第36話 教会にて
イウフィフィ領都の建物は、どれも南に向かって斜面が作られ、天窓が設けられている。
案内してくれている従僕が言うには、ここに拠点を持つ商人たちが荷物を改めたり、中で加工したりする際に、よく見えるように陽光を取り入れやすくしているのだという。
そのため、外観はそれぞれの店と判るように、色とりどりな染料や旗で飾り付けられているが、内壁は白っぽい色で塗られている所が大半なのだとか。
そして陽光に弱い品は倉庫の奥へ、そして特に貴重なものは商人たちの自室で管理されている。
「季節が巡っても、領都のどこに店を構えても、同じ事が出来るようにと、五代前の伯爵閣下が道を整備なさったのが始まりです。
現イウフィフィ伯爵閣下は、古い道の周りに無秩序に広がった街と道の整備に心血を注いでいらっしゃいます」
「街を……それはまた、大事業ですね」
「大きな街道を動かすのは王の承認が必要ですので、そこに至るまでが最も苦しかったと話されていました。
今の閣下は楽しそうに仕事をされていますし、この事は是非周りに広めてほしいと仰せです」
「……なあ、貴族はあんまり自分のあれこれは話さないほうが良いんじゃなかったか?」
「ラオベルトさん、この場合は、きっと外に話したほうが良いと伯爵閣下がお考えになられたのだと思いますよ」
「ああ~?
クソッ、貴族ってのは難しいな……」
ユステルとラオベルトがそうした話をしているうちに、教会の近くへと辿り着いた。
教会は、天を突くように尖った鐘楼が生えている、三角屋根の建物だった。
外観の色合いも地味で、周りと比べるとそこだけ別の街から切り取って持ってきたような様子だ。
そう感じさせる要因の一つが、教会の外に作られた急ごしらえの小屋の数々だった。
修道士の装いのものたちがひっきりなしに出入りしている所を見るに、恐らく、中に収容しきれていないけが人がそこにいるのだろう。
ユステルは彼らの、修道士たちからの視線を感じた。
期待……とは、また違う。
不審、に近いだろうか。
ドラウキンではアンジェロの友人ということで歓迎されていたが、正式に契約したわけでもない治癒師が突然首を突っ込んできたと思われているなら、妥当な反応かもしれない。
(そうだとしたら、少しやり辛いですね)
(伯爵がどのように話を通したか分からんので何とも言えんが……。
契約している治癒師が、矜持の高いものなのかもしれんな)
つまり、縄張り意識が強い治癒師かもしれない、ということだ。
うまくいくだろうか、と不安に思いながらも、ユステルは案内された宿屋へと入った。
宿屋はしっかりとした造りの新しい建物だった。
一階には窓がなく、受付を兼ねた給仕以外に用心棒らしきものが控えている。
最悪、野宿に近いようなひどい場所に案内されるかもしれないと心配していたふたりは、ひそかに安堵した。
「私はここで失礼いたします。
改めまして、邸に御用の際は宿のものにお申し付けくださいませ」
「お世話になります。
伯爵閣下にもお礼をお伝えください」
「かしこまりました。
明日からは教会へ直接お向かいください。
三日後の朝に、わたくしどもがお伺いいたします」
案内してきた従僕はそのように言って帰っていった。
宿のものに案内された客間は、三階にあるふたり用の部屋だった。
ラオベルトが部屋を検め、担いでいた荷物を置くと、ユステルを中に促すよりも早く、近くにある椅子にどすんと腰掛けた。
「あんな態度だから、さぞかし酷い所で酷い扱いをされるんだろうなと覚悟してたのに、拍子抜けだな?」
「他人をあまり悪く言ってはいけませんよ、ラオベルトさん」
「あいつの態度が悪いのは事実だろうがよ」
「貴族としては普通ですよ」
「けっ、貴族としては普通でも、嫌いなもんは嫌いだ」
ラオベルトは面と向かって貶されたことがよほど腹に据えかねていたのだろう、人目がなくなると伯爵の物言いに対してぶちぶちと文句を言い始めた。
実際にはユステルも、蛮族とまで言われたラオベルトがちゃんと同行出来るかも含めて、自分の扱いに不安を抱いていたのだが、今のところは普通に客として扱ってもらえているようだ。
(ひとは見かけによりませんね)
(顔を合わせただけの貴族をすぐに信用するんじゃない。
伯爵がお前を呼んだ狙いが判ったわけじゃないんだぞ)
(でも、治癒師の仕事をするように言われていますし、今のところそのようにもてなされていると感じています。
この宿だって、少なくとも下級貴族が宿泊しても恥ずかしくない場所に見えますよ)
(わからんぞ。
これからの働き次第では、宿を移される可能性もある。
あの伯爵は目も耳も良いようだから、迂闊なことは出来ないと思った方がいい)
(では、そうならないようにしっかり働かねばなりませんね)
ユステルは気合を入れ直した。
宿の手配は行き届いていて、温かな食事、清潔な湯、そして静かな空間がユステルたちにもたらされた。
ラオベルトは部屋の入口側のベッドで眠っている。
ここまでの振る舞いを見るに、言葉遣いはともかく、護衛としての働きはしっかりとこなしてくれている。
そんなラオベルトに感謝しつつ、アンジェロと声を出して話せないことが、少しもどかしく思えた。
翌朝、ユステルたちはしっかりと朝食をとってから、教会に直接向かった。
教会の中は炊き出しが終わったばかりのようで、修道士と、施しを受けている賎民らしきもの、そして怪我人で混雑している。
ユステルはちらりと、違和感を覚えた。
王都の炊き出しでは、賎民たちの声はもっと大きく、様々なものたちで賑わっていて、そして無秩序だった。
彼らは整然と並び、施しを受け、すぐ近くに来ている日雇いの仕事の紹介人のもとに足を運んでいる。
それが当然であると言わんばかりに。
少なくとも皿を盗もうとしているものや、他のものから施しを奪うような粗相を働くものは見当たらない。
そんな静かな喧騒の中から、ひとりの神官がこちらに向かって歩いてきた。
「ブリオノールの神官の方かとお見受けいたしますが、どうされましたか?」
「あ、はい。
治癒師のユステルと申します。
イウフィフィ伯爵閣下より、本日からこちらで治癒を行うようにと仰せつかっています」
女性の言葉に、ユステルが返事をした瞬間。
ほんの一瞬だけ、女性の視線がユステルから外れ、周りに流れた。
「お話はお伺いしております。
ようこそ、ユステル様。
イウフィフィ領都教会の治癒師ロシオナと申します。
ご案内いたしますので、このまま奥へどうぞ」
同じような服装なのでそうではないかとは思っていたが、ユステルは少なくない衝撃に襲われた。
イウフィフィ領都の治癒師が女性である事、そしてその女性が、神官長が悲惨だと言っていた扱いを受けているようには見えない事。
何より、このロシオナと名乗る女性は、周りを怪我人たちに囲まれているというのに、身ぎれいにしている。
振る舞いに余裕があるのだ。
ユステルは、前線の街での自分の態度を顧みた。
落ち着いて治癒が出来たのは最後のほうだけだったし、それでなくとも重傷のものたちが沢山いる状態では心休まる余裕はなかった。
翻ってロシオナは、これだけ怪我人に囲まれていても、泰然自若として見える。
これが、経験豊富な治癒師の姿か。
神殿で肩を並べて学ぶ同輩の姿しか知らないユステルは、密かに感動していた。
背を向けて歩き出す女神官の後ろに、言われるがままついていくユステルの頭の中に、アンジェロの警告が響く。
(こいつ……今の態度は何だ?)
(何かおかしな所がありましたか?
怒るような事は今のところ有りませんでしたが)
(怒っているんじゃない、警戒しているんだ。
こいつ、今、周りにいる兵士たちを見たぞ。
お前の後ろにいるラオベルトでも、仲間である修道士でもなく、兵士をだ)
(兵士を……?)
(そう、私兵ではなく、このイウフィフィの領主が管轄する兵士たちをだ。
どうやら何かある。
心の準備だけしておけ)
ユステルも歩きながら周囲に視線を巡らせると、確かに兵士たちがいる。
闘う修道士――修道闘士の姿もあるが、彼らは賎民や怪我人の対応にあたっていて、兵士たちのように周りに立っている様子はない。
何かから守っている?
あるいは、見張っている?
何があって、何のために?
「そう固くなるなよ。
お前の治癒なら、ここにいる奴らの事も助けられるって。
胸を張っていこうぜ?」
ラオベルトの声にはっとなり、ユステルは同行者の顔を見た。
どうやらユステルの緊張を感じ取って、励ましてくれているらしい。
ユステルはふわりと表情を崩した。
「ありがとうございます」
「おう」
何が待っていたとしても、自分の仕事は癒すこと、それだけだ。
ユステルは改めて、ロシオナの後を追った。
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