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14-9

キリコは目の前の青年が、今回の計画を実行したあの日、自身の警護任務にあたっていた優男だと気づいた。

今回の計画が全て水の泡になることを一瞬恐れたが、青年の目を再度見つめると、それは杞憂だったと悟り、安堵の表情をこぼした。


「霧子には、環境が整ってから目を覚ましてもらうつもりなの。だから今回の件は、目覚めた後のサプライズになるわ。もしかして、私が生まれた経緯も知ってる?」

明人が覇気なく頷いた。


「艶端長官が最高裁判所長官になられた直後、自身に対し違和感を感じた長官は病院へ通い、解離性同一障害と診断されました。そして、長官を崇拝していた今宮さんは病院から情報を盗み、艶端長官のもう1人であるあなたへ接触しました。艶端長官が社会的なバッシングに相当参っていることを知り、そして新たな人生を検討している事を知ったため、今回の計画に臨んだ。そうですよね?」

頭に浮かんだ画を反芻しながら、明人は淡々と話した。


そこまで言うならと、降参を示すかのように、ツヤハタは手のひらを上にして両手を動かした。

どこからその情報を得たのか逐一尋ねたいところだが、今のツヤハタにはそんな時間はなく、そして何より、終わった出来事にそこまで興味はなかった。


「今宮さん。その手の傷までは・・」

「過去に縛られてるみたいだって?これは、僕が生きた証だよ」

明人は、武井典子から送信された養護施設時代の今宮の写真に映る傷痕を思い出した。顔は整形して別人だが、傷痕だけは今も昔も変わらない。


「君、行政側の人間だよね?君たちにはだいぶ迷惑をかけたね。でも僕は、艶端長官に穏やかな日々を送ってもらうことだけを考えて生きてきたんだ。ネットの社会は残酷だからね。長官が正義の鉄槌を下しても、汚い言葉で罵るもので溢れかえっている。長官が法曹界から退いても、悪く言うものは減らないし、命だって狙われる。ならば長官を一生行方が分からぬ者にしようと、裏方であるツヤハタさんと今回の件を企てたんだ。一応言っておくが、僕の目的は艶端長官を行方不明にするだけで、よく分からない殺人配信とは全く無関係であることは伝えておく。艶端長官は第二の人生を歩む事を潜在的に望んでいるし、何より、長官のメンタルがこれ以上持たないと判断しての実行さ。僕自身も、事をやり遂げたし、身分を新たにこの国を旅立つよ。さぁキリコさん。そろそろ行きましょう」


今宮は一礼するとツヤハタを促し、共に搭乗ゲートへ向かって歩き出した。

しかしツヤハタは急に立ち止まると、踵を返して明人の目の前にやってきた。


「私たちの過去を事細かに知るって、現実的に無理な話だと思うんだけど、もしかしてあなたも、他人の過去と未来が断片的に突然見える人間なの?」

明人の目が見開いた。


「あぁ、やっぱり同士だったのね。私ね、霧子に代わって、法を犯して真相の究明に臨んでいたけど、あなたと同じようにいきなり映像が頭に流れて、真相が映し出されるの。私はその映像を基に、事件の真相に迫ってたのよ。あなたも、映し出されたものを頼りにここまで来たんでしょ?」

キリコに見透かされると、明人は思わず目を逸らし、頬あたりを掻く仕草をした。


「ずいぶん分かりやすいわね。もしかして、あなたの中にも、もう1人のアナタが存在するの?」

「え、それは違います・・」

「ふぅん。そうなの。でも、もしかして・・・あなたは気づいてないだけで、もう1人のアナタが存在するってこともあるんじゃない?まぁ、私の勘だけど、ね」

冗談、とキリコは笑って見せるも、明人の顔は引きつったままだった。


「ねぇ。あなたの連れに、私が国外で著名人になったら、護衛人としてあなたを雇うから、辞職願を出してこちらに来るように伝えておいてちょうだい。今の給料の5倍出すことも併せて、ね」


明人とその奥を交互に見ながら笑顔で手を振ると、ツヤハタキリコと今宮修平の姿は、人混みに紛れ見えなくなった。

明人は2人の姿が消えた後も、人々が行き交う空港の景色をしばらく眺めていた。


「明人。そろそろ行くぞ」

「はい」

明人は、空港内の騒音に負けない声で返事をすると、襟を正して歩き始めた。




ーーーー


灯凜はキンキンに冷えたハイボールのメガジョッキを左手に持ち、喉の奥へ流し込んだ。

ニンニクの効いた餃子とパクチーを一緒に食べるのがこんなに美味しいことを、なぜ今日まで知らなかったのだろうとルンルンに悔やむと、餃子・ハイボールを繰り返した。


「上の連中はメディアの対応に追われて休む間もないらしいぞ。マスコミ対応も苦慮しているらしいが、長官代行の互選に向けて上層で調整が始まったらしい」

ケイがメガジョッキを握りつつ、神妙な面持ちで話す。


「あの動画については、何の根拠もないフェイク動画だと上は表明したみたいだし。で、所在不明の扱いをどうするかで相当揉めた結果、職務を放棄したとみなして、辞任扱いになるって局長が言ってたけど、局長は納得いかないって顔してたよね」

灯凜の言葉に、一同は朝礼の際の後藤の表情を思い返した。


餃子に定評のある中華風の大衆居酒屋は、仕事終わりのサラリーマンで賑わい、声を張って話さないと相手方に届かないが、そういうわけにもいかず、明人たちはできる限り寄り添い、小さい声で会話を続けた。


「局長は不甲斐ない気持ちでいるんだろうな。明人から真実を伝えられたって、実質的な証拠があるわけじゃないし。証拠がなくとも明人が話す経緯を辿れば全ては辻褄が合うし、これまで明人には助けられた部分が多いし否定するわけじゃないだろうが、まぁ、受け入れ難い結末ではあるよな」

ケイが険しげな表情を明人に向けるも、左手はメガジョッキの取手を強く握りしめている。


明人自身、今回の件は不完全燃焼を感じていたため、局長の目を見ながら話すことはできず、局長の肩あたりにフオーカスを当てたまま全容を伝えた。

局長の顔を見ずとも、怒りと困惑に満ちた形相でこちらを見ていることに気づいたが、想定の範囲内だったため、ほとんど動揺することなく伝え切った。

「・・わかった。今回の件を上に報告することはないが、今回の件で事務局側の対応を求められた場合は、俺の方で何とかする」

それだけ言うと、後藤が自身のPC端末に目を向けて、作業に戻った。


艶端霧子は日本国のために、命を惜しむことなく生業に励んだ。

しかし、心が限界に近づくと、もう1人のキリコが現れ、霧子を守った。そして遂に、霧子を心の奥に閉じ込めたまま、キリコはこの国を去った。


「表側の艶端さんが目を覚まして全てを理解した時、罪の意識に苛まれるのではないでしょうか?いくら自分では自制できない裏側のツヤハタさんが行った行動だとしても・・・精神的なダメージが気になります」

「・・少し気になるんですが、裏のツヤハタさんを生み出したのは表の艶端さんな訳だし、裏のツヤハタさんの計画を全く知らないことは、無いのではないでしょうか」

陽臣の疑問に野希羽が続いた。


「まぁ、裏も表も折り紙付きの人物なわけだし、どんな屈強でも逞しく生きるんじゃないかな。彼女のことだから、せめてもの罪滅ぼしに、世界的な功績を収めるかもしれないぞ」

麗奈の言葉に、灯凜とケイは声に出して笑い、そのほかも口元を緩めた。


「そういえば明人、もう1人のお前の存在はどうなったんだ?裏のアキヒトと、意思疎通は取れているのか?」

「あっ、江原さんが猫みたいに酔った時の、あのアキヒトちゃんね!」

ケイと灯凜が前のめりに明人へと顔を向ける。

「ぅえ?」

唐突に向けられた関心の目に、思わず間抜けな声が出る。

助け舟を待つが、一同は明人の言葉をいまか今かと待つ様子だ。


「あ、あの時・・俺、何かやらかしたんですか?・・・俺も泳いでました?」

明人の頭には、夜景をバックにしてレインボーに煌めくインフィニティープールと、はしゃいで泳ぐケイの姿しか思い浮かばなかった。


「あ・・」

「お前ら、その辺にしておけ。早く食え」

困惑したままの勢いで言葉を返そうとすると、そこにやっと助け舟が現れた。

2時間半の飲み放題コースの滞在時間は残り15分を切っていたため、一同は一斉に最後の飲み食いを始めた。

その光景に明人はホッと胸を撫で下ろし、班長に向けてお礼の意を示した。

明人の目配せする表情を無言でしばらく見つめると、漆黒の艶髪の主はまるで悪態をつくかのように、不敵な笑みを向けてきた。


(・・・自分でなんとかその場を凌ぐべきだったか・・)

借りを作ってしまったことで自暴自棄になると、明人はほとんど手をつけていないハイボールを一気飲みした。


―――――

14話終了

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