その6
<岩を割る斧>の繰り出す攻撃は直線的で荒々しいが、その巨体から繰り出される一撃は破壊力十分で、巨大な斧が地面に打ちつけられるたび、競技場内に轟音と砂塵をまき散らした。
相手より体格でまさるぶん、<旋舞姑娘>がどれだけ動き回っても、すぐに距離を詰められてしまう。エイシャもよく戦ってはいるが、相手の攻撃を避けるのに精一杯で攻撃に転じることができない。
このままでは、いずれ攻撃をかわしきれなくなり、巨大斧の餌食になってしまうだろう。
<旋舞姑娘>が<岩を割る斧>の攻撃をかわすたび、カテリヤは、口の中で小さな悲鳴をあげていた。
周りの観客たち同様、彼女の目にも<旋舞姑娘>が劣勢に感じられ、せめて無傷のまま試合が終わることを祈るのみであった。
そんなカテリヤの横で、サリスが静かにつぶやいた。
「動きが粗くなってきた……。そろそろ終わりね」
「エイシャさん、もう限界なのでしょうか!?」
「え? あ、ううん、違う違う」
サリスは少女の震える肩に優しく手を置くと、空いたほうの手でアリーナを指さした。
「限界なのは相手のほう。見て。エイシャに乗せられて、ずっと飛ばしまくったから、すっかり疲れちゃってる。<旋舞姑娘>の動きについていけなくなってるでしょ?」
サリスの言う通りであった。始めに比べて<岩を割る斧>の動作は緩慢になっていて、武器を振るうたびどこか体も泳いでいる。
対して、<旋舞姑娘>の動きは試合開始直後と変わらない。むしろ速くなっているように思われた。
<岩を割る斧>を中心に、左に飛び跳ね、右へ側転し、後ろに周りこむと見せかけてその逆をつき、まともに動けなくなった相手をいいように翻弄している。
勝敗を決めたのは、たった一撃であった。
左から撃ちこまれた横薙ぎの攻撃を、<旋舞姑娘>が身をかがめてかわしたとき、<岩を割る斧>が勝負に出た。
それまで右手だけで持っていた斧を両手で握りしめ、体ごと倒れこむような勢いで振り下ろした。これまででもっとも重く、もっとも速い攻撃であった。
この横薙ぎからの振り下ろしは、見ている観客の予想を超えた。エイシャの勝利を疑わずにいたサリスでさえ、小さく驚きの声をあげていた。
ついに<岩を割る斧>の強烈な一撃が<旋舞姑娘>をとらえた、と、誰もが思った。それほど巧みな攻撃であった。
だが、<旋舞姑娘>の動きは、その上を行った。
巨大な斧が地面に叩きつけられたとき、<旋舞姑娘>の姿はそこにはなかった。なんと<岩を割る斧>の頭上に身を躍らせていた。
最上段から襲いかかる攻撃を見切った<旋舞姑娘>は、完璧なタイミングで地を蹴り、振り下ろされる刃とすれ違いに宙空へ舞い上がったのだ。
一歩間違えれば敵の刃に自分から飛びこんでいく危険な行為だが、エイシャは平然とやってのけた。
ほんの一瞬のできごとで、<旋舞姑娘>の目の前にいたポエトスだけでなく、試合を俯瞰していた観客でさえ、<旋舞姑娘>の姿を見失っていた。
今、<旋舞姑娘>の足下には、<岩を割る斧>が無防備な頭をさらしている。<旋舞姑娘>の長棒が風を裂き、痛烈な一撃がその脳天に叩きつけられた。
競技場に重く鈍い音が響き渡り、頭を強打された<岩を割る斧>の巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
完全に倒れ伏すより早く、亜巨人像を構成していた元素が飛散し、入れ替わるようにポエトス本人が現れた。闘士が気絶し魔法が解除されのだ。地面に落ちたポエトスは、そのままぴくりとも動かない。
泡を吹いて落下した対戦相手とは対照的に、優雅にアリーナへ舞い降りた<旋舞姑娘>は、試合前と変わらぬ落ち着いた態度で審判員の判定を待った。
「し、試合終了! 勝者、<旋舞姑娘>、エイシャ!!」
審判員がやや上ずった声でエイシャの勝利を宣言すると、それまで静まり返っていた競技場内に歓声が爆発した。アリーナを囲む観客席から、割れんばかりの拍手と声援が<旋舞姑娘>に降り注がれる。
エイシャの勝利に安堵し胸を撫で下ろすサリスの横では、カテリヤも身を乗り出すようにして両手を叩いていた。
賞賛の声が降り注ぐ中、<旋舞姑娘>は腕を振って観客にこたえていたが、やがてその姿が消え去り、代わってエイシャがアリーナに降り立った。
駆けつけた係員たちが、ポエトスを担架に乗せ、症状を確認している。エイシャは、その様子を一瞥すると、観客席中央に設けられた特別席の前まで移動し、主催者や招待客らに深々と一礼する。
主催者の型通りの祝辞が述べられると再び大きな歓声が上がり、それらの声を背に受けながらエイシャはアリーナから退場していった。
2人の闘士がアリーナから去るころには、すでに観客席の人影がまばらになっていて、各所に設けられた階段口には外に出ようとする人々の行列ができていた。
賭けに勝ち浮かれる者、1日の稼ぎを失い落ちこむ者、観戦の興奮で疲れ切った者、今日の試合について語り合う一団などさまざまだが、最後の試合には、みな一様に満足しているようであった。
「さて、私たちも行きましょうか」
サリスがカテリヤをうながし階段へ向かう。控え室に戻ったエイシャと会うには、再び関係者用の通路に戻らなければならない。
「対戦相手の方は気を失っていたようですが、よくあることなのですか?」
「そうね。珍しくはないかな。試合中に亜巨人像の受ける衝撃は、乗っている闘士にも伝わるの。肉体は無傷でも痛みは本物だから気絶することもあるし、悪くすれば後遺症が出ることもあるわ」
「そんな……、それでは……」
カテリヤはサリスの説明にショックを受けた。巨人像同士の戦いであれば生身で戦うより安全だろうと思いこんでいた。だがそれは誤りだった。
カテリヤが<旋舞姑娘>の華麗な戦いに魅了されたのは事実だが、人が傷つくと知ってなお娯楽として楽しむことはできそうになかった。




