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サッカークラブメイキング 〜ど素人社長、丸投げされる?〜  作者: 双鶴


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24/55

24話 試す者と試される者

 土曜日の午後。

 北島岳は、また宇和島商業の駐車場に立っていた。


 校舎の壁に当たる春の光。

 グラウンドから聞こえるボールの音。

 遠くで響く掛け声。


 昨日までなら、ここに来る理由は「監督に相談があるから」だけだった。

 だが今日は違う。


 “クラブの未来を決める人間”に巡り会うために来ている。


 宇和島商業の監督が、職員室から出てきた。


「北島さん、来たか」


「はい。大畑さんの連絡先、ありがとうございました」


「いや、礼を言うのはまだ早い。

 あいつは……簡単には首を縦に振らんぞ」


 監督は、少しだけ笑った。


「でも、会ってみる価値はある。

 お前が“本気”ならな」


 その言葉に、岳は自然と背筋が伸びた。


「本気です。

 だからこそ、ちゃんと話したいんです」


 監督は頷き、スマホを取り出した。


「今、グラウンドの近くにいるらしい。

 ここで待ってろ」


 岳はグラウンドのフェンス越しに、選手たちの練習を眺めた。


 ボールが走る。

 声が飛ぶ。

 土が跳ねる。


 その光景を見ていると、胸の奥がざわついた。


……俺は、何も知らないまま“クラブを作る”なんて言ったんだ


 サッカーの戦術も知らない。

 選手の育て方も知らない。

 監督の仕事も知らない。


 それでも――


それでも、やりたいと思った


 この街に、サッカークラブがある未来を見てみたい。

 子どもたちが、オレンジのユニフォームを着て走る姿を見たい。

 スタンドで笑っている大人たちの顔を見たい。


 そのためには、どうしても“本気の監督”が必要だった。


 ふと、足音がした。


 振り返ると、ひとりの青年が歩いてきていた。


 黒いジャージ。

 無駄のない歩幅。

 姿勢はまっすぐで、視線は揺れない。


 近づくにつれ、その存在感が空気を変えていく。


「……北島さんですね」


 青年は軽く頭を下げた。


「大畑悠斗です」


 その瞬間、岳は理解した。


 この男は、ただの“サッカーが上手かったOB”ではない。

 “勝つために生きてきた人間”だ。


「北島岳です。

 今日は、お時間ありがとうございます」


「いえ。

 さっき宇和島商業の監督から、少し話は聞いてます」


 大畑はグラウンドを一瞥し、それから岳を見た。


「宇和島オレンジエクストリーム。

 クラブを作るんですよね」


「はい」


「監督を探している、と」


「……はい」


 言葉にすると、改めてその重さがのしかかる。

 だが、逃げるわけにはいかなかった。


「場所を変えましょうか」


 二人は近くの喫茶店に入った。

 窓際の席に座り、コーヒーが運ばれてくる。


 しばらく、カップから立ち上る湯気を見つめていた。

 先に口を開いたのは、大畑だった。


「まず、聞かせてください。

 どうしてクラブを作ろうと思ったんですか?」


 その問いは、真正面からだった。

 飾りも、逃げ道もない。


 岳は、少しだけ息を整えた。


「……この街に、サッカークラブがある未来を見たいと思ったんです」


 岳は続けた。

 言葉を選ぶのではなく、胸の奥にあるものをそのまま出すように。


「それに……俺は、サッカー未経験です。

 運営も、クラブ経営も、何ひとつ経験がありません。

 普通なら、それは“弱点”なんでしょうけど……

 俺は、むしろ“強み”だと思ってるんです」


 大畑の目が、わずかに動いた。


「強み?」


「はい。

 既成概念にとらわれないんです。

 “サッカーってこういうものだ”とか、

 “クラブはこうあるべきだ”とか、

 そういう固定観念が俺にはない。

 だからこそ、ゼロから本当にやりたいサッカーを作れる。

 この街に合ったクラブを作れる。

 そう思っています」


 岳は、胸の奥にある“恥ずかしいほどの本音”を隠さなかった。


「経験がないからこそ、全部を学べるし、全部を変えられる。

 “こうじゃなきゃいけない”に縛られずに、

 魅せるサッカー、楽しいサッカーを最初から目指せる。

 それが、俺の唯一の武器です」


 大畑は、黙って聞いていた。

 その沈黙は、岳の言葉を測るための沈黙だった。


 岳は続けた。


「3−4−3ムービングをやりたい理由も、そこです。

 何もないゼロからのスタートだからこそ――

 “魅せるサッカー”“楽しいサッカー”に徹底的にこだわりたい。

 守って勝つんじゃなくて、攻めて、走って、観る人がワクワクするサッカーをやりたい。

 この街の子どもたちが、“あんなサッカーがしたい”って思えるようなクラブにしたいんです」


 岳の声は震えていなかった。

 覚悟が言葉を支えていた。


 大畑は、しばらく沈黙したあと、静かに言った。


「3−4−3ムービングは、簡単じゃないですよ」


「分かっています。

 だからこそ、やりたいんです」


「選手もいない。

 監督もいない。

 グラウンドも整備されていない。

 そんな状態で、“魅せるサッカー”をやると言うんですか?」


「はい」


 岳は迷わず答えた。


「何もないからこそ、最初から“魅せるサッカー”を前提に作れる。

 中途半端に形があるクラブより、よっぽど自由だと思うんです」


 大畑の目が、わずかに細くなった。


「……面白いことを言いますね」


 その声には、わずかな笑いが混ざっていた。


「普通は、“まずは勝てるサッカーから”と言うんですよ。

 “魅せるサッカーは、そのあとでいい”って」


「それは、分かります。

 でも――」


 岳は、言葉を選びながら続けた。


「このクラブは、“あとで”が許されないと思うんです」


「どういう意味ですか?」


「最初の一歩で、“このクラブはこういうサッカーをするんだ”って示さないと、

 二度とチャンスは来ない気がするんです。

“ああ、よくあるチームね”って思われたら、そこで終わりです。

 だから、最初から“魅せるサッカー”に賭けたい」


 その言葉は、岳の胸の奥から自然に溢れたものだった。

 大畑は、しばらく黙っていた。

 喫茶店の時計の音が、やけに大きく聞こえる。


 やがて――


「……北島さん」


「はい」


「あなた、本気ですか?」


 その問いは刃だった。

 岳は迷わず答えた。


「本気です。

 この街のために。

 このクラブのために。

 そして、自分自身のために」


 大畑は、ゆっくりとカップを置いた。


「分かりました。

 ただ、ひとつだけはっきり言っておきます」


 岳の心臓が、どくんと鳴った。


「俺は、“本気じゃないクラブ”とは絶対に組みません。

 妥協するクラブとも、

 “とりあえずやってみようか”みたいなノリのクラブとも、

 関わるつもりはない」


「……はい」


「だから、今ここで“監督を引き受けます”とは言いません」


 岳の胸が少し沈んだ。

 だが、その次の言葉が、その沈みを押し上げた。


「しばらく、手伝います」


「……え?」


「いきなり監督就任じゃなくていいでしょう。

 トライアウトの方法を一緒に考える。

 選手の選び方を一緒に決める。

 練習の組み立て方を一緒に作る。

 それをやってみて――」


 大畑は、まっすぐに岳を見た。


「そのうえで、“このクラブならやれる”と思ったら、引き受けます」


 岳は自然と頭を下げていた。


「お願いします。

 一緒に、考えてください」


「いいですよ。

 面白くなりそうですから」


 喫茶店を出ると、夕方の光が街を包んでいた。

 車の音、人の声、遠くで鳴く鳥の声。


 世界は何も変わっていないように見える。

 だが、岳には分かっていた。


(……動き始めた)


 クラブの未来が。

 街の未来が。

 そして、自分の未来が。


 大畑悠斗という青年が、その中心に立ち始めている。


 その確信だけが、岳の足を前へと進ませていた。


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