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93.酷冷泉

 ギリシャ神話の女狩人アタランテ。正直、英雄大戦に登場するまでほぼ知らない英雄でした。

 

 しかし現在、アタランテの伝承を読んでみるとかなり規格外な英雄であり。並の“戦士”ではあり得ないことを成したと思います。

 支配階級の戦士たちに比べ、功績が過小評価される狩人たち。男尊の文明でその例外となった実力者がアタランテだと思うのです。

 カオスヴァルキリー。人間と比べ遙かに優れた魔術文化を持つ。万が一、人間の執念が秀でた魔術を編み出したとしても。それを学び、正統な対価を払って購入し、あるいは奪い取る。


 そんなC.V.の魔術は非常識だとか固有能力扱いされることが多い。だがC.V.から言わせれば、既存の術をアレンジしたり成長させているに過ぎない。先達に敬意を払い、知識巨人の肩に立っているだけのこと。


 [だったらこの【魔竜鬼(ドゥーガ)】も魔竜(ドレイク)戦鬼(オーガ)を掛け合わせたような存在に過ぎないのですね]


 [モチロン、その通りヨ]


 [・・・・・・・・・・]


 かつて『水那』の眼前で交わされたやり取りである。


 




 「『水蛇蒼泉』」


 水は0~100度の熱変化により氷、水と気体の三態に変化する。その理論により魔力で構成された【魔竜鬼】も魔導・感情の熱によって形態を変える。


 『水蛇使い(ヘビとシャドウ)』『女シャドウ』と『水の多頭蛇竜(ヒュドラ)


 それが『水那』と名付けられた【魔竜鬼(ドゥーガ)】の三形態だ。

 彼女を戦場に放り込んだ、術者である元侍女シャドウは遠くにおり。ウァーテルのどこかで下級シャドウとして戦っている。


 「退けっ!撤退だ、急げっ!!」

 「ふざけるなっ!敵前逃亡は死…」


 何かさえずっている凡夫の賊たち。その眼前で『水那』はヒュドラの蛇体を構成していく。


 核であり脊髄も兼ねる呪力を込めた繊維(シャドウの衣装)に水気を集め。筋繊維、鱗を型作ってから蛇皮へびかわで覆う。まなこを見開き蛇体の意識を表し。威嚇に口を開いて舌を震わせて見せる。

 そうして五匹の〈大水蛇〉が球状にからまる多頭の蛇竜が完成した。その巨体が広かったアジトの空間を埋め尽くしていく。


 「ア、ア、アァ…」「嫌だ。もう丸呑みにされるのは嫌なんだ…」

 「逃げる、オレは逃げるぞっ!!」


 精鋭シーフだった者の半数を戦意喪失させた。つぶやける者などまだマシで、カエル同然に硬直している者も少なくない。


 「背中を見せるな!その瞬間に襲ってくるぞ!!」


 指示を出しつつ、指揮官であろうシーフが再び魔の短剣を投じてくる。今度は威力重視なのだろう。閃く刃が蛇体を貫き、心臓部であるの呪力を込めた繊維に届く。

 それにより急造した蛇体は大きくゆらいだ。


 「やったか!?」「まだ生きてる。とどめを刺すぞ!」「ウォーーーーーッ」


 これを好機ととらえた。あるいは戦士の端くれとして命を賭けるべき時と判断したのだろう。魔短剣をふるうシーフロードとその配下たちが、『ヒュドラ水那』に殺到してくる。恐怖に耐えて戦う姿は、故郷の都を取り戻そうとする勇士にすら見えなくもない。


 

 あくまで“魔薬”を持ち込む賊連中としてはマシ…という注釈がつくが。


 「なっ!?」「ちぃっ!」「へっ!?な、何で?」


 盗賊勇士たちが腑に落ちない表情で疑問の声をあげる。その理由は唐突に武器を取り落とす。あるいは転倒して無防備な姿をさらしたためだ。

 精鋭シーフとしては、あり得ない失態だろう。そのことに茫然となるシーフたちを、大水蛇の巨体が容赦なく呑み込んでいく。


 「『酷冷泉こくれいせん』…残念だったわね。せめて貴様等は勇敢に戦ったと広めてあげる」


 『酷冷泉』それは凍結、氷とは似て異なる“冷たい”魔術だ。人は発汗により熱を体外に放出する。そして錬金術にはアルコール等の気化する際に熱を放出させる液体が存在する。

 水那が使う『酷冷泉』の術。それは魔性の水によって【体熱放出】を暴走させる魔術だ。濡れた身体が冷える〈低体温症〉を肌に付着させた毒水(消毒液)によって誘発させる。


 水蛇の体液、床を流れる魔力の水。そしてヒュドラを構築するため流動していた魔力を含む大量の水。それらが“偽の汗”と化し、濡れた人肌から熱を放出させる。体温・体力を奪い手足を麻痺させていったというわけだ。


 「キサマァ・・・蛇毒かっ!!」


 「ええ、『水ヒュドラの毒』よ。まさか暗殺を請け負うキサマらが卑怯とは言わないわよね」


 「ぐっ・・・・・そぉ…」


 正論であっても認められないことはある。ましてお株を奪われ、殺されるとなればなおさらだろう。

 だが彼らは“弱肉強食”の世界で生きる者であり。何より“策謀家”の手駒だ。仮にもシャドウの一員『水那』としては、一人たりとも逃すわけにいかない。


 「さようなら。すぐに貴様等の主も後を追うことになる」


 「ッ………」


 そんな手向けの言葉に応えられる者はなく。シーフブレイバーたちは多頭大水蛇レッサーヒュドラの巨体に呑み込まれていった。






 『酷冷泉』魔力の水で濡らした身体を低体温症に陥らせる術式だ。


 簡単に言えば〈冷気による継続ダメージを与える〉のに近い。ただし凍結、氷結の攻撃魔術と比べるとかなり地味だ。魔力の水で濡らすという発動条件を満たし。

 暗殺・殺戮にまで使用可能な邪法である。

 薄い空気で身体に負荷をかける『小飛龍』と同様に。身体を破壊する毒と勘違いして〈解毒剤〉を飲むと症状がより悪化しかねない。『小飛龍』と併用して使えば、寒い高山の天候を再現し『旋風閃(身体強化)』の訓練にも使われる。


 シャドウにとってそこそこ重要な術式の一つと言っていいだろう。


 「さ・て・と・・・待たせたわね、ゴロツキ共」


 「ヒィッ!?」


 だから『酷冷泉』を目の当たりにした者は基本、口封じに抹殺する。本来、お館(イリス)様のご意向により、口封じには厳しい条件がつくが。

 この夜、この場にいる闇ギルドの連中は例外だろう。


 「待て、待ってくれ!」


 「何かしら?敵前逃亡は死刑と言っていたボス盗賊サン」


 「「「「「・・・・・」」」」」


 あるいはシーフブレイバーたちが戦おうとしている時に、出入り口に殺到していた。仮にも同胞を見捨てて逃げようとしていた腰抜けたちの代表と言うべきか。

 『水那』の皮肉に大半の者が恥じ入り視線をそらす中。シーフロード一人だけが気にすること無く熱弁をふるう。


 「我々は降伏する。情報を提供するし、身代金をとるのもいいだろう。

  だから命だけは助けてくれ!!」


 「へぇ…。だけど多頭水蛇(このからだ)では捕虜の拘束をできないのだけれど」


 「それなら我々がお互いに手を縛る。それを貴女の魔術で補強すればいいだ…いかがでしょう」


 そう告げてシーフロードは一瞬、出入り口の扉に視線をやる。逃走を試みた賊たちの前で、閉ざされたままの扉がたたずむ。


 その原因は『水那』とその術者(本体)がふるう水魔術による『接着』のためだ。その威力は今夜、切り札として使われるはずだった【魔薬瓶のフタ】を接着し封じるほどである。

 チンピラが自縛のヒモに小細工を弄したところで、それ()封じるのはたやすい。


 「なるほど悪くない提案ね」


 「おお!お聞き入れていただきありがとうございます」


 「報告して許可をいただいたら・・・次回(・・)からやってみるわ。『酷冷泉』」


 「なぁっ!?」


 『魔竜鬼』らしい、連なる大水蛇の巨体を『水那』はうごめかせる。それは平静を装っていた盗賊共の虚飾をはぎ取り。蛇に怯える人間の本能をむき出しにさせた。


 その恐怖がチンピラたちの身体を大きく震わせ。『酷冷泉』のもたらす体温低下が追い討ちでさらなる怖気おぞけを侵蝕させる。


 「ヤメッ、やめてくれぇ…」「イヤだ。もう蛇は嫌ッ!?」


 心を折られた震えて動けない闇ギルドのメンバーたち。

 その連中に『水那』は蛇体をまきつけ、ゆっくり確実に締め上げていく。

 それは水蛇の地獄だった。


 「何でっ、何で降参が駄目なんだ!何で、ナンで、ナッ!?」


 そんな中で一人シーフロードが叫ぶ。それに対し『水那』は丁寧に答えてやった。


 「何でと言われても。キサマ等が使おうとした魔薬を調合するのに何人犠牲になって、何人殺すつもりだったのかしら?」


 「ッ!?」


 「そもそも私の亡きがらを研究材料オモチャにしようとする連中。それができなかったら無差別に民草を殺戮して悪評を広めようと企てるケダモノ。


  何をどうしたら普通の死を迎えられると考えられるのかしら」


 「待て!待って下さ…」


 命乞いを続けようとする賊たちに『水那』は容赦なく『酷冷泉』を執行する。それは仮にも戦士だったものたちを壊滅させた『酷冷泉』とは似て非なるもの。


 〈全身麻痺〉では無い。悪寒と身体の震えが最大になるよう。特殊なリズムで局部の体熱を放出させることで、背筋が氷る恐怖を増幅させる。そうして見せしめに使うおぞましいデスマスクを作りあげていった。

 

 「さて、これで侮る連中が減れば良いのだけれど」


 【どぶ川のお掃除】間違いなく善行で、広まれば大勢の人間に利益をもたらすだろう。


 しかし現状は「偽善」と陰口をたたく奴ならマシなほうであり。“頭がお花畑”と侮蔑し、“非道な作戦が効果的”と考える外道が増殖している。


 そんな連中に冷や水を浴びせるため。それなりに勇敢な者には敬意を払い、アタマのイイ策士には容赦しないというメッセージを刻み込むため『水那』は汚れ仕事をこなしていく。




 【彼女(本体)】が少しでも安らげることを願いながら。

 アタランテの規格外なこと。それは女だてらにイアソンの『アルゴー船』に乗り込んだことです。


 某、成るぞ海賊王のせいで忘れられがちですが。規律、魔術の両面から女性を航海の船に乗せるなど、神話時代にあり得ません。

 しかもゴロツキを従える女海賊船長ならともかく。英雄オールスターの『アルゴー船』に加わるのはそれと次元が違います。


 加えて『アルゴー船』に乗り込んだ勇士にはヘラクレスがいました。極東版のヘラクレスは棍棒をふるってばかりいますが。人馬の一族・魔鳥の群れを強弓で殲滅した武勲を誇る大英雄です。

 俊足が活かせる草原ならアタランテも大英雄に実力を示すことは可能です。ですが揺れる甲板で足の速さが活かせるでしょうか?


 これらのことから推測すると。アタランテは弓・狩人の実力でヘラクレスに認められる実力者だったと考えます。彼女のフィールドである山林、月夜で一撃離脱の持ち味を活かせれば。槍を持つ英雄たちにも後れは取らないと愚考します。

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