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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 4 名前も知らないあだ名事件

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告解 或いはキャラクター

 彼女が最初にそれを書いたのは、小学生の時だったという。


「私、当時から変に顔が良かったから」


 一転してさばさばとした雰囲気で、早見は昔話をする。

 人によっては嫌みにも取られかねない発言だったが、不思議とそうには聞こえなかった。


 それはまず、早見が可愛いというのが事実であるから。

 そしてもう一つは、早見がそれを一切良いものとして語っていなかったからだろう。


「女子って怖くてね、小学生の時から、グループとかはあったのよ。それでものの見事に巻き込まれたのが、当時の私」

「……当時から、その手のグループの中心だったのか?」

「まあ、そう言うのは自然発生だからね。……割と本気で、私を巡って周囲の女の子が喧嘩する、なんて話もあったくらい」


 何となく、俺はその光景を想像できた。

 小学生同士が言い争いをする光景だ。


「唯ちゃんが一緒にかくれんぼしてくれない!」

「違うの、唯ちゃんは今日は私たちと遊ぶの!」


 言い分としては、そんなところだろうか。

 別段、珍しい話ではないと思う。

 俺自身、小学生の時からそれに近いものは見た記憶がある。

 要するに、人気者はつらいよ、という話だ。


 尤も、人気者を傍から見ているだけだった俺と、その人気者本人である早見とでは、また印象は違うのだろう。

 事実、早見はそれを思い返すだけで、嫌そうな顔になっていた。


「……その様子だと、嫌だったんだな。その、グループが」

「ええ。本当に、大っ嫌いだった」


 吐き捨てるように、早見が言葉を漏らす。

 その強い語調に驚き、俺は僅かに体を揺らしたが、早見はそれに構わず言葉を続けた。


「つまらないことに拘って、馬鹿なんじゃないかって、ずっと思ってた。私が遊び場所を変えるだけで、ひよこみたいにぞろぞろと全員ついてきて、髪型を変えるだけで、友達がそれを真似して……本当に、嫌だった」


 ──確かに、それは面倒くさそうだな。


 純粋に、俺はそう思う。

 およそ俺は、人から注目を浴びるようなことになったことが無いが、想像するだけでもそのわずらわしさは察することが出来た。


 一挙手一投足が、皆に注目される。

 クラス替え一つで、友達が一喜一憂する。


 これは決して、早見の自意識過剰などではない。

 本気で、周囲の人間はそのような対応をしていたのだろう。

 彼女が、可愛かったから。




「……こういうこと、あまり言ったらいけないのだろうけど……」


 そう呟きながら、早見はちらり、とこちらを見る。

 そして、いくらかの躊躇いを含みながら、結論とでもいうべき言葉を口にした。


「もっと不細工に生まれていたら、或いはもっと人気が無かったら、凄く生きやすかっただろうなって、何度も考えた」


 まあ、そんなこと言っても、しょうがないんだけどね。

 そう、明るく告げる。

 これはもう、彼女としては、乗り越えたこと────ないし、諦めたことなのだろうか。




「だけどもう、人が寄ってくるのは仕方ない。変に避けるのも面倒くさくなる……だから、()()()()()()()()


 ──それで、いちいち関係図を書いてまで、人間関係を気にするようになった。


 口には出さないが、俺は一人得心する。

 元々の彼女の性格もあるのだろうが──周囲のことが一切気にかからない程彼女が鈍感だったなら、そもそも悩みはしなかっただろう──、最初に書かれた相関図は、必要に応じて作られていたのだ。

 早見としては、必須品だったのだろう。


「まあそれで、自由帳に関係図を書いて、キャラも作って、周囲を固めて……クラス内の関係とかは、ある程度上手くやるようになったのだけれど」

「他の問題が、出てきたのか?」


 文脈なら内容を読むと、早見が頷いた。


「まあ、問題というか、ちょっとした、歪みみたいな物、だけどね」

「……歪み?」

「そう。何というか……私が、人間関係を重視しすぎること。いや、違う…………ええと」


 上手く言葉にならないのか、そこで早見の言葉は止まった。

 急かすようなことでもないので、俺はそのまましばらく待つ。

 すると、ようやくまとめられたのか、彼女の唇が震えた。


「こう……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。普通の人とは、違う価値観で動くようになっちゃった……そう、それが問題だった」

「価値観?」


 もう一度、早見が押し黙る。

 そして、よほど言葉に困ったのか、かなり遠いところからそれに言及した。


「ねえ、私がバスケ部に仮入部で入っていたってこと、確か……」

「ああ、知っていたが……」


 それこそ、一か月前、俺たちがこのコンビニで出会った遠因である。

 実際、早見が日常探偵研究会に入った時、俺はかなり驚いたのだ。

 バスケ部はどうしたのだろう、と。


 これがどういう話に繋がるのかは分からないが────早見の中では、関係のある話なのだろう。

 そう思って、俺は聞き役に徹する。


「それでね、私、ほんの少し前までバスケ部に入るつもりだったんだけど……やめちゃった。中学の頃から、ずっと好きなスポーツだったのに」


 相変わらず、「素」のまま、砕けた口調で軽く告げる。

 そして、ふと、彼女は問いを投げかけた。


「ねえ、その理由、分かる?」

「……君が、()()()()()()()()()()()()()を、か?」




 一瞬、それは唐突な問いに思えた。

 だが、そう思った次の瞬間には、俺はその意図を察していた。


 バスケ。

 五人の友人。

 早見の、人間関係を気にする性格。

 そして、俺の勘を合わせれば、妄想を募らせることぐらいはできたのだ。






「……もしかして、()()()()()?」






 一度、早見は驚いた顔を浮かべる。

 その表情こそ、答えだった。


「……その通り。先生が熱心すぎたせいか、今年の女子バスケ部員は、あの五人しかないから。……やっぱり、貴方、推理が上手いのね」


 早見は、そう言って微笑む。

 だが、俺は対照的に、表情を凍り付かせた。


 理由は、言うまでも無いだろう。

 早見の言う「歪み」を、ようやく察することが出来たからだ。




 早見が言うには、あの紙に書かれた五人は全員がバスケ部らしい。

 バスケットボールの試合人数も、五人。

 要するに、早見が敢えて入部しなかったことで、今年の一年生は、全員で試合に挑めるようになったのだ。


 もしも早見がそのまま入部していたら、一人だけスタメンではない部員が出ていただろう。

 勿論、それは当たり前の話だ。

 スポーツとはそう言う物なのだから。


 寧ろ、メンバーが五人しかいない方が不味い。

 これでは、交代もおちおちできない。


 しかし、それでも、早見はこれを違った視点で眺めたのだ。

 もし、スタメンではない生徒が現れたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。


 選ばれなかった一人と、選ばれた五人の間で。

 格差が生じることこそ、彼女は重視した。

 同時に、その解決法をも考えた。


 では、格差を生じさせないためには、何をすればいいか?


 簡単だ。

 一人辞めれば良い。


 その学年の部員が五人だけになれば、少なくとも三年生の時には、全員もれなくレギュラーである。

 当然、下級生からもっと上手い子が出てくるかもしれないが、少なくとも同学年で競い合う必要はない。

 その学年の中で行動する際には、格差は生まれない。


 だが生半可な人間を辞めさせてしまうと、それはそれで人間関係が壊れる。

 辞めた人間とは、間違いなく疎遠になるからだ。

 つまり理想を言えば、バスケ部を辞める人間は、部活に入らないぐらいでは疎遠にならない人間が望ましい。


 この条件を満たすのが、「早見がバスケ部に入部しない」、という選択肢なのだ。


 きっと、たったそれだけの理由で、早見はバスケ部に入部しなかった。

 四月末まで────仮入部期間が終わるまでは待っていたのは、他のメンバーが脱退するのを避けるためだろう。

 早見は、取り巻きの五人をそのままバスケ部に入部させ、自分は入らない、というのが、最善の形だと考えたのだ。


 ……この目論見は、実際、成功している。

 昨日見た通り、早見はバスケ部を辞めたが、バスケ部にそのまま参加したメンバーとは友人のままだ。

 友人のままだからこそ、廊下であのような様子だった。

 早見は中心人物だからこそ、除け者にされるようなことは無かったのだろう。


 しかし、しかしだ。


 ただ、人間関係を円滑に回すためだけに、入りたかった部活に入らない、とは。

 いや、これはそれ以上だ。

 人間関係が実際に悪化したのではなく、悪化するかもしれない、という懸念だけでその行動を取ったのだから。


 無論、部活の選び方は人それぞれだ。

 関係性で揉めそうであれば、部活を変えるのも普通の選択だろう。


 しかし、早見のこれは────。

 ただ、人間関係を円滑に回すことを至上にして決断をする姿は────。


 確かに、少し────。




「頭おかしいって思っているでしょう、今?」


 まるで俺の心を読んだかのように、早見が問いかける。

 一瞬、俺の息が止まった。


「責めているわけではないの……ええ、貴方みたいな人には、特に変に見えるのは、分かるから」


 それに、と言葉が繋がれる。


「私自身が思うもの。ここまで気にするのは、さすがにおかしいって」


 もう、きっと治らないんだろうけどね。

 最後にそう言って、彼女の「独り言」は終わった。







 ……俺は、声が出せなかった。

 数分前とは、別の理由で、その場所は沈黙に包まれる。


 ただ、自分としても意外ではあったが、今回はあまり、居心地の悪さは感じなかった。

 それはきっと、彼女が満足したかのような表情をしていたからだろう。


 何というか、悩みごとを抱えている人間が、それを周囲に話した時、その「話す」という行為だけで楽になることと、少し似ている。

 目の前の早見は、ほんの少しだけだが、スッキリしたような表情だった。

 この数十分で、いくつもの新しい顔を見てきたが、このような早見は、特に初めて見る。


 さばさばとした、あっけらかんとした表情。

 隠し事を全て言い切って、何というか、突き抜けた感じを抱かせる顔。


 もしかしたら、もう自棄になっているのかもしれない。

 しかし、これを言わせてしまった俺がこれを言うのは、筋違いかもしれないが────とても、楽になっているように思える。


 だから、居づらい、とは思わない。

 寧ろ、居心地は良いかもしれない。




 それ故に、ここからの時間、俺たちは、ただ沈黙と共に過ごした。

 早見は、爽快さすら感じさせるその顔のまま、ちびちびとカフェオレを飲む。

 俺は、その横顔を、ぼんやりと眺めていた。


 そのまま、一時間以上もいただろうか。

 本当に、何もしないまま、俺たちはその場所にいた。

 いや、きっと、何かをしていたのだろう。

 何というか、沈黙で代用できる相談もある、ということだ。




 そして、そろそろこのコンビニを出なければ遅刻する、という時刻になって、ようやく沈黙は砕かれた。


「じゃあ、そろそろ行くわ」


 凛、とした口調で早見が腰を上げる。

 その雰囲気は、とっくの昔に往時のそれに戻っている。

 俺のよく知る、日常探偵研究会用のキャラクターを演じる彼女だった。


 ふと、その姿に回帰した彼女を見て、もう俺は、あの「素」の早見を見ることは出来ないのではないか、と感じた。

 まあ、ただの勘だが。


 それは、何となく、寂しいことだった。

 だから、という訳ではないが────俺は、最後に一つ、質問をした。


「なあ」

「……何?」

「君がバスケ部に入らなかった理由は、先ほど聞いたけど……この部活に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 バスケ部に入らなかった理由は、確かに存在した。

 しかし、この謎は、まだ解決していない。


 人間関係を円滑に回す、だけで言えば、彼女は帰宅部でも良かったはずだ。

 何ならその方が、人気者の彼女が属する部活がなくなり、揉め事も減るかもしれない。

 要は、彼女が積極的にうちに入る理由は、特にないはずなのだ。


 人間関係のためだけに、様々な選択をする彼女だ。

 この決断にも、何らかの意味があっただろう。

 ここを逃せば、もう、その理由は聞けない。


 だからこその問い。

 しかし────。




「さあ、何でかしら?」




 間隔から言えば、即答に近かった。

 それだけ言って、彼女はこちらに背を向ける。

 そして、すたすたと学校に向かって歩いて行った。


 俺は、その呆気なさに少し目を見開いた。

 しかし、同時に納得する。

 まあ、そうなるか、と。


 ──「素」の彼女なら答えてくれたかもしれないが……キャラを作った彼女では、もう、無理か。


 恐らく、これもまた、彼女なりの人間関係を上手く回すコツなのだろう。

 ならば、俺としてはもう、何も言えない。

 これ以上は、駄目だ。


 何度目かの、霧生の言葉が脳裏に蘇りそうになり────寸前で、消えた。

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