95.閑話~水那の本体
ギリシャ神話の英雄、女狩人のアタランテ。単独で怪物退治を成した武勲も無く。試練に敗れた求婚者たちを次々と射殺す悪名があるため、子供には読ませられない。某英雄大戦で活躍するまでマイナーだったと言っても過言では無いでしょう。
そんなアタランテがペルセウスに勝ること。アキレウスに「姐さん」呼ばわりされ、大半の半神英雄たちより【有利】なことがあります。それは何でしょうか?
「うるさいわよ、ネズミ共が」
『待ちなさい水那!』
魔薬を扱う外道な賊たちが集う拠点。そこに突入した『水那』を義姉のシャドウが押しとどめる。
『何ですか、姉様。攻撃を止める理由を教えてください』
『その凍結霊液は使用禁止よ。たとえ殲滅が確定の賊たちに対してもね』
発光信号の術式で高速会話を行なう。だが戦場で行なう会話は隙と化し。それに対してシーフ連中は容赦無くダガーを投擲してくる。ほとんどは手ではらうものの、一振りは『水那』が形作る人間態の胸部に突き刺さった。
「ッ!」
だが『魔竜鬼』である『水那』の本体は呪力を込めた糸で編まれた装束の一部分。魔力の水で作られた『人間態』を攻撃されてもダメージはほぼ受けない。
「・・・!?ッ!!!」
「チッ、このバケモッ…!?」
驚く者、悪態をつくシーフたちに本体シャドウが気配を殺して近づく。そうして背後から掌底を当てた。
『酷冷泉』
「クッ、いつの間にっ!?」「このア!?」
体温を放出させ低体温症に陥らせる『酷冷泉』。『エナジードレイン』と混同されがちだが、ドレインに必要な大口に該当する術式は存在しない。そのため体温を放出させる魔術の水気を取り除かなければ低体温症は継続する。
そして体温低下による麻痺の効果は『エナジードレイン』とは異なる〈ひどい〉ものだ。
「へっ?」「っ!?ま、待って…ゴッ」
吸血の概念により体の芯から冷えて麻痺していく『エナジードレイン』。
それに対し『酷冷泉』は水気が侵蝕した箇所から冷やし、体の末端から麻痺させていく。
そのため器用な手指でナイフを構え、足首のバネを活かし距離を取ろうとしても。
不幸な“ミス”により武器を取り落とし、転倒する“事故”が頻繁に起きる。
そうやって致命的な隙をさらした盗賊たちを、『水那』の義姉は容赦なく仕留めていった。
「なめるなぁ!死ぃねぇぇぇ!!!!!」
そんな二人に咆吼が浴びせられる。怒声では無い。
ヒトならざる獣たちの叫びが放たれ、細身を覆っていた筋肉があり得ない膨張をしていき。
「フゥ…水蛇蒼泉」
異形に変身しようとしたところで、『元侍女シャドウ』の術式が割り込んだ。
「!?・・・・・?ガァッ、アアアアアア!?!??」
「『水蛇蒼泉』」この魔導術式には表裏二面の効果がある。
『水那』が発動する『水蛇蒼泉』は呪力を込めた【糸】を核として、周囲の【水を操り】蛇と化す。『魔竜鬼』である自らの体を構築する、呼吸・栄養摂取という面がある。
一方『水那』を創造した術者シャドウがふるう「水蛇蒼泉」は魔力の【水】を塗布・侵蝕させた【糸を操り】蛇を作る。条件付きではあるが、事実上の絶命魔術だ。
「な、な、何だこれ!何なんだコレはっ!!」
「ん~~。醜悪な○ム?ベー○ンの類じゃないかしら」
「ヒュ--~~、ヒュッ!ヒュグゥ~~…、・・・ァァァ」
そこに出現したモノ。それは「水蛇蒼泉」によって魔力金属の強度を与えられた〈糸〉である。もしくは異形に変身して、〈着衣〉を破り捨てる予定だった肉の塊と言うべきか。
魔術金属の強度を付与され破けない着衣により、膨張を封じられた筋肉は服の中で事実上“圧殺”され。〈着衣〉からはみ出ている両手、両足と頭が凄惨な肉風船と化していく。
「人という者は【糸】を愚弄している。手品のネタ。いつも金で入手できる程度のモノ。
獣化、筋肉を崇拝する者たちに至っては。自慢げに衣服を破り捨て、残骸と化した糸を誇る。職人の努力、織物の歴史や【糸】へ込められた思いを踏みにじる
こんなことが許されていいのかしら」
「ヒッ!?ヒィィィーーーーー」
水那の本体が向ける冷たい視線に対し、異形へと変化した元盗賊が奇声を上げる。
細身の異形はかろうじて魔糸の着衣による締め付けを免れたのだろう。手指が伸びた触手10本を振るい、反撃を試みる。
「だから私も踏みにじる。膨張する肉塊、獣化の魔術とそれを使う者たちを。
締め上げ、衣服の恩恵を奪い取り。糸と衣服に敬意が払われるまで殺してあげる」
「なぁっ!?」
そして異形の触手は彼女の頭上を通り過ぎていく。ズボンが折れ曲がり、両ひざに支えられた胴体が反り返るのを強制させられ。
「ついでに魔薬を作るために犠牲になった人々の仇も討っておきましょう。水蛇蒼泉」
「ッ!?、!!!…グッ、ガッ、アアァァァ-----・・・ッ」
「水蛇蒼泉」による呪いの支配下に置かれた衣服がねじれていく。衣服の持ち主である細身の身体を締め上げ、ひねり、ほぼ全身に近い骨をすりつぶしていく。
その地獄を目の当たりにして、ついにカノジョが望むものが響き渡った。
「やめてください、ユリネ姉様!!」
「いいわよ水那。私の可愛い『魔竜鬼』」
ほぼ人間のアタランテが半神英雄たちより【有利】なこと。それは赤子の時に、アルテミスの眷族・幻獣?から乳をもらえたこと。それにより身体成長のスタートダッシュが【有利】になったことです。
この条件に合致する。乳幼児に高い栄養を与えられた英雄は限られています。
天の川の伝承がある〈ヘラクレス〉。母女神から溺愛された〈アキレウス〉。水陸両用の活動ができる海神の〈子供たち〉。
神の血を引いていても、成長ボーナスを得られる英雄は一握り。その条件が赤子の栄養状況に左右されると伝えているに等しい、神話がたくさんある。神話世界なのに生物学があって面白いです。




