表情をした。

 まあ、彼女からすれば初対面となる高校生に突然見つめられれば、そうもなるだろう。


 ──って、これじゃ俺は不審者になるか?


 偶然出会った女子高生の顔を凝視しているのだから、端的に見て、完全に怪しい人である。

 なまじ言葉に詰まっているのも悪印象だった。

 慌てて、俺は手刀を上げて詫びを入れ、その場を立ち去ろうとする。


「あ、すいません、急いでいたので……」


 もごもごと、別に急いでいるわけでもないのにそんな言い訳を述べて、俺は彼女の横を抜き去ろうとする。

 だが、そんな俺の背中に、突然声が投げかけられた。


「……あの、明杏高校の生徒ですよね?」


 声につられて、反射的に振り向いたのは、当然の反応だろう。

 コンビニ内に居るのは、俺と彼女を除けば、数人の客と店員がいるのみ。

 その中で、高校の制服を着ているのは、帰宅途中の俺しかいない。

 明杏高校の生徒、と問われれば、まず間違いなく俺のことだった。


 だからこそ振り向いた。

 その呼び止める声が、()()()()()()()()()()()()()


 振り返った先には、当然彼女の顔があった。

 そして彼女の顔は────何故か、不思議そうな顔のままだった。

 先ほどまでと同じく。

 彼女を見つめるのは止めたのだから、いい加減その顔も止めてもらいたいのだが。


「あの……」

「何ですか?」


 意図は分からなかったが、呼び止められていることは間違いない。

 とりあえず、敬語で聞き返す。

 すると、彼女はこんな言葉を発した。


()()()()()()()()()()()()?」

「……は?」


 敬語が消えうせたことは、許してほしい。

 殆ど初対面の人間にこんなことを言われれば、誰だってこういう言い方になるだろう。

 帰れているんですか、などと。

 まるで、俺が帰っていること自体がおかしいことかのように。


 しかし、彼女の奇行は、これだけに留まらなかった。

 振り返った俺の姿をじろじろと見つめ、そして追加で口を開いたのである。


()()()()()()()()()()……」

「……へ?」


 バスケ部でないと、何がいけないのだろうか。

 まさか、この高校にはバスケ部以外は帰宅禁止、などというふざけた校則でもあったのだろうか。


 大概、俺も混乱していたのだろう。

 ぐるぐると意味不明な事柄が俺の頭の中を回り続ける。


 しばらく、と言ってもせいぜい数秒の間だが、俺たちは二人して、コンビニの入口で静止した時間を過ごした。

 彼女は依然として不思議そうな顔を崩さず、俺の方は意図を図り損ねて動きを止めていたのである。


 俺は、視線をさ迷わせながら動くこともせず。

 彼女は彼女で、依然として当惑した様子で俺を見つめてくる。

 何故か、俺の両肩を確かめるように見ていたのも解せなかった。


 しかし、すぐにその沈黙は破壊される。

 というのも、眼前の彼女の方が、自分のしていることの奇妙さに気が付いたのか、突然慌てたように目をそらしたのだ。


「あ、いえ、その……」


 もごもごと、何か気恥ずかしそうに早見唯は顔を赤らめる。

 これは単純に、初対面の人間に訳の分からないことを言ってしまった、という恥ずかしさだろうか。

 あの、とかその、とか、何か説明するかしないか迷っているような間があったが、やがて彼女はすいません、と言ってコンビニの店内に向かっていった。


 勿論、俺の方はもっと意味が分からず、呆然としてその場に取り残された。

 いや、勿論他の客の邪魔になるため、実際には呆然としたまま自転車を停めてある位置にまで戻っていったが、気分的にはそんな感じだったのだ。


 一体、彼女は何が言いたかったのだろうか。

 そもそも、何で呼び止めてまで話しかけてきたのだろうか。

 そして、バスケ部じゃないと、何がどうなるというのか。


 そんな疑問は、それからの帰宅中も、俺の頭の中に渦巻いていた────。










 さて、以上が普通ではないこと────すなわち、「日常の謎」と呼べる事件である。

 どこが、と思うかもしれないが、俺にとっては気になる話だった。


 前述したように、俺にわざわざ話しかけてきた、ということ自体妙である。

 不思議そうな顔をしていたが、何があそこまで不思議だったのだろうか。

 それも、初対面の人間に話しかける程の不思議さ、ということになるが。


 もっと言えば、「帰れている」という表現も気になる。

 まるで、帰宅が出来ていないこと自体が当然のような。


 確かに俺は担任教師のせいで帰りがかなり遅くなったが、それを見越した発言、ということではないだろう。

 もしそうだとしたら、彼女は担任の長話がどれだけ続くか知悉している、ということになる。

 他クラスの、名前も知らないであろう、かつ一回も授業を受けていないであろう教師の話の時間を、知っていたというのか。

 あり得ない。可能性だけならともかく、少々現実味が無い。


 このことを、さては彼女は俺に気があるに違いない、俺のことが気になって話題を振ってきたのだ────などと勘違いできるほど自惚れは強くなかった。

 だが、別にどうでもいい、と切り捨てられるほど好奇心が死んでもいなかった。

 入学式の霧生の挨拶と違って、実際に自分の身に降りかかった事件、というのもあるだろう。


 加えて、何となくだが、これらの行動は順序だてて説明できそうな気がする、という気がしていたのも大きい。

 まあ、ただの勘なのだが。


 その日は、まだ授業が始まってもいないため、午後の俺はかなり暇だった。

 だから、というわけでもないが、暇つぶしに彼女があのような行動をした理由について、何度か考えた。


 しかし、勘働きと頭の回転の速さは比例しないのか、俺は真相を掴めずにいた。

 正確に言えば、いくつも可能性が考えられて、絞り込めなかったのである。


 この辺りが「日常の謎」のややこしい点なのだが、この手の小さな事件は、あまりにもありふれたことであるため、物的証拠などが存在しない、ということが多い。

 要するに、推理をしたとしても、正しいかどうか判断が出来ないのだ。


 尤もこの場合は、あの早見唯という少女に、直に聞けば真相が分かるだろうが────ほぼ初対面の人間に対して、「昨日の行動、何?」と問いかけられるほど、俺は社交的ではない。

 第一そんなことをしたら、ストーカーと間違われそうだ。


 結局、俺はこの日、可能性を挙げるだけ挙げたあと、考えるのを止めてしまった。

 俺がこの小さな事件に、筋だった説明を得るのは次の日。

 図書室での授業を経験してからだった。

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