創部 或いは三人目
窃盗 という犯罪行為がある。
名前の通り、許可なく他人の物を盗み、勝手に私物とする行為だ。
恐らく、日本では殺人罪と同じ程度には知名度がある犯罪だろう。
うそつきは泥棒の始まり、時間泥棒、などと言った言葉を聞いた日本人は多いはずだ。
なまじ殺人よりは、課される刑罰の軽い犯罪であるが故に、割と気軽に比喩表現として用いられている節すらある。
そして、こうした犯罪行為をネタにするのが、推理小説という小説の性である。
古今東西、様々な作品の中で、窃盗は取り扱われてきた。
この手の作品の場合、主題となる謎には、いくつかのパターンがある。
例えば、扱われやすいのが、窃盗の手順の問題。
前回の密室と少し被るが────だいたいこのような感じを想像してみてほしい。
鍵のかかった部屋の中で、宝石が一つ、飾られている。
廊下には警備員たちが歩き回り、監視カメラも完備、赤外線センサーすらも用意されている。
加えて、そこに入り込むためには何重ものチェックを受ける必要があり、侵入は不可能。
しかし、ある人物によってその宝石は盗まれてしまった。
一体、何故────?
以上のように、窃盗どころか侵入すら困難な場所で、どのように窃盗が行われたのか。
その方法を探る小説、というジャンルのものである。
この辺りを極めていくと、怪盗モノ、という新ジャンルへと移っていく。
他のパターンでは言えば、単純に犯人捜しをする場合もあるだろうか。
窃盗事件が発生したが、目的の物を奪う手段自体は単純で、分かり切っている。
しかし、誰が盗んだかだけが分からない。
犯行可能だった人間の内から、探偵は少ない証拠で犯人を見つけ出す────!
これも、王道の一つだろう。
そして、もう一つ。
多少珍しいかもしれないが、窃盗の動機を探る、というパターンの作品もある。
「窃盗の動機?そんなの金が欲しかったにきまってるじゃん」、と思うかもしれないが、そう言う話ではない。
というより、さすがにそれでは小説にならない。
ここで言いたいのは、犯人がわざわざそれを盗もうとしたこと自体が不思議で、理解できない、というパターンだ。
例えば、上記の例をもう一度持ち出そう。
厳重な警戒の元、宝石を展示している密室空間。
監視カメラ、赤外線センサー、警備員、全て完備。
その中で、怪盗を名乗る人物が現れ、何故か天井の電球を一つだけ盗んでいく。
どうだろう。
ともすれば、宝石を盗まれた時よりも、その不思議さは増してはいないだろうか。
妙な言い方にはなるが、宝石を盗むのであれば、何の不思議もない。
泥棒には泥棒なりの動機があったのだろうが、まあ宝石が欲しかったのだろうな、というだけの話だ。
しかし、そんな価値も無い、ただの電球をわざわざ警備をかいくぐってまで盗むのなら、話は違う。
例え窃盗の手段が分かっても、読者の頭には疑問が残るはずだ。
何故そこまでして、と。
一種の、ホワイダニットと言えるだろうか。
窃盗の手段も犯人も分かっているが、なぜそこまでして目標の物を盗んだかが分からない。
そういった題材も、この世にはある。
今回は、そういった話だ。
「部活を作ろうと思うんだ」
「は?」
その日。
最早放課後にこの第二図書室へ通うことが当たり前となった、四月末の月曜日に、霧生は突然こんなことを言い出した。
この突然、というのは断じて比喩ではない。
いつものように本を読んでいる最中、静寂を切り裂いて、何の前触れも無く言い出したのだ。
俺が驚いたのも無理が無いだろう。
「部活って、何がだ?」
「……言ってなかったっけ?」
聞いていない。
全く、身に覚えがない。
そんな思いが顔に出ていたのだろう。
霧生は、少しだけ気まずそうな表情を浮かべ、その後一つ一つ思い出すようにして説明をし始めた。
「いや、実は少し前から先生方から言われていたんだけどね。この活動を……要するにここで本を読むこと自体を部活動にして、第二図書室を部室にしないか、と」
「……それはまた、何でだ?」
読んでいた推理小説を閉じて、俺は問い返す。
同時に、かつて司書からされた話を思い返した。
初めてここに来た時の話では、霧生は小鳥遊文庫を寄贈した小鳥遊吾郎の親戚だから、自由にここを行き来できる、とのことだった。
それをいまさら部活動にしよう、というのは妙な話である。
明杏高校では、部活の数自体はそこそこあるが、生徒全員が何らかの部活に強制入部させられる、という訳ではない。
そのため、帰宅部の生徒も一定数存在する。
実際、俺も、霧生も、現状は帰宅部扱いである。
それ故に、部活に入れ、という指示は解せなかった。
だからこそ生じた疑問をぶつけてみれば、霧生は俺の目の前でわかりやすい苦笑いを浮かべる。
「んー、どうもこの、僕が第二図書室を自由に行き来している、というのが職員室で少しだけ問題になっているらしくてね」
「問題?」
「ああ。小鳥遊文庫だって、寄贈された以上学校の物なんだから、僕の判断で扱わせるのは不味いだろう、とか。一生徒──僕のことだね──だけ特別扱いするのはどうなんだ、とか……」
そう言いながら、霧生は少し遠い目をする。
実際に言われた言葉なのだろうか。
──そう言うことか……。正直な話、正論ではあるな。
霧生には悪いが、話を聞いた俺は心の中でそう思う。
いくら小鳥遊吾郎の親戚とはいえ、現状、霧生が特別扱いされていること自体は事実だ。
何しろ、学校の中で、彼女だけが使える書斎が用意されているようなものである。
これが特別扱いでなくて、何だろうか。
その特別扱いに、思いっきり乗っかってこの部屋を利用している俺が言うのもなんだが、他の生徒からすれば不公平だろう。
今までは、霧生が成績優秀者であることも加味して、特別扱いもなあなあで済まされていたのだが、最近になって問題化した、と言ったところか。
「それで、司書の先生が言うには、部活を作った方が批判されにくい、とのことだった。この部屋を部室にしてしまえば、独占使用していてもそこまで問題にされにくい、と」
「へえ……」
姑息と言えば姑息な手だが、まあ妥当な選択だろう。
放課後に第二図書室に籠っていても、「これは部活動です」と言い張れるのだから、確かに問題にはなりにくい。
小鳥遊文庫だって、部活の備品として言い張れるのだから。
ただ、問題は────。
「部活って、そんなに簡単に作れるのか?」
「いや、そう簡単じゃないね」
予め調べていたのか、すぐに霧生が断言する。
そして、おもむろに胸ポケットから生徒手帳を取り出し、パラパラとめくり始めた。
やがて目的のページを見つけたのか、そこを読み上げる。
「えっとね。校則によれば、部活を作るには、最低でも五人以上の部員と、顧問の教師と部室となる部屋が必要だね」
「……部室以外が全部ダメじゃないか」
思わず、俺は突っ込んだ。
この部屋を利用しているのは、現状俺と霧生だけである。
他の生徒など見かけたことも無い。
この一か月近く、それなりの頻度で──というより平日はほぼ毎日──この第二図書室に居座っているが、俺たち以外にここを訪ねた人物はいなかった。
使わせてほしい、という要望すらなかった。
霧生によれば、個人の蔵書ということで気後れする生徒が多いらしい、という話だった。
尤もそれ以前に、そこまで本に興味のある生徒自体が居ないのかもしれないが。
つまり、どうやっても五人の部員、というのは存在しないのだ。
勿論、教師も同様だ。
ここを利用する教師は、生憎と居ない。
さすがに全く関係のない教諭を顧問に仕立て上げるのは、問題があるような気もする。
霧生も、この辺りのことは分かっていたのか、あっさりと頷きを返した。
「ああ、その通りだ。部活を作ることは出来ない」
そして立て続けに、こんな事を言い出した。
「だけど、研究会なら別だ」
「……研究会?」
「平たく言えば、部活よりも小さなサークルだよ。ほとんど死んでいる制度だけど、まだ校則に残っていたんだ」
ほら、と言って霧生は開いた生徒手帳をこちらに見せてくる。
反射的に覗き込めば、そこには部活を作る際の校則が書いてあった。
『部活動について
一、部活動創部に置いては、五名以上の部員、顧問教師、活動拠点となる部室(校内限定)が必要となる。
二、研究会創部に置いては、二名以上の部員、活動拠点となる場所(校外含む)が必要となる』
……なるほど確かに、俺たちの活動は、部活としてはともかく研究会としては当てはまりそうだ。
ただ、引っ掛かることがあって、俺は口を開いた。
「いやそもそも、研究会って、何だ?この学校で部活以外のサークルがあるのなんて、聞いたこともないぞ?」
「だから、ほとんど死んだ規則なんだってば。昔、学生の活動が活発だった時期があって、誰も彼もが新しい部活を作りたがっている、なんて時代があったらしい。それで対応として、部活はともかく研究会なら作っていい、という話になったらしい」
「……しかし、今はわざわざ新しい部活を作ろうとする生徒が居ないから、見かけなくなったのか?」
「だろうね。実際、その頃立ち上げられた研究会も全て無くなってしまったらしいし」
はあ、と意外な歴史に俺は呆けた声を漏らす。
明杏高校というのは普通の高校だと思っていたが、意外に歴史がある物である。
生徒が各自で好きな研究会を作る、などというアニメのような時代が現実にあったようだ。
「じゃあ、俺たちが申請さえ出せば、この放課後で本を読んでいる、というのも……」
「立派な研究会の活動になるね。……だから、その」
そこで、突然霧生は言葉を詰まらせた。
同時に、僅かだが表情に迷いを浮かばせる。
そのことを俺は不思議に思ったが、見つけた瞬間には、彼女の迷いは消え失せていた。
代わりに、少し力んだ声が響く。
「その、君も入ってくれるかな。僕の作る、研究会に」
「……いや、入るも何も、俺が入らないと研究会にならないだろ?二名以上必要なんだし」
いまさら何を言うのか。
というか、話を持ち掛けられ時点で、俺が入ることは当然のことだと思っていたが。
入らなければ、このまま第二図書室を使えないのだから。
そういった意味を込めて言葉を返したのだが、そこで霧生は妙な反応を返した。
何故か、いきなり、花が咲いたような笑みを浮かべたのである。
いい加減彼女の顔に見慣れてきた俺ですら、一瞬ドキッとするような顔だった。
「そうか……そうだよね」
そして、何やら楽しそうに申請書をカバンから取り出す。
その様子を、俺は不思議に思いながら見つめていた。
「えーと、後は研究会の名前だけだね」
それから十分。
申請書の中にごちゃごちゃと細かい字を書き連ねていた霧生が、そんなことを言い出した。
「名前?」
「ああ。卓球部、とかバスケ部、みたいな研究会の名前だよ」
創部する立場だから、こちらが自由に決められるんだ。
そんなことを言って、霧生は申請書の中心を指さした。
見てみれば、そこには研究会の名前を記す欄があった。
「だけど、名前と言っても……読書研究会、とかじゃダメなのか?」
「普通ならそれでもいいと思うんだけど、この辺り、妙な規則があってね」
返答しながら、霧生は再び足元に置いてある自分の鞄を漁った。
そして、細かい字で埋め尽くされた書類を取り出す。
「それ、何だ?」
「ああ、予め先生から貰って置いたんだけどね。これまで創部された、全ての部活と研究会の名前リストだよ」
はい、と霧生はそれを渡してくる。
受け取って、それを見つめた瞬間、数えきれない程の部活の名前が俺の視界を覆い尽くした。
勿論、これは比喩だが、気分的には圧倒されるほどの、大量の部活名が紙上に並んでいたのである。
バスケ部、吹奏楽部と言った、今も存在するメジャーどころから、ホラー映画研究会、盆栽研究会などというかなりニッチなものまで様々だった。
「先生から、書類上ややこしくなるから、かつて存在した名称とは被らないようにしてほしい、と言われているんだ。読書研究会、というのは既に存在する」
言われるままに見てみれば、真ん中の方にその名前があった。
かなり昔に潰れているが、そういった研究会が存在したこと自体はあるらしい。
「あれ、じゃあ新しく作るんじゃなくて、この無くなった読書研究会を復活させる形にしたら……」
「いや、それだとこの第二図書室を部室に出来なくなる。その読書研究会は、この部屋が出来る前に存在した部活だからね」
そう言って、霧生は距離を詰め、書類の一点を指さす。
目を凝らせば、霧生の言葉通り、「活動場所:図書室」という文字があった。
この図書室とは、今で言う第一図書室の方なのだろう。
小鳥遊文庫が置いてある、この部屋ではない。
そして霧生がこう言うのであれば、恐らく、部室の変更を願い出るよりも、新しい研究会を作る方が話が早いのだ。
つまり、この中に存在せず、かつ活動内容を示すような名前を考えなくてはならない、ということだ。
そう考え、俺は霧生と共に頭をひねる。
「じゃあ、名前を被らせないように……図書研究会とか」
「……ここにあるね」
「小鳥遊文庫研究会なら?」
「寄贈直後に一回作られているね。すぐに潰れているけど」
「じゃあ、推理小説が多いから……探偵研究会や、推理小説研究会はどうだ?」
「ここだ」
「……多すぎないか、これ」
早々に音を上げ、俺は書類を霧生に返した。
どうやら、霧生が言う学生の活動が熱心だった時代の熱量は、本当に凄まじかったようだ。
紙上には、学校の歴史を考えても、明らかに多すぎる量の研究会の名前が乱舞していた。
「そうだね……だいたいの名前は使われている、と見るべきか……。かといってあまりにも活動内容からかけ離れた名前にするのも何だし……」
ふむ、と頷きながら霧生が首を揺らす。
困っているのは、霧生も同じなようだ。
「或いは、ここに既にある名前に、何か付け足して考えたらいいかもしれないね。それなら、書類上は同じ名前にはならないから」
「なるほど」
ちょっとパチモノ臭いな、と思いつつも、俺はその意見に内心頷く。
基本的には本を読むことが活動になるだろうから、それに関係した名前にはしておきたい。
大方の読書関係の名前が使われてしまっているのならば、それしかないだろう。
──じゃあ、どういう風に付け足すか……。
そう思った時、ふと、俺の頭に思い出される光景があった。
静かな雰囲気。
指を立てる霧生。
そして、微かな疑惑。
────眼前で、鮮やかに「日常の謎」を解く、霧生の姿が。
だから、という訳ではないが。
その単語は、するり、と口から出てきた。
「……日常探偵研究会、はどうだ?」
突然の発言に、霧生が顔を上げ、目を瞬かせる。
無理もない。
発言した俺自身が驚いたのだから。
「確かに、その名前はこの名前リストの中には無いけど……何故だい?」
「いや、まあ、推理小説をよく読むし、毎日……つまり日常的に活動しているし……」
不思議と、言い訳のような言葉がつらつらと出てくる。
自分でも奇怪なことだが、何故か俺は否定しなかった。
言い間違いだ、忘れてくれ、と言えば、それだけで終わった話題だというのに。
ただ、この名前が良いな、とだけ感じていたのだ。
これはまあ、ただの勘なのだが。
霧生は、しばらく顎に手を添え、日常探偵研究会、日常探偵研究会、と何度か呟いていた。
やがて、彼女の中で判断が付いたのか、さらさらと申請書に名前を書き込む。
「君が望むなら、この名前で行こう。じゃあ、先生に出してくるね」
止める暇も無かった。
ごく当たり前のように、彼女は扉を開け、職員室へと向かっていく。
俺は、彼女の背中を馬鹿みたいに見つめていた。
こうやって、この第二図書室────改め部室で活動する部活名は、「日常探偵研究会」となった。
まあ、何というか、訳の分からない決め方だ。
そもそも、活動内容と名称が微妙につながっていない。
申請が通ったのは奇跡である。
しかし、世の中には、名は体を表す、という名言がある。
そのことを、俺はこの日から身に染みて理解するようになった。
申請書を出した、この日。
日常探偵研究会は、さっそく第一の活動をすることになったのだから。
名前通りの、活動を。
その端緒は、図らずも俺自身の手で招くこととなった。
というのも、霧生が申請書を持って出て行ってすぐ、俺には思いつくことがあったのだ。
「一応部活なら、看板くらいはあった方が良いか?」
誰もいない部室で、ふとそんなことを呟く。
明杏高校では、分かりやすくするためか、部室として使われる教室には全て、張り紙やプラカードで表記がされている。
例えば、音楽室には「吹奏楽部練習場」と書いてあるのだ。
研究会とはいえ、誤解を防ぐためにも、書いておいた方が良いだろう。
そんなことを考えた俺は、鞄からノートを取り出し、一枚だけ切り取る。
本当はもっとしっかりした看板の方が良いのだろうが、急場しのぎならこれで構わないはずだ。
要は、部活動をしている、ということだけが分かればいいのだから。
そうして、俺は紙を折り畳み、マジックで「日常探偵研究会」と書いた。
さらに、部室に置いてあったセロファンテープ──恐らく蔵書の補修用だろう──とその紙を持って、一度部室の外に出る。
「……真ん中で良いか」
仮に霧生が嫌がっても、貼りなおせばいいだけの話なので、位置は適当に決めた。
ていや、と扉の真ん中に紙の看板を張り付け、その光景を一度、見つめる。
──まあ、とりあえずはこれで。
そう考え、俺はもう一度部室に戻った。
霧生が申請書を出しに行った以上、俺としてはやることが無い。
だったら、普通に本を読んで待とう、と思ったのだ。
そして、椅子に座りなおした直後────。
部室の扉の前で、パタパタ、と足音が聞こえた。
さらに、「あれ……」という女子生徒の声。
極めつけに────軽い、ノック音が響いた。
最初、俺は霧生が戻ってきたのかと思った。
だがすぐに、霧生ならノックなどするはずもないことに気が付く。
鍵が開いていることなど、分かり切っているのだから。
つまり、今扉の前に居るのは。
部室が開いているかどうかも分からない、初めての客、という訳だ。
──一体このタイミングで、誰が?
不思議に思いながらも、俺は本を閉じて扉の方に向かう。
もしかすると、俺に続く、普通に第二図書室を使いたい生徒かもしれない。
前述したように、一か月来なかった存在だが、今に至って現れたのだろうか。
だから、俺は出来るだけ丁寧に扉を開け────。
瞬時に、瞠目した。
そこには、ある女子生徒が立っていた。
長い黒髪。
整った眉。
薄い唇。
何より、薄暗い廊下でも分かる、「華」。
「あの……ここも、部活をしているんですか?」
早見唯。
今まで、偶然で二回、「日常の謎」を提供してくれた人物。
俺でも名前と顔を知っている、学校一の美少女。
彼女が、そこには立っていた。




