第17回 サイレントキラー
近未来、胎児に対する遺伝子操作で高い能力を有する人間を造り出す事が
当たり前になり始めていた。
社会的に遺伝子操作が脚光を浴び始めたのはジャスティンメイソン博士による、
特殊な遺伝子配列置換方法、ジャスティンメイソン施術だった。
遺伝子操作による能力のデザインとその実現にはまだまだ確実性に欠ける物があり、
それどころか遺伝子操作の影響から遺伝子操作された人間の子供に奇形児が産まれる例も少なくなかった。
JM施術はその点に置いて奇妙なほどに設計が完成されており、
設定された能力のデザインを確実に発症させ、
本人が望む望まないに関わらず設計者の意図した通りの人間として完成するシステムを確立させていた。
それは社会の構造として取り込むことの出来る信頼の置ける要素として評価され、
今ではJM施術者のみしか就職できない企業なども増え始めていた。
私は自然分娩で産まれた旧人類であり、だからというわけでもないが
この世界古来からのシステムに興味があったため、ウィルスの研究を行っていた。
ある日その女性は突然私の研究室へやってきた。
彼女はある研究者の助手であるといった、
その身につけている衣服や鞄や靴全て世事に疎い私にもわかるほどのブランド物ばかり、助手と言うよりも愛人という方がふさわしいようにも思えた。
試しに現状の注目すべき研究や、研究者の動向の話題を振ってみると、
彼女は問題となる要素と改善点の私見まで述べてみせ、
たしかにそれは理論として試してみる価値のある内容であった。
あらかじめ用意された返答であったとして、
少なくとも彼女の裏にいる人間とは話が合いそうだ。
私は彼女の話を聞く事にした。
彼女は彼女が助手をしている博士に見捨てられ、それが原因で死ぬのだと言った。
博士の研究によって世界に与えられる影響はその存亡を揺さぶる物、
それを止める事は私にとって価値のある事でしょうと彼女は言った。
彼女にとってはそれは対したことではないらしい、
なにせ彼女はどちらにせよもうすぐ死ぬのだからと。
彼女の望みはたった一つ、
彼女はその人生の終わりにハッピーエンドを求めているのだと言った。
たった一度しかない人生においてそれは彼女にとって何より優先すべき事項のようだ、ようは彼女の目的は私的な物だった。
正直なところ世界がどうなろうが私にもどうでもいい、
ただ人をここまで駆り立てるものには興味がある。
「おもしろい、引き受けよう」
私はコーヒーを片手に窓ガラスに映った自分の顔を見る、
そこには自分でもどうかしてると思うほどに歪んだ顔があった。
それから彼女と手分けをして調査を進めていくが
結局突き止めることが出来たのは彼女を突き放した博士の居場所だけだった。
彼に彼の居場所がわかったことに気づかれないように、
彼女には隠しておいても感づかれるため先にそれを伝え、先走って動かないように釘を刺しておいた。
その場では了承した物の当然彼女はそんな話を聞き入れるわけもなく、予想通り博士に会いに行ってしまう。
それまでは予測可能であった為あらかじめ彼女の部屋と車に仕掛けた盗聴器やGPSなどで彼女の同行を追跡し、阻止しようとしたが唯一想定外だった事件が私に舞い込んだことでそれはできなかった。
事件は一応の解決をみせ、私は彼女の衣服に仕掛けたGPS情報から
彼女の居場所まで急ぐ。
彼女の身になにかあったらしい、位置情報が数時間前から一切移動していない。
たどり着いた先で彼女は倒れていた。
発作で息も絶え絶えになりながら彼女は駆けつけた私を見る。
その目は初めて見る物だった。
恍惚、だろうか。私はなぜか胸の奥がうずくのを感じていた。
彼女の体を抱き上げる、
体は近くにあるのに彼女が少しずつ遠くに離れていく感覚、
死が音もなく近づいているのが本能的にわかる。
それは彼女の覚悟でもあったのかもしれない。
彼女はいまわの際に幸せそうに自慢する、
私は見捨てられてなんていなかった、むしろその逆だったのだと。
「私こそが彼の偉業を達成する重要な要素、
私はこの人生を完成させることで彼の夢と一つになれる。
私は愛されていた、これはその証明、私のハッピーエンド」
彼女は私に博士から渡されたという封筒を手渡すと、
自分が死んだら彼にそう伝えて欲しい、彼と再会させてくれてありがとう。
そう言い残して息絶えた。
今考えればそれは嫉妬だったのかも知れない、
私にとってはじめての人間らしい感情を抱いた相手を奪われた憎しみ。
それ自体はなにも悪いことではないと理解した上で、
博士が反社会的であることを利用して悪として断罪するために、
私はその時からある計画を進め始めた。
封筒の中に記された住所と時間、そのとおりに私は博士にあった。
彼の望みはシンプルだった、科学者として偉業を残したい、
人類としてこれ以上ないほどの。
人類を抹殺する、それが彼の目的だった。
遺伝子操作によって産まれた人間からの三代目から大人になる前に死ぬ人間しか
産まれなくなる。
それを隠しメリットしかない施術方法として確立する事に成功した。
彼女は彼の遺伝子施術による実験体だった、そして彼女は死んだ、彼の設計通りに。
もう彼の計画を止められる者はもはや誰もいなかった。
私が彼の計画を知るに至ったのは誰かが彼の偉業を証明する必要があるからだと彼は言った。
おそらく私がこうするのも彼にとっては計画の範疇なのかも知れない、
だとしたらいい度胸をしているというものだ、
研究者として喧嘩を売られたということらしい。
時間が流れて行くにつれて世の中の構造がJM施術中心に切り替わっていく中、
私は個人的なつてを使い秘密裏にあるウィルスの研究開発を進めていた。
実験のために用意した妻とその子供を使ってそのウィルスの実験も続けている。
JM施術による遺伝子的な構造改変をウィルスの遺伝子改変機能によって消去する計画だ。
ウィルスが完成すればそれを世界中にばらまきパンデミックを起こす。
人類社会は崩壊するかも知れない、
しかし生命的には人類は続くだろう。
私は人類を救ったという偉業をなす事になるのだ。
私は黄昏に染まる街を眺めながら笑っていた。
愉快だ、ほんの少しでも私のプライドを傷つけた事を後悔させてやる。