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治癒の神官と殺戮卿  作者: Yulz
第一章

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第一話

はじめまして。Yulzユルズといいます。

作品の投稿は初めてです。

隔日で作品投稿をしていきたいと思います。

最初は3話まで投稿させて頂きます。

「ふざけるな! 何のために高い金を払っていると思っているんだ!」


 怒鳴り声と、何かが倒れる音が、扉の並んだ神殿の廊下に響き渡る。

 その後も何度か物音が響き、しばらくして扉の一つが開き、憤然とした様子の男が中から出てきた。

 慌てた様子でかけつけた、聖印の施された衣装を身にまとう男……神官長が近づくと、その怒りは神官長に向く。


「おい! 明日をも知れぬ身の兵を癒したという術師は、本当にあいつなのか!?」

「はい、間違いなく」

「なら何故、あの男はわたしに癒しを使おうとしない!?

 由緒ある王国貴族において子爵の位を持つ、この私をだ!

 ただの兵士や巡礼者の傷はたちどころに癒せるというのに、貴族たるこのわたしを癒せないのは何故だ!?」


「ああ……。申し訳ございません。本日は調子が悪かったようですね。

 急ぎ、かわりの者を用意しますので、客間にて少々お待ちくださいませ」

「わたしが今日、来る事はわかっていたことだろう、ちゃんと用意をしておけ!

 素晴らしい腕を持つというからわざわざ金を積んで指名したというのに……。

 まったく、不愉快極まりない!」


 鼻息も荒く、足音を立てて歩く男を案内しながら、神官長は壁際に控えている若い女の修道士を呼び寄せて言った。


「こちらの方をサフランの間でおもてなしせよ。

 次の鐘が鳴るまでに別の治癒師を用意するので、そう伝えてお引き止めしろ」

「かしこまりました」


 神官長に一礼し、貴族の男に修道士が近づくと、男の目尻に好色な喜びが浮かぶ。


「うむ……今日はきみがわたしをもてなしてくれるのかね?」

「はい。尊きお方の無聊をお慰めできればと思います」

「よい心がけだ」


 静かに顔を伏せた修道士の促しにしたがって、貴族の男は客間のある棟へと向かっていく。

 その背中に向かって、神官長は笑顔のまま小さく悪態をついた。


「ふん、政務の合間を縫ってどうこうと偉そうな事を言うわりに、毎回遊んでいく時間はあるのだな。

 まあいい……それより、ユステル!」


 踵を返した神官長は一転、眉間に深いしわを寄せると、貴族の男が出てきた部屋へと入った。

 中はずいぶんと荒れていて、棚に飾っていたはずの花瓶は窓際で粉々になっており、机や椅子はどれも横倒しで、そこに用意されていたはずの果物は床に落ちて割れている。

 そして、部屋の奥に置かれた上等なベッドの横に、頬を腫らした少年が座り込んでいた。


「ユステル、今回は大きな仕事だから必ず成功させろと言っただろう。

 ここへ来て何年も経つのに、未だに治癒の発動がおぼつかないようなのはお前だけだぞ!」

「未熟者ですみません」


 部屋の惨状には目もくれず、神官長は座り込んだ少年、ユステルに詰め寄るが、対するユステルは慣れているのか、怪我をしているにも関わらず、声を荒げる事もなく静かに答える。

 その様が余計に神官長の神経を逆撫でしたらしく、神官長の表情がますます歪む。


「信心が足りていないのではないのか?

 お前の今の生活は誰が面倒を見ていて、誰が出した金で賄われているのか、よく考えろ」

「私は、神官長様の言うところの尊き方々への治癒を、ずっとお断りしているではありませんか。

 今回も成功するとは思えないからとお断りしたのに、無理を言って指名してきたのは先方でしょう。

 ちゃんと説明してくださったのですか?」

「説明した上で、お前の力を見込んで、とおっしゃられていたのだ!

 それをお前は! いつまで経ってもわがままを言いおって!」


 言っているうちに更に怒りが募ってきたのか、神官長が足を一度、どん、と床に叩きつける。

 すべすべとした上質な板材の貼られた床の上で、果物のひとつがころころと転がった。

 ユステルはぼんやりとそれを見ながら口を開いた。


「では、金食い虫の私を放逐すれば良いでしょう。

 私はずっと言っています。助祭から、治癒師から叙任してほしいと。

 野に下り、巡礼の旅のなかで、救いを求める方々に触れたいと」

「言葉を返すようだがな、それはできん!

 何度も説明しているだろう! 人の世に救いの手を広げる我らが神、ブリオノール様の戒律によって定められておる。

 神の御業をその手に宿す者は、神殿にて手厚く保護し、世の為にその御業を広めん、とな!」


 神官長は自分の足元に転がってきた赤い果物を横に蹴り飛ばした。

 はずみをつけて転がった果物は、部屋の角へと転がり、そこで止まる。


「強い治癒の力は傷を治すだけでなく、老化を抑える効果がある。

 治癒術の真実の価値はそこにあり、偉大なる神の慈悲をその身に受けんとする者は世間にひしめいておる。

 これは、お前が思っている以上に大きな事なのだぞ!

 史実の勉学の時間を寝て過ごしたわけではないだろうな?」

「……かつては治癒師を求め、『薬盃やくはい戦争』が起こり、戦乱の世において、使徒ブリオノール様は救いを与える治癒師をこそ救い、争いが起こらないよう仲立ちした、と習いました」

「そう、その通りだ。

 そして今、隣国の侵攻に端を発する戦争の煽りを受けて、世情は薬盃戦争の時よりも酷く乱れておる。

 教会から離れた、後ろ盾のない治癒師など、どこの誰の薬壺にされるかわからん」


 ユステルは果物を目で追いかけたまま、顔を上げようとしない。

 こうした態度はこれまでも取っているのだろう、神官長はそれに言及する事なく、ユステルに指示を出す。


「お前はここを元通りに片づけておけ。

 食べ物の類は捨てて、家具と床を磨いてから退室すること。

 ……それから、お前の今日の日当はなしだ。今日唯一の仕事を失敗しているのだからな」

「かしこまりました」


 ユステルは両膝をつき、掌を上に向けた手を膝に乗せて、ゆっくりと頭を下げた。

 神官職にあるものが目上の者に跪礼するときの正式な方法である。

 神官長はそれを見て深く息を吐き出し、言った。


「賤民出身で、治癒師としての力が強いお前がいつまでもその調子だと、必ずお前を不当な手筈で狙う者が出てくる。

 神の御業を振るう腕は間違いなくあるのだから、そろそろ力のある貴族と顔を繋いで守護してもらえ。

 今回の『客』は別の者に振る」


 神官長の足音が遠ざかっていく。

 ユステルはぼんやりとそれを聞きながら思った。


(……誰かの薬壺にされる、か)


 立ち上がり、部屋の角に転がっている、神官長が蹴り飛ばした果物に手を伸ばす。

 果物の皮は崩れていて、芳醇な香りのする果汁がぽたぽたと床に落ちる。


(クソッタレの金持ちどもの靴を舐めるような今の生活と、何がどう違うというんだ)


 ユステルは果物にかぶりついた。

 この赤い果物を分け合った仲間たちと震えながら過ごした過去が、ユステルの頭の中に蘇っていた。

お読み頂きありがとうございます。

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