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銃砲と戦像の女傭兵  作者: 参河居士
第3話 猫は見ていた
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その2

 エイシャとカテリヤが、それぞれの用事を済ませてサリスの家の手前まで来たときには、すっかり日が落ちていた。すでに店の営業時間は過ぎているため、2人は少し手前の角を曲がって路地に入った。

 建物の裏手には共同井戸の置かれた小広場があり、近所の住人たちのたまり場になっている。エイシャは顔なじみの住人と挨拶を交わしながら小広場を横切り、慣れた様子でサリスの家の勝手口を開いた。

 すでに太陽が沈んでいるため家の中も薄暗いが、廊下の右手に見える部屋からは、日中の日差しと変わらない輝きが漏れでていた。

「たっだいま~、おじゃましま~す!」

「失礼いたします」

 勝手口から発せられた2人の声を聞いて、光のもれていた部屋からサリスが顔を出す。

「あら、いらっしゃい」

 エイシャの後に続いて部屋の前まで来たカテリヤは、天井から吊るされた奇妙な形のカンテラがまばゆい輝きの光源だとわかった。

 ろうそくや油の灯火とは比べ物にならない明るさは、おそらく錬素具エンクの一種なのだろう。

「もうすぐ準備できるから、先に荷物を置いてきたら? エイシャ、案内してあげてね」

「まっかせて~。こっちだよ」

 サリスからランプを渡されたエイシャは、カテリヤを連れて廊下の奥へ進み突き当りの階段を上がる。

 2階と3階には、それぞれ4部屋ずつあり、そのうちサリスの私室と物置以外はすべて空き部屋で、エイシャが宿泊するときは、いつも路地に面した2階の部屋を使うことにしているという。

 室内には2台のベッドがあり、どちらも清潔な寝具が綺麗に整えられていた。

 2人が荷物を置いて階下に戻ると、食欲をそそる匂いが食堂のほうから漂ってきた。オーク材のテーブルの上では、できたての料理が温かそうな湯気をたて、香辛料の香りが部屋中に満ちている。

 主菜は、オリーブオイルとヴィネガーを使った鶏肉の煮こみと、ワインで蒸し焼きにしたソーセージ、前菜代わりの茹でたアーティチョークは、ミントとにんにく、オイルなどで味つけしてある。

 テーブルの中央には、カゴに入った小麦のパンと、薄く切った羊乳チーズの皿が置かれていた。

「あの、私もお手伝いします」

「いいの、いいの。さ、2人とも適当に座って。飲み物は? エイシャはリンゴ酒で、カテリヤさんは蜂蜜水でいい?」

 さっさと席に着いたエイシャにうながされ、カテリヤが近くの椅子に腰を下ろす間にも、サリスは飲み物の入ったコップを手早く置いて回る。

 準備が整ったところでサリスも席につき、それぞれに食前の祈りを捧げると、待ちかねたようにエイシャが料理に手を伸ばした。

「いっただきま~す! う~ん、おいしい!」

「味はともかく、量だけはあるからね。カテリヤさんも遠慮しないでね」

「はい、ありがとうございます。とても美味しいです」

 食事が始まってまもなく、サリスは、2人がだいぶ打ち解けていることに気づいた。

「姉さん、知ってる? 修道院モナステリオって、昼間ずっと働かされて、日が沈んでからは勉強させられるんだって! アタシには絶対無理だよぉ~」

「それも修行ですから。慣れてしまえば苦になりませんよ。毎日戦いの訓練をするほうが、よほど大変だと思います」

 2人の間に和やかな空気が生まれていて、エイシャはもちろんのこと、カテリヤの雰囲気も控え室のときに比べてだいぶくだけている。

(これなら旅の間も大丈夫ね。エイシャに同行を依頼して正解だったわ)

 サリスが2人の会話を微笑ましく眺めていると、話題が一段落したところでカテリヤが少し遠慮がちに問いかけてきた。

「そういえば、サリスさん。同居されているかたは、まだ戻られないのですか?」

 一瞬顔を見合わせたサリスとエイシャは、ほぼ同時に声を発した。

「まだ聞いていなかったのね」

「あ、忘れてた」

「え? なんですか?」

「ウチの同居人っていうのは猫型の獣像レイルなの。昨日、店に来たときカウンターの上に猫の像があったの覚えている?」

 サリスに言われてカテリヤは記憶をたぐってみたが覚えがない。昨日はサリスに依頼を受けてもらえるかどうかで頭がいっぱいで、周りに注意を払う余裕などなかった。

「見た目はカワイイんだけどさ、とにかく生意気なんだよねぇ~」

 たいして困っていないような口調でエイシャが話を引き継ぐ。実際、サリスの印象では、ミアルのほうがエイシャに苦手意識を抱いているように見える。

「口が悪いから気をつけなね。なんか変なこと言われたら言って。叱ってやるから」

「は、はぁ……」

「ちょっと人見知りでね、知らない人の前には姿を見せないの。今もどこかに隠れているんじゃないかな。気が向いたら顔を出すから、そのときは相手をしてあげて」

「はい、わかりました」

 普段から錬素具エンクを扱っているサリスやエイシャと違い、錬素具エンクになじみのないカテリヤには、獣像レイル自体が珍しい存在で、それが人のように意思を持ち言葉を話すと言われても、まるで想像できない。

 カテリヤにとっては、そのミアルという名の獣像レイルが、サリスたちの仲間であるということさえ分かれば十分だった。

 その後も、次々と話題は代わり、にぎやかな雰囲気のまま食事は続けられた。話し役は主にエイシャで、カテリヤ相手に、サリスとの出会いや依頼中の失敗談などを面白おかしく語って聞かせた。

 めったに修道院モナステリオから出たことのないカテリヤには、どれも未知の世界のできごとであり、ときに笑い、ときに真剣にうなづきながら、まるで講談師を前にした子供のように夢中で聞き入っていた。


 やがて食事も終わり、カテリヤは、サリスと一緒にテーブルの片づけをしたあと寝室に引き上げた。

 カテリヤが手伝いを申し出たとき、いったんは謝絶したサリスだが、「お世話になっているのですから」と言われ思い直した。

 幼い頃から修道院モナステリオの下働きをしていただけあって、食器を洗うカテリヤの手つきは慣れたものであった。

 カテリヤが2階に上がったあと、食堂にはサリスとエイシャが残り、さらにいつの間にやらミアルがテーブルの上に陣取っていた。

 カテリヤと入れ替わるようにして姿を見せたあたり、最初から部屋のどこかに隠れていたのかも知れない。

「ちょっと、いたならさっさと出てきなよ。アンタの話をしてたんだから」

 ずっと姿を隠していたミアルを、エイシャが非難がましく睨みつける。

「明日、ちゃんとリヤに挨拶しなよ?」

「やだね、面倒くさい。新顔が来るたびに、いちいち相手してられないよ。見世物になるのはゴメンだね」

「なによぉ。アタシのときは、すぐに話しかけてきたじゃん」

「違うだろ! あのまま返事しなかったら、僕のこと叩き壊そうとしたくせに!」

「はいはい、2人ともそこまで。仕事の話をしたいんだけど?」

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