第9話 選手という、最大にして最初の核心
翌日。
北島岳は、総務部の机に埋もれていた。
火気使用許可申請。
花火打ち上げ申請。
臨時駐車場の使用届。
地域住民説明会の案内文。
安全管理計画書。
机の上は、もはや“書類の山”ではなく“書類の壁”だった。
「キタさん、これ市役所に出すやつですよね! 期限、今日です!」
「えっ、今日!? 昨日の段階では“今週中”って……」
「“今週中”=“今日”って意味らしいです!」
「そんな日本語あるか……!」
佐伯と山根が右往左往し、岳も右往左往し、総務部は軽いパニック状態だった。
(やばい……本当にやばい……)
その時、内線が鳴った。
「北島さん、社長室からです」
(……またか)
岳は書類を抱えたまま社長室へ向かった。
「失礼します」
「おぉ、来たか、たけし」
三好大悟社長は、いつものように袖をまくり、窓の外を見ていた。
「社長、申請書が山ほどあって……その……」
「たけし」
三好は振り返り、にやりと笑った。
「何か忘れてないか?」
「えっ……まさか、盆踊りでもやるんですか?」
「お前、テンパってるなぁ」
三好は机の上のミカンジュースを一本、岳に差し出した。
「飲んで落ち着け」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃない顔してるぞ」
「……すみません」
三好は椅子に腰を下ろし、指を組んだ。
「たけし。お前、大事なこと忘れてるぞ」
「えっと……バーベキューの肉の量ですか? 花火の安全距離? 駐車場の誘導員……?」
「違う」
三好は、わざと間を置いた。
「俺たちはサッカークラブを作ってんだよな」
「もちろんです!」
「だろ。……で、サッカークラブに不可欠なのは何だ?」
「グラウンド? 資金? それともサポーターですか?」
「おいっ」
三好が机を軽く叩いた。
「サッカークラブだぞ。選手はどうした?」
「へっ?」
「選手がいなくてサッカークラブができるのか?」
岳は固まった。
完全に固まった。
(……選手……)
頭の中で、草刈りの映像、BBQの準備、花火の申請、駐車場の図面がぐるぐる回る。
そのどこにも、“選手”という単語はなかった。
「……忘れてました」
「だろうな」
三好は笑った。
「たけし。クラブってのはな、グラウンドより先に“人”だ。選手、監督、スタッフ。まずはそこからだ」
「は、はい……」
「で、どうする?」
「どうするって……」
「選手を集めるんだよ」
岳は、思わず椅子に深く座り込んだ。
(選手……どうやって……?)
プロでもない。
アマチュアでもない。
そもそもクラブの知名度ゼロ。
「社長……そんな簡単に集まるんですか?」
「簡単じゃない。だから面白いんだ」
三好は立ち上がり、窓の外を指さした。
「宇和島にはな、サッカーが好きなやつが必ずいる。
高校生、大学生、社会人、帰ってきた元選手……探せば山ほどおる」
「でも、どうやって……」
「まずは“募集”だ。堂々と、派手に、熱くな」
「募集……」
「そうだ。市内の高校、大学、社会人チーム、スポーツ少年団。全部回れ」
「全部……!?」
「全部だ」
三好は、当然のように言った。
「たけし。お前は“代表”だ。選手を探すのは、お前の仕事だ」
岳は、深く息を吸った。
(選手……選手か……)
草刈りよりも、BBQよりも、花火よりも、
“クラブの根幹”に関わる仕事。
逃げられない。
「……分かりました」
三好が笑った。
「よし。まずは宇和島商業高校だ。あそこの監督は頑固だが、悪い人じゃない」
「宇和島商業…」
「それから、宇和島南、吉田、三間、津島。全部回れ」
「ぜ、全部……」
「たけし」
三好は、真剣な目で言った。
「選手が集まらなきゃ、クラブは始まらん。お前の言葉で、未来の選手を口説いてこい」
岳は、拳を握った。
(……やるしかない)
「分かりました。行ってきます」
「よし。たけし」
三好は、にやりと笑った。
「お前、今ちょっと“代表の顔”してるぞ」
岳は照れくさく笑い、社長室を出た。
廊下に出た瞬間、胸の奥に新しい熱が灯った。
(選手を……集める)
それは、クラブ創設の“第二の壁”であり、
同時に――
(……なんか、ワクワクしてきたな)
岳は、初めて“代表としての使命”を実感していた。




