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いかにも強そうな見た目をしている狼だが至る所から血が滲み出ている。そのせいか俺を見て睨み唸っても襲い掛かっては来ない。
今のうちに逃げるか?起き上がれないなら逃げきれる…と思う。近づいた途端に襲い掛かってくるかもしれないし。逃げるか。
いや、待て。逃げてどうする?逃げた先で人里を見つけられれば良い。でも、見つけられなかった時はどうする。
この森で生きていかないといけないんだ。生きていくという事は他を殺さなければならない場面に何度となく遭遇する事になる。はずだ。
その時に殺せなかったら死ぬのは俺だ。そうならない為にも殺す覚悟を固めなければ。
刀を握る手に力を込める。じっくりと時間を掛けて息を吸い、吐く。狼に近づく。狼と目が合う。敵意に満ちた目だ。
視線を逸らさず見つめ返す。目に焼き付けろ。コレがお前を殺すモノの顔だ。コレがお前が殺すモノの顔だ。
狼を見下ろせる所にまで近づいた。狼は足を動かそうとするが痙攣するばかりで起き上がれないでいる。
刀を逆手に持ちかえる。動悸が激しくなり呼吸が乱れる。刀を持ち上げ、狼の胸を目掛け勢いをつけて振り下ろした。
刀は肋骨の上を滑りながらも狼の身体に半分ほど刀身を埋めた。狼はさっきまで死にそうだったのが嘘の様に暴れ出した。
刀が抜けないように体重を乗せ抑える。でたらめに動く爪が足を掠めた。構わない。頼む。早く死んでくれ。はやく。
大きな痙攣を残して狼が動かなくなった。死んだ…のか?慎重に刀を抜き構える。動かない。腹に手を当てて確かめるがピクリともしない。
どうやら死んだらしい。疲れた。ただ刀を刺して押さえていただけ。それだけなのに酷く疲れた。コレが生き物を殺すという事なのだろうか。
達成感も罪悪感もなく疲労感しかない。立っているのもしんどい。地面の上に胡坐をかく。深呼吸をして心を落ち着ける。
さて、これからどうしよう。覚悟という名のもとに犠牲になった狼を。土に埋めてやるのがせめてもの償いか?
でもなぁ…コレだけの大きさの穴を掘ろうと思えばシャベルが必要になってくる。が、現状そんなものはない。
手で掘るなんて現実的ではない。そうなれば他の方法で処理するべきだけど。パッと思いつくのは火葬。
これもまた無理だ。火を熾そうにも手頃な木がないし、あっても熾し方を知らない。木を擦り合わせるだけでいいのか…?ともかく、火は使えない。
後は…食べて己の糧とする…か。殺した手前、ただ無為に捨てるのは絶対にしたくない。けれど、食べるのは躊躇われる。
肉を生で食べるのは寄生虫とかが怖い。火を通したいが使えないと諦めたばかりだ。腹は減っているから食べたいんだけどなぁ…
あぁ~あ…俺がこの狼だったらなぁ…野生の動物だったら生だろうと構わず食べられたのになぁ…
《要請を確認しました。ウロルチドに変化します》
唐突に声が聞こえてきた。声に驚いているとどこからか湧いて来た黒い靄が身体を覆い始めた。手で払っても散る事なく纏わりついてくる。